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次の日、朝日が差し込んでくる。今日もいい天気だ。風も弱く、外で遊ぶとしたら最高だろう、夏菜はそう思い伸びをした。
「霊は、出て行ったでしょうか?」
「ええ、たぶん、出て行ったわ」
明姫があいまいに答える。
「もし、霊が出て行かなかったら、明姫を危険にさらしかねないわ、試験が終わったら、視える人に払ってもらいますわ」
「ええ、そうして」
明姫も割と真剣にそう言った。
〇 ◎ 〇
試験の前、御局に会いに行った。
「失礼します、明姫と侍女です」
「入りなさい」
御局は、美しい四十代の女性と聞いていたが、その姿は、まだ、若いように見えて、美容にとても気を使っている様だった。
「何の用かしら」
見た目から、気難しそうな雰囲気がしているので、慎重にあいさつをした。
「神月国から、参りました。神楽明姫と申します。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
「どれ」
明姫の顔をぐいっとつかんだ。
「まあ、まあ、いい子じゃない、まあ、顔は9点ね、他にもいろいろできるだろうね? 役立たずは、いらないよ」
「は、はい」
明姫は、緊張した様子で返事した。
「あの、もしよろしければ、舞と琴を聞いてくださいませんか?」
夏菜が、笑顔で御局に言うと。
「そうだね、宴で一曲披露してもらおうかしら」
「宴で!」
宴で、一曲弾くと言う事は、客をもてなしできる位の完成度が必要なのである。つまり、失敗はできない。
「不満があるのかい?」
「いいえ、やらせていただきます」
明姫が強くそう言った。夏菜は、正直、明姫の心配よりも、舞の時、自分が曲を間違えないか不安になっていた。
二人で、御局の部屋から下がった。
「あの人は、私を試したのね」
「そのようですね」
夏菜は、御局がいじわるするのも仕方ないと思っていた。だが、良く考えるとこれは、いじわるなのだろうか? もし成功したら、明姫の株は上がる。
(もしかして、御局は、それを狙って?)
そんなわけが無いと思いつつ、少しそうだと思った。
その後、明姫に少し一人になりたいと言われて、夏菜は、一人歩いていた。
「この木、登ったら楽しいだろうな」
庭にある一本の大きな木を見てそう思っていた。
「あれ~? 侍女ちゃん」
木の方から声がする。
「あ、あなたは、蓮アドルフ、二度と会うまいと思っていたのに」
木の方を見上げてそう言った。
「とっても、見晴らしが良いんだよ~っと、今、そっち行くね」
するすると木から降りてくる。
「何の用よ、こちらには、あなたに用事など一つだってありはしないんだから、できれば、声をかけないで下さらない」
「ひっどいな~、俺としては、君のこと気に入っているのに」
「気に入られたくないです」
案の定、横に降りてきて、アドルフは、夏菜の頭に桃色の花を一輪刺した。
「うん、似合う、かわいい」
「えっ、えっ……」
夏菜は、とても動揺した。今まで、夏菜をかわいいと真正面から言って来た人などいなかったからだ。
「あなたの目、悪いんじゃないかしら?」
「えっ? なんで」
「私が、かわいいわけがないでしょう」
「そうかな? 女の子はかわいい生き物だよ、君なんて、背が低くて、なんか、こうギュッと抱きしめたくなる感じ」
アドルフが手の動きで抱きしめるしぐさをしたので、夏菜は、離れた。
「大丈夫、ギュッとしないから」
「信じられません」
夏菜は、怒って、走って行った。
(か、かわいい、ギュッと抱きしめたくなる……)
思い出すだけで、顔のほてりが止まらない。
(あんな、軽そうな男が言った言葉に意味なんてないわ、私をからかって喜んでいるだけなのよ)
頬を抑えて歩いていると、明姫が来た。
「夏菜? だれかに頬を叩かれたの? さっきから、抑えて歩いているし、少し赤い気がするわ」
「ち、違うの、すこしですね……」
「誰かに、口説かれたの?」
「違います。かわいいって言われて……」
「な~んだ、それだけ? 夏菜は、かわいいよ、みんなそう思っているけど言わないだけだと思うよ」
「そ、そうですか?」
(私が、かわいい?)
アドルフは、かわいいと簡単に言ったが、普通の男なら、気のある女性以外には言わないだろうと思い、納得した。
(蓮アドルフは、金髪の外人だから、恥ずかしいって気持ちが無いのよ、そうに違いないんだから!)
夏菜は強くそう思った。
〇 ◎ 〇
その夜、宴が開かれた。輝助と明姫が並んでいる。明姫は、男が近づいてくるたび、冗談を言って追い払っていた。
「やあ、侍女殿」
アドルフは、笑いながら近づいてくる。ふと、頭にギュッと抱きしめたくなる……と言う、言葉を思い出して、警戒した。
「な、何よ」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、それとも、この後の演目で、君が出るから緊張しているのかな?」
「いいえ」
「緊張した時は、肩の力を抜くといいらしいな、夏菜ちゃん、肩かして」
アドルフは、悪気のなさそうな顔をして、夏菜の肩に手を置いた。
「うん、こっているかも」
「えっ、ちょっと、くすぐったい~」
アドルフは、楽しそうに肩をくすぐっている。
「や、やめて」
「どう? 緊張解けた? 夏菜ちゃん」
「そう言えば、私の名前をなぜ知っているのですか? もしかして、輝助様からでも聞いたのですか?」
「君、演目見てないの? 月島夏菜って書いてあるでしょう?」
「あっ、本当!」
「明姫が頼る相手なんて、君しか思いつかないからね、だから、君が夏菜ちゃんだってわかったのさ」
「そう」
アドルフの金髪は美しい、一々、顔が決まっている。少しかっこいいと思ってしまう自分の心を踏みつぶした。
「次の演目は、明姫の琴」
コロリンテンテンシャンシャン、シャンシャンテンテン~♪
『金雲』の演奏が終わった。全く間違えることはなかった。
(明姫すごい!)
拍手が湧き上がる、夏菜は当然拍手していた。
そういているうちに、夏菜の出番が来た。
夏菜は、明姫とおそろいの鶴の着物を着て、琴の隣に座った。もちろん、お揃いなどと言っているが、着物の細工は全く違うのだ。ただ、お揃いだと、明姫との信頼を見せつけておくのにも良いと思ったのだ。
コロリンシャンシャンテンシャンシャン♪
明姫が、腕を斜めにあげて、ゆっくり降ろす、そして、着物の袖を見せるように腕を上げる、そう言う風に舞い踊っているうちに一曲が終わった。
「みなさん、拍手」
拍手喝采で終わった。
「輝助、お前の嫁、美しいな」
「いいな、あんな女性」
辺りの人々は、一斉にそう言っている。
(どうだ、明姫は、最高に美しいんだから)
夏菜は、胸を張った。
「夏菜、ありがとう、うまく行ったわ、全部夏菜のおかげよ、助かったわ」
明姫は、夏菜に、ひたすらお礼を言った。
「いえいえ、明姫の実力ですよ」
「そうかしら?」
その時、蓮アドルフが後ろを通った。
「あの人の髪、浅ましい色ね、金なんて」
「えっ?」
夏菜は、金色が浅ましい色だと思わなかった。むしろ、きれいな色だと思っていたので、アドルフが、陰でそんな事を言われて育っていた事に気付かなかった。
(蓮アドルフ、少し、かわいそうかな?)
そう思ってみると、アドルフは、どの男性とも酒を酌み交わさない、まるで、外れにされている様だった。
「外人だと、何かいけないの?」
「あら、だって、私達と違う血が流れているのよ、気持ち悪いじゃない」
明姫は、そう言って、去って行った。
(蓮アドルフは、同じ人間よ、それなのに差別するの?)
確かに、アドルフは、初めて会った時、「外人だから差別しているの?」と聞いてきた。その瞬間にいいえと答えた夏菜は、アドルフからしたら、感じのいい人に見えたに違いない。
(だから、私に構うのかしら?)
その日の宴が終わった。
〇 ◎ 〇
帰ろうとした時、明姫は、今日から輝助と床を共にすることになったと言っていた。
(輝助様は、無理強いする人柄じゃなさそうだし、夫婦仲がよろしいのは良い事ですよね、明姫の子供を手に抱く日が来るかもしれないのね)
うきうきして歩いていると、またしても、アドルフがいた。
「やっ」
「……」
夏菜は、少しだけ下を向いた。
(私まで、この人を差別したら、この人、どうなるのかしら?)
かわいそうだと思い、アドルフを見た。
「どうしたの? そんな目をして」
「だって、あなた、笑っているけど、さみしそうなんですもの」
「……」
アドルフは黙って固まった。
「夏菜ちゃん、今、君をギュッとしても怒らないでくれない」
そう言われて、夏菜は、アドルフに抱きしめられた。
(きゃー、どうしよう)
「ありがとう」
アドルフは、すぐに離してくれた。だが、夏菜の心臓の速度は、何倍にもなって、体も、心も、何が何だかわからなくなっていた。
「本当、夏菜ちゃんって純粋だよね」
「か、からかったのですか!」
「ううん」
アドルフは首を振って優しい目をしていた。夏菜の心臓は、また、速くなった。月明かりに照らし出されて、アドルフの顔がきれいに見える。金髪も光に当たる度、キラキラ輝く。
「あ、あの、前に言いましたよね、金髪の妖精に化かされたと」
「うん、でも、その妖精、本当に化かしたのかな?」
「なっ! 私を信じないのですか?」
「そう言うわけではないけど……」
「アドルフは、明姫をどう思うのですか?」
「う~ん、怪しい女」
「どこがよ! あんなに美しくて、お琴が上手で、舞のうまい女性なんて、この世にいないわよ」
「別に、俺は、そんな事こだわらないし、そうだな~、好みと言えば、俺の好みは君みたいな女の子かな」
「なっ! 明姫よりいいわけがないわ」
「そうかな?」
アドルフは、それだけ言って、微笑んで、去って行った。
(何、これ、私の方が明姫よりいいですって、見当違いもいい加減にしてほしいわ、あの人は、きっとバカなのね)
夏菜は、パニックを起こしていた。
寝床に着いたときは、もうくたくただった。
(考え過ぎたわ、私バカみたい。あんな男に振り回されて……)
布団に入っても、アドルフが何度も頭に浮かんでくる。
(滅せよ、滅せよ)