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次の日、城主の輝太郎が帰って来たらしく、明姫の顔を一度見たいと言われた。城主の輝太郎は、滅多に帰ってこない放浪城主らしい。
「明姫がんばって下さい」
「うん」
明姫がくるまで、ヒマなので、城内を歩いていた。
(え~と、こちらが、家臣の部屋?)
「な~にしているの?」
明るい口調で、声をかけて来たのは、例の金髪男だった。
「きゃー」
「そんなに驚かなくても」
金髪の青年は、拗ねた。
「だって、あなた、金髪じゃない」
「なんだ、やっぱり、君も俺の事、外人だから嫌いって事?」
「えっと、外人? そうよね、金色は外国の色よね」
「えっ? 知らなかったの?」
「忘れていただけ、昔、金髪の妖精に、化かされたことがあって、それ以来、金髪がダメなのよね」
「へ~、君っておもしろいね、差別したんじゃなくて、化かされたからか、初めて聞く話だよ」
「それで、何?」
「俺は、蓮アドルフ、この城で言う、城主の息子、しかも次男」
「それは、失礼でした」
「別にいいから、それより、君と仲良くしたいな」
アドルフは、手を振っていなくなった。
「えっ?」
アドルフの背中を見て、夏菜は、輝助の弟なら、兄の嫁を嫁に欲しいかと聞かれて、手を挙げないのも納得であった。
(な~んだ、それだけか)
明姫の美貌に落ちなかったのではなく、遠慮していたのだと知ると、怒りも落ち着いた。ちょっとふざけた人だったけど、悪い人では、なさそうだと思った。
そうしているうちに明姫は、客間に戻っていた。
「城主に気に入られたわ」
「よかったわね」
「この城の新しい御局が、私の器量を見たいって言い出して、試験をしようと言って来たの、大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ、明姫は、お琴も舞も誰よりもうまいですもの」
「少し練習したいから、夏菜も付き合って」
「いいですよ」
嫁入り道具から、お琴を出して、練習を始めた。
「『金雲』って曲を弾いたらどうですか?」
「たしかに、あの曲は、難しくて縁起が良い物ね、でも、舞の時にお琴を弾いてくれる人がいないのです」
夏菜は、琴は、あまり得意ではない、だが、持ち曲は何曲かあった。
「私が、弾きましょう」
夏菜は思った。ここで引き受けないと言ってはいけないと、だから、夏菜は、「引き受けますよ」と笑顔で言った。
「ただ、『舞桜』にしてください、あれが、一番得意ですから」
「はい」
明姫は、嬉しそうに返事した。夏菜も自分の琴を出して、練習した。
「『舞う桜、散りゆく日の~』の所が難しいわ」
「私は、『金色の空、ああ、めでたし』の所が早く弾けないわ」
二人で、一生懸命練習した。
しばらくして、明姫の方は、練習が終わった。
「夏菜の調整は、終わった?」
「はい、合わせて見ましょう」
明姫は、舞の衣装に着替えている。白い着物に鶴が描かれている。頭には、豪華なかんざしを挿して、頭に固定する。この格好で舞うのは、意外と大変なのである。だから、練習を必要とする。
コロリンテン、テンテンシャンと琴を弾いて行くと、明姫が腕を斜めにあげて、ゆっくり振り下ろす。
テンシャンシャンと続けて弾くと、着物の袖の鶴模様を見せながら、半腰になり、扇子を開く。
一連の動きは、とても優雅で、さすが明姫と感心した。
「本番でも、ちゃんとできるかしら?」
「できますとも」
夏菜は、不安になる明姫を落ち着かせるために、力強く言った。
〇 ◎ 〇
その日は、明姫と湯につかり、不安を忘れて眠った。
布団をしいて、布団の中に入ると、明姫は。
「緊張しますわ」
と言って、震えていた。
「大丈夫ですよ、うまく行きます」
夏菜は、長年の付き合いなので、わかっていた。明姫は、いざと言う時、とても堂々とすること。さっきまで、震えていた人とは別人のようにやり遂げてしまうのだ。夏菜もそれは、前から不思議に思っていたが、本番に強い人なのだと言えば、そうなのかもしれないと思う。
夏菜は、たいした不安も感じず、眠ってしまった。
その夜、明姫は、部屋を出て行った。
(? 御不浄かしら?)
そう思い眠っていたがなかなか戻らない。
「明姫」
夏菜が廊下に出ると、何かが光った。不思議に思っていると、向こうから、明姫が歩いてくる。
「夏菜、ごめんなさい、道に迷ってしまって」
「ええ、いいのですよ」
夏菜は、今の光は、霊の仕業だと思い警戒した。
「どうしたの?」
「さっき、光りませんでしたか?」
「いいえ、夏菜にだけ見えたのかも知れませんわね」
「私、霊に憑かれちゃったのでしょうか?」
「う~ん、わかりませんけど、そうかもしれませんわね」
夏菜は、お化けが嫌いだ。小さなころからこれだけは、疑う気になれないのだ。夏菜は、霊はいると確信している。
その理由は、妖精がいるなら、霊もいると言う、何とも適当な思い込みだが、夏菜にとっては、真実なのである。
「どうしようかしら、霊に憑かれていたら」
「大丈夫よ、お札貼っておく?」
「はい」
額にお札を貼って寝た。
(霊よ出て行け~霊よ出て行け~)
強くそう思い眠った。