2
次の日、朝から雨が降っていたが、風は向かい風ではなく、追い風だった。
男共の足取りも軽く、休みをほとんど入れずに進んだ。
足音のザッザッと言う音は、気になるが大人しくしていた。
しばらくして、大きな城が見えて来た。
「あれが、輝希国の城?」
城がだんだん見えてくる。立派な金飾りを縁々につけて、権力があることを示している様だった。
「到着です」
夏菜が駕籠から降りると、たくさんの出迎えが出てきた。
「今日は、遠くからご苦労様です」
「は、はあ」
夏菜はとりあえず明姫の所へ向かった。すると、明姫は、ガチガチに緊張していて、顔が貧血の様に白くなっていた。
「明姫、自信を持ってください、あなたは、美しいのですから」
夏菜は、明姫の頬に触れて、優しくそう言った。
「夏菜がそう言うなら、がんばってみるわ」
弱々しい声でそう言うので。
「少しお待ちください」
夏菜は、巾着袋から、化粧道具を取り出した。そして、明姫の白い顔に優しく頬紅をのせていく。
「女の人は、化粧をしたら、これを崩してはいけません、だから、泣いたり、顔を覆ったりは、出来なくなります。ですから、前だけ向いて、力強く笑ってください、出来ますね?」
「うん」
明姫は、力なく頷き、立ち上がり笑った。
「みなさん、こんにちは、明姫と申します」
いつもの優雅な物腰で、そう言い、頭を下げた。その姿は美しくて、辺りの人から感嘆の声が漏れた。
「輝助の嫁は、美人でいいな」
家臣の男がそう言って、前に出た。切れ長の目に、すっとした鼻、とても美しい男の人だった。
「名乗りますね、私は、家臣の五郎と言う者だ、よろしく」
「よろしく、お願いします」
明姫は、堂々とそう言ったのだが、今まで、一緒に旅をしていた人達は、家財道具を置いて、帰ろうとしていた。
「あの、みなさん、ありがとうございました」
明姫が、かわいらしい声でそう言うと、みんな顔がゆるみ。
「気にしなくていいよ」
「がんばってくださいね、明姫」
口々にそう言って、去って行った。
「さあ、中へ入ろうか、そこの侍女、ちゃんと主に付いてきなさい」
夏菜は、自分の事だと気づき、恥ずかしくなって、明姫の元へ向かった。
「ごめんなさい」
「いいのよ」
明姫は、化粧効果なのか、堂々としていて、笑っている。
(よかった)
夏菜が、心の中で安心していると、部屋に入った。
「ここが、客間です。今、明姫の部屋は、準備中なので、ここを使って下さい」
部屋には、胡蝶蘭が飾ってあり、梅の模様の掛け軸も飾ってあった。畳は緑色なので、細めに取り換えているのだとわかった。
「きっと、ここで、花嫁衣装に着がえろと言う事だわね」
「そうなのかしら」
明姫は、事態が良くわかっていないようだった。
「白無垢は、もちろん持って来させているから、安心してください、明姫になら、似合うと思いますよ」
夏菜は、他にも必要な道具を取りに、一回、城の中へ運ぶ途中の品を見に行った。
探し物は、白無垢と飾りだ。次々と運ばれる品を目で追い探した。
(どれかしら?)
ずっと、目で道具を追っていたら、白無垢の箱と、飾り箱を見つけた。
「それ、ください」
「は、はい」
箱を運んでいる人が、返事して、大慌てで、夏菜に箱を渡した。夏菜もうまく受け取り、客間へ急いだ。
「明姫~」
「夏菜、あったの?」
「ええ」
そう言って、箱を開けて、畳の上に置いてみた。白い布地が美しく、明姫の着た姿を想像するだけでワクワクした。
「さあ、着せます」
「はい」
着物を着せるには、明姫は、立っていてくれればいいのだ。ただ、何回も結ぶとき、足に力を入れて、踏ん張ってもらわなければいけないので、そんなに楽でもないのだ。
「一、二、の三」
着物の一部を締める時の掛け声を出した。何回かこの掛け声を繰り返しているうちに、ようやく仕上がった。
「失礼します。準備は出来たでしょうか?」
五郎が様子を見に来た。
「はい」
夏菜が返事をした。
「がんばりましょう、明姫」
「ええ」
明姫の旦那の家臣たちが、祝言とお披露目を兼ねて宴を開いた。部屋の中は、酒の入った男ばかりで、嫌な雰囲気だと思った。明姫の旦那は、金屏風の前で、カチコチに固まっているが、優しそうで、気弱そうな、目の垂れている男だった。
(この人が、明姫の旦那)
夏菜は、少し受け入れられなかった。なぜなら、明姫の旦那は、才色兼備の恰好の良い人物が良かったからだ。しかし、輝助は、悪い人では、なさそうなので、すぐに落ち着いた。
明姫は、輝助の隣に座り、盃を交わすことになった。
「明姫~、美しいですな~」
「うん、美しい」
酒に酔った誰かが。
「この明姫ちゃんと結婚できるならしたい人」
手を振り上げてそう言うと、部屋中の男が手を挙げた。しかし、ただ一人、手を挙げない人物がいた。それは、金髪の青年だった。
(げっ! 金髪!)
その時、夏菜は、小さい頃の親を失った恐怖が頭の中を走った。
(いや、いや、金髪の人なんて……)
夏菜は、一応、必死で耐えた。明姫が、こんなことで不安になられては、困るからだ。
「おっ、ほとんどの人が明姫を嫁にしたいか、よかったな、輝助」
「あっ、ああ」
輝助は、盃に酒を注ぎ、明姫に渡した。明姫も迷わず飲んだ。
「これで、夫婦だね」
「ええ」
輝助は、にこやかに笑い、場が和んだ。
ところが、夏菜は。
(あの金髪の奴、一回はっ倒さなくちゃ)
明姫を嫁にいらないと言った事と、昔の、金髪恐怖症で、頭の中が怒りでどうにかなりそうだった。
金髪男と目が合うと、ふふっと笑っていた。
(なっ! 笑った! あいつ、私をバカにしているのね!)
夏菜の怒りは、頂点に達していた。
そんな中、明姫の祝言が終わり、袴姿の男達はいなくなった。
「夏菜、私ちゃんとできた?」
「ええ、もう、ばっちりです」
夏菜は、怒りを殺して、笑顔でそう言った。
「そうなの、それならよかった」
明姫は、笑顔でそう言う。
夏菜は、金髪男の事で頭がいっぱいだった。
その夜、夏菜と明姫は、客間で寝ることになった。輝助は、酒に弱く、強く酔ってしまわれた様で、床は共にしないことになったのだ。
「ねえ、夏菜、輝助様って、どう思う」
「いい人じゃないですか?」
「そうよね、いいひとよね」
明姫は、少し考え込んで返事した。その時は、明姫には、輝助に不満があったのだと思った。しかし、輝助は、確かにいい人だった。酒の席でも、明姫に、飲めるか訊いていたし、他の酔っ払いをうまく撒いていたし、申し分のない人に感じたのだが、人の心は分からないものである。
「明姫、やっぱり顔ですか?」
「えっ?」
「輝助様、顔がいまいちだったじゃない、それで、不満なのでしょうか?」
「いいえ、不満では、ありませんよ」
「?」
夏菜は、不思議に思い寝た。