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それから、三年後、明姫の十六才の誕生日が来た。
「そろそろ、明姫も嫁ぐころかな?」
「そうですわね」
明姫は、神月国の次女である、男二人と女三人の兄弟である。でも、特に群を抜いて明姫は美しい。
「輝希国の城主が明姫を欲しいと言っておった。行くといい」
「はい」
女は、父には逆らえない、明姫も仕方が無く嫁ぐことになると思っていた。
「明姫、私は、ついて行きますよ」
「夏菜」
明姫は、ほっとした様に夏菜の名を呼んだ。実際、明姫の周りの人で、一緒に嫁ぎ先に来てくれる人は、少ない事がわかっていた。だから、夏菜は、明姫と行くことに決めていた。小さなころから一緒に育った。弟や妹、そして、義父と義母にも、その事は、言っていた、元々、義父は夏菜に冷たかった。
(私が出て行っても困りはしないわ)
明姫の旦那をこの目で見て、いい人と思えるか、少し不安ではあったが、明姫は、ステキな人だ。どんな男性にも、愛されると夏菜は思っていた。
〇 ◎ 〇
その夜、明姫と話をした。
「私、うまくやっていけるかな?」
「大丈夫ですよ」
「でも……不安だわ」
「だれでもそうだと聞きます。明姫は自信を持って下さい」
「うん」
夏菜は、戸を閉めて、明姫の部屋から出て行った。
次の日、夏菜は、花嫁道具をそろえていた。
(明姫に恥ない立派な調度品をそろえて差し上げますわ)
「その鏡、汚れてないですよね?」
「はい」
「夏菜さん、ピリピリしすぎですよ、落ち着いてください」
年上の侍女に諭されて、少し反省したが、夏菜は、反省と言う物がこの年になっても苦手だった。自分の思った事を通すことが、夏菜の生き方だった。ただ、それも、時々、間違った方に行くこともあり、辺りの人は、台風の目とも呼んでいる。
「さあ、さあ、次の品は?」
全く反省の色を見せない夏菜に、侍女達は呆れていた。
「明姫の嫁ぐところは、輝希国と言う国らしいですわ」
(輝希国? どこかで聞いたような?)
夏菜が不思議に思っていると、準備が整ったようだ。次に、明姫をおこして、着物を着せる仕事がある。
「いってきますね」
「いってらっしゃい」
侍女仲間は手を振る。
「夏菜さん、いつも通り張り切っているわね」
夏菜は、明姫と行くと決めていたのだが、少し不安もあった。新しい地では、明姫がどんな扱いを受けるか、侍女はどんな扱いをされるのか、全く予想が出来ないからである。
元より輿入れの場合、嫁ぐ相手の地位やその国の地位などで、嫁の明姫と夏菜の扱いは、とっくに決まっているのだが。
「明姫~おはようございます」
明姫は、部屋の隅に座って泣いていた。
「どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたも、私は、この神月国の城を出なければいけないのよ、悲しいに決まっているじゃない」
明姫は、なんだかんだ言って神月国の城での生活を楽しんでいたようだ。
「夏菜とふざけて遊んで過ごす事、とても楽しかったわ、でも、新しい所ではそうもいかないかもしれないじゃない」
「私は、ついて行きますから、今までと変わりませんわ」
夏菜は、明姫に一生懸命、立ち直る様に言った。すると、明姫は、寝間着のまま、夏菜の手を取り。
「本当に夏菜は、変わらない?」
「もちろんです」と言って欲しそうな瞳でそう言ってくるので、期待に応えないわけには、行かないと思い。
「もちろんです」
笑顔でそう言った。
「そうならいいの、着物を着せてちょうだい」
「はい」
夏菜は五着の着物を目の前にして悩んだ。黒い花模様の立派な着物、この着物も、輿入れにふさわしい。白い着物は、今すぐ結婚する時に着るべきだ。他の着物は、明姫の御気に入りの、桜となでしこ、無地の着物である。
(少し旅をすることになるのだから、明姫の体に合った。いつもの着物の方がよさそうに感じるけど……)
夏菜は、悩んでいた。明姫の美しさをより引き出すには、どうしたら良いのかを。
「よし、桜にしましょう」
「夏菜がそう言うのなら」
薄桃色の着物は、思った通り、体をしめつけ過ぎない楽な着物だった。今から駕籠の中で、大人しくしているのに、窮屈な思いはさせられないと夏菜は思っていた。
「こんな軽装で、失礼は無いのかしら?」
「婚礼の儀をするときは、着替えますから、ご安心ください」
「そう」
明姫も納得したように承諾した。明姫が承諾したので、夏菜は、着付けに入った。腕を通して、帯を巻いて、一段落した。
「あとは、頬紅をさしましょう」
夏菜は、筆を持ち、明姫の白い肌に、少しだけ桃色の頬紅をさす。そうすると、愛らしく見える女の人になった。
(明姫かわいい)
夏菜は、明姫の美しさに、憧れの気持ちをもって見つめていた。
「さあ、夏菜行きましょう」
明姫は、決心したようにそう言った。
「はい」
着物を抑えながら、歩き、外に出ると、たくさんの人が、隊列を組んでいた。
「何でこんなに人がいるのですか?」
「夏菜さん、わからないの? 輿入れの時、力を見せておかないと明姫の評判が悪くなるでしょう」
同じく侍女の女の人にそう言われた。
「なんだか、参勤交代の様ですね」
隊列の人数があまりにも多いので、夏菜は、そう思ってしまった。
「まあ、そうね」
どうやら、みんな、そう思っているらしく、同意された。
「それだけ、明姫を大事にしているってことですよね?」
「たぶん」
夏菜も唐傘を被り、顔を隠して、明姫の運ばれる駕籠の近くに立ち位置を決めて、隊列に並んだ。
明姫は、駕籠の中に入り、顔は見えない。
夏菜が確認した。調度品も、運ぶ準備をしっかりされていたので、後は、馬が引いて行くだけだった。
「侍女の女、あんたも駕籠に乗りな、そんな着物で歩けやしない」
夏菜も、一応侍女なので、出来るだけ良い着物を着ていた。だから、駕籠に乗せられた。
「では、出発」
駕籠は、動き出した。神月城が遠くなっていく、明姫と過ごした日々を思い出し、泣きたくなった。だが、堪えて、座っていた。
ザッザッと足音だけがする中、もう一時間は経っていた。
「休み、休みだ。休みにする~」
一番偉い人が、休みの号令をかけた。何時間もぶっとうしで歩くわけがないとは思っていたが、大人数の休憩なので、場所を選んだ。今日、休憩するのは、田畑の真ん中、人はいない。大勢で座っていても、誰も怒らなそうだと思った。
(明姫大丈夫かしら?)
少し不安になり、明姫の元へ向かった。
「明姫、大丈夫ですか?」
「ええ、駕籠にのるのは、初めてじゃないし、でも、相変わらず居心地が悪いわね、どうにかならないかしら?」
「私も、決して居心地のいい乗り物だとは、思いませんよ」
「そうよね」
明姫は、ため息をついた。無理もない、これから、三日以上駕籠の中で大人しくしていなければいけないのだ。居心地が悪い所に長くいたいと思う人はいないだろう。
夏菜は、少し、明姫に同情したが、自分も駕籠の中に入るので、同じく居心地が悪いところに居なければいけないのだと気づき、人の事は、言っていられないと思った。
休憩時間中、明姫と話をして、また、出発になった。男共が、隊列を組む。畑や田んぼの中を歩いていると、たまに人がいて、行列を見ると頭を下げていく、その様子は、駕籠の隙間から見える。まあ、この隊列を見て、農民が、偉い人が通っていると思うのは、当たり前だと思った。
歩いて行く途中、外が暗くなってきた。
「今日は、近くの町で、宿をとるか、野宿だ」
一番偉い人がそう言った。
「はい」
(野宿~、そんなの嫌だわ)
夏菜は、何度か野宿をしたことがあるが、決して良い物ではなかった。しかも、明姫が野宿させられるなんて、考えもしなかった。
(でも、次の町へいければ、しないのよね)
たぶん、頭は、無理してでも、町まで歩くだろうと思っていた。
しかし、現実は、野宿となった。
「明姫、地面に布を引いてお座りください」
近くにあった切株の上に布を引いて座らせた。
「外は、良い空気ね」
「でも、ここに一晩いるのは、さすがに嫌でしょう」
「……ええ」
明姫は、遠慮がちにそう言った。蟻が下を歩いている。
「キャ!」
「大丈夫ですよ、明姫、それは、蟻です。時々噛みますが、大体、エサを運んでいるだけですから」
「噛まれたら、痛いかしら?」
「痛い事は、痛いですね」
(明姫は、蟻も知らないのですね)
それも仕方がないと思った。蝶よ花よと育てられてきた明姫が、虫に詳しいわけがない。
夏菜は、そんな明姫をみつめて、落ち着かせるように優しく。
「大丈夫ですよ」
笑って見せた。
「大丈夫なの?」
「はい」
そう言うと、明姫は、怯えるのをやめて、駕籠の中へ戻った。どうやら、駕籠が安全だと気づいたらしい。
結局、その夜は、降ろされた駕籠の中で眠った。