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プチプリンセスの恋  作者: 花見さくら
明姫の輿入れ
5/29

 それから、三年後、明姫あけひめの十六才の誕生日が来た。

「そろそろ、明姫も嫁ぐころかな?」

「そうですわね」

 明姫は、神月国かみづきこくの次女である、男二人と女三人の兄弟である。でも、特に群を抜いて明姫は美しい。

輝希国てるきこくの城主が明姫を欲しいと言っておった。行くといい」

「はい」

 女は、父には逆らえない、明姫も仕方が無く嫁ぐことになると思っていた。

「明姫、私は、ついて行きますよ」

「夏菜」

 明姫は、ほっとした様に夏菜の名を呼んだ。実際、明姫の周りの人で、一緒に嫁ぎ先に来てくれる人は、少ない事がわかっていた。だから、夏菜は、明姫と行くことに決めていた。小さなころから一緒に育った。弟や妹、そして、義父と義母にも、その事は、言っていた、元々、義父は夏菜に冷たかった。

(私が出て行っても困りはしないわ)

 明姫の旦那をこの目で見て、いい人と思えるか、少し不安ではあったが、明姫は、ステキな人だ。どんな男性にも、愛されると夏菜は思っていた。


   〇 ◎ 〇


 その夜、明姫と話をした。

「私、うまくやっていけるかな?」

「大丈夫ですよ」

「でも……不安だわ」

「だれでもそうだと聞きます。明姫は自信を持って下さい」

「うん」

 夏菜は、戸を閉めて、明姫の部屋から出て行った。


 次の日、夏菜は、花嫁道具をそろえていた。

(明姫に恥ない立派な調度品をそろえて差し上げますわ)

「その鏡、汚れてないですよね?」

「はい」

「夏菜さん、ピリピリしすぎですよ、落ち着いてください」

 年上の侍女に諭されて、少し反省したが、夏菜は、反省と言う物がこの年になっても苦手だった。自分の思った事を通すことが、夏菜の生き方だった。ただ、それも、時々、間違った方に行くこともあり、辺りの人は、台風の目とも呼んでいる。

「さあ、さあ、次の品は?」

 全く反省の色を見せない夏菜に、侍女達は呆れていた。

「明姫の嫁ぐところは、輝希国と言う国らしいですわ」

(輝希国? どこかで聞いたような?)

 夏菜が不思議に思っていると、準備が整ったようだ。次に、明姫をおこして、着物を着せる仕事がある。

「いってきますね」

「いってらっしゃい」

 侍女仲間は手を振る。

「夏菜さん、いつも通り張り切っているわね」

 夏菜は、明姫と行くと決めていたのだが、少し不安もあった。新しい地では、明姫がどんな扱いを受けるか、侍女はどんな扱いをされるのか、全く予想が出来ないからである。

 元より輿入れの場合、嫁ぐ相手の地位やその国の地位などで、嫁の明姫と夏菜の扱いは、とっくに決まっているのだが。

「明姫~おはようございます」

 明姫は、部屋の隅に座って泣いていた。

「どうしたのですか?」

「どうしたもこうしたも、私は、この神月国の城を出なければいけないのよ、悲しいに決まっているじゃない」

 明姫は、なんだかんだ言って神月国の城での生活を楽しんでいたようだ。

「夏菜とふざけて遊んで過ごす事、とても楽しかったわ、でも、新しい所ではそうもいかないかもしれないじゃない」

「私は、ついて行きますから、今までと変わりませんわ」

 夏菜は、明姫に一生懸命、立ち直る様に言った。すると、明姫は、寝間着のまま、夏菜の手を取り。

「本当に夏菜は、変わらない?」

「もちろんです」と言って欲しそうな瞳でそう言ってくるので、期待に応えないわけには、行かないと思い。

「もちろんです」

 笑顔でそう言った。

「そうならいいの、着物を着せてちょうだい」

「はい」

 夏菜は五着の着物を目の前にして悩んだ。黒い花模様の立派な着物、この着物も、輿入れにふさわしい。白い着物は、今すぐ結婚する時に着るべきだ。他の着物は、明姫の御気に入りの、桜となでしこ、無地の着物である。

(少し旅をすることになるのだから、明姫の体に合った。いつもの着物の方がよさそうに感じるけど……)

 夏菜は、悩んでいた。明姫の美しさをより引き出すには、どうしたら良いのかを。

「よし、桜にしましょう」

「夏菜がそう言うのなら」

 薄桃色の着物は、思った通り、体をしめつけ過ぎない楽な着物だった。今から駕籠の中で、大人しくしているのに、窮屈な思いはさせられないと夏菜は思っていた。

「こんな軽装で、失礼は無いのかしら?」

「婚礼の儀をするときは、着替えますから、ご安心ください」

「そう」

 明姫も納得したように承諾した。明姫が承諾したので、夏菜は、着付けに入った。腕を通して、帯を巻いて、一段落した。

「あとは、頬紅をさしましょう」

 夏菜は、筆を持ち、明姫の白い肌に、少しだけ桃色の頬紅をさす。そうすると、愛らしく見える女の人になった。

(明姫かわいい)

 夏菜は、明姫の美しさに、憧れの気持ちをもって見つめていた。

「さあ、夏菜行きましょう」

 明姫は、決心したようにそう言った。

「はい」

 着物を抑えながら、歩き、外に出ると、たくさんの人が、隊列を組んでいた。

「何でこんなに人がいるのですか?」

「夏菜さん、わからないの? 輿入れの時、力を見せておかないと明姫の評判が悪くなるでしょう」

 同じく侍女の女の人にそう言われた。

「なんだか、参勤交代の様ですね」

 隊列の人数があまりにも多いので、夏菜は、そう思ってしまった。

「まあ、そうね」

 どうやら、みんな、そう思っているらしく、同意された。

「それだけ、明姫を大事にしているってことですよね?」

「たぶん」

 夏菜も唐傘を被り、顔を隠して、明姫の運ばれる駕籠かごの近くに立ち位置を決めて、隊列に並んだ。

 明姫は、駕籠の中に入り、顔は見えない。

 夏菜が確認した。調度品も、運ぶ準備をしっかりされていたので、後は、馬が引いて行くだけだった。

「侍女の女、あんたも駕籠に乗りな、そんな着物で歩けやしない」

 夏菜も、一応侍女なので、出来るだけ良い着物を着ていた。だから、駕籠に乗せられた。

「では、出発」

 駕籠は、動き出した。神月城が遠くなっていく、明姫と過ごした日々を思い出し、泣きたくなった。だが、堪えて、座っていた。

 ザッザッと足音だけがする中、もう一時間は経っていた。

「休み、休みだ。休みにする~」

 一番偉い人が、休みの号令をかけた。何時間もぶっとうしで歩くわけがないとは思っていたが、大人数の休憩なので、場所を選んだ。今日、休憩するのは、田畑の真ん中、人はいない。大勢で座っていても、誰も怒らなそうだと思った。

(明姫大丈夫かしら?)

 少し不安になり、明姫の元へ向かった。

「明姫、大丈夫ですか?」

「ええ、駕籠にのるのは、初めてじゃないし、でも、相変わらず居心地が悪いわね、どうにかならないかしら?」

「私も、決して居心地のいい乗り物だとは、思いませんよ」

「そうよね」

 明姫は、ため息をついた。無理もない、これから、三日以上駕籠の中で大人しくしていなければいけないのだ。居心地が悪い所に長くいたいと思う人はいないだろう。

 夏菜は、少し、明姫に同情したが、自分も駕籠の中に入るので、同じく居心地が悪いところに居なければいけないのだと気づき、人の事は、言っていられないと思った。

 休憩時間中、明姫と話をして、また、出発になった。男共が、隊列を組む。畑や田んぼの中を歩いていると、たまに人がいて、行列を見ると頭を下げていく、その様子は、駕籠の隙間から見える。まあ、この隊列を見て、農民が、偉い人が通っていると思うのは、当たり前だと思った。

 歩いて行く途中、外が暗くなってきた。

「今日は、近くの町で、宿をとるか、野宿だ」

 一番偉い人がそう言った。

「はい」

(野宿~、そんなの嫌だわ)

 夏菜は、何度か野宿をしたことがあるが、決して良い物ではなかった。しかも、明姫が野宿させられるなんて、考えもしなかった。

(でも、次の町へいければ、しないのよね)

 たぶん、頭は、無理してでも、町まで歩くだろうと思っていた。

 しかし、現実は、野宿となった。

「明姫、地面に布を引いてお座りください」

 近くにあった切株の上に布を引いて座らせた。

「外は、良い空気ね」

「でも、ここに一晩いるのは、さすがに嫌でしょう」

「……ええ」

 明姫は、遠慮がちにそう言った。蟻が下を歩いている。

「キャ!」

「大丈夫ですよ、明姫、それは、蟻です。時々噛みますが、大体、エサを運んでいるだけですから」

「噛まれたら、痛いかしら?」

「痛い事は、痛いですね」

(明姫は、蟻も知らないのですね)

 それも仕方がないと思った。蝶よ花よと育てられてきた明姫が、虫に詳しいわけがない。

 夏菜は、そんな明姫をみつめて、落ち着かせるように優しく。

「大丈夫ですよ」

 笑って見せた。

「大丈夫なの?」

「はい」

 そう言うと、明姫は、怯えるのをやめて、駕籠の中へ戻った。どうやら、駕籠が安全だと気づいたらしい。

 結局、その夜は、降ろされた駕籠の中で眠った。

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