5
次の日、訴状が出た。明姫を捕まえると言う物だった。
(! アドルフ、もしかして、明姫を裁く気)
夏菜は不安になった。
(大丈夫かな?)
太陽が昇っている昼間に、裁判は開かれた。瓦版を持って会場に向かうと、丁度始まるところだった。
「アドルフよ、中へ」
「はい」
「明姫、中へ」
明姫は、縛られ、アヤカシ封じのお札を貼られている。
「きつね憑き」
観客は、明姫を白い目で見ている。
「アドルフ殿、この娘をどうする」
「きつねを払って、城で引き取る」
そう言うと、観客が怒鳴り出した。
「その女、輝助様を殺したんだぞ、生かす必要はない」
「そうよ~」
「そうだ!」
会場は、怒る人が多く手に負えなかった。
「しかし、この明姫のきつねは、十年前に憑いた物、輝助兄さんを殺すために引き入れたとはいえない、それに、きつねのやったことだ。明姫は、決して悪くない」
明姫が安堵の表情を浮かべた。すると、きつねが。
「払われる何てごめんだね」
姿を現した。明姫の頭の上に紫の光が、きつね型で浮かび上がる。
「この女は、死ぬ、私を払えば」
きつねは、したり顔でそう言った。
「きいているか、夏菜」
みんなの視線が、夏菜に集まる。
「お前が良くても、この民衆はどう思う? 美しかった明姫が、実は、美人では無かったと知ったら」
観客はざわざわしだした。
「それは、本当か」
「ああ、アドルフ、今までの明姫は、全部、私、きつねが演じた物だ。薄々気づいていたんじゃないか? 何か変だと」
「ああ」
「アドルフ!」
夏菜は、思った。アドルフは頑として明姫をよく言わなかった。それは、この違和感のせいだったのだと。
(私が、もっと早く気が付いていれば)
夏菜は自分を責めた。
(不思議だ。五年以上一緒にいたのに、ちょっとしか一緒にいないアドルフの方が気付くなんて……)
その時、ふと、アドルフが、「長く一緒にいるからわからない事もあるんじゃないか?」と言っていたことを思い出した。
(長く一緒にい過ぎたのか)
夏菜は、目を閉じて振り返った。
(あれは、きつね、これは、明姫)
長く一緒にいるからわかる、二人の違い。
その時、明姫の上のきつねが。
「おい、夏菜、お前は小さなことで、すぐ、明姫を持ち上げてくれていい奴だったよ、とても、利用しやすくてな」
夏菜は、カチンときたが、堪えた。
(明姫じゃなく、私は、きつねに憧れていた。それは、事実だわ。でも、私は、きつねじゃない明姫を知っている)
「きつね! 今、明姫は、泣いているんじゃない? 私と明姫は、ずっと一緒にいたのよ、明姫は、気が弱くて、誰よりも優しい、そんな人が、私をなじられてうれしいわけがないでしょう」
「ぐっ」
きつねは、少したじろいだ。
「お前が、憧れていたのは、私だぞ」
「ああ、そうだよ、私が憧れていたのはあんただ。でも、私が本当に好きなのは、明姫本人の方よ」
夏菜はド迫力でそう言った。
きつねも、どうしていいのかわからず、困っている。
観客から、夏菜は裁判場へ柵を乗り越えて入った。
「明姫」
縛られている、明姫の手を取った。
「私は、約束した。あなたを守るって」
一枚の紙を明姫の着物から取り出した。あの誓約書だ。
「これは、私の書いた物だわ、きつねを何とかして払いましょう、そして、明姫を受け入れます」
その瞬間、きつねが狐火を放って紙を燃やした。
「これで、無かったことになった」
「……」
すると夏菜は、筆を持った。今度は、明姫の腕に書き出した。
「へへ~ん、これで、燃やせないでしょう」
「く~」
きつねは、悔しそうに声を上げる。
「夏菜、逃げて」
明姫がそう言った。その瞬間、きつねが、狐火を放った。
「お前、厄介、殺す」
「きつねの奴、夏菜に何しやがる」
アドルフは、刀を持ってきつねに向かって行った。
「私をなめやがって、バカにしやがって」
きつねがどんどん大きくなっていく。
「きゃー」
観客も逃げ出した。
「よくも、私の計画を邪魔したな、この女の体をいただくまで、もう少しだったのに、許さないよ」
きつねの姿は、見上げるほど大きくなっていた。
「アドルフ、これじゃあ倒せないよ」
明姫がもやの中へ取り込まれて行く。
「明姫ー!」
夏菜は、大声を上げた。
(守るって決めたのに……)
「夏菜ちゃん、落ち着いて、今日の俺の刀は、霊祓師が作ったものなんだ」
「それって、あの、アヤカシにも勝てるって事?」
「たぶんね」
アドルフは、ひらり、ひらりと飛び跳ねて、妖気を一か所に集めているようだった。
「こしゃくな、何をしている」
アドルフが言うには、アヤカシには、核がある。それに札を貼れば、払えると言う事だった。だが、その核は、限りなく明姫である可能性が高いと言う事、最悪、明姫も天国行きだ。
「明姫、明姫~!」
もし、明姫の気持ちが、きつねと分離していた場合、助かる可能性がある。出来れば、明姫の気持ちを離すようなことをしていて欲しい。
(何をすれば?)
夏菜は、ただ、明姫の名を呼んだ。声がかれそうになるまで。
アドルフが、宙を舞う。妖気を切り出しているようだ。
「そんなことしても無駄だよ!」
きつねは、アドルフをバカにしたようにそう言う。
アドルフは、道を作っているのだ。夏菜が、明姫の元へ届くまでの。
(札は、持っているし、あとは、突っ込むだけ)
夏菜は、明姫の心がきつねと分離している事を祈った。
「明姫~」
確信はなかった。だが、明姫が笑ったような気がした。
(もしかして、分離されているのかもしれない)
アドルフが作った道を進みながらそう思った。
「明姫」
明姫の本体の所まで、何とか着いて、明姫をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫」
「うん」
明姫が頷いた。その瞬間に札を貼った。
「ぎゃー」
きつねは明姫の体から出て行った。そして、明姫の見た目が、少しぽっちゃりした。細い目の少女に変わっていた。
残っていた観客は、明姫を見て。
「きつねが憑かないと、普通の女だな」
「本当、私達、きつねにつままれていましたわ」
明姫は、とてもショックな顔をしていた。明姫は、自分の顔に自信が無いのだ。だから、言われると耐えられないのだろう。
「明姫、みなさんは、明姫の顔が変わったのに驚いているだけですよ」
「そんなことない、醜いって思っているわ」
明姫は小さくなって泣いていた。
「もう、きつねは、いないのよね」
弱々しくそう言うので。
「明姫、いつまでアヤカシにすがっているつもりですか、あれは、あなたではなく、ニセモノなのですよ」
「そうだけど……」
認めきれないように下を向く。
「いつまで引きずっても何にもなりませんよ、前を向きましょう」
「夏菜だって、本当は、私なんて、もう、嫌でしょ」
「約束したから」
そう言って、明姫の腕を見せた。そこには、しっかり、「侍女として引き取る」と書かれていた。
「これは、私が死なないようにしてくれたのでしょう」
「明姫、今のあなたは、贅沢など言っていられないのですよ。今は、無理やりつけた約束でも頼らないと、顔と度胸と言う後ろ盾は、もうないのですから」
「……」
明姫は、少し考えて、「ありがとう夏菜」と笑った。
そこに、裁判官が戻って来て。
「判決へ、アドルフ無罪として、明姫を有罪とする」
「ちょっと待ってください、彼女だって、きつねのいない今、罪人にはなりません」
アドルフは、一生懸命そう言った。
「しかし、今回の裁判は、きつねを誰が引き入れたかが争点でして……」
「それなら、化かされていた輝助様と言うのはどうですか? 嫁にしたのだから、化かされたも同然です」
「……うむ、そうだな、では、有罪は、輝助様で決着」
裁判官がそう言って、裁判は終わった。




