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次の日の朝は、晴れの日だった。朝日は眩しく、明姫の部屋にも、平等に差し込んで来てくれた。
「さあ、髪を梳かしましょう」
明姫を鏡の前に座らせる。夏菜はくしで、優しく明姫の髪を梳かした。
「夏菜、輝助様は、本当にもういないの?」
「ええ、一緒に、最後の別れをしてきましょう」
そう、今日は、輝助のお葬式をする日だったのだ。黒い着物に身を包んでいる、明姫は悲しそうだった。
夏菜も、着物を着て参列した。
「明姫、最後に顔を見てあげてください」
「本当に、その棺の中に輝助様がいるの?」
「ええ」
箱の上の部分だけを外して、顔を見た明姫は泣き出した。
「ああ、輝助様! なぜ、私を残して……」
そう泣いた後。
「ごめんなさい、ごめんなさいね、取り乱してしまって」
「ええ、いいのですよ、旦那様だった人なのですから」
「そうね」
明姫は、悲し気にそう返事した。棺は、運ばれて行き、墓に埋葬された。
夏菜は、明姫が心配でたまらなかった。だから、数日付きっ切りで、相談相手になってあげた。
時々、悲しくなって、泣きだす明姫も愛おしかった。
「なんか、夏菜は大人になったね」
「そうかしら、背はちっこいままよ」
「背は、ちっこいけど、夏菜が時々、神様のように見えるの」
「それなら、ずっと前から、私の神様は、明姫でしたよ」
「昔は、よく、そう言っていたわね」
明姫は、優しく笑う。しかし、不安そうだ。
「大丈夫です。これからも、雑用は、私の方が得意ですから。明姫には、滅多にさせませんし、快適に暮らせますから」
「夏菜、何を知っても、私を嫌いにならない?」
「ええ」
「うん、夏菜の事信じるね」
「はい」
明姫は、眠くなり、昼寝をしていた。
(アドルフの所へ行こう)
こっそり抜け出して、アドルフの所へ行くと。
「アドルフ様、経理の村岡です」
「村岡か、覚えておく、お前は、何の仕事をしていたんだ」
「え~とですね……」
アドルフは、輝助の分もしっかり働いていた。とても忙しそうに見えたので、遠くからみつめて帰った。
(そういえば、きつねのアヤカシがまだ見つかっていない)
夏菜は、次の標的がいるかもしれないと言う恐怖が頭をよぎった。
(次は、アドルフ?)
狙われそうだと言えば、輝希国の滅亡を望む奴ならば、アドルフだろう。
夏菜は、少し考えた。
(アドルフは、札を持っている。そんな相手に近づくかしら?)
それは、アヤカシとしてもかけになるだろうと思った。
「ねえ、それ本当?」
「ええ」
小声で話す女がいた。
「アドルフ様が、きつねを引き入れたって」
(えっ?)
「城主の座を狙っていたのよ、でも、ほら、外人だから、兄を殺すくらいしなくちゃいけないわよね」
(何、あれ? そんなうわさが流れているの?)
その時、夏菜は、思った。輝希国を滅亡させたい誰かは、アドルフをきつねを使って、失墜させるつもりだと。それは、アドルフが兄殺しで、捕まり、殺される。そんな未来を考えたのだろう。
(誰なのかしら? 怪しい人物は、まだ見つからない)
夏菜が頭を使っているその時、また、女の悲鳴が聞こえた。
(まだ、城の中にいるのね、きつねのアヤカシ)
「呪いだ~」
男が走って行く。だれもかれも怪しい。夏菜は一生懸命気を張った。
(私が負けちゃいられないわ)
顔をパンッと叩いた。
まず、さっき噂をしていた女官に声をかけることにした。
「あの、夏菜ですけど」
「夏菜様ですか、何の用でしょうか?」
城の中では、もう夏菜がアドルフと結婚の約束をしている事は、とっくに広まっているようで、夏菜は、持ち上げられているのだ。
「あなた達は、アドルフがきつねを引き入れたって、一体、誰に聞いたの? はっきり答えてちょうだい」
「あの、下女から聞きました。なんせ、あの子と達は、ウワサ好きでしょう」
女官の女は、仕方ない事のようにそう言った。
「本当に、下女が言ったのね」
「はい、あの子達、すぐ、話を大きくするからね」
下女の悪ふざけと知り、ちょっと拍子が抜けた。しかし、こういう時は、下女の悪ふざけでも、不安になる物である。
(少なくても、そう思っている人が何人もいると言う事だものね)
夏菜は、アドルフが捕まってしまうのではないかと、心配していた。
下女たちの口止めに向かう事にした。
〇 ◎ 〇
下女の所へ行くと。
「夏菜さ~ん、来てくれたのですね」
下女たちは、一生懸命働いていた。その様子は、アドルフのうわさを流しそうには、とても見えなかった。
「あの、アドルフの事なんだけど」
「アドルフ様、忙しいのか来なくなりましたよね~」
下女達は、顔を見合わせてそう言った。
「そうじゃなくて、アドルフのうわさを流していない?」
「うわさですか? 夏菜さんとの恋愛談の事ですか?」
「ち、違います。アドルフが、きつねを引き入れたと言う話です」
「そんなわけないじゃないですか、アドルフさんだよ、ありえない」
「えっ?」
下女から、アドルフは、信頼されているようだ。
(あの女官、ウソをついたのね)
下女を疑った事を反省して、少し仕事を手伝った。
「夏菜さん、明姫は、もういいんですか?」
「あっ、そう言えば、もう起きているかもしれないわね」
(明姫が、泣いていなければいいのだけど……)
輝助の死は、明姫の心にとてつもない大きな穴をあけてしまっている様だった。
「一回、上がりますね」
「はーい」
明姫の元へ向かうと、明姫はトロンとした目で空を見上げていた。
「大丈夫ですか」
「夏菜、大丈夫よ」
明姫は、うっすらと笑っていた。その笑顔は、死を受け入れようとがんばっている様にも見えた。
「無理しないでくださいね」
「ええ」
明姫は、トロンとした目で、返事する。明姫は、元から、少し弱々しい方だったので、こうなってしまう事は、夏菜には予想できた。
(明姫に何のためについて来たか初心を思い出してみよう)
顔を叩いた。
(明姫は、旦那が戦で死んだら、心神喪失状態になるだろうとは、思っていたわ。でも、まさか、こんなに早くだなんて……)
実は、夏菜も少し動揺していた。
そこに、女官が入って来て、悲しそうに。
「アドルフ様が捕まりました」
「うそ!」
「罪は、兄殺しです」
「アドルフは、絶対にそんな事をしていないわ、なぜ、捕まえたのですか?」
ふと、うわさをしている女官を思いだした。
(あの二人? いいえ、あの二人だけでは、城主を捕まえることは出来ない。もっと上の人物が利用したのね)
夏菜は、こぶしをぎゅっと握って、気合を入れる。
「一体、誰の訴状で訴えられたの?」
「三森と言う方です」
「聞いたことの無い名前ね」
「輝助様の時、優秀な配下だったのだけど、アドルフ様にことあるごとに意地悪していた方ですから」
「アドルフが、城主になったら不利になる方ね」
「だから、訴状を出して、アドルフ様を降ろして、的確に三森の地位を上げてくれる人物を城主にするつもりよ」
「裁判官は、そのことをわかっているのですか?」
「わかっているから、すぐには、判決を出せないと伸ばしているのよ」
「裁判官は味方なのね」
「少なくとも敵ではないわ」
夏菜は、少しほっとした。全員敵だったら、アドルフの命は、もうないだろうと思ってたからだ。
後ろで明姫が心配そうな顔で聞いている。
「大丈夫ですから」
一回アドルフに会いに行こうと思った。
〇 ◎ 〇
部屋から出て、アドルフのいる地下牢へ向かった。
「関係者以外出入り禁止だ」
「私は、アドルフの妻になる人よ、顔くらい見せてくれたっていいでしょう」
「……」
門番が困っていると、人が出てきた。
「おお、夏菜さんではないですか、アドルフに会いに来たんですね。いいですよ、もしかして、死刑になるかもしれませんからね」
「あなた? 誰?」
「三森と申します」
三森は、きつねのように目が鋭く、怪しい雰囲気を出していて、しゃべり方がねっとりしている。あまり好きに成れそうな人物ではなかった。
「あなたが、三森」
「はい」
鋭い目で、こちらを見られた。頭はよさそうである。
「中に入ってよろしいの?」
「ええ、もちろんです」
三森は去って行った。牢の中へ入ると、水の落ちるポタポタと言う音がしていて、真っ暗だ。ろうそくの明りで、何とか辺りを見て進んだ。
「ア、アドルフ」
「夏菜ちゃん」
アドルフは、心底驚いた顔をした。
「アドルフ」
檻にしがみついた。ろうそくの光だけが、二人を照らしている。
「夏菜ちゃん、来てくれてありがとう。夏菜ちゃんは、当然、俺が無実だと言う事は知っているよね?」
夏菜は、首を縦に強く振った。
「それじゃあ、一つ頼みがあるんだ」
「何?」
「犯人を捕まえて欲しい」
「えっ?」
「裁判は、きつねをだれが引き入れたかが争点なんだ。だから、きつねを見つけて、誰に引き入れられたのか聞き出してくれ」
「つまり、私がきつねを見つけるの?」
「そう、その通りだよ」
夏菜は、少しできるか考えてみたが、必ず出来ると言い切れるほど、自信があるわけではなかった。
「夏菜ちゃん、危険な賭けだってわかっている。でも、夏菜ちゃんしか、頼める人がいないんだ」
夏菜は、ふと思った。この城で、アドルフの味方をしてくれる人は、何人いるか? 考えてみたが、多いとは、とても言えなかった。
「そうね、やってみるわ」
夏菜は、決心したようにそう言った。
「きつねを探す道具は、俺の部屋にある、タンスの中に入っている。探してみてくれ」
「うん、わかったわ」
「使い方も紙に書いてある、気を付けて使ってくれ」
「うん」
夏菜は、力強く頷いた。
檻にかけていた手に、アドルフが上から、手を掛けて来た。
「夏菜ちゃんの手、小さくてかわいいね」
「アドルフ?」
「今は、夏菜ちゃんの顔が見られただけで幸せだ」
「アドルフ、まさか、あきらめてないでしょうね」
「うん、次は、夏菜ちゃんを抱きしめるから」
アドルフの顔がきっとしまった。
「信じているよ、夏菜」
それは、アドルフなりの決意の表れなのか、夏菜の名前を呼び捨てで呼んだ。
(夏菜……)
夏菜の心臓はドキドキしていた。
(よし、がんばろう)
「そろそろ、面会は終わりだ」
そう言って、夏菜は、牢番に連れて行かれた。
「アドルフ、また来るわ」
「夏菜ちゃん」
手を振っていた。アドルフはいつも通りだ。
〇 ◎ 〇
夏菜は、言われた通り、アドルフの部屋にある、桐のタンスを開けた。右側から一つずつ開けて行った。
「あった」
そこには、ろうそく、札、紐があった。
『ろうそく アヤカシを呼び寄せる』
『紐 アヤカシが握ると色が変わる』
とりあえず、夏菜が握ってみるが、何も起こらない。
(アヤカシじゃなくちゃ意味ないか)
『札 払う』
(払う前に、引き入れた人を聞かなくちゃ)
道具を持って部屋を出た。
明姫の元へ向かうと、ぐっすり眠っていた。
「よかった。眠る余裕があるのね」
夏菜も隣に布団を敷いて、眠ることにした。




