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次の日、ついつい、アドフルを探して歩き回っていると、アドルフと明姫が、仲がよさそうに話をしていた。
(なんだか、怪しいわ)
アドルフは笑顔で明姫と話をしている。明姫の事だ。話題は、夏菜の事だろうと思った。しかし、今までの経験では、明姫の美しさの前では、どんな人も明姫のとりこになってしまうのだ。思えば、アドルフと明姫が会話しているのは、初めてだ。
(もしかして、アドルフも明姫の事好きに成っていたらどうしよう)
輝助様にも迷惑がかかるし、明姫だって困る。なにより夏菜がそうならないで欲しいと思っていた。
(アドルフに明姫の良い所を教えたのは、私だ)
今になって、アドルフも明姫の優しさが本当だとわかり、心が動いてしまう事もあるかもしれない。
夏菜の頭は、パニックを起こしていた。
何より、アドルフの心がわからないのだ。こっそりのぞいてみると、アドルフと明姫が手を握り合っていた。
(やっぱり、好きに成っちゃったかな?)
夏菜は、心ばかり焦る。話を聞こうと、耳をそばだてると。
「明姫、ステキですね」
(口説いている)
夏菜は放心状態になった。
(きっと、アドルフも明姫を好きになってしまったのね。私の事なんて、遊び位に思っていたのかしら?)
ところが、そう思いたいが、アドルフの言葉には、夏菜に惹かれた理由に信憑性のある話がとても多かった。
夏菜は、わかっていた。自分は、とてもやきもち妬きなのだと。
(アドルフは、社交辞令でほめたのかもしれないわよね)
今度は、そう思い気持ちを立て直した。
そっと話を聞くと。
「でも、話してみると、アドルフ様って良い方ですね」
(今度は、明姫が惚れてしまったのかしら?)
まるで、好いているかのように、明姫が話している気がした。
(アドルフの金髪も、顔も、みんなすてきだから、明姫が好きに成ったっておかしくないんだわ)
二人を見ていると、どことなくお似合いのような気がしてきた。
(美男美女だものね)
アドルフと夏菜が並んでいるところを想像すると、兄妹にしか見えないと思った。ハーフの美男子と小さな女の子は、釣り合わない。
少し絶望した。
アドルフと明姫は話すのを辞めて別れた。
夏菜は、こっそり、部屋に戻った。
(アドルフと明姫、とにかく絵になる。でも、すべて、私の思い込みかもしれないし……)
その考えが止まらなかった。
「夏菜ちゃん」
アドルフが何事もなかった様に訪ねてきた。
「はい、何でしょう」
「会いに来たの、会いたかったよ~夏菜ちゃん」
戸をあけて、夏菜を抱きしめた。夏菜は、赤くながら、怒りをこらえた。
「何も用意していませんが、ゆっくりして行ってください」
怒った口調でそう言った。
「夏菜ちゃん、何怒っているの?」
「怒っていません」
持っていた急須を落としそうになって、慌てて返事した。
「夏菜ちゃんが怒る事を考えてみようか、じゃあ、一つ目は、下女の女の子達と仲良くしていたから?」
「違いますし、怒っていません」
「二つ目は、俺の心配をしていたのを悟られたくなくて怒っている」
「違います」
アドルフは、息詰まったように考え出した。
「夏菜ちゃん、わからないから、教えてくれない?」
「いやですよ」
湯呑を置いて座った。向かい合う机になっているので、嫌でも、アドルフが目に入ってしまう。
(怒っているなんて、恥ずかしい)
顔がぽっぽする。
「夏菜ちゃん、もしかして、照れていただけとか?」
「……」
ここで、そうだと言ってしまえば、楽になれる。なぜなら、夏菜がアドルフの事を意識して怒っていただけと言う事になるからだ。
「当たり?」
「その、アドルフは明姫をどう思いますか?」
「義姉さん」
「それだけ? 美人で、優雅で、優しくて、舞も琴も上手な明姫よ」
「それでも、義姉さんにしかならないだろう、明姫の事は、いい人だってわかったよ、優雅で、優しくて、舞も琴も上手だった」
「ステキな人でしょ」
(私みたいに、やきもち妬きじゃないしね)
夏菜は、こっそりそう思った。
「でも、何か、隠していそうなんだよな」
「明姫と、五年以上一緒にいる私が、発見できない隠し事は、ありません」
「う~ん、長く一緒にいるからこそ、わからない事ってあるんじゃないかな?」
「……?」
夏菜は首を傾げた。アドルフの言っている事の意味が良くわからなかったからだ。
(長く一緒にいてわからない事? それって、明姫の気持ち? 私がアドルフの事を好きだから遠慮してくれているとか?)
夏菜は、その後も。
(明姫は、優しいから、隠しているのかも?)
と勘ぐる。
「夏菜ちゃん、眉間にしわ寄っているよ、何を考えているの?」
「明姫の事です」
「本当に明姫が好きだよね」
「ええ、大好きですよ」
(だからこそ、言えないのかも)
夏菜は、ぐるぐる考えていた。
「夏菜ちゃん、もしよろしければ、結婚を前提におつきあいしてくれないかな?」
「ええ! 何を急に!」
アドルフは、手を握って言った。
「だって、明姫と一緒にいた時、「ステキだ」って言っていたじゃないですか」
「きいていたの、それで、不機嫌だったのか、俺は、今、君のために、外堀を埋めているんだよね」
「外堀?」
「城の人みんなに祝福されるようにね、だから、下女にも応援してもらうし、明姫の承諾も取った」
「えっと、「ステキだ」って言うのは?」
「明姫と夏菜ちゃんが姉妹って素敵だねって言った覚えならあるけど」
「と言う事は、勘違いですか?」
「そうみたいだね」
急に夏菜は、恥ずかしくなり、顔を赤らめ謝罪した。
「夏菜ちゃんは、俺を疑った罰に、キスをしてくれない」
「未婚の女性に、そんなことさせる気ですか?」
「いや?」
「……」
アドルフは、夏菜のあごに手をかけ、優しく口付けた。
「はい、罰終了」
夏菜は、へたーとその場に座り込んだ。
「な、何するの、私は、あなたの嫁に行くことしか出来なくなったわ。もし、これがばれたら、縁談が破談になっちゃうわ」
「夏菜ちゃんって変な所堅いよね、キス位しても良いじゃないか」
アドルフは、その時、カタリーナにキスをされて育ったことを思い出して、少し青くなった。
「夏菜ちゃん、もしかして、輝希国は、キス禁止なのかい?」
「輝希国の常識は、私は、よく知りません、でも、未婚の女性がして良い事では、ありませんから」
「忘れていたよ、母は、外国人だから、よくキスしていたから」
アドルフは申し訳なさそうにそう言った。
「でも、よく遊女としている男もいたし」
「アドルフさんって花街に行くんですか?」
「い、いや」
「すでに、遊女とたくさんお楽しみなんですか?」
「そんなことは、ない、俺の母親、カタリーナは遊女だったって言っただろ、そこで働いていた時の仲間に会いに行った時の事だよ」
「それだけ?」
「うん、それだけ、キスは、母以外なら、初めてさ」
「……」
夏菜は唇に触れて固まっている。
(初めて……)
お互い初めてのキスで舞い上がってしまった。
「夏菜ちゃんは、もう、俺に嫁ぐしかないな」
「でも、無かったことにすれば大丈夫です」
「この先、夏菜ちゃんに縁談が来るたび、男に今日の話をして、破談にしてやるよ、夏菜ちゃんが、こっちを向くまで」
「何言っているんですか、私じゃダメですよ」
アドルフは、優しく、夏菜の頭をなでた。
「夏菜ちゃん、もしかして、自分が、潰れた国の姫だと言う事を気にしていて、そんな事言っているの?」
「……」
夏菜は黙った。
「そうなんだね、でも、俺は、地位よりも、君を選びたい」
「それで、何か変われるんですか、いじめや、差別は無くなりません。アドルフは、わかっていない、自分の幸せを――」
「夏菜ちゃん!」
部屋を飛び出した。そして、明姫の所へ向かった。
「明姫~、私、どうしたら良いですか?」
「どうしたの夏菜?」
「私、アドルフにひどい事を言ってしまったの」
「それなら、大丈夫ですわ、アドルフ様は、夏菜にべた惚れのご様子ですもの、許してくださいますわ」
「ううん、きっと許してくれないわ」
夏菜は、暗い声でそう言った。
「アドルフにもう合わす顔がないです」
「ねえ、夏菜、教えてちょうだい、何があったの?」
夏菜は、合ったことを洗いざらい話した。キスしたことは内緒にして。
「アドルフは、私の地位を気にするなって言うけれど、気にしないわけには行かないと思わないですか?」
「夏菜は、アドルフ様の考えが間違っていると思うの?」
「……わからないです」
「好きな人をあきらめて、幸せが得られる?」
「わからないです」
「じゃあ、夏菜は、アドルフ様以外と結婚しても平気?」
「その~わからないです」
夏菜は、何もかも想像できず、わからなかった。
「それじゃあ、夏菜、輝助様と結婚して、幸せに成れると思う?」
「輝助様は、お金持ちで地位もある、いい話じゃないですか?」
「そこに愛を足して考えてみて、お金や地位が無かったらどうする?」
「結婚しないわ」
「じゃあ、アドルフは、地位とお金は輝助様ほどではないけどあるわね、果たして、それが、欲しい?」
「う~ん、元々、お金や地位何て気にかけていなかったわ」
「それでも、アドルフ様の事好きでしょう」
「はい」
夏菜は、弱々しく頷いた。
「でも、アドルフは、もっと力が必要なのです。いじめや差別に負けないくらいの」
「それをアドルフ様は望んでいると思う?」
「思わない、アドルフだって、きっと、好きな人と乗り越えたいと思っていると思うの……」
その時、夏菜の目から涙があふれた。
(なんで、気づかなかったんだろう、アドルフだって、きっと、同じだったんだ)
「私、間違っていたわ」
「それなら、謝っておいで」
「うん」
城の中をうろうろしたが、アドルフは、見つからなかった。結局、部屋に戻って眠ることにした。
(明日は、謝るぞ!)




