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城に着くと、明姫の部屋に薔薇を飾った。
「あら、夏菜、薔薇なんて珍しい」
「あっ、それは、アド……」
(アドルフからもらったものだと、外人びいきだと思われちゃうんだった)
「遠くの国の商人にいただいた物ですので、ご安心を」
「そうなの、いい香り」
明姫は、薔薇が好きだったので、神月国に居た時は、時々、薔薇園を見に行ったりしていたのだ。
「まあ、薔薇ですね」
桃が驚いたようにそう言った。
「私も初めて見ます」
宮も驚いている。薔薇は一般人が手にできるほど安い花ではないのだ。
「よかったら、桃も宮もいかが?」
「えっと、悪いですよ」
「それに、薔薇って、外国の花じゃないですか、あまり、この国では、好まれないと言ったらいいのでしょうか……」
宮が、言葉を濁しながらそう言った。
「あら、もったいない、薔薇ってきれいだと思うのに?」
明姫は、残念そうにそう言った。
「それじゃあ、飾っては、ダメですか?」
夏菜が宮にきくと。
「う~ん、明姫次第でしょう。新しい文化を好む方もこの城では、多いので、置いてもそんなに責められることは無いと思いますし」
「そう、それなら、飾りましょう」
「宮の家は、古い風習を大事にするところらしいから、薔薇を好まないのは、年寄りだけだってわけよ」
桃がそう言って笑った。
「私が、年寄りだって言いたいの?」
「古い考えだなと思っただけよ」
宮と桃が言い合っている。
「まあ、いいじゃない、宮の言う事も確かよ、伝統は大事だわ、桃の言う新しい物をしることも大事、この世に間違いの答えは、少ないのかもしれないわね」
明姫が、優しく笑ってそう言った。
「「明姫~」」
明姫の大人の対応に二人は感動していた。
「それより、夏菜さんは、アドルフ様と仲が良いらしいですね」
「ええ」
「アドルフ様は、色々あると思うけど、がんばってね」
「?」
「夏菜さんには、まだ、言わない方が……」
「知っていますよ、アドルフがあまり良く思われていない事」
「う~ん、 夏菜さんの前では、笑顔でいるけど、普段は結構……」
桃はそこで言うのをやめた。
「結構、何ですか?」
夏菜は、桃に詰め寄った。
「い、いえ、夏菜さんは、心配なさらなくていいですよ」
「「夏菜さんは」って、何が起きているのですか?」
宮が暗い顔で、口を開いた。
「酷な話ですが、アドルフ様は、執拗にいじめを受けてらっしゃいます。給仕の時、ご飯を運んで行ったら、アドルフ様のものを取り上げられていたり、三人がかりで殴っている事もありました」
「! そんなにひどい事をされているのですか?」
「ええ」
アドルフの言う差別は、夏菜が思っているよりも、ひどい物だったのだと初めて知らされ、自分の調べの足りなさを悔いた。
(アドルフ、大丈夫かしら)
こうしている今も、殴られたり、何かを取り上げられているかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられる。
しかし、夏菜には、何もすることが出来ない。とても強い権力を持っているわけではないからだ。
(私は、指をくわえて見ているだけしか出来ないの? アドルフが見せる、今の笑顔は苦しそうなのに……)
「夏菜、アドルフさんの事は、私もよく知らなかったけど、そんなにひどい事をしても良いとは、思えないわ」
明姫は、毅然とした態度でそう言った。
「そうです。いくら外人でも、同じ人間でしょう」
夏菜は憤慨してそう言った。
しかし、桃と宮は、顔を見合わせて。
「でも、私達じゃ変えられないわよね」
夏菜は歯ぎしりをしていた。女の言葉が無力で何もならないのだと言う事をよく知っているからだ。
(悔しい)
アドルフの味方は、少ないのだろう、助けてくれる人は、きっといない、アドルフは、いつも戦っているのだ。辺りの人達と。
夏菜は、着物の帯を締めながら強く心を痛めた。
「明姫、着物の着付け終わりましたよ」
「ありがとう」
夏菜は、アドルフの所へ向かった。
「アドルフ、お前、俺達に逆らう気か?」
廊下でそんな声がする。よく見ると、顔に殴られた後のあるアドルフが、男の人三人に囲まれている。
「外人のくせに生意気なんだよ」
一発、アドルフの顔にパンチが入った。
(ひどい)
夏菜は、呆然として見ていた。
(アドルフは、ずっと、こんなのに耐えて暮らして来たの?)
つーと涙が頬を継たる。
「やめてーー!」
夏菜は、大声を出した。
「なっ、女だと」
「やめて、やめて、やめて、アドルフをいじめないで」
男三人は、手を止めた。
「仕方ないな、今日は、この辺でやめて置いてやる。この見知らぬ女に、よーく感謝するんだな」
三人がいなくなった。
「アドルフ、大丈夫?」
「情けない所を見せてしまったね」
アドルフは立ち上がろうとして、少し痛そうな顔をした。
「足、ひねっちゃったか」
夏菜はアドルフに黙って肩をかした。
「ありがとう」
アドルフは、悲しそうに笑ってそう言った。
「湿布薬、貼ってさしあげますから、部屋に行きましょう」
何とか、部屋にたどり着くと、アドルフは着物を少しだけ引き上げて、足をだして、夏菜に任せた。
「それじゃあ、お願いします」
夏菜は、薬箱を持ち歩いているので、小さな小箱から色々なくすりがでてくる。
「明姫が、けがをして、後でも残ったら大変ですから、いつもそばにいた私が、こうやって、手当てした物です」
「そう」
「アドルフは、きれいな顔をしているのに、傷が出来ちゃいましたね」
木綿の綿に消毒液をたらして、アドルフ顔をぽんぽんと叩く。
「いたっ、しみる」
「我慢して下さい」
アドルフは、渋い顔をして、座っていた。
「ありがとう、湿布薬もありがとう」
「それは、いいとして、何なんですかあの人達!」
「ああ、あれは、兄の部下、俺は、一応、母親が外人でも、蓮家の血縁だから、あいつらより上の地位にいるんだ」
「それじゃあ、余計殴るなんて変ですわ」
「ところが、その地位は、見せ掛けだけなんだ。家督を継ぐのは、輝助がいるから、俺は、用なし。当然、俺に仕える奴なんていなかった。つまり、あいつらは不満なんだよ、俺が見せかけの地位を持っているのが」
「そんな男は、どの国でもいるわ」
夏菜は、悲しくなってそう言った。
「俺は、髪の色が金髪だから」
「……そんな、髪の色くらいで、どうしてそんな扱いを受けなければいけないの? アドルフが望んだわけじゃ無いし、こんなにきれいなのに」
「夏菜ちゃん、俺、やっぱり、夏菜ちゃん好きだわ」
「えっ!」
「君だけだよ、俺の金髪をきれい何ていうのは」
「あっ、でも、聞いたわ、初恋の人は言ってくれたのでしょう」
「何でそれを?」
アドルフの顔が赤くなった。
「カタリーナさんが言っていたわ、許嫁だったんでしょう、死んでしまったらしいわね、その女の子の名前も夏菜って言うんでしょう」
「夏菜ちゃん、そこまで聞いても気付かない?」
「えっ?」
夏菜は、考えた。この世界に夏菜と言う女の子が、金髪の人と会う確率を。
「あ、あの金髪の妖精、アドルフだったのですか?」
「そう、俺は、ずっと前から気づいていたんだぞ」
「……初恋? 私が?」
「そうだ」
「じゃあ、お父様とお母様は、妖精に魂を取られてはいないのね」
「夏菜ちゃんは、神月国に引き取られていたんだね。輝希国には、死んだと伝えられていたから」
夏菜は、アドルフの目をジーと覗き込んだ。
「何?」
「本当に妖精じゃないのですよね」
「そりゃあ、そうだよ、母親に会って置いて、まだ疑うの?」
「私、大きくなってから、神月国の人がお母様とお父様を殺したのを知ってね、妖精が不幸を運んで来て、魂を持って行っちゃったのだと思ったのです」
「ロマンチストだね」
「十才位の時の話ですよ、ただ、きれいな金髪だったから、本当に妖精かもしれないと思ったのよ。あなたと許嫁だったなんて知らなかった」
「それは、一日だけの許嫁だったからね、見合いの日、君は外で遊んでいた。そこに俺が駆け付けて、恋をして、許嫁にした。次の日に、神月国に夏菜ちゃんをとられたからな」
「……そうなの?」
夏菜は、許嫁は長い間そうだったのだと思っていたので、拍子抜けてしまった。
「それでも、ずっと覚えていた。夏菜ちゃんの事」
「私も、実は、覚えていた。よく夢に出て来るのよ、でも、いい夢ではなかった。なんか、悲しい夢だったわ」
「そっか、夏菜ちゃんに嫌な思いをさせていたなんて……」
「いいのよ、もう出てこないと思う、悲しい夢では……」
夏菜は頬を染めてそう言った。
「じゃあ、どんな夢?」
「一緒に笑っている夢とかですかね?」
アドルフの口角が上を向いた。わらっているようだ。
「夏菜ちゃんといると、嫌な事も忘れちゃうね、今まで、殴られていたのに、不思議といい気分だ」
「私も、アドルフといると、楽しいです」
二人で笑い合った。
「でも、どうしましょう、アドルフは、これからもこう言う事あるはずですよね、私じゃ、助けられないですし……」
「いいよ、慣れているから」
「せめて、手当てぐらいさせて、辛いの隠さないで、分けてちょうだい」
「夏菜ちゃん、わかった。本当は、毎日生きるのが嫌になる位辛いよ、でも、夏菜ちゃんがいるならがんばれるから、毎日会いに来て」
「お安いご用です」
夏菜はその後、部屋に戻った。薔薇の香りのする部屋は、しずまりかえっていた。布団をしいて、眠る準備をした。




