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城の外に出て五分歩いたら、離れは見えて来た。お金持ちな方の民家のように瓦もあれば、塀もあった。
「カタリーナさんに、アドルフが来たと言ってください」
門番にそう言うと。
「アドルフ~」
カタリーナは、庭で薔薇の整備をしていたらしく、着物をたくし上げて、こちらに走ってくる。
「会いたかったわ~アドルフ」
カタリーナさんは、長い金髪を振り乱して、キラキラ光る青い目でアドルフに抱き着いている。
「な、なんていうか、親子仲がよろしいのですね」
「外国のあいさつです」
カタリーナは、落ち着いた口調でそう言った。
「外国でのあいさつって、抱擁なんですね、だから、アドルフさんもよく抱き着いてくるんですね」
「そうなの? 確かに小さい頃から、そうやって育てましたからね」
カタリーナは、少しうれしそうな顔でそう言った。
「さあ、中へ入りなさい」
庭は、薔薇園になっていて、家は、日本風の木造住宅、夏菜は紅茶の袋を握りしめて中へ入った。
「それで、アドルフ、何の用なのかしら?」
「ああ、この夏菜ちゃんが、紅茶を手に入れたらしくて、ぜひ、母さんに飲んでほしいとのことで……」
「紅茶!」
カタリーナの目が輝いた。
「ずっと飲みたいと思っていたの、ぜひ、飲ませて」
カタリーナは夏菜の腕を引いて、連れて行った。アドルフは、茶の間の様になっている部屋に腰を下ろした。
「夏菜ちゃんですね」
「はい」
カタリーナの目はうるうるしていた。まるで、二度と再会できるはずがない者に会ったように。
「えっ? えっ? 何ですか?」
「こんな話を知っていますか? アドルフは、小さなころ婚約者がいたのよ」
「へ~」
夏菜の薄い反応に、カタリーナは少しすねた。
「ダメね」
「? それで、その方はどうなったんですか?」
「死にました。国を打たれて、家族全員」
カタリーナは、もう一度夏菜を見て。
「アドルフは、その婚約者に、金髪がきれいと言われたこと、とてもうれしかったらしくて、その子が初恋の子なのだそうよ」
「へ~、それじゃあ、あきらめきれなかったでしょうね」
「そうね~」
カタリーナは、少し渋い顔をして。
「その子、名前が夏菜って言うのよ」
「わ~、私と同じなんですね。だから、アドルフさんって時々、夏菜ちゃんって呼ぶとき嬉しそうなんですね」
「そうですね」
カタリーナは、立派な白いティーカップを出して来て、ティーポットからお湯を注ぐ。
「これが、本場の、ティーと言う奴ですね」
「そうよ、おいしいから飲んでみて」
夏菜は、一口飲んでみると、渋みが効いた後、甘い味がした。少しくせになりそうな味なので、もう一口飲んだ。
「おいしいですね」
夏菜の目はキラキラ輝いていた。
「アドルフ、紅茶が入ったわよ」
そして、茶の間で、話をすることにした。
「カタリーナさんって、どうして輝希国にいらしたのですか?」
「昔話ですか?」
カタリーナさんは、紅茶を飲み干して。
「私は、スフィン国と言う国から、貿易のため、輝希国にきました。しかし、女の役目は、商品となる事だったのです」
「商品?」
「何と言うか、遊女とか、そう言うの」
アドルフが、夏菜に苦笑いして説明した。
「そうですか、すみません、無知で」
「いいわ、輝太郎は、私をすぐに気に入って、側室にしました。すでに、奥さんもいたので、私は、ずっとこの屋敷の中、でも、輝太郎は、時々遊びに来ては、面白い話を聞かせてくれました。そして、一年後、アドルフが生まれました」
カタリーナはアドルフの頭をなでてそう言った。
「今になって、輝太郎が、この屋敷を出るなと言ったのは、私の為だったのだとわかりました。外人はこの国では、嫌われているようですから」
「そうなんだ。ここの城主、いい人だったのですね」
夏菜が感動していると。
「そうでもないよ、母さんは、国に帰るチャンスがあったんだ。でも、父さんは、帰さなかった」
「アドルフ! それは、輝太郎のせいじゃないと言ったはずですよ」
「じゃあ、俺のせい? 俺がハーフだからなのか?」
アドルフは、怒りを瞳に映して、大声を出した。
「違うわ」
「だって、なんで母さんが、かごの鳥みたいな生活をしなければいけないんだ。祖国に帰れば走り回っても、誰も何も言わないだろ」
アドルフは、興奮したようにそう言った。すると、カタリーナは、アドルフに優しく抱き付いた。
「アドルフのせいじゃないのよ」
アドルフの頭を優しくなでる。
「わかっている、わかっている、わかっているさ!」
アドルフは、強くそう叫んだ。
(そうか、アドルフは、いつも外人扱いされているのがつらくて、お母さんに当たってみたくなったのね)
夏菜は、二人を見つめて、やっぱり、外人ってきれいだと思っていた。
「何だかとてももったいないですよね、美しい物に対して、浅ましいだとか、外人だとかいう事が」
「夏菜ちゃん?」
「だって、こんなにきれいな髪をしている上に、カタリーナさんの瞳なんて、見たことも無いくらいきれいな色をしている。みんな正直に成れば良いのです」
「あははは、やっぱり、夏菜ちゃんね、思った通りの子だわ」
カタリーナが楽しそうに笑う。
「えっ? 私、変な事言いました?」
「ええ、とても変な事を言ったわ」
そうは言うが、カタリーナは嬉しそうにしか見えなかった。
「?」
夏菜は、このことをしばらく考えることになったのだが、とりあえず、紅茶をおかわりした。
「私って、みんなと感性がずれているのかしら?」
「そうね、ずれているわね、でも、アドルフは、そう言う夏菜ちゃんが好きみたいだわね」
「えっと、好き?」
「母さん」
アドルフは、真っ赤になって怒る。その怒り方だと、好きだと言っているような物だと思い、夏菜は、少し、恥ずかしくなった。
「もし、よろしければ、薔薇をもらってくれない?」
「薔薇ですか?」
正直、和室に薔薇が合うか考えると、置く気が遠のいた。しかし、カタリーナは、どうしても、もらってほしいようなので。
「では、いただきますね」
(薔薇だって花なんだし、うまくやれば合うかもしれないものね)
夏菜は、頭の中で、どう置くか、組み合わせを考えた。
(カスミソウとかなら栄えるかな?)
「夏菜ちゃんが、また、遊びに来てくれるといいのだけど?」
「もちろん来ますよ」
カタリーナは、少し顔を曇らせた。
「でも、ほら、差別されちゃうんじゃない?」
「私は、元からこの国の人じゃないですし、里親が言うには、私は、小さな国のお姫様だったらしいですよ。ですから、元から、外人ですし、近隣国だから親しくしてくださるだけですよ」
「それなら、いいのね」
「はい」
「夏菜ちゃんは、プチプリンセスだね」
「えっ? プリプリ?」
「小さくてかわいい事をプチと言うんだ。小さな国の姫で、背の低い君は、プチプリンセスだなあと思ってね、あと、プリンセスは、姫と言う意味だよ」
「私、カタリーナさんの国では、プチプリンセスなんですね」
「マイ、プチプリンセス」
アドルフが、手を取ってそう言った。
「マイって何ですか?」
「……知らないなら、知らない方が良いかもね」
夏菜は、小さく首を傾げた。
帰りに、薔薇をたくさんもらって困っていると、アドルフが、一本、髪に挿して来て、「似合うね」と笑った。
「結局、もらい過ぎてしまいました」
夏菜は、脱力した言い方でそう言った。
「まあ、いいじゃない、トゲは、全部取ったんだし」
「そうですけど、いっつ」
少しだけ飛び出ている、トゲに指をさしてしまった。
「大丈夫、みせて」
「はい」
夏菜の人差し指を見て、アドルフは、口で指をなめた。
「てっ! 何しているんですか?」
「はずかしいの? 誰も見ていないよ」
人差し指の血が止まったが、心臓は、どくどくいっていた。
「アドルフは、恥ずかしくないのですか?」
「う~ん、恥ずかしいなんて、思わなかったな」
アドルフの思う所では、指を吸う位なんでもないようなので、夏菜は、一人ドキドキして損をしたと思っていた。




