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チュンチュンと雀の鳴き声がする。どうやら、朝の様だ。
「今日は、アドルフと逢引き!」
朝から太陽が昇る。気持ちのいい朝だ。太陽の方を向いて、大きく背筋を伸ばした。
(うん、今日は、いい日になる!)
夏菜は心の中でそう思い、今日着ていくつもりだった着物を見る。
(うん、ばっちり置いてあるわ)
夏菜は、着物を着て、鏡に向かって念入りに髪を梳かす。
(アドルフと歩いて、劣らない様にしなくちゃ)
頬紅をさしながらそう思う。
城の外に出ると、アドルフは、青い着物を着て立っていた。布は、あまり上等ではないが、良い物であり、無地でさっぱりしている。
「やあ、夏菜ちゃん」
「おはようございます」
深々と頭を下げると。
「なんだか、お姫様みたいだね、かわいいよ」
「そ、そう」
夏菜も、アドルフのかわいいには慣れてきた。口の軽い男だから、すぐかわいいと言うのだと、学習したからだ。
城下町へ歩いて行くと、人がたくさん歩いていた。ちんどん屋が、にぎやかな音を立てて通って行く。
「すごい、栄えているのね、売っている物も一流品だわ」
夏菜は、辺りを見て、キョロキョロしている。その目は、キラキラ輝いていた。
「夏菜ちゃんは、明姫の事を教えてくれるんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、明姫だったら、この街を見て、何ていうかな?」
「たぶん、優雅に微笑むだけだと思います。はしゃぐのは、下品ですから」
「そうか、それなら、夏菜ちゃんの反応の方がうれしいな、連れて来た甲斐があるからね」
「そんなことありません、明姫とでかけられる方は、この上なく幸せな方だと思いますよ」
「そう、それで、今日は、夏菜ちゃんも逢引きだって思っているんじゃない」
夏菜は、顔に出ていたのかと思い、赤くなった。
(なんで、逢引きなんて、言っちゃうのよ!)
アドルフは愉快そうに笑っている。
(遊ばれていますわ)
頬の熱さが引いて行き、アドルフに向き合い。
「からかわないで下さい」
と言って、先に走って行った。
「待ってくれよ、夏菜ちゃん、俺が悪かったって」
アドルフは、下駄をカラカラならして近づいてくる。夏菜は、和紙屋の前で立ち止まっていた。
「……私がずっと欲しかった金魚柄の和紙ですわ!」
夏菜の目は輝いていた。実は神月国の女官達には、和紙集めが流行っていたのだ。交換したり、贈りあったり、手紙を書くのにも使うが、持っていること自体がいい事だったのだ。特に重宝されたのは、外国の品だった。
「和紙か、誰かに手紙でも書くの?」
「いいえ、収集ですよ、アドルフさん、和紙って持っているだけで、うれしくなるのですよ」
「へ~」
夏菜は、その後も、藍色の和紙や、ホウセンカの模様の和紙などを見て、喜んだ声を上げていた。
「う~ん、全部買えないわ」
夏菜は、手元の七枚の和紙を見て、あきらめようか悩んでいた。
「なんだ、夏菜ちゃん、自分で買うつもりだったの?」
「いけませんか?」
「いやいや、先に、出かけるのに誘ったは、俺だから、贈り物してほしいのかと思っていたんだよ」
「なっ、私だって、一応、お給金もらっているのよ、欲しい物は、お金を貯めて買って見せるわよ」
「夏菜ちゃん、それじゃあ、男の面子が潰れちゃうんだよ、逢引きに誘った女の子の欲しい物一つ贈り物できないなんて、恥ずかしいじゃないか」
「そうなのですか? ここは、おごってもらうのが正しい事なのですか?」
「うん」
夏菜は、急にはずかしくなった。男の人と出かけたことがない事もばれた上に、正しい事を知らないことまで、ばれてしまったのだ。
七枚の和紙をアドルフにおごってもらい、店を出て、謝った。
「ごめんなさい、私、男の方とでかけるのって本当に初めてでして……」
「いいんだよ、夏菜ちゃんが純粋でいい子だって良くわかったし、ただ、一つだけお願いしていい?」
「なに?」
「笑顔で『ありがとう』って言ってくれるかな?」
「ええ、ありがとう」
夏菜は、楽しそうに笑ってそう言った。すると、夏菜は、ギュッとアドルフに抱きしめられていた。
「な、何?」
「夏菜ちゃんは、かわいいな」
夏菜は、そこで、前に、アドルフがギュッとしたい位、かわいいと言っていたことを思い出していた。
(アドルフは、私を時々、抱きしめたいと思っているのね)
ギュッとされて十秒が経った。
「いい加減、離しなしてください!」
「あっ、うん」
「あれ~、アドルフ兄ちゃん、それ彼女」
そう声をかけて来たのは、村人だった。しかも、とても小さな八才くらいの少年であった。よく見ると、後ろに二人の仲間がいた。
「俺達、今日は、川釣りに行くのさ、アドルフ兄ちゃんは、彼女連れじゃあ、今日は行けないな」
「また今度行くよ」
アドルフがそう言うと。
「アドルフ、私達も川釣りに行きましょうよ、私、小さい頃得意だったのよ」
夏菜が、腕まくりして、そう言うとアドルフは笑って。
「そっか、夏菜ちゃんは、川釣りも得意か」
そうつぶやいて、少年たちの後を追いかけて行った。




