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アドルフの部屋を出て。
(静まれ~私の心臓)
夏菜は、平静を装っていたが、実際は、心臓がばくばくいって、言う事を聞いてくれないのだ。
(アドルフは、からかっているって、わかっているのに……)
胸元に手をやると、ドクドクと脈拍が速い事がわかる。
「夏菜、どうしたの? 顔が真っ赤よ」
明姫がそう言って近づいてきた。
「明姫、私、二人で出かけようと誘われてしまったみたいなのです」
「まあ」
明姫は嬉しそうに息を漏らす。
「相手は、どなたなの?」
「蓮アドルフ」
「ああ、あの金髪の方ね、確かに恰好よかったけど、夏菜がその方と恋仲だ何て思わなかったわ」
「い、いえ、恋仲なんて、そんなことは、ございません」
「でも、お出かけに誘われたんでしょう?」
「ええっと」
夏菜は、もじもじしながら返事した。まさか、明姫の勉強会だとは言えなかった。
「彼は、次男だから、夏菜が結婚したら、私達、義姉妹になるのよ」
「それは、いいですね」
夏菜は、ふと、アドルフと結婚した時の事を考えてしまった。アドルフが優しく微笑んで隣にいる。それは、とても幸せなような気がした。
(そうなったら、うれしいかも……)
また、心臓の脈が速くなった。
「私は、輝助様と、うまくやっていけそうよ、夏菜の恋も応援してあげるから、私達幸せに成りましょう」
「うん」
夏菜は、部屋に戻り、着物を引っ張りだした。
(逢引きってものは、やっぱり、かわいらしい恰好で行くべきよね? どんな格好をしたらいいのかしら? と言うか、逢引きなのかしら?)
着物を二十着、全部出して、品定めする。
(なでしこの模様がいいかしら? それとも、スイレン?)
夏菜は、あくまでも侍女のため、立派過ぎる派手な着物は持っていない。だが、それは、アドルフも分かっていると思い、なでしこ模様の着物を取った。薄い赤色のなでしこ模様だ。
かんざしは、赤い梅のかんざしにした。
(似合うかしら?)
鏡の前でくるくる回る。
(うん、ばっちり)
夏菜は、納得のいく、着物が見つかり、安心した。
〇 ◎ 〇
明姫の元へ向かうと、新しい侍女が来ていた。
「あなたが、夏菜さんですか? 私は、宮と申します。よろしくお願いします」
夏菜に頭を下げたのは、黒い髪を一つに結い上げている。真面目そうな、宮と言う侍女だった。
一方、もう一人は、桃と名乗った。髪は、長く後ろで一つに結んでいる。桃色の着物を着ていて、すぐに桃は覚えられると思った。
「夏菜さん、うわさは、聞いております。あなたの琴は、素晴らしかったと言っている方がいました」
「そんな事ないです」
照れて謙遜していると、桃は。
「実際、聞いてみたら、そんなことも無かったりしてね」
失礼な態度でそう言って来た。
「桃、夏菜さんは、上司ですよ、少し言葉に気を付けなさったら」
宮がそう言って桃を叱る。
「いいのよ、宮、私は、気にしていないわ」
「いいえ、許しては、行けません」
「それは、いいとしましょう、明姫にはあいさつなさったの?」
「ええ」
「何、あれっ? と思ったわ、まるで、人形みたいにきれいな人なんだもの、この世の人間だと思えなかったわ」
桃が興奮してそう言った。
「そうでしょう、明姫は、美しいの、そして、天才で、いつも、優雅な素敵な人です。二人共好きに成れると思うわ」
「そうですか、そうなれるといいのですが……」
宮は、遠慮がちにそう言った。
「大丈夫よ」
夏菜は、二人共に肩の力を抜くように言った。
明姫の着物の整理を三人でしていると、桃が。
「この上品な模様、初めてみるわ~」
とか、感心する声を何度も上げた。様子を見ていたら、桃は口が悪いと言うよりも、素直なのだと思った。そして、仕事が雑だ。
宮は、真面目で、着物の折り目をしっかり確認している。いい仕事をする、良い侍女だと思った。
「二人共、手伝ってくれてありがとう」
「「いいえ」」
三人の雰囲気は、とても、明るく和気あいあいだった。
「あの、明日の仕事の事なんですけど……」
「明日は、用事があるから、二人に任せられないかな?」
「それは、いいですけど、何の用ですか?」
「街に出かけて、勉強会をするの」
「それは、どのような?」
宮が食いついた。
「蓮アドルフと二人で、街をぶらぶらしながら勉強をするの」
「それは、逢引きと言うものですわ」
「次男か、良い所に目を付けたわね、あの金髪は、少しあれですけど、一応、地位はありますからね」
桃が楽しそうにそう言う。
「地位何て狙ってないわよ、私は、明姫がいれば、男なんていらないと本気で思っているもの」
「……そんなに明姫が好きなの?」
「え、ええ」
夏菜は、少しためらって返事した。アドルフが、明姫は、自分のために行動していると言っていたのを思い出したからだ。
(そんなことはない、明姫に限って、大体、アドルフが疑い深すぎるのよ)
少しイライラしたが、侍女仲間の前でこんなことを言っても、ただの惚気と言われるだろうと思い言わなかった。
「どうしたのですか?」
「えっと、私は、明姫が大好きよ」
「まあ」
宮が嬉しそうに声を漏らした。
「私も、そう思える方に仕えるのが夢ですの、この人を一生世話してあげたいと思ってみたいわ」
「そうね、明姫には一生仕えるつもりでいるわ」
夏菜の目は確固たる意志を示していた。
着物の整理が終わって、三人とも部屋に戻り、各自眠った。
しかし、夏菜は。
(アドルフと逢引き、逢引き、逢引き――!)
頭の中がその事でいっぱいで眠れなかった。




