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エンテの鷹 -震電、異世界の空を征く-  作者: 神風 翼
第壱章 異世界の空へ
8/8

高高度の天使




ガタガタと音を立てる機内。

旋回銃座のガラスから眼下を覗けば、雲海と薄雲が疎らにある程度。

あまりにも寒い中、白い息を吐きながら旋回銃座の縁に座りながら、何でこうなった、とポケットからタバコを取り出す。


自機のオーバーホールで暫しの休暇の筈。

それなのに緊急の要請、人材不足やら、いくつもの理由を立て続けに並べてつれて来られた。


例の高高度本土爆撃に設計された超大型爆撃機の機銃手。

戦闘機乗りであるのにも関わらず、全く無関係の爆撃機銃座の補充員として乗せられた。



正直、やってられない。



お気に入りの銘柄のタバコ…ラッキースターを口に咥える。

…普段操縦席に座っている時には絶対に出来ないな。

そう薄い空気でボヤけた意識の中、オイルライターを懐から取り出した。


パチン、と金属音と共に蓋を開け、火を点けるべくヤスリ部を回す。

それに合わせ、火打石からジャッ、ジャッ、と執拗に音と火花を出し続ける。

…が、火花は一瞬出るも何故か火が点かない。


オイルは先日入れた筈だが…等と思いながら、もはや意地になって火を点けようとし続けた。

が。



「機内は禁煙ですぜ、お客さん」



背後から聞こえたその声に、未だ火の点いていないタバコを手に振り返る。

そこには黒い肌に丸坊主の男が居た。



「第一、この高度じゃマトモに火なんざ点きゃあせんよ」

「この高度…今どれ位なんだ?」

「八〇〇〇」

「…嘘だろ?」



高度八〇〇〇と言えば酸素はかなり薄い。

戦闘機でも登らない…と言うより早々上れない高度だ。


元よりこの機体は軽くする為か、もしくは搭載量ペイロードを上げる為か、酸素マスクは無い。

道理で意識がぼぉっとする訳だ。



そんな風に考えていると、彼は「ホレ」と言うと手にしたカップをくれる。

淹れたてなのか、湯気を立てた金属製のカップにブラックのコーヒーが注がれていた。


礼をいうと「別に構わんよ」と笑い自分の横へと気軽に腰を下ろす。

随分気のいい奴だな、と思いつつ手にしたタバコを元の箱に入れ懐へとしまい、コーヒーに口をつけた。


…苦い


目は覚めるが、相変わらず旨いとは言えない味に顔を顰める。

それを見た彼はケラケラと笑い声を上げた。



「…お前さん、たしか撃墜王のロバートさんだろぅ?」



そして一通り笑うと、こちらを見てそう呟いた。

ただ賑やかな奴かと思っていたが、言われて何故かどきりとする。



「ユニティス空軍ヴェオルフ方面軍屈指の撃墜王の『ソニックエッジ』少尉殿が、なんでこんな爆撃機の銃座に納まっておられるので?」

「通り名は止めろ、ロバートでいい…苦っ」



そこまで言われ、自分の戦果に便乗するつもりで近づいてきたかと思い、コーヒーを口に含んで誤魔化す。

…つもりだったが、苦さに再度顔を顰めまた笑われた。



「…人手不足で無理やり乗せられたんだ……砂糖とミルクは?」

「んな贅沢品こんな所にあるとお思いで?

…寧ろ冷気と低酸素で意識失わないようにするにゃ、この苦いのが一番よ」

「違いない」



そんな底無しに明るい態度に、警戒するだけ無駄かと思い警戒を解き笑い返した。

ははは、と一息笑うと彼はサッと敬礼する。



「自分はユニティス軍ヴェオルフ方面軍所属機銃手、ミック・タイラー上等兵でありまぁす!

仲間内からは、通称『ミック・ザ・ラッキー7』と呼ばれておりまして…以後お見知り置きを」

「よろしく、ロバート・K・ジャクソン少尉だ。

そんなに畏まらなくてもいい、ここじゃどうせ同じ銃手だ」



そういうと彼は「それもそうだ」と、軽く返し一緒に笑いそのまま互いに握手をする。

ガタイは彼のほうが大きいが、その気さくさをうらやましく思えた。


そして一通り会話を終えると、話題は本機が何をしようとしているのか、と移り変わる。



「…で、機は何処に向ってるんだ?」

「さぁ?」

「さぁ?て…」



冷めたコーヒーを苦い苦いと言いながら啜り、その返答に呆れる。

本来の搭乗員なんだからそれ位把握しておいて欲しい物だ。



「そうは言うけどな?即時ヴェオルフ方面軍基地への帰還しか俺も知らされてねぇんだわ」

「…何?

…という事は何か?もしかして今訳も分からず作戦に従事させられてるって事か?」

「第一作戦でもなければ、爆弾積んで高度八〇〇〇まで上がりはしませんて」

「その通りだ」



その外部からの呟きにビクリとそろって跳ね、声のした背後に視線を向けた。

そこにはヴェオルフ方面軍の一司令官であるランドルフ少将の姿。


慌てて立ち上がろうとするも、ただ片手を前にそれを止める。

少将はそのまま開いた手を前に握り締め言葉を続けた。



「最高司令官の許可の下、今我が編隊は大和へと向っている。

この作戦成功の暁にはあの無能共も考えを改めるに違いあるまい!

…逆に、君達は実に幸運だ」

「こ…幸運で…ありますか?」

「あぁそうだとも」



半ば演説のように力の入ったその語りに少々気圧されながら、その言葉に返す。



「大和のような旧式の航空技術しか持たぬ奴らは、高高度に居る我々に手出しなどできん!

もはや奴等は、一方的に蹂躙されるしかない!」



すると彼は再び語気を高めながらそう語る。



「何もせずとも、帰還すれば英雄として持て囃される…これほど楽な仕事は無かろう?」



少将はそう言うと、屈みこんで俺達の肩をがっしりと掴み、嫌らしい笑みを浮かべながら続けた。

そう、まるで狂人のように。


ただただ、その表情に恐れを抱く。

人間とは、欲の為ならここまで変われるのか、とすら思いながら。


次の瞬間。



『前方下方!大和戦闘機隊を視認!総員戦闘準備!』

「おっと」



その通信が機内に響くと、少将はパッと立ち上がった。



「ではな諸君、安心して銃座に座っていたまえ」



そう言って、航法通信室への開けたままだった扉を閉じながらその姿を消した。



「あぁは成りたくねぇな」

「…同感だ」



ミックの一言にそう返しつつ、銃座の縁から銃座席へと腰を下ろす。

彼は俺を見届けると尾部銃座へと姿を消した。


姿を消すと同時に銃座にある動力スイッチを入れ、後ろ向きだった銃座を前向きへと回す。

軽快に回転し、前方旋回銃座を視界に入れながら、下方へと銃座共々視線を向けた。



その彼方、下方の雲の隙間に、疎らに姿を見せる戦闘機群の姿を目視しながら。






 ―――






ガタガタと振動に合わせて揺れる操縦桿を握り締める。

数少ない、それこそ高度計や方位盤、燃料系位しかない計器は、その振動に合わせて針を揺らす。

振動も振動で、時折音の飛ぶ発動機エンジンの揺れに合わせてガタンガタンと体を揺らしてくる。


高度は五五〇〇とちょっと。

目標まではまだ二五〇〇近く足りない。



『姐さんこれ以上は無理ですって!エンジンが回らねぇ!』

「うるさい黙って飛びな!」



通信機から聞こえるその悲鳴に、そう力いっぱいに叫び返した。

が、そんな事言ってもどうにもならないのは自分が一番分かっている。



『六〇三、高度が上が……ないぞ!

敵爆撃機到着…であと三〇分無…んだぞ!』

「だったらアンタの過給機よこしな!」

『無茶を言う…!』



偵察機からのノイズ交じりの通信にそう叫び返したが、無茶なのは承知の上だった。


元々高高度での戦闘を想定していない旋風では、高度五五〇〇ですら息切れする。

なのに相手は八〇〇〇、到底届くわけが無い。




燃料式発動機エンジンの稼動原理は簡単。


シリンダーへと燃料と酸素の混ざった物――混合気が供給される。

次にピストンが上がり、その混合気を圧縮し点火プラグによって着火する。

着火によって混合気が燃焼し、その力でピストンを押し下げる。

最後にピストンが上がり、内部に溜まった排気を排出する。


この繰り返しを、複数のシリンダーによって連続して行い、回転力としている。

…が、高度が上がると燃焼がうまく行われない時がある。


それこそ酸素が足りなければ燃える事も満足に出来ない。

つまりは高高度時――酸素不足からなる燃焼不良によるエンストだ。


コレを解消する為に、外部の空気を吸引し圧縮、燃焼に十分な酸素を送る装置――過給機がある。

だが過給機には、耐熱鉱石の使用に伴うコスト増加や重量問題等、一般的に小型の単発戦闘機に搭載する物ではない。


当然、六〇三の戦闘機群…旋風や叫龍は高高度戦闘を想定していない。




発動機エンジンを限界に回したところで、酸素が足りずに回転がおぼつかない。

プロペラの回転も、目に見えて落ちている。



『エンストしやがった!八番機離脱する!』

『本土よ…入電、六〇一が離陸…備中、到…まで一五分!』

『一五分でどうにか成るわきゃねぇだろ!』

『ダメだ高度が上がらねぇ!』

『止まんな!止まるんじゃねぇ!』

『一二番機離脱する!エンジンがダメだ!』

『こちら四番機、過剰稼動でお釈迦だ!離脱する!』

『チクショー速度が上がらん!』



通信から聞こえる阿鼻叫喚に、耳を塞ぎたくなってくる。


本土は目の前。

コレを止められなかったら一体どうなる。



『姐さん、これ以上は無茶だ!』

「喧しい!」



二番機から聞こえてくる悲鳴にもそう言い返す。

どうにもならない事位、分かっている筈なのに。


そして、ふと薄雲が切れ日光が差し込む。

敵と自分の間に、遮る物が無くなった。


正面上空、雲の切れ間から見えた敵爆撃機。


手が出ない自分が情けなくなってくる。

それ所か、視界がぼやけ始めてきさえする。

ただただ上空を悠々と飛び続ける奴らを、睨み付ける事しか出来ない自分に腹が立った。



…悔しくて涙が出てくるね。



が、次の一瞬。

薄雲の隙間から、轟音と共に緑の雷光が天へと駆け上がった。






 ―――






酸素マスクを取り付け、高度計を確認した鷹山は高度七〇〇〇である事を確認し上に視線を向ける。

敵が居るであろう場所に視線を向けたまま、徐々に高度を上げつつ薄雲に隠れ続けた。


次の瞬間、雲から抜けるとスロットルを命一杯押し上げ、操縦桿を力いっぱいに引いた。


一瞬にして震電の角度はほぼ垂直となり、新型超大型爆撃機、BX-5エンジェルの編隊――その先頭へ機首を向ける。


ぐんぐんと高度を上げながら、徐々に速度が落ちつつも照準は一切ぶれないまま。

その間、僅か五秒。



後方の銃座に座っていたロバートは、酸素不足から来る意識のぼやけからか、急接近する震電への反応が遅れた。



「て…敵!?」



瞬間、彼が乗ったエンジェルに振動が伝わる。

機首から、胴体をなぞる様に三〇ミリ曳光破砕榴弾が着弾した。


始めは前方旋回銃座が爆発により破壊され、乗員だった肉片が吐き出される。

次に胴体、爆弾倉と進み、炸裂を続ける。



「う、うおぁあああぁぁぁ!?」



破片と共に爆発が、ゆっくりと彼の視界へと迫った。


爆音、衝撃、次いで、轟音、風切り。


逃げ出す暇も無く、ただ彼は即座に顔を隠す。

それが功を奏したのか、割れたガラス片は顔面ではなく腕へと当たる。


ただ、強烈な痛みが襲うばかりで、強烈な衝撃は訪れない。

息を吐き出し周囲を見渡したロバートは、自身の幸運に安堵する。


正面爆弾倉への着弾は、信管への直撃が無かったのか爆発はしていない。

銃撃もゆっくりと左にずれていた事もあり、直撃は免れたようだった。


即座に彼は銃座から降り辺りを見渡し、同時に困惑する。


強力な銃撃により、機体前方への道はズタズタ。

無理に進めば床が抜け、そのままフリーフォールを体験するだろう事が分かる程に。


オマケに銃座もボロボロで、このまま座り続け崩壊したらたまった物ではない。

残された選択肢からすぐさま尾部銃座へと駆け出し、ミックの居る所へと向った。



「何だ何があった!?」

「敵襲だ敵襲!」

「嘘だろ!?」

「嘘言ってどうする!機体脇から上に抜けてった!」



その言葉にミックは困惑しながらも、直ぐに目視観測をするべく機銃座ガラス面から上空へと視線を向けた。


軽い性格をしているが、コレでも機銃手として五回以上戦闘に参加して生還している。

嘘だろうと言葉にはしたが、彼も衝撃と爆音で襲撃を受けた事ぐらいは理解していた。



対して震電、鷹山は胴体を狙った事に少々の後悔を覚える。


以前の双発機…スパークボルトは簡単に真っ二つにできた。

だが、胴体をなぞる様に撃ち込んだものの撃墜には至らなかった。

やはり世界は変わっても胴体では撃墜は難しいか、等と思いながら操縦桿を更に引く。


上空で一回転するように、機首を天空から逆に地上へと一八〇度近く反転する。

その間一度も銃撃が来なかった幸運に感謝しつつ、攻撃した機の後ろ…二番機へと目標を変えた。


光学照準機に敵爆撃機を捕らえ、そのまま自由落下に近い形で速度を上げていく。

目標は…敵左主翼上面 発動機エンジン部。


移動速度に合わせ、敵機の少し前に照準をずらし、引鉄トリガーを引いた。



次の瞬間、震電から弾丸がばら撒かれる。

まるで雷のように、橙色の雨が二番機の胴体付近の左 発動機エンジン――四番 発動機エンジンに命中した。


炸裂した爆煙と破片は、発動機エンジンだけに留まらず、胴体と左主翼を穴だらけにしながら黒煙を上げる。

いや、黒煙は爆発からではなく発動機エンジンの破損から来る物だ。


震電はエンジェルの下へと降りないように機首を上に、上空へと再び上昇する。

銃火が無いのなら、態々上から離れる必要は無い。


対する二番機は、過給機付き星型空冷複列八気筒のそれに受けた三〇ミリ榴弾の破片を受け、穴だらけになり稼動が落ち始める。



『四番エンジン被弾!燃料も漏れてるぞ!』

『二番機戦線から離脱!退避行動!』



震電にある通信機からは英語の通信が漏れ聞こえて来る。

燃料配管もやられたのが、開いた穴から排気が漏れ、それ以外にも混合気や火花が漏れていた。


戦線を離脱し帰路へと進路を変えた二番機であったが、火花が混合気へと引火する。



『いっいかん!エンジン出火!』

『メーデー!メーデー!』



煙は尾を引き、通信からの声は悲鳴へと変貌する。

炎はゆっくりと発動機エンジンへ吸い込まれるように、燃え広がる。

消化装置が無いのか、一向に消える気配は無い。


次第に通常飛行すら出来なくなったのか、徐々に高度を落とし、終いには主翼が熱に負けへし折れた。


胴体は自重と引力に引かれ墜落する。

そして折れた主翼は、浮遊鋼と残った発動機エンジンの推進力によって上に下にと無作為に暴れながら落下していった。


鷹山は極稀に飛んでくる防護機銃からの弾幕を意識しながら、最後尾の三番機へと目標を変える。



だが彼らも負ける訳には行かず、銃座から銃火を放つ。

とは言っても、震電へ攻撃を続ける銃座はミックの座る一番機尾部だけであった。



「クソッたれ!速すぎてあたらねぇ!」



バリバリと弾丸を消費し、バラバラと薬莢を生産しながら、彼は叫び引鉄トリガーを引き続ける。

だが彼自身が言った通りに、震電の速さは彼らにとって未知の速度であった。


ほんの少し先を狙った所で、弾丸が到着する頃には震電ははるか先に飛び去った後。

未経験の速度に翻弄されつつも懸命に弾丸をばら撒くが、もはや無意味に消費を続けるだけに見える。



「クソッ他の銃座は何をしている!」



そして銃座を失い、今では尾部銃座装填員となったロバートは、悪態を付きながら次の弾薬箱に入っている弾薬ベルトを掴んで叫んだ。

何も出来ない彼にとって、今の光景はただただ歯痒い物であった。



「何か出来てたら撃ってるさ!」

「じゃあ何で撃たない!」



弾切れに合わせるように、ミックは彼にそう返した。

察したロバートも、即座に空になった弾薬箱を外して取り付け作業に入る。



「この機体の構造知ってんだろ!上部銃座何ざ最初からねぇよ!」

「何で!」

「元より想定してねぇからだよ!」



そんな叫びを遮るように、遠方で爆発が光となって彼らを照らした。


三番機胴体内部の爆弾倉内にある爆弾に、それこそ運悪く信管へと着弾したのだろう。

爆発は爆発を呼び、誘爆に次ぐ誘爆を起こす。

発動機エンジンが、機銃弾薬が、燃料が、そして機体自体が空中で派手な花火へと変貌した。


残されたのは彼ら一番機のみ。

だが機体は退避行動にすら移らない。



「何で退避しない…クソッ!」

「おい待てって!」



ロバートは少将へと直に撤退を進言するべく駆け出す。

が、突然ガクンと機が左に傾いた。


素早く近場の突起に手をかけバランスを取り、ようやく離脱を決意したか、と安堵し…疑問へと変化する。



機体がどんどん傾斜し続けている。



退避行動にしてはおかしい。

何が起きているんだという予想と共に、ガタンと前方扉が傾斜に負けて開く。


そして、その先の惨劇に現状を把握する。

先の銃撃は、内部にまで到達していたのだ。


それは数発が操縦席下面、航法通信室下、そして爆弾倉扉に当たり炸裂すると共に外壁をボロボロにした。

だがその次に飛来した弾丸が、開いた穴へと入り中で炸裂した。

一二.七ミリ徹貫弾ですら人間は肉塊に変わる……三〇ミリ榴弾なぞ考えるまでも無かろう。


開いた扉から先に、助かるであろう人間は一人もいなかった。


二人居た操縦士は、片や血だらけになった椅子からだらりと腕を下げ動く気配は無く、もう一人は操縦席の椅子すらない。

通信士は扉の関係上足しか見えないが、反対側に上半身がある時点で絶望的。

少将に至ってはぐちゃぐちゃになり目すら見えなくなった状態で、炸裂した腹部にばら撒かれた臓器を必死に戻そうとしている。


正に地獄絵図だ。



「ッ…離脱は無理だ…脱出準備!」

「もうとっくにしてる!」



ミックは彼の叫びより前に、パラシュート他脱出用装備一式を背負って準備を終えていた。

彼もすぐさまパラシュートを背負い脱出の準備を始める。


最初から背負えばよかったと思いながら背負うと共に、ミシミシという嫌な音が響く。


傾いた機体の中で、慌てながらパラシュート準備を終えるか否かと言うタイミングで、穴だらけだった機体が折れ始める。

機体がもう持たなかった。


次の瞬間、扉のあった位置からバキバキと折れ、強風と共に彼らは倒れこむ。


折れた位置が悪かったのか、尾部側を下に上を向いて高度を上げ始めた。

尾部の方が浮遊鋼の使用量が多かったのか、それと共に尾翼部発動機エンジンが重かったのか。

…恐らくどちらとも原因であろう。



「い…生きてるか!」

「死んでたまりますかぃ!」



彼らも必死になってしがみ付きながら、動きが収まるのを待つ。

が、壊れた尾部は徐々に速度を失いながらバランスを失い始める。

不運なのは、先の二番機の主翼と同様、失速と共にバランスを崩して暴れるように落下を始めた事だろう。


機内はまるでミキサーのように震え、衝撃が彼らを襲う。



「がッ…!」



しかし彼の幸運も切れたのか、ロバートは衝撃に意識を手放しかけ、外へと放り出された。

即座にパラシュートを張り落下死だけは回避しつつ。



彼は意識を手放す。

だが同時に、薄れ行く視界の中を悠々と飛ぶ震電をしっかりと記憶に刻みながら……








ユニティス合併国試作超大型爆撃機『エンジェル』

型式番号BX-5


ユニティス内にて考案された『高高度爆撃論』の元開発された、新型超大型爆撃機。

片翼に四機、尾翼に二機の合計十機の過給機付きエンジンを積んでいる。

爆弾搭載量と高高度運用の為に徹底的に軽量化され、結果銃座は下部のみで酸素呼吸器すら無い。

三機が大和爆撃に参加するも、その身をもって震電の脅威を味わう事になった。

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