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エンテの鷹 -震電、異世界の空を征く-  作者: 神風 翼
第壱章 異世界の空へ
7/8

Angel Flight

三本の滑走路に青空。

連なる格納庫や燃料庫の群れ。

露天駐機中の戦闘機や爆撃機、果ては攻撃機や偵察機に輸送機。

…そして離陸中のF-22スパークボルトの姿。


その機が離陸を終えると、爆装を済ませた四発爆撃機であるB-4マローダーが待ってましたとばかりにエンジンを掻き鳴らし速度を上げる。

さらに隣り合わせに作られたもう一つの滑走路には別のスパークボルトが誘導路から滑走路へと歩を進めた。


目的地は二週間ほど前に占領した前線基地、元は神威基地と呼ばれていた元大和所属の場所。

命令書により十数時間後に神威基地…もといカート空軍基地より飛び立つであろう攻撃部隊の補充に、と先程下した命令によって飛び立った。


この基地より自軍基地三、元大和所属基地五のうち三つを経由して到着するだろう機を、廊下を進みながら坊主頭の彼…大和方面攻撃司令官のジャック・ハモンドは見つめた。



ここはユニティス空軍の大和方面攻略を担う司令部――アルバート基地。

それこそ大和から見てユニティスに一番近い浮遊島の基地である。


規模としては大型の滑走路が三本のみと大和航空基地と比べると少ないが、その分修理工場や燃料弾薬庫等が大量に存在している。

それこそ大和方面の基地への補給物資の集積基地としての機能もあり、その規模はもはや一国の物資量と同等とも言える程だ。


修理工場は被弾や故障によって破損した機…それこそ修理では戦力化が難しい場合でも艦で輸送しこの地で修復すれば再戦力化がほぼ可能。

燃料弾薬は本土からの補給が途絶えた状態でほぼ毎日戦闘があろうとも、最低でも三ヵ月前後持つほど。

病棟や兵員寮も完備され、この基地一つでも大和と十二分に戦争が続けられる戦力を有している。


そんな基地から最前線へさらに戦力を送ったのだ。


その数は六機の爆撃機マローダー、四機の護衛戦闘機スパークボルトの計十機。

数としては非常に少なく感じるも、実際は各機に装備された武装と大量の防護機銃の総火力は大和の戦闘機中隊に匹敵する程。

それこそ大和の現有戦力ならばこの部隊だけで十分であろう火力だ。


…だが、この攻撃も失敗する。

彼は窓の外を見ながらそんな確信を持ちつつ、会議室の扉に視線を移した。


正直行きたくないな、と思いながらも彼は金属のドアノブに手を掛け深呼吸をすると力をこめて回す。

するりと、そしてガチャリという音と共にドアが開き、電灯により明かりの篭った会議室へと繋がる。


そこには十数人の様々な人間が丸い机を囲んで座っていた。

軍服も、髪の色も、肌の色も、それこそ人種も違う人々が扉が開く音に全員が全員こちらに視線を向ける。


一瞬怯みかけた彼はいつもの冷静な態度でそれを隠し、小さく苦笑いをしながら一つのみ開いている席へと歩を向けた。



「申し訳ない、大和攻撃に関する仕事が残っていてね」

「いやいや、雑談に夢中で気にならなかったよ」



そう彼は謝罪しながら席の名札が自分の物かを確認しながら席に付いた。

と同時に、一番奥の席に座った金髪を短く切りそろえた男がにこやかに、それでいてしっかりとした声をかけてきた。

内心「そんな事考えてない癖に」と悪態をつきながら座ると、声をかけてきた彼――ユニティス空軍最高司令官、アレックス・デュランは言葉を続ける。



「では諸君、月一の定例集会を始めるとしようか」




――月一定例集会


ユニティス空軍の各方面の部隊司令官や技術者が、毎度違う基地に一月に一度集まり行う集会。

主に各指令から報告される被害と成果から、一月の間の軍事費の配分を会議で決定して分配。

さらに現在の攻撃状況や進行状態、それに伴う被害や結果を報告しそれに意見や評価を出し合う物だ。


これだけ聞けば実に意識の高い軍部だ、と思うだろう。

何せ各司令官が出した被害や成果を語り合い、そこで年間軍事費を一月毎に成果や被害毎にさらに分配しているのだ。


だが実態はもっとどす黒くドロドロとした物である。




「はっはっはっ、君の所はもう勝利目前とは羨ましい限りだね。

もし足りなければ直ぐにでも援軍を出すよ」

「私も協力は惜しまんさ、同じ空軍の好だからな」

「恐縮です…もしもの時は直ぐにでも連絡させていただきます」



ニコニコと笑みを浮かべる別方面軍の司令官の言葉に、ハモンドは笑みを浮かべながら答える。

それに同調するかのように他の方面軍の者たちも我も吾もと声を上げた。


…だがハモンドは内心「戦果が欲しいだけの業突張り共め」等と悪態をつきながらも答え続けた。


内容はほぼ全て「必要になったら連絡する」という物。

言外に「手を出すな」とけん制しているような物である。


だがそれに対してアレックスは言葉を続けた。



「ここまで攻略できた事に関しては感嘆すべき内容だ、素晴らしい流石だよ」

「ありがとうございます」

「…でもね、本土を残してから早二週間……一切の戦果が無いというのはどういう事だい?」



そう、笑みを浮かべながら問いかけられる。



この二週間、規模は先ほど上がったのとまったく同じ十機編隊による攻撃。

だが今日までで六回の攻撃は全て失敗。

ただ被害が拡大する前に後退した為、これまでの被害は本作戦に参加した機体の二割以下に抑えられた。


…いや、正確には抑えさせた、と言うべきだろう。


彼は最初から被害が増えそうならば、拡大する前に即帰還する様に命令を出していたのだ。

それはごく当然であり当たり前の事であるように。


…当然だろう。

もしこの業突張り共に任せたら大和がどうなるか分かった物ではない。


元々大和との外交官を務めていた彼にとって、大和は親しみや信頼を重視する国民性を持った穏やかな国。

可能ならば争う事はしたくなく、必死の外交努力を続けてきた。


だが結果はユニティスからの宣戦布告。


あの国に攻め入る事は彼にとっても受け入れがたかった。

まるで友人のように接してくれた前帝の恩を忘れたわけではない。


もしユニティスの勝利主義に凝り固まった奴等に任せたらどうなる事か。

それを未然に防ぐべく、彼はあの手この手でこの大和方面攻撃司令官という立場に入り込んだのだ。



「大和からの再三の降伏申請を受け入れない、という事が気がかりかね?」

「…元外交官としては、それを受け入れない上層部に憤りを感じているのは事実ではあります」



そう言い放つ。

その発言を怪訝な表情で見てくる周りを一通り睨み返し言葉を続けた。



「ですがその命令通り、降伏を受け入れず大和に住む人々を虐殺しろというのはいささか……」

「ハモンド君…」



彼のその物言いに対しアレックスはしかし、と手を目の前に組んで見つめ返す。



「大和とその向こう側は我々にとっていわばフロンティアだ」



その眼光はハモンドを見つめるようであった。

だがその瞳の奥には大和を抑えることによって得られる益を見ている。



「地上の資源、向こう側にある巨大な貿易市場、広大な領土と新たな技術を得られるかもしれないチャンス。

これほど国益になろう物を君は指を加えてみていろ、とでも言う気かね?」



ユニティスが未だごく小規模しか得られていない希少鉱石。

大和の向こうにある貿易都市シェンリーとの利益。

あるであろう向こう側の別の技術。

それは莫大な国益を生む事ぐらいすぐに解る。



「その為ならその地に住む連中の整理程度はキッチリとこなして貰いたい物だ」



だがそれでも、であった。


ハモンドにとって大和は対等な存在。

例え国力があろうとも、軍事力に差があろうとも、人口が、土地が、国営費があろうとも、だ。


そんな相手を彼は何と言った?

彼は頭に血が上る。



「整理?他国の国民を『整理』しろと仰るか!

その態度がどれ程傲慢か!その行動がどんな国際批判を呼ぶか!後の歴史家はどう判断するか!」

「ハモンド君」



バン!と机を叩くように立ち上がり声を荒げた。

だがそんな態度も何処吹く風だとでも言うかのように淡々と……



「君は今『外交官』なのかね?それとも『攻撃司令官』なのかね?」

「ぐっ……!」



そんな当然とでも言うかのような毅然とした態度で問い返されてはもはや言葉が出なかった。



「君は元外交官でありながら攻撃司令官に私が抜擢した。

それは君の能力と意気込みを汲み取った結果であり、同時に結果を出さなければ意味はない…違うか?」

「それは……」



正論である。


例えどんな理由があろうとも軍務に付き、相手を攻め落とす事が命令であるのならばそれに従わなければならない。

それが例え元外交官であっても、今はただの一介の軍人――司令官であるならば。



「――勝利した者、それが全てだ」



その一言に周りの者は一同にその通りだと賛同し、彼は再度座りながら苦い顔をする。




経済的にであろうと、技術的であろうと、手に入れたものが勝者であり手にできなかったものはすべからず敗者となる。


貧しいものは金を、技術者は高性能化を、兵士は戦果を欲する。

何もしない者は愚者であり、現状で満足する者は永遠に搾取され続ける立場となる。

絶対勝利主義…とでも言うべきその思想は、ユニティスにおいて一般的な物であり心理であった。


持つ者が頂点に立ち持たざる者は地を這う。

昨日の勝者を今日は敗者へと下す、逆もまた然り。


大和のように街頭に誰でも使える浮遊鋼を使った水源がいくつもあるのとは対照的に、水ですら金がなければ得られない。

まさに弱肉強食の縮図のような社会構造が普遍的に受け入れられている。


この定例集会すらもそれに該当する。



「…まぁ、大和を丸裸同然にしたその功績は褒めるべき戦果ではあるが…ね」



将校の一人のその一言に、皆が皆先程の喧騒などなかったかのように褒め称える。

持つ物が勝者、その勝者のお零れにありつきたいと言うのが本音なのだ。


勝利の戦果は更なる昇進、そして金の得られる最善手。

貧しいのならば軍人になり戦闘機だろうが爆撃機だろうが、それこそ歩兵だろうがなんだろうがなって戦果を上げればいい。


ただ皆が皆金の為ではなく、中には今の地位に満足している者もいるがそれはごく少数派。

地位の為ならば幾らでも他者を扱き下ろし新たな席を作ろうとするだろう。



「…それに対してヴェオルフ方面軍…どうにも戦果が上がってないようですな?」

「ですね……例の新型はどうにも壊滅状態だという噂も聞きましたが?」



強欲共めと何度目か解らない悪態を内々に溜め込みながらも、その標的が変わった事に安堵する。

そう、彼の立ち位置が元外交官という特殊な物で無ければ今回の標的はきっと彼だったのだから。



「…何の事かな」

「とぼける必要も無かろうて」

「例の『高高度本土爆撃論』…どうも失敗だったようですなぁ」



一同の視線はヴェオルフ方面攻略を担当している一将校へと向けられる。

茶髪の若い将校――ランドルフ少将は目付きを鋭くしながらその言葉に返す。



「失敗ではない、奴等の対応が早すぎただけだ。

運用次第では今でも十分有用な戦術であり今後も続ければ高い戦果が……」

「その戦果を上げる為の新型機の大量生産が中止されてもかね?」

「試作機五機の作戦成功を喜んで、正式採用前の機で三百五十機もの発注命令…最終的には三十五機で生産終了だったかね」

「初期試作機を十分の一も生産しただけでも相当な物だとは思うぞ?」



口々に彼の失敗を突いていく。

まるで獲物を見つけたかのように全員が全員…それこそハモンドは別だが、彼を攻め立てる。



「八回の出撃で現存機は一桁にまで減ったと言う噂もあるが?」

「噂は単なる噂でしかない。

未だ多数の機が現存しているし予備部品もある…組もうと思えばさらに数十機の確保も可能だ」

「ハッタリかね」

「事実だ。

現に新型三機でこの集会に姿を現したのが証拠だとは考えないのか?」

「それがハッタリだと言っておるのさ」



同じヴェオルフ方面の将校からも突かれる。

その光景はまさに「いじめ」のそれであり余りにも惨い。


孤立無援である彼を守ろうとするものは誰もいない。

当然ハモンドも同様であった。


勝利の為なら他の国民など屁でもない彼らには、声に出せばそれこそ何故だと問われかねない。

民間人も多数いる本土を空襲する事自体、ハモンドにとっては忌むべき作戦であったのだから。



「初期試作五機と先行量産された三十五機の計四十機ももう数機のみという噂は本当だったのか…」

「『エンジェル』なんて大層な名前の割に、対した戦果も上げられなかったとはな」

「大体最初から本土を直接爆撃する作戦など、成功するはずが無い事ぐらい考えればわかる筈だろうに!」

「我がヴェオルフ方面司令部も同感だ。

被害も馬鹿に出来ないようだし…これは少将の責任問題と考えてもらいたい」

「まぁ待ちたまえ諸君」



その一言。

総司令のアレックスが手を前に出しながらの一言で喧騒はサッと止まる。



「とりあえず責任問題は仕方が無いとは言え、今回の集会の目的…戦果と被害に伴う軍事費用分配に関する会議をしようじゃァないか」



そう言って手元の資料を立てながら並びを綺麗にするとにっこりと笑みを浮かべる。

その表情はまるで張り付いたかのような、仮面のような恐ろしさが見て取れた。






 ―――






「ハァ……」



軍事費用分配会議は昼休憩を挟む形で中断した。


新たな作戦の為に必要な軍事費を得るべく、その重要性を納得させるべく口頭泡を飛ばしながら叫ぶ司令官。

交戦によって受けた被害から欲する受領費用を減らされまいと、この被害が仕方が無いものだったと語る指揮官。

戦力増強を考え、新たな資金を得ようとする他の部隊をけん制しようと粗を探す将官。

現在の敵戦力の増強から来る新型機開発に資金を回すべきだと、完成後そちらにも得られる物があると納得させる技師。

そんな会議は高まるところまで来て、昼時を示す時計の音にアレックスが中断を宣言してこうなった。


今は昼時。

食事をしなければ話し合いも何も無い。


そうしてこの基地の司令官でもある自分も、昼食を乗せたトレーを手にしながら廊下を進む。

半ば自室と化した司令室で食べよう。


そんな思いから扉を開け、瞬間言葉を失った。



「おうハモンド」

「…何故この部屋に居られるのか」

「居てはいかんのか?」



本来自分の席である机に着き昼食を食べている男。

先程からずっと同じような笑顔を浮かべている空軍最高司令官のアレックスの姿であった。



「…ここは自分の部屋です」

「知ってるとも」



予想通りのその一言。

ハァと一つため息をつくと手前の談話用のソファに着き、手に持っていた食事を机に置いた。



――アレックス・デュラン空軍最高司令官


その軍隊運用能力の高さと、航空戦力をユニティスにおいて初めて運用し大戦果を上げた存在。

今でこそ空軍最高司令官という立場を得た男は、スプーンでぱくぱくと食事を口に運びながら笑みを浮かべ続ける。


自分にとっても彼は邪険に出来ない存在だ。

何せ元外交官であった彼にこの大和方面攻撃司令官に抜擢したのは、他でもないアレックスなのだから。


フォークをサラダの葉野菜にざくりと刺し、ゆっくりと口に運ぶ。

しゃきしゃきと音を立てる野菜と酸味の利いたドレッシングの味に一息つく。



「…納得行かんかね?」



そんな自分を見かねたのか、アレックスはふとそう声をかけた。

それに対し当然とも言うべき態度でフンと鼻息荒げに返す。



「当たり前だ。

あの国の前帝どころか国民にもよくしてもらった恩を忘れる訳がない」

「恩…ね……」



アレックスはよく解らなそうな顔をしながらスプーンを運ぶ。



「君には解らないと思う。

だがあの国を…上からの命令とはいえ、一方的に破壊し虐殺するというのは私の良心が耐えられん」

「それが例え我が国の発展に必要な事でもかい?」



彼のその言葉にそう問いかけるも、ハモンドは態度を変える様子はなくプレートの肉にフォークを着き立てた。



「ならば君は友人や家族を殺せと命令されて引き金を引くか?」

「国益の為になるなら即座に」



その答えに想像通りだった物の、絶句する。

だがその反応に笑みを崩さずアレックスは言葉を返す。



「大和の降伏を受け入れたとして、その力が再び我々に向かないとは言い切れない。

何せ銃の無い時代に、女子供ですら兵隊を殺す程の戦闘民族である事を考慮しても…ね。

遠い目で見れば、あの国の国民ごと居なくなってくれた方がいいと私は考えるが?」

「それが国際批判を浴びようともか」

「我が国の力を前に声をあげる馬鹿はそう居まいさ」

「……傲慢だな」

「家内にも言われた」



そこまで言うと同時に食事を口に運んだ。

スープを飲み、パンを咀嚼する。


そして一息ついて再び言葉を告げる。



「…さっさと成果を上げないと横から掻っ攫われるぞ」

「ご心配なく、連絡の無い機は途中基地での補給はしないように命令は下してありますので」

「したたかな物だ」

「第一給油も無く大和本土へ行ける機など居らんだろうに……愛国狂人め」

「知っている」



アレックスはそう言うと最後に残ったコーヒーをゆっくりと楽しむ。

香りと苦味、そしてほんのりと感じる酸味に「これだこれだ」と言葉をつむいだ。


が、そこに扉を叩く音。


「入れ」と短く返すと基地管制塔員の軍服を着た兵士が入ってきた。

が、司令席に座る最高司令官をみて一瞬ギョッとする。


だがそれも「気にせず続けたまえ」という彼の一言に、怯みながらも姿勢を正した。



「先程大型爆撃機群が離陸したとの報告を管制塔より受けまして…」

「離陸?何処の所属機だ」

「ランドルフ少将貴下の爆撃機群です」

「…何?」



おかしい。

未だに軍事費の分配会議は終わっていない。

なのに何故勝手に帰還するのか?



「離陸許可は出ていない筈だが?」

「どうも無許可のようで…滑走路が開いた隙に三機全て離陸しました」

「一体何を……」

「編隊は離陸後、高度を上げつつ方位2-1-0へと転進」

「何だと!?」



そこまで言って、先ほどからの会話とその一文にハッと振り返る。

見つめる先には、椅子をゆっくりと回して空を眺めるアレックスの姿。



「『天使は飛び立った』…か……」



先程と変わらない笑みを浮かべながら、彼はコーヒーに再度口をつけた。






 ―――






ブロロロ、という発動機エンジンの音と緩やかな振動と共に、緑色に塗装された双発機。

場所は大和より数十キロ先、目と鼻の先にある占領された神威基地の防空網に引っかからないギリギリの位置。

「402-02」の部隊数字を尾翼に掲げ、高度五〇〇〇を悠々と飛ぶ機、一式偵察機『天地』その姿。


新たな攻撃隊を発見するべく、四〇二偵察飛行隊二番機こと呼称『オオワシ弐』の搭乗員は目を光らせていた。


機首正面銃座、機体後方下部銃座、そして風防キャノピー内の計三ヶ所五名。

考えられた配置により、ほぼ全方位を見渡しながら偵察を続けている。


神威基地が占領されて早二週間。

本土への被害も無く部隊の損耗こそ少ない物。

ただ、防空戦闘大隊の被害と同様に戦果も何故か少なく、敵機は煙を噴くなり即座に反転・撤退を繰り返していた。


毎度十機近い編隊がほんの僅かな被害で逃げ帰るばかりで、成果は乏しく。

爆撃機三機、戦闘機二機の撃墜記録はあるも、防空戦闘大隊の被撃墜数は総合で一〇を超えた。


オマケに頻発する本土攻撃はすでに七回を超え、市民の恐怖も軍部の緊張も高まり続けている。

が、逆に本土攻撃が失敗しているのは、彼ら偵察飛行隊の綿密な偵察行動による早期発見にある。

本土に居る人々に対して幾度の早期発見による防衛成功は、そのまま彼ら偵察員の士気の上昇へと繋がっていた。


指揮の高さは真剣度の高さ。

ただただ、全員は無言で偵察を続けていた。


しかし、である。



「……ん?」



周囲を観測していた通信席に座っていた彼はふと、違和感を覚える。


長距離を目視で見つめ続け、目に疲れが溜まったが故に上を向いて目を休めようとした。

その際、視界の中、太陽から少しずれた位置に黒点を見る。


高度五〇〇〇の上空。

敵攻撃隊は多少のズレはあろうとも、いつもこの高度からの侵攻だった。


それ以前に、更なる高高度飛行は発動機エンジンに多大な不具合が発生する為にほとんど行われていない。

それが例え過給機を搭載した高高度仕様の機体であろうと、だ。



「…高高度、何か居るぞ」

「何?」



その言葉に、操縦士は操縦桿を股に挟んで固定し、背後の通信士の指差す方向へと視線を向ける。



「…確かに居るな」



そのまま双眼鏡を手に更によく見ようとレンズを覗く。


最大倍率にしてようやっと見えた程度で、その姿は余りにも小さい。

だが、その姿は小さくとも分かるほどに居様であった。



「…おいおい、化け物かよ」



翼に八、さらに尾翼にも二。

合計十の発動機エンジンを搭載し、その後ろに薄らと飛行機雲を棚引かせていた。


余りにも異様。

恐ろしいほどの異形。

しかもそれが、分かる限りで三機。



「…観測準備は?」

「もうしてる」



彼の言葉に通信士は足元から専用の観測儀の準備を始め、それを見た彼も双眼鏡を置いて機体を水平に保ち速度を調整し始める。

スロットルを落とし、腕時計を確認。


その時、ブワッと風が操縦席に入り込んだ。


観測の準備が出来たんだな、と彼は速度と水平飛行を保つことに専念する。

対する通信士は風防キャノピーを開放し、操縦席後方の防風板を上げる。

同時に操縦席をジャッキレバーで所定位置まで押し上げ、観測儀のレンズ部分を伸ばし肩へと構えた。



三角測距儀。

大和ノ国における、人が持てるサイズの簡易高射装置の事である。


構造は三角…とは言ったが、むしろ六分儀に近く、稼動部分が多い。


底部は肩当て側から先端、その先端に稼動板があり、その稼動板中央に測距儀がある。

基本は底部を肩に押し当てつつグリップで固定しながら防風版に当て水平にし、稼動板を動かし測距儀で敵を中央に捕らえる。

稼動板側の先端にも垂直版と呼ばれる板があり、この三つを動かして『直角三角形』を作るのが基本。


こうなれば、直角となった交点と敵を線で結ぶ事で、大きさの違う同じ形状の直角三角形が出来上がる。

後は稼動板の長さと敵との距離の差を調べ、その差分を掛ければ……。


・底辺が自機と敵機との水平距離差。

・垂直部分の数値が自機と敵機との高度差。


…となる。



「速度一〇〇固定、時間合わせ!」

「3、2、1…」



更に速度を一〇〇キロにして時間も合わせ、一分毎に計測すれば敵の速度も計測可能。

…その為、偵察隊の通信士になるには、恐ろしい程の学力や計算力が必須とされている。



「…嘘だろ?」



が、そんな彼は測距儀が弾き出した数字を見て困惑した。


確かに小型の測距儀では、距離が離れれば離れるほどにズレは大きくなる。

それでもこの数字はどういうことだ、と再度調整するも近似値が出るばかりでほとんど変わりが無い。


しかし、その数字が現実の物だと理解すると、今度はサッと血の気が引いた。


速度計測まで終えると、素早く席を元の高さに戻し、防風板と風防キャノピーを戻す。

同時に彼は吼えた。



「至急!エンジン出力落とせ!ノイズが混じる!」

「お、おぅ?」



そう言うと、席に添えつけられた短長符モールス通信機に噛り付くように向う。

鬼気迫る顔で、ただ只管にトンツーと連続で打たれる電文。



『四〇二〇二 ヨリ 緊急電文 敵爆撃機接近』


『大型一〇発機、本土到着マデ一時間』






『測定高度…八〇〇〇』

大和乃国二式砲撃戦闘機『刃龍』

型式番号YH2


一式砲戦叫龍の改修を施している間に設計された、完全新規の単発単座砲撃戦闘機。

逆ガル翼により機体位置を高く配置し、その機体下部に三七ミリ短砲身榴弾砲を搭載している。

破壊力は上がったものの射程は短く搭載弾数は十二発のみで、挙句速力は一式戦以下であった。

防護機銃も無く、格闘戦もできるが武装は榴弾砲以外皆無と燦々たる物。

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