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エンテの鷹 -震電、異世界の空を征く-  作者: 神風 翼
第壱章 異世界の空へ
6/8

これからの日々

目を閉じているのにもかかわらず、強い光を感じる。


眩しい、という至極全うな反応で体を横にし光に背を向け意識を手放そうと脱力。

だがそれとほぼ同時にぎぃという音と共に何者かの気配を感じる。


これが暗殺者や殺し屋であるならば飛び起きるのだろうが、ここ数日でもう成れた感覚であった為に目を薄っすらと開けた。


ぼんやりとした視界の中にはごく一般的な家具やらが置かれた自室。

そして扉を閉めながらこちらを見ている一人の女性。

紺と白という目立ちすぎず主張しすぎず、そして同時にわかりやすい色合いの侍女服を着た彼女はゆっくりとこちらに歩を進める。



「旦那様、朝です」



そんな声と共に揺さぶられ「起きなくては」と潜在的に思考する中、睡魔にずるずると意識を引っ張られる。

かつての軍時代なら起床ラッパでたたき起こされる所だが、ココではそれも無いしまだ時間的余裕もある。


そう二度寝しそうな自分に、ほぼ無表情とも取れるじと目をこちらに向けている琥珀。


気にする事は無いと目を閉じる。

が、常に視線を感じ続ける。


別に非難されてる訳でもないのだが妙に居心地が悪くなってくる。



「…わかった、起きるから止めてくれ……」



そう搾り出したように言いながら体をゆっくりと起こした。

それを見て彼女も笑みを浮かべ「おはようございます」と言われ自分も返しながら寝床から這い出た。



あんな視線を延々と続けられたら眠気など吹き飛ぶわ。






 ―――






天空暦一四八八年七月二二日。

この世界に来てから、日付的には丁度一週間。

最初は戸惑いと疑問が延々と続いた彼も、既にだいぶ順応していた。


食事に米は無く基本はパンに野菜や肉ばかり。

電気は基本軍施設や主要施設にしか通じてない。

ラジオは大通り等に立てられた放送塔から有線で流されている国営放送のみで個人のラジオは無い。

機関車や自動車は日本とそれほど変わらない、等々……


あえて故郷を思い出さないようにしているのかもしれないが、もはや彼にとって日本との違いは興味の対象にもなりつつあった。


アレは何だ。

これはどういった物なのか。

まるで子供のようにあれやこれやと騒がしく…とまでは行かないが、少々はしゃぎ過ぎた。



今では随分大人しく、かつての通りの日常に戻りつつあった。



そんな中、長島班長からの連絡を受け「大和重工業航空設計局」へと向う事になった。


連絡により早々に設計局から迎えが来るが、その際に彼女が「付いていく」と一悶着あった。

が、常に横に護衛として付き従うのは逆に怪しい。

何せ彼の事は一切公表しておらず、それなのに彼女が見えると…等と説得する事になったが……それは置いておこう。



とまれ、彼は彼女に家を任せ設計局に出向き班長の元へと向った。



家を出て道なりに進み、意外と近かったのかすぐに到着した。

以前は帝と基地指令である灰野と傍聴対策込みでやってきた事もあり遠い印象を受けていた彼は、その近さに驚く。


何せ位置としては基地のほぼ隣であり、現在の自宅のある場所からほんの数分の位置にある。

周囲に目立つ建造物も無かった事もあり、目と鼻の先でありながら一切判らなかったのも大いにあるのだろう。


以前と同じ正門を抜け、滑走路と併走する形で設計局の事務所へ進む。

そんな途中、ふと滑走路に視線を向けた鷹山は、試作機と思えるオレンジ色塗装の機が滑走路に出てきたのを見つけた。


風防キャノピー上部に短砲身を乗せた単発機。

なんともアンバランスで不安定そうなその機に視線を向けるも、次の瞬間フッと事務所に遮られ姿を消す。


技術者として興味がある。

だが、呼ばれた身でありながら寄り道する訳も行かない。


すぐその後に止まり、降りない訳にも行かず彼はドアに手をかけて開いた。



「お呼びして申し訳ありませんな」

「いえ、そんな…」



そしてすぐそこに居たのは呼び出した本人である長島班長の姿。


いきなりの登場にどきりとした彼であったが、班長の以前会った時と変わらないにこやかな笑みを前に直ぐに平静へと至った。

対する班長も変わりなく、堂々とこちらへと事務所入り口へと手を向けた。


それが事務所への案内である事は彼は直ぐにわかった。

が、先程見た試作機の見学がしたいと一瞬言おうか悩み、別件で来た事を思い出してその一言を飲み込みながら事務所へと入る。



若干の後悔を覚えた彼だったが、その思いは直ぐ後には吹き飛んでいた。



廊下を少し進んだ先。

その一番奥にある扉には「第一設計班」のプレート。


第一班の班長である彼は、鷹山に苦笑いしながらドアノブに手をかけると。



「はは…少々散らかっていますが、まぁ気にしないでください」



そう言って木製のドアを開けた先には、製図室と共に存在する格納庫と見覚えの無い中型の双発機が鎮座していた。



「散らかってるなんて…とんでもない」



そう呟く彼であるが、棒立ちのまま視線はその設計中の双発機に釘付け。

そんな様子に班長はははは、と笑うと必要な物を探しに資料の森となった製図室を奥へ奥へと単身潜り込んだ。


彼はというと、班長が居なくなった事など気付かずにその双発機へと歩み寄りあちこちから眺め始めた。


試作機以前に設計途中なのか、未だに塗装されていない銀色。

風防キャノピーは無く露になったままの操縦席と後方銃座。

機首には三〇ミリ以上に見える大口径砲が先端に一門と小口径機銃口が左右に一つづつの計二機。

鷹山からすれば、資料で見たことぐらいしかない陸軍の双発重戦闘機に見えるそれは、風防キャノピー以外に発動機エンジンすら付いてない状態だった。


設計からして、おそらく対地攻撃機か対重爆撃機用の大型機なのではないかとあたりを付けつつ、開放されたままの機首側面の桁の隙間から中を覗き込んだ。

そしてその砲の構造にただただ「なんだこれは」という思いと共に眉をひそめた。



「お粗末でしょう?」

「うん…あ、いや」



背後から班長がやって来たのに気が付いたのはそう声をかけられてからであった。


鷹山はただただ問われた言葉に素直に返し、悪いことを言ったと思うも班長は一切気にした様子は無かった。

それ所か、逆に彼は苦笑いしながら弾丸と資料を手に鷹山と共に中を覗き込む。


高射砲を流用したのか装填機構は手動。

発射はどうにも操縦席での引鉄トリガー式ではなく、拉縄を引く野砲式。

その癖砲身は短く、装填機構部分頭上に操縦席があり、行動範囲は劣悪なんて所ではない。


搭乗員の活動など考えてないんじゃないか、という作りである。



「三式砲撃戦闘機の設計採用に間に合わせようと開発してたんですが、残念ながら間に合わず……」

「それでこんな急造設計に……」

「まぁそれ以前に設計要求に合わないと却下されましだがね」



班長はハッハッハッ、と笑いながら彼に弾丸を手渡した。

彼もその一言に「おいおい」と思いながら受け取り、それが何なのかを理解する。


震電の五式三〇粍固定機銃に使用されていた三〇ミリ弾。

…否、複製された三〇ミリ榴弾である。



「こちらは依頼されていた三〇ミリ曳光破砕榴弾の試作品です」

「随分と早いな」

「似た規格は既にありましたので試作は早い物でしたよ」



そう言われ弾丸を手の上で転がし、摘み上げ、よく観察する。

細かに調べる事は今できないが、ほぼほぼ同じ物が出来上がっている様子に鷹山は笑みを浮かべた。



「後はその三〇ミリ砲弾の試射と試射用の三〇ミリ砲の設計だけです」

「そっちはどれ位かかる?」

「そうですなぁ…既にある三〇ミリ砲の機関部を改修設計すれば…もう一週間もあればできるかと」



班長はそう呟くともう片方の手にあった資料を彼に手渡す。


そこには三〇ミリ弾の断面図や搭載火薬重量等。

想定射程距離、砲弾の想定直進弾道や様々な詳細が記載されている資料の束であった。



「想定とは言え…ここまで再現できますかね?」

「まぁ想定数値ですから全部その数値になるとは言い切れませんが…自身はありますよ」

「よろしくお願いします」



彼は一枚一枚をしっかり読み解きつつ詳細を頭に詰め込みながら班長にそう問いかけると、彼の自信ありげな姿に安心を覚える。



「ですがエンジンは少々難航しているようでして……」



だが彼はそう言うと、申し訳なさそうな顔をして資料を読み進めるように促す。

その内容は大和製の複製した発動機エンジンの詳細結果であった。



――単気筒での動作試験



ハ四三のシリンダーやシャフトと同じ構造の物を複製し行った試作試験。


…が、結果は燦々たる物。

製作された七基の大部分がシリンダー内の圧力に耐え切れず破裂。

運よく高速稼動ができた残りも稼動速度に耐え切れず、シャフトや軸が歪み三〇秒も持たずに崩壊したという。


変わりにシリンダーやシャフトの増圧や大型強化した物も作成された。


だがこちらも増圧による内部廃熱が追いつかずにシリンダーが融解。

想定出力はハ四三と同数のシリンダーであっても現在騙し騙し使っている物より低出力。

挙句シャフトの大型化による大稼動域に伴う複数搭載数の限界が指摘され、実用的ではないという結果まで出てしまっていた。



「大変申し訳ない…エンジンの開発部門の者達も全力は尽くしたのですが……」

「試作七基と強化型三基の計十基全損…ですか」

「えぇ」



そう返すと、班長は設計途中の双発機の発動機エンジン搭載部分に手を触れながら言葉を続けた。



「現在、我が国の実用に耐えうる大出力エンジンは極僅かしかありません。

現在一式偵察機『天地』に使用されている、大和で一番出力の高い複列八気筒『ヤクハ二一/カ一型』ですら過給機込みで一四七馬力が精精です。

更に言えば…それに使用されているエンジンの大きさは、震電のそれと同等でもあります。

ハ四三所か…我々からすればゼロのエンジンですらオーパーツでしかないのです」

「……………」



そんな物悲しい表情からでた言葉に鷹山は言葉が出なかった。

何せ開戦当初のゼロ戦のさかえですら一〇〇〇馬力、それの一〇分の一程度の馬力しか出ない。


協力したくとも鷹山は所詮一技術者に過ぎない。

発動機エンジンは専門企業の技師たちの領域で、図面を作る位しかできない。

一技術者として、一切手が出ない事が悔しいのだろう、と鷹山は今の自分を重ねる。


だが、そんな彼を見た班長は直ぐに我に帰りまたにこやかな表情へと戻った。



「ですが何も悪い事ばかりではありませんよ。

現在新型の砲撃戦闘機の試作も進められていますから…そう悲観するほどでもありません」



その言葉にまさか、と思い先程見た光景を思い出す。



「試作機というと…先程滑走路にいた風防キャノピー上に砲を載せた……」

「おや、もうご覧になられていましたか」



彼は鷹山の一言に話は早い、と別の資料を探しに再度資料の森へと姿を消した。



「アレは第三班の試作した単発複座式の砲撃戦闘用の試作機でしてね。

うちとは違って要求性能をしっかり守って完成された機ですよ。

上からの要求性能としては『単発機によるもしもの格闘戦を可能とした小型砲撃戦機』でしたから…まぁ双発の時点でうちの機は蹴られましたわ」

「搭載量的には双発の方がいいだろう?」

「いえね、上層部はあいも変わらず格闘戦主義でしてね…ありましたよ」



そういいながら屈んだ姿勢から起き上がるように、片手に資料を持ち笑みを浮かべる。



「悲しいかな、上はゼロの奇跡を未だに追い続けて格闘戦にこり続けているんです」

「…何処も考える事は同じなんだな」

「とは言っても――これが『試製三式砲撃戦闘機甲案』の提出資料です、…一部は格闘戦だけでは無理だと主張する方もいられますがね」

「ま、そうだろうな」

「もしもの時に備えて格闘戦能力を付与する…というのが上の言い分ですがね。

実際は格闘戦能力だけでは、双発で加速力と上昇力に分のあるユニティス機には勝ち目が無いんですよ。

今では本土爆撃もあり得ると、大急ぎで設計が進められているのが砲撃戦闘機…所謂『砲戦』です」



鷹山は彼が手にした資料を受け取りつつ捲り、眺めながら話の続きを聞く。

なんとも日本軍上層部のような凝り固まった懐古主義だな、と他人事のように思えずにいられなかった。



「砲戦は大口径砲による対大型機迎撃を主任務とした迎撃機を指す機種です」

「まるで震電…いや、局地戦闘機に近い……いやもっと………」



彼はそう呟くと、先程の双発機を見てしっかりと思い出した。


その発想、『砲戦』という機種の設計思想、武装思想こそ局地戦とは近いも少々毛色が違う。

むしろ砲戦の発想は陸軍のキ45…二式複座戦闘機 「屠龍」に近い設計思想を感じ取れた。



「今までは敵近接攻撃支援機の撃破、対地砲撃、大型目標への攻撃が前提に開発されていましてね。

まぁ…現在はその攻撃対象が大型爆撃機に移っただけですが…」

「無いよりかはマシ…といった所か?」

「ご名答」



鷹山の回答に苦笑いしながら、彼は他の資料を同時に手渡して来た。

内容は一式砲撃戦闘機と二式砲撃戦闘機の二機の図面である。


三面図からして、一式戦旋風所か零戦とほぼほぼ同じ見た目をした単座単発戦闘機――一式砲戦『叫龍きょうりゅう

対して逆ガル翼配置に胴体下部に短砲身三七ミリ砲を積んだ、上記同様の単発単座戦闘機――二式砲戦『刃龍じんりゅう



「今では一撃で大型爆撃機を確実に撃墜できるよう設計を進めてますが…」

「この装備では…なぁ」



まるで別物のような砲撃戦闘機二機の三面図に記載されている装備に、彼は困惑を覚える。


叫龍は三度の改修を受け、最終的に搭載している武装も二五ミリ砲を左右主翼内部に一門づつ計二門のみ。

刃龍に至っては速度は旋風より落ち、搭載している短砲身三七ミリ榴弾砲も一門、搭載弾数たった一二発と散々。


当たれば撃破できようが、当てられなければ意味も無し。



「二式砲戦は元々三七ミリ砲搭載型の単発単座機の開発として進められましてね。

うちの班のみが何とか搭載に成功して、それをそのまま採用されたのがこの刃龍なんですが…まぁ設計者が言うのも何ですが、現場では当て難いわドンガメだわと散々な言われようですよ。

…まぁ三七ミリ砲搭載が進められた遠因は…この一式砲戦にもありましてね?

大口径砲搭載機の開発命令が下って、第四班が提示されたゼロの資料から試作した機で…戦闘機の少なかった当時は試作段階で慌てて正式採用しましてな……

ただ主翼強度が足りず二五ミリ砲の射撃で破損するわ、急旋回で折れるわと散々で…結果三度改修されて今の形になったそうです。

一部は破壊力の刃龍よりも、旋風と同じように扱える叫龍を好む部隊もあるそうですが……」



彼は班長のその説明を聞きながら、何とも言えないままその図面を眺める事しかできなかった。



今でこそ失敗からそれらの知識の蓄積で分かっているであろう事柄が、叫龍の当時の図面からは多々散見できる。


二五ミリ砲の反動に対して主翼強度が低すぎる。

旋回時に発生するであろう主翼負荷への対抗策が初期型では皆無同然。

しかも注釈や走り書きの内容から、おそらく試験中ですら強度不足による不具合を何度か経験していると判断できる内容もある。

当時のこの世界…というより当時のこの国の航空開発事情も考えれば酷ではあるが、こうなって当然ともいえる内容ばかりであった。



「エンジンの複製もままなりませんが…震電や鷹山さんに寄りかかりっぱなし、とならない様に進めてはいますから。

とりあえず試作の三式砲戦は諸々の欠点を補う形で進んでいるので…完全にダメという訳ではないですよ」

「あ、あぁ」



そんな彼の一言に生返事を返しながら、どうにも不安がぬぐえなかった。






 ―――






設計局での話し合いも終わり、近場だからと基地まで歩いて行く事にしたが……失敗だった。


距離としては設計局・自分の暮らす家・航空基地、の三つの出入り口を点で結ぶと綺麗な正三角形ができるような位置関係にある。

だがその正三角形も一辺約一キロあり、航空基地は隣接する民間用空港もある為敷地面積的にも広く、目的地である第七格納庫も相当遠い。


軍用と民間と並んでいる出入り口から入って、そこから民間空港施設や滑走路を横目に直進約一キロ弱。

そのまま管制塔やその他建物へ行くのなら、格納庫や中・小型機用の滑走路を横目に、さらに大型機用の第一滑走路を通過で約二.五キロ。

格納庫へと向うなら途中で左へ進むのだが、燃料施設や別部隊の格納庫、さらには整備施設が複数あり第七格納庫の位置も各種滑走路最前列で管制塔近く。



「まさか一時間近く歩く羽目になるとは……」



飛行機乗りとして体力には自身があったつもりだが…息切れはしなかった物の、随分苦労する羽目になってしまった……

そう思いながら、もはや見慣れた第七格納庫へと歩を進めた。



「…少尉、随分遅かったですね」

「あぁ、近いと高を括ってな…途中で車に乗せてもらえばよかったよ」



そう、格納庫の外で作業していた技師に声をかけられた。

自分のその言葉に「意外と遠いですからねぇ」と、日光を浴びる震電の前輪付近から別の技師の笑い声が上がった。


本来ならば格納庫扉が閉じられ、基地の人間も興味が在れど見る事が出来ずに素通りする場。


だが今は開放された格納庫扉から、太陽光を反射しながらその姿を衆目へと晒していた。

近くには燃料車が停車し、再組み立てを終えた震電は給油を極最小限のみ受ける。


片やその不可思議な姿に変な物を見る視線が。

片や例の新型機の性能を見ようとする興味の視線が。

果てはただただ面白半分で覗いた好奇の視線が。


何人もの野次馬が遠巻きながらそこを眺めるという、普段とは少々異なった光景があった。



「固定も準備も、全て終わってます」

「ありがとさん…それじゃあ発動機エンジンを再稼動させるか」



自分が軽くそう言うと、四人の整備士達は揃えて「了解」と答えた。


武装も、発動機エンジンも一度外して分解した機は、寸分違わぬ元の姿のまま鎮座している。

やはり彼らは優秀だ、と思いながら全て準備された震電を見据え、準備されていた足場に足を掛けた。


周りからの少しざわついた空気を感じながら、しっかりと操縦席へと腰を落とす。



「…異常無し……主電源良し……」



もしもの時の為にベルトを付けながら、更に計器一つ一つを再度確認する。


水平儀、方位版、温度計、速度計……

高度計のみ三〇〇〇を指している以外、一切の問題は見られない。


ゆっくりと指を主電源の開閉器スイッチへ持っていき、しっかりと捻り「入」へと向ける。



――カチリ



そんな音と共に光源に明かりが点る。

それと共にプロペラピッチを調節し、可能な限り水平へと傾ける。

同時に着陸脚ブレーキを確実に始動させた。


着陸脚前後に車止めもあるが、もしもの事があってもこれで前進する事はなくなった。



発動機エンジン回せぇッ!」



意を決し声を上げる。


合わせるように整備士達が作業員と同じ用に、プロペラを手で力強く一度回す。

それを見届けると、別の整備士が慣性起動装置イナーシャにクランクを刺し込む。

無断で離陸した際に一緒に持ってきてしまった日本製のクランクで、彼が力強く回すとぐおんぐおんと音を立てはじめる。


周りの野次馬は、この手動回転自体が珍しいのか、何をしているのかと遠巻きに顔をゆがめている。

たしかに起動装置セルモーターによる起動の方が手っ取り早い、が安定して回すならやはり手動が一番だ。


十数回、回す速度が安定しはじめた所でクランクを外し、彼らは即座にその場を離れ始める。

慣性回転による初期回転は十分得られた。



「コンタクト!」



その言葉と共に操縦席内部のクラッチを入れる。

慣性起動装置イナーシャの回転は、クラッチ操作により発動機エンジンへと接続されて回転が始まった。


ブロロ、と咳き込むように黒煙を排気管から吐き出し、次の瞬間黒煙は噴射炎となって爆音を響かせた。



心地いい振動と共に星型 発動機エンジン独特の高速で連続するドドドドという音が大音量で響き渡る。

同時に、周りからその恐ろしい音と共におぉ…という声が上がった。


それに合わせるように、ゆっくりとスロットルを前へと押し出す。

出力が上がり、音は更に激しく、ピッチ角を極僅かにした筈のプロペラへと流れる風も徐々に強くなる。

…ゆっくりと自分の口角も上がり始めた事に気が付き、即座に計器へと視線を移した。



多少は調整した物の、発動機エンジン出力はあまり向上した様子は無い。

とは言え、どうも大和のオクタン価は日本軍のそれと比べて高いらしく、発動機エンジンも無駄な咳き込みを見せない。


…が、問題は一切改善されてはいないのも事実。

特に問題なのは冷却関係だろう。


一切進んでいないとは言え、回転に合わせて発動機エンジン温度はどんどん上昇し続けている。

確かに冷却系も見直すべきなのだろうが、かつての実験では冷却用の吸気口を拡張しても変わらなかった。


その事を考えれば、もっと根本的な問題があるんじゃないか、という思考へと移っていく。

…が、現状で改善できるか?と問われれば恐らく…いや、確実に「否」であろう。



仕方あるまい、と思考を一旦止めスロットルと主電源を落とす。

プスンと気の抜けた音と共に回転が落ち、振動と爆音は消え去った。


が。



「なんだいなんだい!もったいぶった割にもう終わりなのかい!」



震電の大音量が消えると共に、そんな女の大声が響き渡る。

何事かと操縦席から顔を出してみると、その女は案外近くに居た。


何人もの同じ操縦服を着た屈強な男共を引きつれ、格納庫横にぞろぞろと。

そう、あの時見た女だ。



「…発動機エンジンの運転試験をしていただけだ」



そう言って操縦席から降りると、相手はこちらを見て声を上げる。



「姐さん!コイツ例のメイド連れてた野郎ですぜ!」

「姫さん助けたって聞いてたが、案外ヒョロっこいモヤシじゃねぇか!」

「違いないね!」



あっはっは!と引き連れた男達と豪快に笑いながらこちらへと歩を進める彼女。

短い黒髪とその勝気な態度と表情から、美人というより豪胆な女戦士とでも言えそうな姿。

彼女はニヤけた表情をしたままこちらを馬鹿にしてきた。



「こちらにも事情があるんだ」

「事情…ねぇ?」



事情の一言に後ろの男から「ただ早漏なだけなんじゃねぇのか!」と声を上げ笑われる。

何が早漏だ、と返すのも面倒だとただただ怪訝な表情をして作業へと取り掛かりはじめようと背を向けた。


その態度が気に障ったのか、背後から怒気を感じるも、それは警報によって霧散した。



『偵察機より入電!領空圏内に敵爆撃機編隊接近を探知!

数は十機前後!本土に向けて接近中!高度約四五〇〇!』

「あ゛ぁっ!?」

『防空高射壕は対防空戦闘用意!六〇三は直ちに離陸!六〇一は準待機!』

「ッ…行くよ野郎共!」



舌打ちとその言葉と共に、男達は「応ッ!」と答え駆け出していく。


…今日でアレから三度目の警報だ。

燃料は在れど弾は無く、戦闘しようにも戦えない今はここで待機せざる終えない。


…確かにこんなのではああいう風に喧嘩を売られても仕方が無いのかもしれない、等と思いながら離れていく彼女たちを見やった。



「…なんだったんだ一体……」

小林祐衣こばやしゆい、六〇三防空戦闘大隊の隊長ですよ」



その呟きに、整備士の一人がそう答えた。



「防空戦闘大隊は六〇一、六〇二、六〇三からなる三つがあるんです。

最初は六〇一の武藤清秋むとうせいしゅう――元一〇二戦闘大隊の隊長だった彼の元に預けられます。

その際に隊員として問題有りと判断されたら六〇二へと移されるんですが…そこでも命令違反やらの問題があれば六〇三へと移されます。

そんな荒くれ者達を、その腕前と腕っ節で押さえつけてるのが彼女なんですよ」

「…随分と凄腕なんだな……」

「そりゃぁもう」



確かに姐さん、と慕われているだけはあるな、等と思いながら六〇三の戦闘機や砲戦が離陸する光景を見ながら思考を飛ばした。


…今でこそ彼ら防空大隊によって大和は無事。

だがいつ逆転されるか分かった物ではない。


そんな風に思いながら震電へと向った。




ただただ、いやな予感を感じながら。


大和乃国一式砲撃戦闘機『叫龍 改三型』

型式番号YH1/3


旋風開発とは別の部署が設計したが一式戦旋風とそっくりになってしまった砲撃機。

二五ミリ榴弾砲を主翼に内臓し対爆撃機、又は対地砲撃する形で設計された大和製局地戦闘機。

初期型は主翼強度が足りず射撃で歪む、急降下や高速旋回で折れる、と散々な結果。

三度の改修を施しようやくまともになった物の、その時点で次期砲戦の刃龍が量産されていた。

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