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エンテの鷹 -震電、異世界の空を征く-  作者: 神風 翼
第壱章 異世界の空へ
4/8

英雄の零

四、五〇メートルほどの高さにあるその部屋には幾つかの通信機材とテーブル上の飛行航路図が置いてある。

その航路図上には部隊数字の書かれたコマが幾つか置かれ、現在の大和の所属航空隊が何処を飛んでいるのかを示している。

幾人もの人間が通信機で通信し、飛行中の偵察機からの短長符モールスを聞きコマが動く。


そここそ大和の航空機部隊の要であり司令塔でもある場所――大和航空基地管制塔


そんな中、窓の外を管制官越しに眺める壮齢の基地指令である灰野は第一滑走路に着陸したぼろぼろの山峡を見つつただただ現状に頭を悩ませていた。


本土に残された戦闘機部隊は僅か三個大隊、機体数で言えば約一〇〇機前後。

それ以外も含めればいくらかマシにはなるが、現状戦闘が可能であろう実動戦闘機と動員可能な戦闘機パイロットの補充も微々たる物。

神威基地の戦闘機大隊も含めればまだ何とかなっただろう事と、今後爆撃頻度が増える事で起こりうる戦闘機や搭乗員の不足等。

考えれば考えるほど今後に不安を覚えない方がおかしいというものだ。


ただ、帝である彼女が助かった事には安堵せざる終えなかった。


そんな彼の背後、基地管制塔のエレベーターからチンっと乾いた音が響く。

誰が来たのかが分かっている灰野はすぐさま扉に向き直る。


開いた扉には先程眺めていた山峡に乗っていた帝。

そして基地に着いたと同時に入れ替わったのだろう内政補佐官の亜峡の姿がそこにあった。



「帝様、ご無事で何よりです」

「何処が無事な物か」

「ですかな…云峡殿は……」

「かすり傷といっておった、しばらく休めば直るともな」



その声に管制塔の通信士達は立ち上がり敬礼をしようとするも灰野は手を前に出して仕事に戻るように指示する。

対する彼女は彼の社交辞令にふんと返しながら管制塔へと足を踏み入れた。


服装は外務用に動きやすさと煌びやかさを兼ね備えた物から内地用の装飾の美しい物へと変わっている。

一度湯浴みでもしたのだろう、と彼女からほんのりと漂うフローラルな香りに苦笑しつつ、失った人員に再度頭痛を覚えた。



「神威基地は合併国の強襲で連絡が付かぬと聞いたが?」

「もうご存知のようで……先程から繰り返しトンツーを送っているのですが、一向に反応はありません」



灰野は、自身の横を通り過ぎ飛行航路図のあるテーブルに手を突いた彼女の後を追う。


神威基地からの通信が途絶えてから大和管制塔より神威航空基地に短長符モールスで連絡を送り続けている。

だが一向に帰ってくる様子は無く、既に一時間以上の時間が過ぎている。

しかし灰野ももはや分かりきった事だと思いながら、僅かな可能性にかけて既に何十、何百と繰り返すよう指示を出していると彼女に伝えた。



「主の悪い癖だな…戦艦の艦長時代から何も変わっとらん」

「…お言葉ですが、ここで彼らを失うのは………」

「言われんでも分かっとるわ」



優しすぎ、また味方の損耗を極端に嫌う彼はそう言いながら机の隅に置かれた駒を手に取った。


一一一、一一二、一一三、一一四、一一五、二一一、三一一、四一一、四一二、五一一、六一一……

そんないくつもの駒に書かれた数字は、かつての神威航空基地航空隊の部隊番号のそれである。



「戦闘隊、爆撃隊、輸送隊、偵察隊、救難隊、防空隊……また沢山の部隊が消えましたな………」



彼は手にした駒を近くにあったケースへと仕舞いながら、そうつぶやいた。


その言葉は手狭な管制塔内に静寂をもたらす。

皆、もう追い詰められている事は重々承知しているからだ。



「…それにしても、あんな新型があったとは思わなかったぞ」



そんな沈黙に耐え切れなかったのか、彼女は話題を変えた。

その言葉に、先程まで気落ちしていた灰野は目を光らせる。



「えぇまぁ…大方大和重工の試作機か何かなんでしょうかな?」

「かもしれんが……まさかお主、また勝手に計画を進めたのではあるまいな?」

「滅相も無い」

「まぁ、もしそうだとしてもあんな勲章物の高性能機なら咎める訳にはいかぬが」

「でしたら私の計画だったと言えばよかったですな」

「ぬかせ」



彼らはそう言うとはははと小さく笑う。

そんな光景に、重くなった空気はほんの少しではあるが軽くなった。


一通り笑うと、彼女は彼に背を向けながら鋭くにらみつけた。



「今からその新型を見に行こうと思うのだが…お主もどうだ?」

「…是非に」

「うむ」



その一言の後灰野は副指令に目配せをし後を任せ、彼女の乗ったエレベーターに同乗する。

それを確認すると、待っていた亜峡は網状の扉を閉めてレバーを下ろした。


ガコンという音と共にゆっくりと部屋が下り始める。

管制塔の光景がゆっくりと上に上がるのを見送り、その光景が消えた。



「…ここまでしておいて何故私達の降伏を受け入れんのだ奴らは……!」

「帝様………」



一瞬にして空気が変わる。

先程まで研ぎ澄まされた剣のような帝は、いかにも何処にでも居るような気弱な少女へと変わった。



「戦力も殆どを失ったというのに軍部は徹底抗戦を叫ぶ!

合併国もこちらの降伏を受け入れる気がない!

もうどうしろというのだ!所詮奴等は私の血筋しか見ていないじゃないか!」



両親の死によりまだ内政も外征も何も分からなかった彼女は、その血筋が故に帝となった。

だが周りの人間は一部を除いて彼女に対して上辺でしか賛同しない。


自分の今の姿を見ていない。


周りはただただ自身に流れている血統故に機嫌を損なわないようにしているだけ。

そんな物は当の昔に知っていたし、陰口を言われている事も知っていた。


彼女は本当の帝となるべくその態度で示そうにも、所詮は付け焼刃。

奥底は未だただの少女でしかないのだ。



そんな叫びに亜峡はどうした物かという顔をしながら不安な顔をする。

対する灰野は姿勢も視線も変えずただ前を見据えながら呟いた。



「…たとえ何があろうと私は帝様の平和路線を仕え続けましょう。

たとえ軍部が暴走しようと、戦争が止められなくとも……」

「灰野……」



彼女のその言葉に彼は視線を向けにっこりと笑みを浮かべる。



「それに泣き言を言う前にまずは仕事ですよ」

「…わかってる」

「ならよかった」



彼はそう言うと今度はニヤリとした笑みを浮かべながら視線を前に移す。

彼女もそんな彼に励まされた事を理解し、亜峡へと視線を向けた。



「亜峡、車は…」

「準備しています、当然運転は私めが」

「ならば頼むぞ、この国が助かるか否かはあのニホンのパイロットにかかっている……」



その言葉に合わせるかのように、エレベーターの足元から一階の明かりが入ってきた。

すぐさま言葉を直すつもりで彼女は咳払いをして前を見据えた。


チン!と乾いた音が一階に響き、近くに居た兵士たちは視線をその音源に向ける。

そしてその扉を亜峡が開くと同時に帝の姿が目に入ると、彼らは素早く敬礼をしてみせた。


そんな彼らを横目に彼女たちは進む。



「では亜峡、車を頼むぞ」

「畏まりました、玄関前でお待ち下さい」



亜峡は灰野に後を任せ車のあるであろう方へと駆け出した。

彼女はそれを見送り、灰野と共に正面玄関へと進む。


これから先に起こる未来、大和に悲劇が訪れない事を祈って。






 ―――






先程まで震電の操縦席で待機していた。


そこに突如声をかけられ、言われるがまま外に出ると人だかりの山。

その中心にある黒塗りの…一目で分かるぐらいに高級そうな車に案内された。


周りの軍属らしい人々が揃って敬礼している中、やわらかい笑みを浮かべた紳士な――後の自己紹介で亜峡翔あきょうしょうと言った――運転手に案内されるがままに後席に。

その開けられたドアの中には軍服を着た壮齢の男性と、基地としては場違いなほどに美しい着物を着た…自分からすれば中学生ぐらいの少女。

後に基地指令の灰野幸造はいのこうぞう中将と神代彩音かみしろあやね…もとい先程の山峡に乗っていた帝の少女であると自己紹介され驚いた物だ。


なお彼女曰く、山峡に乗っていた補佐官は云峡想うんきょうそうと言うらしいが、怪我を負い内政担当官である亜峡(運転手じゃなかったのか…)に変わってもらったとの事だ。



そんな彼女達と共に車で市街地の遊覧(傍聴対策らしい)をしながら、唐突にこの国の事を語られた。



――大和乃国


総面積は大よそ二三〇〇k㎡。

総人口三〇〇万人前後の大和民族のみで構成される単民族国家である。


遥か昔より神代家の人間が国を指揮し人々を纏め上げ、そうして一つとなった。

故に神代の家名を受け継ぐものが帝として君臨し統治し続けてきた国でもある。


地上には隣接するような形で存在している三つの島――叢雲諸島を資源島として確保。

燃料、金属、資源は自国内で消費する限りでは十分な産出量を誇る。


さらに飛び地として小さいながら浮遊島を五つ保有。

各島にも基地と港を持ち補給路も確保、所有する戦力も多々存在し主力戦闘機も未だに第一線で働ける。


農業も盛んで自給率は約一五〇%。

対して畜産はあまり多くはないが、それでも自給率は六〇%以上。

漁業は本島の河川と叢雲諸島周辺海域で取れる一部の魚のみでありこちらは二〇%もいかない。

足りない分は隣国であり貿易都市国家であるシェンリーとの船舶輸送による輸入でどうにかしている。


本島には国営の大和工業、大和空港、港があり、全体的に見れば主要国家とも並ぶ事が可能。

さらに一〇万人前後が軍属であり、海軍と空軍も保有している。



「ですが……」



そこまで一通り語ると、彼女は深刻そうな表情へと変わった。



「先代、先々代帝であった父、祖父の代から続く方針であった平和路線。

今現在ではこの国はそれを維持するのも難しく……」

「…難しいのですか?」



その発言に、そう口を挟んでしまう。

それに対して隣に座っていた灰野中将は続ける。



「今現在の国の状況は非常に悪い。

軍部は未だに徹底抗戦を叫んでいますし、国民はそれに先導されるように熱狂を続けている。

さらに宣戦布告してきた合併国もこちらの降伏意思を無視し続ける始末……」



その言葉をつむぐ様に、今度は彼女も言葉を発した。



「オマケに軍部は私の存在を軽く見ています……」

「そんな…国家元首でしょう!?」

「所詮は先代帝の血の繋がりしかない小娘……私の力不足もありますが軍部を纏められるほどの力は………」



彼女はそう自虐的な空気を含めて呟く。

そんな彼女を横に、中将は言葉を続けた。



「今より数十年前の話だ……合併戦争と呼ばれる統一戦争がおきた。

この合併戦争は今の合併国ユニティスが生まれる原因となった資源戦争が元でな。

地上の島々をめぐった戦いが今の合併国が……」

「ちょっと待ってください、地上の島々?」



理解の及ばない言葉に声を上げる。

その言葉に相手は理解したのか、説明を続けた。



「浮島から取れる鉱石は『浮遊鉱石』だけだから地上で採掘せざる終えん。

だが地上は雲海によって覆われ酷い嵐が続きまともに暮らせず、また大きな大陸もまともに存在しない。

その為に本島をその島の「傘」として固定し領土とすることで作業を行っている」

「傘?」

「正確には島の上にある雲を島で無理やり退かしているんだがね」



そう言って彼は手帳とペンで簡単に絵を書きながら補足を続けた。



「浮遊鉱石はこの世界では重要な金属でね。

浮遊島はこの巨大な浮遊鉱石が地中にあって島をゆっくり浮かべている。

上下する速度は微々たる物で、水を吸着する特性もある」



シャシャっと絵を描きながら語る彼は書き終えたそれを手渡してくれた。


海上、島、その上に浮島。

浮島の周りに雲があり線で地上と浮島を固定している。

さらに浮島内部に浮遊鉱石があり、それが雲の水分を吸収し湧き水となり川となって下に落ちる。

それによってゆっくり上下しているような図。


横から見た簡単な物ではあるがなるほど、と思う。

それと同時に出てきた『浮遊鉱石』も理解できた。



「…雲の上を走っていた船はこの鉱石で注排水して高度を維持しているんですね」

「よく分かったな」

「一応技術少尉を名乗れるだけの経歴ですので」



ははは、と笑いながらその手帳を返す。


空にしかない鉱石なのかは分からないが、重要で貴重なのだろう。

もし手に入れば震電の軽量化に使えそうだが…と強化案を思考するも入手が難しそうだと断念する。


そんな思考とは裏腹に彼は自分の言葉に「なら納得だ」と呟きながら手帳を受け取り言葉を続ける。



「合併戦争はその地上の島を確保できないような小さな島。

確保すら出来なかった島々をつなぎ合わせ一つの巨大な島にし、いくつもの地上の島々を確保する考えから始まった。

なにせ資源の少ない、資源の確保が出来ない国は軍事力すら貧弱だ」

「そうして始まった統一戦争ですが…一部の国々はその参戦を拒絶しています」



話をさえぎるように、彼女はそう語った。



「世界一の超巨大な浮遊大陸を保有するシェヴィア共同体。

我が国と同じ様な大きさのヴェオルフと唯一合併国と協調路線を保ちつつあるアーガス。

そして平和路線を推し進めていた我が国大和……」

「何で拒絶を……」

「統一方針による物でしょう。

曰く、統一後は資源分配等を新たな統一国家元首により定められた法で厳守すると……」

「一方的な押し付けか…無茶苦茶だな」

「父もそう言っていました」



確かに、そんな一方的な統一に利を感じない国は拒否するだろう。


地上に資源を確保できる島を持ちちゃんとした国の法の元に生活している。

そんな中で統一し資源は分配、新しい法律を守れなど到底受け入れられるわけが無い。



「当然大和は参戦を拒み自国防衛に全力を尽くしました。

これによって現在の合併国ユニティスに吸収される事も無く、また国民を戦渦に巻き込むことも無かったのですが……」

「……ですが?」

「…合併国はいまだに大和の周囲にある島々――それこそ貿易市場と地上の叢雲諸島を欲しています。

当時の統一合併参戦要求もその市場の吸収と資源島の希少資源確保が目的だったのでしょう」

「そうなのですか?」



自分はその言葉に対して、詳細を知るべく中将に振る。

すると彼は頷くと言葉を続けた。



「大和の港から直ぐの場所にある貿易都市国家シェンリーはさらに向こう側で起きた戦争の際は貿易中立を確立した。

その結果いくつもの国との貿易があり、当然大和もその恩恵を受けている」



それを補足するように、運転していた亜峡が続ける。



「さらに現在大和で採掘される資源ですが、単純に自給比率で言えばほぼ全ての資源は一前後です。

それこそ石油や石炭、金属以外にも希少資源である耐熱金属も自給自足できる量は確保されています。

合併国は地上に幾つかの島を保有しているそうですが、希少金属の自給比率は〇.〇二以下と聞きます。

対して石油や金属は軒並み一〇以上と聞いています」

「自給率一〇〇〇%以上…って事ですか?」

「はい」

「それに合わせて大量の人員と合併による技術統合で大量生産能力と兵力を確保してる。

挙句本来必須の希少金属もそれを使わず機体やエンジンを使い捨てる勢いで生産しているとも聞いた事がある…」



亜京の言葉に合わせる形で灰野がそう告げた。



「そして四年前、空軍すら設立されていなかった大和に対し合併国は宣戦を布告。

海軍のみでは航空戦力に太刀打ちできず、一時は押し返した物の……」



彼女はそう呟くとうつむいてしまった。



「現在の軍属は戦闘による減少によりもはや二万を切り、戦力もズタズタ。

保有していた飛び地は最後の神威島を有していましたが…先程視察に向かった際に攻撃され……」

「飛び地も失った、と?」

「…残念ながら」



彼女はその姿勢のままポツリポツリと呟き続ける。



「…国民を戦渦に巻き込むまいと…父の努力も……いずれ…この国も………」



ふるふると肩を震わせる彼女を中将は慰めるように肩をたたいた。

そんな光景に何とも言えぬ空気を感じ、またまるで末期日本にも似た現状に心が震えた。



ボルシェビキロシア対策の為の中国戦線拡大。

それに伴う中国国内の独立支援。

中国市場を欲していた為、快く思わなかった米国の一方的なハルノート。

それに抗う為の方法であった日本の宣戦布告。

だが各地で押し返され占領され返される島々。



そして――本土爆撃



もはや自分にとって彼女達の国は他人とは思えなかった。

だが協力を申し出る心が決まりつつあった中、ふと疑問が脳裏をよぎる。



「…申し訳ないが、一つ聞かせていただきたい」

「……何か?」

「……異世界でありながら『何故大日本帝国を知っている』んですか?」



その問いに、彼女は震えを止めるようスッと自分の肩を掴んだ。

それに合わせる様、中将は亜峡に言葉を告げ車は別の進路を進み始める。


自分は不安を覚えながら、また別の疑問を投げかける。



「それに一式陸攻にそっくりな山峡、零戦そっくりな戦闘機群、飛行艇も二式大艇…我が日本の機にそっくりでした。

オマケにこちらを大日本帝国軍だと理解した事……何故貴女がそれらを知っているのか。

……それが分からなければ協力は出来ない」



その言葉に、彼女はゆっくりと顔を上げこちらを見据えた。

その表情は先程までの気弱な少女とは打って変わって凛とした帝のそれである。


小さく息を吸って、そしてゆっくりと吐く。



「…当時我が国は他国より輸入した戦闘機を研究し自国の技術を発展させるべく努力を続けていました。

しかし、今までそのようなノウハウの無い我が国では簡単に生産、および量産は出来ず簡単な試作機程度しか作れませんでした……」



ゆっくりと、それでいてはっきりと語る彼女の言葉を耳にしながら、外の光景が変わりつつある事に気が付く。

先程まで市街地を回り続けていた筈が、今では長い塀を横に走り続けている。



「それ以前に増産体制も貧弱で、ユニティスが一日で三機近い数を生産していたのに対して我が軍では一機の生産に数日…長ければ一週間以上の時間を有する。

さらに当時は戦闘機なる未知の兵器を扱うことができた者は居なかった……」



彼女の言葉と共に、今度は門らしき場所に来たと思えば、車はその中へと入っていった。

サッと外の景色を見て、その門に掛けられていた表札には「大和重工業航空設計局」の文字。


彼女が何を話そうとしているのか、そして何故この設計局に訪れているのか。

疑問が脳内を支配しながらも、彼女の言葉に耳を傾けつつ外の景色にも意識を向ける。


滑走路に向かうのか?――違う

設計局の事務所に向かうのか?――違う


そのまま倉庫とも格納庫ともいえない路地へと進んだ。

そんな光景を見ていた自分を見ていたのか、彼女はこの地が何なのかを告げる。



「…ここは大和の全航空機の設計を担当している航空設計局……その旧式部品倉庫です」

「解体もせず、だからと言って使い道も無い物を何時か使うときがあると保存してる…言うなれば塩漬けにしてるのさ」

「せめて航空史保管と言いなさい」



彼女の言葉に合わせるように、若干砕けた口調で皮肉気味に中将はそう告げた。


その言葉に辺りを見回せばだいぶ古びた格納庫ばかりな事に気が付く。

元は別に使ってた倉庫なのだろうと当たりをつけつつ幾つかの倉庫を素通りし……車が止まった。


目的地なのか、亜峡が運転席から降りるとドアを開け外に促してくれる。

彼女と中将は迷い無く出るのを見て、自分も後を追うように外へと足を踏み出し、その倉庫を見上げた。



――異様な格納庫だ



窓は全て板張りで塞がれ、厳重にいくつもの鍵や南京錠が掛けられている。

大扉には倉庫番号である白い「12」の数字、そして幾つかの場所にある溶接跡からドアも厚くされている事が見て取れるほどに厳重だ。


そんな中、亜峡が幾つかの鍵を外し帝に振り向く。

それを見届けた彼女は首に下げていたであろう鍵を自らの手でしっかりと持ち、最後の鍵を開けた。


ガチャンという重い音と共に亜峡と灰野は大扉を少しだけ開けると自分に入るよう促される。


自分は彼女の背後を追うようにそっと中に入るが、中は真っ暗闇で何があるのかも理解できない。

一応大扉の隙間からの光はあるが、それでも中を窺い知る事は出来なかった。



「それが今より二年程前のある日の事です。

大規模な戦いが起きた際に、一機の国籍不明機が合併国航空機を撃墜し我が軍を援護したという、異例の事態が起きました」



そんな暗闇の中、ポツリと彼女の言葉が響いた。

同時に電源を入れたのか小さなカチャンという音と共に室内に明かりが灯る。



「こいつは……!」



その光に照らされた先……自分の視線の先には見覚えのある戦闘機が鎮座していた。



機体下面は白く、上面は緑色に。

三枚プロペラに機首の七.七ミリ機銃。

主翼に搭載された二〇ミリ機関砲。

尾部下方に装備された着艦フック。


そして、見紛う事ない『日の丸』。

大日本帝国海軍の単発単座艦上戦闘機。



「そう……我々が出会った異世界からの初めての来訪者……」

「なんで……」



そこにはかつての世界で幾度と無く見てきた艦上戦闘機――零式艦上戦闘機が鎮座していた。



半ば放心気味にその機に近寄り、触れる。

見間違いでも複製品でもない。

操縦席の中を覗き、発動機エンジンを見つめ、主翼を撫でる。



「…この機と彼…鮎川さんは我が軍を救ってくれただけに限らず、パイロットの育成に新型機の開発にも尽力していただいたのです。

当時他国でも実用化がされていなかった通信機、光学照準機、その他先進技術を手に入れ、新型機の開発も進みました。

結果としてですが、我が軍の一式戦闘機「旋風」、一式軽爆撃機「山峡」、一式軽飛行艇「雲鷹うんよう」はニホン軍機を参考にさせていただく形になりました」

「だからか……」



その言葉を聴きつつ、垂直尾翼の部隊章を見やる。

ただ何度も装甲の張り直しと塗り直しを繰り返したのか、かつての所属や生産番号を知ることは出来ない。

だが見覚えの無い数字――101‐01と刻まれていた。



「その彼…鮎川は?」

「……彼はその後もこの機で一〇一戦闘飛行大隊の一番機を勤めてくれました。

当時から合併国はシェヴィアとの国境紛争中でありながらヴェオルフへも宣戦布告を行い、我々に対して本腰を入れていなかった事もあり優勢に戦線を維持できました。

…感謝してもしきれない程に協力してもらい……ですが………」

「……………」



彼女はそう呟くと表情を暗くした。

その含みに何となく察し、すまないと返そうとするも手を前に彼女は言葉を続けた。



「…今の技術では強度等の問題から本機――ゼロの代用部品の生産ができず、後に量産の始まった一式戦闘機旋風を乗機として戦い続けていただきました。

時には新兵の訓練を続け、時には新型機のテストパイロットとして参加し……」



そこで彼女は言葉を濁した。

それを見かねたのか、合わせる様に亜峡が前に出て続ける。



「今より一年程前、新型機の操縦試験の際に事故が起きました。

操縦系統に異常が発生したらしく操作困難になるも基地着陸に奮闘していたのですが……」

「…機は滑走路に墜落し彼は帰らぬ人となりました」



主翼を撫でる自分に歩み寄りながら彼女はそう告げた。


この機の磨耗具合から、きっと何十回と簡易整備で済ましながら飛行を続けたのだろう。

そんな故人を思いながらこの国に尽くした英霊に思いを馳せる。



「…彼は帰りたいとは言わなかったのか?」

「何度かは……ですが最後までその手段は分からず、彼はこの地に骨を埋める覚悟だと言っていたのを覚えています」



そう呟きながら、彼女は自分の横へと並び立つ。


まるで中学生のような身長しかない彼女は、その年とはかけ離れた立場にいる。

そんな彼女の目は真剣であり、また鋭く覚悟を決めたような力が見て取れた。



「…我々にできる事なら何だって協力します。

もしこの戦争が終われば元の世界に帰る方法も探します。

……どうか………」



彼女がそう言って頭を下げようとした所を、自分は手を前に出し止めてもらう。


かつての国は敗北した。

米国に占領され、きっと自分の帰る場所すらないのだろう。


家族も、仲間も、友人も………



「…何だってするんだな?」



自分はそう言って彼女を見据える。


心なしか彼女はおびえた様な表情をしながら、小さく震えているのが見える。

そんな彼女の頭に手を乗せ、苦笑した。



「じゃあまずは…そのおびえた表情を止めてくれ」



自分も力になりたいという意思。

今度こそ震電でこの国を「守る」事が出来る。


かつてこの国を守ったであろう零戦を見ながら、そう思いを馳せた。



今度こそ守れるだろう。




――今度こそ……





大日本帝国海軍『零式艦上戦闘機二二型』

型式番号A6M3


かつて大日本帝国海軍の空母艦載機、海軍の主力戦闘機でありながら大和乃国に飛来した艦上戦闘機。

なお鷹山曰く「二〇ミリが一〇〇発搭載の一号銃である事から恐らく二二型」と語っている。

因みに「最強の『艦上』格闘戦機」と恐れられた本機であるが、前任の鮎川曰く「諸島周りの基地戦闘機隊だった」との事。

この世界において強力な速射二〇ミリと高い命中率を誇る機首同軸機銃は合併国にとって非常に脅威であった。

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