藍子さんからのお願い
バッグに入っている携帯が鳴ったのでこんな時間に誰だろうと思いながら画面を見る。
・・藍子さん?
なんだろう・・・。
私の携帯に電話自体が珍しいし、こんな風に藍子さんから連絡があるのも、ずいぶん珍しいことだ。何か行事があるときだけ、連絡が来ていたりしたけれど・・・・・・。
何かあったのかな。
「もしもし」
『もしもし、雅ちゃん?』
「はい、雅です、お久しぶりです」
『うん、久しぶり。
元気にしてる・・・?』
藍子さんは、高槻ホールディングスという会社の社長さんで、公私ともにお父さんのパートナーなんだけれど、雰囲気は落ち着いている大人の女性って感じで、何事にも動じない感じが静かな目にも表れてて、見たときは一瞬で普通の人とは違うなぁって思った。カリスマ性、っていうのかな。
性格は静かでおとなしい感じの人で、必要以上はしゃべらない無駄のない人で、お父さんが言うには行動で示すタイプの人みたいだ。どこか近寄りがたいほどきれいで美人な藍子さんは私が会ったことがないタイプの、不思議な大人の女の人だった。
「はい、元気ですよ。
藍子さんは、お仕事お忙しいですか?」
たわいない話をしながら、マンションのエントランスに入る。
『普段どおりかな・・・』
声もきれいで、一言一言が丁寧で、繊細な感じがして・・・絹みたいな感じとでもいえばいいのかな。
口調は少し気取らない感じで、決して近寄りやすい、親しみやすい感じではないけれどどこか惹きつけられる感じがあって、大人の女性相手にしては、年上だと固くならなくてもいいとても話しやすい人だ。
『突然に電話しちゃってごめんね、実は雅ちゃんにお願いがあって・・・』
お願い?
「・・・?
はい、なんですか?」
『私の息子たちが住んでいる家のことなんだけど・・・』
吉祥寺の・・・?
「はい」
『使用人さんが何人もいたから、男7人でもうまく回っていたのが何があったのか、
急に全員やめてしまったの』
・・・ええ?
全員って、どれくらいいたのかはわからないけど、確かに男7人で生活してて一気にそういう人がいなくなったら・・・大変じゃないのかな。
『辞表を出してきたのがおとといの話なんだけど、
こういうことこれまでもあって、何度入っても結局1年以内にはやめてしまうのよ』
1年以内・・・?
そんなに、辛い仕事なのかな。
『息子たちからもこんなときにだけ電話がかかってきて・・家が荒れに荒れてるから新しい人を寄越せって・・口が悪いのはいつものことなんだけど、もう求人募集も時期じゃないの』
うーん・・・?
『だから・・なんていうか、とても言いにくいんだけど・・・』
藍子さんがこんな風に言うなんて珍しいな・・・。
『雅ちゃんに、うちの子たちの世話、任せても・・大丈夫かな』
・・・え?
「・・・ええと・・・・・・
それは・・・・・・・・・・・・」
うちの子たちの世話って、つまり、一緒に暮らすってこと?
家事をするのは別にかまわないけど・・・・。
気持ちはわかるし、私で役に立てることならしたいけど・・・?
『なんだか都合のいいところだけ頼ってるようで申し訳ないんだけど・・・・息子たちをそのままにしておいたらそれこそお金を水のように使うと思うの、
この機会に・・どうかな、仲良くなってみるっていうのは』
ええと・・・。