序章
序章
母が亡くなったのは、私が2歳の頃なんだという。
なんだという、というのは、私が、母の死に際を、はっきりと覚えていないからだ。
私は母の死に際を覚えてはいないし、母の顔も写真でしか見たことがないから、母との思い出は、私の記憶としてはない。
それでも、父が1人で、頑張って育ててくれておじいちゃんにも助けてもらって寂しいことはなかった。
たぶん、母がいない寂しさがあるんじゃないかと普通よりちょくちょく気にかけてくれていたからだと思う。
中学校に上がるのと同時に今のマンションに越してきて、相変わらず学校は休みがちだったけど義務教育だったおかげで無事に卒業できて、私が決めた進路は進学じゃなくて家で勉強して卒業資格をとることだった。
それを達成したのが1か月前。
案外早く勉強が終わって安心した私の次の進路は、お母さんの実家である竹内神社を継ぐこと。
私がわざわざ卒業資格を取ろうと思ったのは、どこかに留学したいからでもなく飛び級したいからでもない。
学校に行くのが困難だったからだ。
だから、行かない方法を考えたらそうなった、というだけ。
でも、これで生きていくうえで最低限のことは埋められたから、集中して神社を継ぐための勉強に専念できる。
私の母親は昔から神の依代になったり、神の聖域に入れる特別な人で、それは血筋上、私にも受け継がれている。
おじいちゃんがいうには、昔は陰陽師の家柄だったといい、そのせいもあるのか神様とはかかわりが深く、代々そういう人間が生まれていたのだとか。
そんな私は、母よりもその素質があったようで気がついたら体の中に私じゃない人が入っているくらいに、それが当然になるほどに、神域に対応するの器が広かった。
歴代受け継がれてきた水晶玉の付喪神である翡翠、
私が幼い頃に連れてこられた番犬の意識であるショートケーキ、
西洋人形のサファイア、
守童の峰藤が、
物心つく頃には私の中にいて、私にはそれが普通で・・・父も最初はあわてたらしいのだが、体に害はないとおじいちゃんも私に与えられた御物にただ感服するばかりだったという。
きちんと、私の中に入って来た、という意識があったのは、覚えているのはそのあとの三毛猫の化身である斗真と
神から認められ、霊魂になった浮遊霊の慧太さん、
それからここに越してきたときにたまたま居ついてしまった土地神の神使のアクアだけだ。
アクアとは、まだ4年の付き合いだが、他のはもはや私の一部で、けれど私じゃない・・なんと言ったらいいんだろう、近すぎる隣人とでも言おうか。
けれども、その私の中の住人達と、私の周りの人たちの感情が共鳴し、リンクしてしまうとのりうつってしまうという困った特性があり・・
そのせいで、私は学校は休みがちで、なるべく人にかかわることができない。
もちろん、そうしてのりうつるのだって相手の体性も関係がある。
そういうのを寄せ付けないタイプの人と、普通の人、それからそういうのに憑りつかれやすい人の3タイプの人がいて、普通の人とそういうのを寄せ付けないタイプの人までは、長年の付き合いでどうにかとどめることができるのだけれど憑りつかれやすいタイプの人は私の力じゃどうしようもなくて、のりうつったことはこれまで、父親や父親の知り合い関係以外では4人ほどしかいないが、どれほど注意していてもそういった事態は起きてしまうもので・・・。
特に住人たちが血の気が多いとき、どこか殺気立っているような、浮足立っているようなときに外に出てしまったら・・それこそ恐ろしいことになる。
なったことは少ないとはいえ、なったときの恐怖と絶望感は・・いつ体験しても慣れない。というか、慣れてしまってはいけないものだと思う。
目を合わせなければいい、という最後の関門はあるが、それだって相手に覗き込まれてしまえば終わりだ。
だから、私は生涯人と積極的にかかわることはできない。そのせいもあり、この素質もあり、神社を継ぐということになったのだ。
私はもともとそういうことが好きだし、彼らのことをどうにかしたいと思ったこともない。
もはや私の一部でそういう考えも起きない。不便なことはあるし、そのせいで私の行動も制限されて、決して普通の女の子のように生活しているとは思わないけど私は私だ。
こんな私でしかできない体験もいくつもしてきているし、普通の女の子じゃない分、苦しむ種類も違うと思う、ただそれだけだ。
そもそも、私のこの体質は説明すると色々面倒で・・なんというんだろう、
もともと私の中に私の人格と魂以外に空き部屋があって、
今は満室埋まっているんだけど・・一旦そこに入ってしまうと、あまりに居心地がよくて居ついちゃう部屋みたいな・・
うまくは言えないんだけど、ぴったりそこにはまってしまって、抜けなくなってしまうのだ。
正確には抜けない、というより出られなくなってしまう。
一時的に外に出ることは、もちろんのりうつったりするのだからあるけれどそれはあくまで一時的で、
本拠地は私の中になってしまう。
もちろん、私の中にいるそれ、つまり相手がすごい嫌がれば、強引に出ることは可能なようなのだが、私の中にきた人格たちはそう言ったことを全く言わない。
いや・・ショートは嫌がるそぶりを見せてはいるけれどそれでも強引に出ないってことはどちらにしろ居心地がいいのだろう。なんていうか、私はそういう人たちとリンクするところが多いのか、そういう人たちと合う性格のようで居心地のいい存在らしい。
感性が、そういう体質だからこそ合っているところもあるのかもしれないと、最近では思ったりしている。