雅以外の人の心配加減
「ふー・・っ・・もう寝ようかな・・・」
結局ご飯作って、お風呂入って、髪を乾かし終わってメール確認したら、やっぱり住むってことになっていたみたいで、突然だけどお泊りセット2日分くらい持って家に来るようにと書いてあったのでそれを準備していたら案外遅くなってしまった。
お父さんに電話しようかとも思ってたはずだったんだけど、忙しくてもうそれどころじゃなかった。
部屋については、結婚したときに、私の部屋を一応考えておいてくれたらしくて、兄弟たちの部屋がある北館と真ん中の本館を挟んだ、男子禁制の前はお手伝いさんが住んでいた南館の部屋が私の部屋だと、地図つきで書いてあった。
私が思っていたより、家自体が大きくて、地図を見る限りは、大豪邸まではいかなくても、洋館、別邸って
感じだ。
藍子さんが、あの高槻ホールディングスの社長だっていうことは知っていたつもりだったけど・・改めて、すごい家だと思った。7人もいれば、当然なのかもしれないけど・・お手伝いさんがいて当然の広さだ。
そういう感覚はいまいちわからないけど、お手伝いさんがいないと手の行き届かないところも多いほどの広さでお手伝いさんがいないとダメだな、とは思った。
引っ越しは、あとから少しずつでいいと言われ、この家をどうするかについても、お父さんと雅ちゃんを中心に話し合って、と書いてあったのでひとまずは一件落着だ。
私は高校に通っているわけでもないし、こういう変更くらいは何ともない。
ただ、バイトに30分かかるのは少し・・始発でも間に合わない。それをどうするかは、これから本当に引っ越すのかどうか決まってからだけど・・・。
プルルル、と固定電話がけたたましく鳴りだして、はっと完全におねむモードだった頭が覚め、慌てて部屋を出てリビングに行った。
「はい、
もしもし?」
『雅~久しぶり、
元気にしてたか~?』
相変わらずのほほんとした藍子さんとは違う心配になるようなマイペースな声が聞こえ、ちょっとほっとする。
「うん、元気だよ。
お父さんは?」
2週間ぶりだ。
『もちろん、お父さんも元気いっぱいだ』
仕事ではもちろんプロで人との接し方についても心得ていて、いろんなお得意様がいるお父さんだけど、一旦仕事モードが切れて家庭の方に来ると気が少し弱くて、優しいただのお父さんになる。
気が弱いっていうのは、お父さんの場合主にあんまり子供を愛するあまり強く言えないということを指す。
私のわがままもよく聞いてくれるし、わがままを言っておいてなんだけど、こんなのでお父さん大丈夫なのかな?とも思ってしまうほど、押しに弱い。
まぁ、少しわがままな子供には負けちゃうお父さんだから、藍子さんが自分の息子たちのことをずいぶんな言いようをしていた兄弟たちに対しては負けるんだろうなとは思ってたけど・・あの凹みようはいつ思い出しても少しおかしい。
「そっか、お仕事、無理しないでがんばってね」
『あぁ。
ところで、藍子さんから電話あったか?』
藍子さん、と呼ぶその声は、母の名前を呼ぶときと、私の名前を呼ぶときと全然変わらない、愛する人を呼ぶ、優しげな陽だまりみたいな声で、改めて藍子さんとはラブラブなんだなぁとほほえましくなる。
「うん」
2人とも、新婚さんだもんなぁ・・・。
いいなぁ、ラブラブって。
憧れる。
「今ちょうど2日分のお泊りの荷づくりが終わったところ」
『そうか、ごめんな、本当に』
「なんでお父さんが謝るの?
私も兄弟には会いたいなぁって思っていたところだったし、藍子さんやお父さんたちが困っているのに何も
しないなんてことできないよ。
むしろ、言ってくれて嬉しかった。
私のいないところでそういうことになってて、知らないままって嫌だもん」
『雅・・・。
本当に助かる。
お前の体質のこともあるし、配慮はするつもりなんだが・・できれば、もう家族なんだし、あそこに住むことはできないか?』
どれだけ心配なの。
私も心配だけど、お父さんの方がすごく心配してる気がする。
気を遣いすぎだよ。
「そうだね、この機会に、それでもいいかも。
でも・・・」
『ん?』
「私はよくても、やっぱりお互いの気持ちが一緒じゃないといくら最低限の接触にしても一緒に住んだりはできないんじゃないのかな。
私だって、家族だって思ってるから多少は巻き込んでしまうのも、仕方がないのかな、遠慮しなくていいのかな、とは思うけど・・・結局困っちゃうのは兄弟の人たちなんだし・・・・。
お金の面で、どうしてもっていうなら仕方がないとは思うけど・・一旦一緒に住んでみて、兄弟の人たちがそれでもだめっていうなら、やっぱり一緒に住むのは無理なんじゃないのかな」
『・・そうだな・・・。
正直、お母さんの話にもあったとおり、兄弟の人たちはすごく個性的で・・なんていうか、ちょっと照れ屋さんな人たちだから、今は色々な面で仕方がない、と受け入れてもずっととなったら今の段階じゃ拒否されるだろうな』
お父さんがこんな風に言うなんて、相当なんだろう。
お父さんは優しいからこそ、心も広いし、基本的にはみんな違ってみんないい、こういう人もいるさ、で片づけちゃう人だ。
「そっか・・・。
じゃあ、一旦・・・1か月だけ、お試しで一緒に住むってことにしようよ」
『そうだな、それがいいかもしれないな。
洋服とか着衣一式はあっちの家に送って、まだマンション自体は残しておこうか』
「うん。
私の体質のことも、状況と段階を見て話してみる」
お父さんもきっと親心としては、私がいくつになっても私を1人にさせておくより少しでも誰かが一緒にいた方がいいって思ってるだろうし・・・。
『1人じゃ不安だろうから、その時は俺にも連絡くれ。
兄弟に説明するなら、藍子さんにも話してもいいかもしれない』
「わかった。
じゃあ、そのときは連絡するね。
あと、バイトのことなんだけど・・・」
『あぁ、朝早くだもんな、30分もかかるんじゃ、少しきついか・・・。
神社については時間制限もないし、問題はないけどなぁ』
「・・・・やっぱり、やめるしかないよね」
『え、いいのか?
あのバイト、気に入ってたんじゃ』
「確かにおばさんはいい人だったけど、同じような条件のところ探してみる。
私のせいで迷惑かけるのも申し訳ないし・・・
家族との時間を大切にしたいもん」
『雅・・・』
またお父さんが微妙に感動してる。
わかりやすいなぁ。
『ありがとう、おじいちゃんには俺から話しておくから』
「うん」
『荷物とかについては、言ってくれれば引っ越し業者手配するから。
男だらけのところなんだから、一応気をつけろよ。
兄弟でも、雅は女の子なんだからな?』
あはは、お父さんが斗真みたいだ。
「うん、」
『何か困ったこととかあったり、わからないこととかあったら、俺か藍子さんにいつでも連絡するんだぞ?
全然仲立ちできなくて、ごめんな、
でも雅ならやれるって信じてるから』
「お父さん、相当お兄さんたちとのことトラウマになっちゃったんだね、大丈夫だよ。
お互い年齢も近いし」
それに、兄弟だもん。
『そうか・・・本当に、気を付けるんだぞ』
「お父さん、それ以上言ったら兄弟の方たちに失礼だよ」
『・・そうだな。
それじゃあ、また、連絡してくれな』
「はーい、おやすみなさい」
『おやすみ』
受話器を置いて、よし、とやる気が出た。
明日から、頑張ろう!!
(結局一緒に住むのか・・本当に気をつけるんだぞ?)
「大丈夫だって」
(俺様がついてんだからあったりめぇだろ)
けっ、とショートが言った。
(わたくしの本体も忘れずにつれていくんですのよ!)
「それならもうさっき鞄に入れたよ」
(・・・っ・・・)
あれ、
・・・峰藤?
どうしたんだろう・・・・・?
なんだか・・少しおびえているっていうか、
・・・怒ってる・・・?
(峰藤?)
(・・・・)
次の瞬間、私の体が勝手に動き出してすぐ近くのカウンターにあった鋏をつかみ、がたがたと震え、落ち着きのない手でそれをじゃきじゃきと開いたり閉じたりする。
「っ・・・!?
み、峰藤!?
えっ、ちょっ・・・
峰藤って!!」
な、なにするつもり!?
「っ・・・」
鋏がこっちに向かってきた。