その3
「ばあちゃ、お世話になって本当にありがとう!」
「ぼうやも子犬と山道を歩くのは大変だけど、気をつけて行かないといけないよ」
敬太はおばあちゃんに別れを告げると、ワンべえといっしょに山道に足を入れました。山道を踏みしめながら歩いていると、周りの木々はすっかり色づいています。
夏の太陽に照らされた緑の木々とはまた違う風景を見るうちに、敬太は自分が探しているお父さんとお母さんのことをつぶやいています。
「おっとう、おっかあ……。いったいどこにいるのかな……」
お父さんとお母さんのことは、旅に出る前におじいちゃんから聞いた話からでしか分かりません。もちろん、お父さんとお母さんがどんな顔をだったかは、敬太には全く知りません。
それでも、敬太が険しい山道を歩き続けるのは、お父さんとお母さんに会いたいという強い思いがあるからです。その気持ちは、いっしょに歩くワンべえにも伝わっています。
しばらく歩き続けると、大きな滝の姿が敬太たちの目に入りました。そこへ駆け足で行ってみると、敬太はものすごい水量が流れ落ちる滝に思わずはしゃぎ声を上げました。
「あの滝のてっぺんまで登って一気に飛び込むぞ!」
「敬太くん、とっても冷たいけど大丈夫なのかワン?」
「いつも腹掛け1枚でへっちゃらだし、このくらいで絶対に逃げたりしないもん!」
敬太は滝つぼの中に入って泳いでいくと、てっぺんまで続く絶壁を見つけました。
岩登りに自信満々の敬太ですが、絶壁には手足を支える岩がほとんどありません。しかし、そんなことであきらめないのが敬太のよいところです。
「あの岩に立てば何とかなるかもしれないぞ!」
敬太がそう決めると、滝つぼから絶壁と接する大きな岩へ上がりました。大きな滝の水しぶきに打たれながらも、敬太は手足をつかんでゆっくり進んで行きます。
「このくらいの絶壁ぐらいどうってこと……。うわっ!」
「敬太くん、どうしたワン?」
「大丈夫だって! ちょっとすべっちゃっただけ」
敬太は、岩に足をかけようとして思わずすべってしまいました。それでも、手でしっかり支えたおかげで滝つぼまで落下しないで済みました。
何でも挑戦しようとするのは敬太のよいところですが、調子に乗り過ぎると大ケガのもとになります。それでも、敬太は滝の頂上を目指して登り続けていきます。
「よいしょ、よいしょ……。てっぺんまであとちょっとだぞ」
敬太は、ついに滝のてっぺんにある断崖に手をかけることができました。頂上までやってきた敬太は、真下にある滝つぼをずっと眺めています。
「よ~し! ここから滝つぼまで一気に飛び込むぞ!」
大きな滝の大冒険の締めくくりは、滝つぼの水中に向かっての飛び込みです。これをしなかったら、敬太が敵の頂上まで登り切った意味がありません。
敬太は断崖から飛び込むと、空中で1回転してから滝つぼの中へ大きな水しぶきを上げながら飛び込みました。水中の深い底まで潜り込んだ敬太は、そこから水面へ向かって一気に上がりました。
「ワンべえくん! 滝の上からうまく飛び込むことができたよ!」
水面から顔を出した敬太の元気さに、ワンべえも思わずびっくりしています。滝つぼで泳いだり遊んだりする敬太の姿を見て、ワンべえは滝つぼの中に足を入れました。
「ブルブルブルッ……。 足を入れたら本当に冷たいワン……」
あまりの水の冷たさに、ワンべえは寒さに震えながらすぐに滝つぼから上がりました。秋が深まっていることもあって、滝つぼの水も相当冷たく感じても無理はありません。
そんな中、敬太は大きな滝の真下へ向かって泳いでいます。敬太がこの滝にやってきたもう1つの理由は、滝に打たれながらの修行です。
赤い腹掛けだけでも平気な敬太は、平らな岩の上であぐらになって座りました。滝の上からは、大量の冷たい水が勢いよく敬太の頭の上に降り注いでいます。
心配そうに見つめるワンべえをよそに、敬太は滝の水に打たれながらも平然とした顔つきで全く動じようとしません。
大きな滝での大冒険と修行を終えた敬太は、再び滝つぼを泳いでワンべえのいるところまで戻ってきました。あれだけ冷たい水の中にいたにもかかわらず、敬太の表情はいつも通りの明るい笑顔です。
「敬太くん、本当に寒くないワン?」
「ワンべえくん、そんなこと心配しなくてもぼくは大丈夫だよ!」
敬太はどんなに暑くても寒くても、腹掛け1枚だけで動き回ります。時折冷たい風が吹いても、敬太は山道を1歩ずつ踏みしめながら歩き続けています。
そのとき、敬太のお腹から何やら大きな音が聞こえてきました。
「ギュルギュルギュルル~ッ、ギュルゴロゴロゴロゴロゴロッ……」
「敬太くん、どうしてお尻を押さえているのかワン?」
「う、うんちがもれそう……」
敬太がお尻を押さえているのは、うんちが出るのを必死にガマンするためです。昨日の晩ご飯や今日の朝ご飯で、敬太は大きなイモを合わせて6つも食べています。
これだけ食べているからこそ、敬太は恐ろしい獣人を相手に凄まじい力強さで戦うことができます。そして、元気なうんちがいっぱい出るためにもイモは欠かせない食べ物となっています。
「うんちが出ちゃう! うんちが出ちゃう!」
敬太はうんちが出ないように両足をジタバタしていますが、これ以上のガマンはできません。そのとき、敬太たちの耳に入ってきたのは水のせせらぎの音です。
「近くに川があるかもしれないぞ!」
敬太は、うんちをガマンしながら河原へ降りる道をワンべえといっしょに探しています。すると、少し歩いたところに左側から降りる急な坂道があるのを見つけました。
「も、もうガマンできない……」
「敬太くん、あと少しのガマンだワン」
駆け足で一気に坂道を下りた敬太は、お尻を押さえたままで河原を走っています。しかし、草むららしきものは見当たりません。
敬太は河原のど真ん中にしゃがみ込むと、その場でいきみ声を上げ始めました。その苦しそうな表情は、今までガマンしていたものを出そうとがんばる敬太の姿そのものです。
「う~んっ! うう~んっ! うんう~んっ! うううううううううう~んっ!」
こうして、何度もきばり声を上げた敬太は、すっきりした表情でいつもの明るい笑顔に戻りました。
「ワンべえくん、早くきて! 早くきて!」
「敬太くん、うんちがいっぱい出てのかワン?」
「でへへ、今日もこんなにでっかいうんちがたくさん出たぞ!」
敬太がワンべえに自慢げに見せようとするのは、自分の足元にあるでっかくて元気なうんちです。元気なうんちが出るのは、いつも大きなイモを数多く食べているおかげです。
「いつもイモを食べているから、その分だけうんちもたくさん出るんだワン」
「まだまだ険しい山道が残っているけど、イモをいっぱい食べて元気なうんちが出るようにがんばるぞ!」
好き嫌いしないでなんでも食べるのは、獣人たちと戦う上で大切なことです。敬太は川に入ってお尻をきれいに洗うと、ワンべえとともに山道に向かって再び駆け出していきました。




