その11
獣人の夫婦は、敬太たちに今の状況を伝えようと話を続けています。
「おれたちは、他の獣人たちから逃れようとここへ息を潜めているんだが……」
「その途中で、あたしたちの赤ちゃんが見当たらなくなったの……。赤ちゃんを必死に探そうとしたけど、どこにもいないのよ……。うううっ、うううううっ……」
獣人のお母さんは、両手で顔を隠しながら泣き続けています。これを見て、敬太はげん吉のことを思い出しました。
「そういえば、ぼくがげん吉くんを見つけたのは、山道からちょっと入ったところだったけど……。もしかして、その赤ちゃんはげん吉くんってことなの?」
敬太は、心の中で思い浮かべたことを獣人のお母さんに話しました。でも、獣人のお母さんは赤ちゃんがどこでいなくなったのかまだ分かりません。
それでも、敬太の赤ちゃんへの思いは獣人たちに十分伝わりました。
「おれたちにとって、今まで敵だったおめえがこんなにやさしい子供だったとは全然知らなかったよ……」
「あたしたちのような獣人にやさしく接してくれるとは……」
本来なら、獣人は敬太の前に鋭い目つきで立ち塞がる恐ろしい存在です。しかし、ここにいる獣人たちに限っては今までとは真逆の柔和な顔つきを見せています。
「だって、ぼくは赤ちゃんや子供のことが大好きだもん! 子供だったら、例え人間であっても動物であっても、そして獣人であってもかわいいでしょ!」
敬太が思いを込めたその言葉に、獣人たち2人は心を打たれました。そして、獣人たちは敬太に自分たちの名前を伝えることにしました。
「おれは牙吉という者だ」「あたしは、しのという名前なの。よろしく」
穏やかな顔立ちの2人は、かつての敵につぶらな瞳で見つめています。2人にとって、敬太はもう戦う相手ではないからです。
「敬太、くれぐれもおれたちがここにいることは絶対に言わないでくれよ」
「2人がここにいることは、みんなにないしょにするからね!」
敬太たちは、牙吉との約束を交わすと狭い階段を再び1歩ずつ上がって行きました。階段を上り切ると、大きな穴からそっと顔を出して辺りをキョロキョロしています。
「ワンべえくん、大きな木を切り倒したところへ戻るよ! それっ!」
敬太は、丸太を切り分けて運び出すために再びその場所へ行こうとします。しかし、野犬が牙をむき出して待ち構えていることに敬太は気づいていません。
「敬太くん、危ないワン!」
ワンべえの叫び声が敬太の耳に入った瞬間、目の前からは野犬が何匹も飛びかかってきました。野犬による突然の襲撃ですが、敬太は何とか身をかわすことができました。
「ここから戻ろうたってそうはいかないぜ!」
「なぜなら、おめえはここでおれたちのごちそうになってもらうからさ」
野犬たちは一斉に敬太を取り囲みながら、大きな口を開けて鋭い牙を見せています。そんな状況であっても、敬太はこんなところでくじけたりしません。
「おめえの攻撃なんかお見通しだぜ! ふはははは!」
「野犬め、これでも食らえ! え~いっ!」
敬太は、一斉に飛びかかってきた野犬たちに真正面から向かって行きます。次々と襲いかかる野犬たちを、敬太は両手でつかんでそのまま後方へ強く叩きつけています。
「えいっ! えいっ! とりゃあっ! とりゃあっ!」
「グエッ! いててててててっ……」
その後も、敬太は野犬たちへの攻撃を続けています。いつ噛みつかれるか分からない状況ですが、敬太はそんなことで恐れるような子供ではありません。
「えいっ! えいえいっ!」
「うわわっ! 何をするんだ! 苦しい……」
敬太は両腕で野犬の首を裸絞めにすると、うつ伏せになってその野犬を抑え込んでいます。でも、敬太のそばには鋭い牙を見せる野犬が何匹も囲んでいます。
「背中が丸見えで隙だらけなのを知らないようだな」
「ふはははは! 1匹だけ相手にしているようではなあ」
野犬たちは敬太のお尻に前足を置くと、荒い息づかいで迫ってきました。大きな口を開けて噛みつこうとする野犬たちですが、そんな忍び寄る動きを敬太は見逃しません。
「プウウッ! プウウウッ! プウウウウッ! プウウウウッ! プウウウウウウッ!」
「うっ! おならが本当にくさい……」「うぐぐぐぐっ……」
「おれたちに向かって何度もおならをしやがって……」
敬太は、野犬たちの目の前で元気なおならを5回も続けて出てしまいました。周りに漂うおならのにおいに、野犬たちはその場で倒れ込みました。
「見たか! 元気いっぱいのおならはこんなにすごいぞ!」
敬太は、両腕を曲げて力こぶを見せながら堂々と仁王立ちしています。その姿は、敬太が明るくて元気である証拠といえるものです。
あまりの敬太の元気さに、さすがの野犬たちも降参することになりました。
「小さい子供のくせに、おれたちをちっとも恐がらないなんて……」
「それでいて、あれだけでっかいおならをおれたちの前で何度もするとは……。いやあ、本当に参ったぜ」
野犬たちは、あらゆる面での敬太の凄さに観念しきった様子です。敬太は、そんな野犬たちの気持ちをすぐに受け止めました。
そして、敬太は思いがけない一言を野犬たちの前で発しました。それは、敬太の動物たちへのやさしい気持ちの表れです。
「ねえねえ、野犬たちと友達になりたいけどいいかな?」
「えっ? おれたちと友達になりたいって?」
野犬たちは、先ほどまで戦った敬太の言葉に戸惑っています。それでも、敬太の気持ちが揺らぐことはありません。
「ねえ、友達になってもいいでしょ! だって、本当はやさしいんでしょ!」
「おれたちのことをやさしいと……」
「そんなに言うのなら、おれたちと友達になっても構わないぜ」
敬太が何度もお願いするのを見て、野犬たちも友達と認めることにしました。これには、敬太も喜びのあまり大の字になって何度も飛び上がっています。
「敬太くん、こんなに恐ろしい野犬たちと友達になっても大丈夫ワン?」
「大丈夫! 大丈夫だって! 例え野犬であっても、ぼくたちのことを友達として信じてくれるもん!」
ワンべえの心配をよそに、敬太は相変わらず元気いっぱいに大の字でのジャンプを続けています。新しい友達にうれしさ満点の敬太ですが、調子に乗り過ぎて大きく飛び上がった途中で再びお腹が痛くなってきました。
「ギュルルル、ギュルギュルルル、ギュルギュルゴロゴロゴロゴロ~ッ」
その瞬間、敬太はガマンすることに気を取られて空中から一気に落下しました。そして、地面に尻餅をついてしまったときのことです。
「プウウウウウウウッ! プウウウウウウウッ! プウウウウウウウッ!」
野犬たちの前で元気なおならを3連発してしまった敬太ですが、さっきまでのお腹の痛みはほとんどありません。ふと気になって下を向くと、そこには敬太の元気なシンボルというべきものがありました。
「でへへ、みんなの前でこんなにでっかいうんちが出ちゃったよ!」
敬太は、野犬たちの前で大きなうんちを見事にもらしてしまいました。イモの食べ過ぎでおならやうんちが出てしまうのは、敬太にとっては相変わらずのことです。
でも、でっかいうんちは敬太が好き嫌いなく何でも食べているという立派な証拠でもあります。敬太は出たばかりのうんちを野犬たちに見せようと堂々と立ち上がりました。
「おならに続いてうんちも大失敗するとは……」
「おれたちがいつもするフンよりもかなりでかいなあ」
「まだ7歳児だもん! おならもうんちも元気に出ちゃうのは当たり前のことだい!」
どんなに大失敗しようとも、野犬たちの前で見せる敬太の明るい笑顔が変わることはありません。




