その10
敬太は、盛兵衛とおひさのためにお手伝いを欠かさずに行っています。この日も、敬太は木を切り倒すためにワンべえと山の中へ入っています。
敬太は、楽しそうに歌いながら山の斜面を歩いています。その様子は、無邪気な子供そのものです。
「木こり、木こりは楽しいな~♪ 大きな木をまさかりで~♪」
「敬太くんは、そんなにお手伝いをするのが楽しいのかワン?」
「それくらい当たり前だもん! おっとうとおっかあのためだったら、どんなにつらいことだってやってみせるもん」
お手伝いをするのは、敬太がおじいちゃんとおばあちゃんといっしょに暮らしていたときからの日課です。しばらく歩くと、敬太は薪にするのにぴったりな木を見つけました。
「えいっ! えいっ! えいえいっ! えいえいっ! えいえいっ!」
敬太は、慣れた手つきで大きな木をまさかりで切り倒しているところです。すると、メキメキッと大きな音を立てながら大きな木が倒れました。
「これだけあれば、しばらく山へ入らなくても済むぞ!」
小さい体であっても、見事に切り倒す力強さは敬太らしいところです。しかし、その後方からは恐ろしい野犬が7匹がかりで少しずつ近づいてきています。
「敬太くん、後ろに恐ろしい犬がいるから気をつけてワン!」
ワンべえの叫び声に、敬太は後ろを振り向きました。そこには、野犬たちが今にも襲いかかろうと言わんばかりに鋭い目でにらみつけています。
「こんなところに小さい子供がいるとはなあ、ふはははは!」
「一斉に行くぜ! まとめてかかれば、こんなチビをかみ殺すことなどたやすいものさ」
野犬たちは、いきなり敬太に向かって次々と飛びかかってきました。突然の襲撃に、敬太はワンべえを肩に乗せるとすぐにかわしました。
しかし、一回狙ったものを野犬たちは決して逃そうとはしません。敬太は大きな木の太い枝に沿って高いところを目指して飛び上がりました。
「敬太くん、これからどうしたらいいワン……。高いところが本当に恐いワン……」
「ワンべえくんの気持ちも分かるけど、周りに野犬が待ち構えているし……」
野犬たちは、敬太たちをかみ殺そうと鋭い牙をむき出しにしています。何とかして野犬たちを撃退したいところですが、集団で襲ってきたら敬太もワンべえも命の保証はありません。
敬太がこの状況から脱しようと考えていると、急にお腹が痛くなってきました。
「ギュルギュル、ギュルギュルル、ギュルゴロゴロゴロゴロッ……」
「敬太くん、どうしたのワン?」」
「でへへ、朝ご飯でイモをいっぱい食べすぎちゃった」
敬太がイモを食べすぎてしまうのは、日常茶飯事のことです。逆に考えると、敬太にとっての決め技を使う絶好の機会でもあります。
「もしかして、ここから飛び降りるのかワン?」
「ワンべえくん、脱出する方法を思いついたよ! ギュルルル、ゴロゴロゴロッ……」
敬太が決め技を使うタイミングを間違えたら、野犬たちのエジキになるだけです。しかし、一度決めたことは絶対にやり遂げようとする意思を敬太は持っています。
「敬太くん、恐いワン……。恐いワン……」
「絶対に手を離さないでね! え~い、それっ!」
敬太はワンべえを肩に乗せたままで、高い木から飛び降りました。一気に急降下する敬太を見た野犬たちは、鋭い牙を持った大きな口を一斉に開けました。
すると、敬太は野犬たちの真上であの音を元気いっぱいに鳴り響かせました。
「プウッ! プウッ! プウウッ! プウウウッ! プウウウッ! プウウウウ~ッ!」
「うっ! く、くせえ……」「おれたちに向かっておならをしやがって……」
敬太は大の字の格好で、元気いっぱいのおならを6回も続けて出てしまいました。そのおならをまともに食らった野犬たちは、周りに広がるくさいにおいでそのまま地面に倒れ込みました。
「どうだ! でっかいおならの威力はこんなものじゃないぞ!」
「くさい……。本当にくさいぞ……」
「く、くそっ……、お、おぼえてろよ……」
野犬たちは、ひとまず降参して山奥のほうへ群れになって去って行きました。敬太は、とっさの機転で元気なおならを6連発したことに満足げに仁王立ちしています。
「獣人たちに負けないように、イモをしっかり食べて元気いっぱいのおならが出るようにがんばるぞ!」
「もうっ! 敬太くんのおならはくさくてたまらないワン……」
敬太のおならは元気な子供のシンボルであるのはもちろんですが、獣人たちをやっつけるときにも必殺技として十分使えるものです。
そのとき、ワンべえは気になる様子で山奥のほうをずっと見ています。
「ワンべえくん、どうしたの?」
「敬太くん、誰かに見られている気がするワン」
ワンべえは、再び獣人たちに襲われるのではと心配でたまりません。敬太は、ワンべえといっしょに奥のほうへ進むことにしました。
しかし、どこを見渡しても獣人らしきものは見当たりません。これには、ワンべえも首を傾げています。
「敬太くん、この辺りに人影らしきものが見えていたワン」
「どこか他のところへ行ったかもしれないぞ」
敬太とワンべえはくまなく探そうと、さらに奥へ足を踏み入れました。草むらの中へ入って探していると、地面に大きな穴らしきものを見つけました。
「こんな山の中に、どうしてこんな穴があるんだろう」
「もしかしたら、獣人たちがここに隠れているかもしれないワン」
敬太たちは、大きな穴の中へ入ることにしました。穴の中へ入ると、石で作られたような階段が下へ向かって続いています。
「こんなところに階段があるぞ。どこまで続いているのか行ってみようか」
「敬太くん、中は暗いから気をつけてほしいワン」
地下へ向かって階段を降りる敬太たちですが、そこは大人が1人入るのが精一杯の狭いところです。しかも、周りがほとんど見えないので不安がよぎるのも無理ありません。
「敬太くん、暗くてとても怖いワン……」
「大丈夫だって! ワンべえくんのことは、ぼくがしっかり守ってやるからね!」
地下の深いところを歩くのが不安なのは、敬太のほうも同じです。でも、敬太は決して弱みを見せないでワンべえとともに1歩ずつ階段を降りています。
すると、下へ降りるにつれてほのかに明るいのが敬太たちの目に入ってきました。
「やっぱり、誰かがここにいるんだワン」
「この下へ行ったら、何かが分かるかもしれないぞ」
敬太たちは、期待と不安を抱えながら地下の階段を進んで行きました。やがて、地下深くに入口らしき穴を見つけると、敬太とワンべえはその中に足を踏み入れました。
そのとき、敬太の前にいつも立ち塞がる獣人2人がそこにいました。すぐに身構える敬太ですが、相手の獣人たちの様子がいつもと違います。
「いつもだったら不気味な笑い声で襲ってくるはずなのに……」
これまでの獣人たちなら、敬太にいきなり攻撃を仕掛けることが多かったはずです。ところが、目の前にいる獣人たちは敬太の姿に顔をそむけながらおびえています。
「ねえねえ、どうしておびえているの?」
敬太のかわいい言葉に、獣人たちは落ち着きを取り戻しました。
「どうしてって……。敬太こそ、どうしてここに……」
「人影が見えたので山奥の草むらに入ったら、たまたま大きな穴があったの」
獣人たちは、敬太が言っていることにうなずきながら聞いています。その獣人たちの目つきは、今までの鋭い目つきとは明らかに異なるものです。
「頼むから、わしら夫婦がここにいることは誰にも言わないでほしい……。わしらは、大権官のいる城から抜け出してきたんだ」
思いがけない獣人たちの言葉に、敬太とワンべえは驚きを隠せません。




