その2
「キャッキャッ、キャッキャッ」
獣人の赤ちゃんは、敬太に抱かれながら喜ぶ顔を見せています。敬太もワンべえも、赤ちゃんのかわいさにすっかり安心しています。
しばらく山道を歩くと、木々の間から農村らしき風景が見えてきました。
「ワンべえくん、あの先に村があるみたいだぞ」
敬太たちは、その村を目指そうと急ぎ足で駆け出そうとします。すると、獣人の赤ちゃんの顔つきが急に一変しました。
「ううっ、ううっ、うええええええええええええええええええええ~ん」
突然泣き出した獣人の赤ちゃんに、敬太は何とかあやそうとします。しかし、どんなにあやしても赤ちゃんは泣きやみません。
この状況に、敬太も困惑しています。すると、赤ちゃんは苦しそうな表情で足をバタバタさせています。
「これって、もしかして……」
敬太は、その赤ちゃんを山道のほとりに下ろしました。そこで、赤ちゃんは敬太に支えられながらお腹に強く力を入れています。
「うんっ、うううううううううううんんん~っ!」
獣人の赤ちゃんは、お腹にたまっていたものを出し切ると喜びに満ちた笑顔を取り戻しました。それがどういうものかは、敬太たちもすぐに分かりました。
「わあっ! こんなに元気なうんちが出ちゃったね!」
「うんちがいっぱい出て、赤ちゃんもとてもうれしそうだワン」
山道のほとりには、獣人の赤ちゃんがしたばかりのうんちがあります。それは、赤ちゃんがいつも元気である何よりの証拠です。
敬太は、フキの葉っぱで獣人の赤ちゃんのお尻をきれいにふいています。お尻がきれいになって、赤ちゃんもキャッキャッと喜んでいます。
「敬太くん、この赤ちゃんの名前はどんな名前ワン?」
「あっ、そうだった! どういう名前にしようかな、う~ん……」
名前のない獣人の赤ちゃんに、敬太は頭の中でいろいろ考えています。いろいろ考えるうちに、ある名前が浮かびました。
「この赤ちゃん、げん吉という名前にしたいけどいいかな?」
「いつも元気な敬太くんに負けない赤ちゃんにぴったりの名前だワン!」
げん吉は、元気な男の子の意味を込めて敬太が名づけた名前です。獣人の赤ちゃんにぴったりとあって、ワンべえもすぐにその名前で呼ぶことにしました。
「げん吉くん、これからぼくたちといっしょだよ!」
新しい名前に、げん吉も手足を動かして大喜びしています。敬太たちも、かわいい仲間の存在にうれしさを隠せません。
しかし、そんな敬太たちの前にあの不気味な影が現れました。
「ふはははは! こんなところで何をしているのかな?」
「その声は、もしかして獣人か!」
敬太が振り向くと、そこには獣人たち3人が不気味な笑みを浮かべながら立ち塞がっています。すると、獣人の1人がワンべえのそばにいるげん吉のほうを見ました。
「赤ん坊がこんなところにいるということか……。あの裏切り者め、どこかへ行ったな!」
「裏切り者って、げん吉くんとどういう関係なんだ!」
「黙れ! 同じ裏切り者の子供である敬太ごときがよくそんなことが言えるな!」
獣人たちは、大権官の配下から逃げ出した裏切り者を決して許すことはできません。どんなに逃げ出しても追手に見つかれば、それは死を宣告するのと同じことです。
そのとき、げん吉の激しい泣き声が敬太の耳に入ってきました。敬太が右に振り向くと、獣人がげん吉の右腕をわしづかみして無理やり持ち上げようとしています。
「うええええええええ~ん、うええええええええええええええええ~ん!」
「この赤ん坊め、何回も大泣きしやがって!」
獣人は、泣き叫ぶげん吉の顔を何度も叩いています。この状況に、敬太は怒りを押し殺すことができません。
「げん吉くんにこんなひどいことをしやがって……」
「何だと? よくもまあ、おれたちに歯向かうとはなあ……」
敬太は、真正面にいる獣人たちへ怒りの声をぶつけました。そこには、げん吉を早く助けたいという敬太の強い思いがあります。
しかし、そんな敬太の声に獣人たちは一切耳を傾けようとしません。げん吉が泣き続けていても、獣人たちは相変わらず冷酷な目つきでにらみつけるばかりです。
「よくもまあ、こんなにギャアギャア泣きわめきやがって!」
「かわいい赤ちゃんを傷つけるやつは、このぼくが絶対に許さないからな!」
獣人たちのげん吉への態度に、敬太の堪忍袋の緒がついに切れました。敬太は怒りに任せて、そのまま獣人に向かって突っ込んで行きました。
「え~いっ! とりゃあっ! とりゃあっ! とりゃあっ!」
「い、いきなり何を……。やめてくれ、やめて……」
敬太は獣人を押し倒すと、続けざまに両手の拳で殴りつけています。あまりの突然のことに、獣人は反撃に転じる暇すら与えられません。
その間も、げん吉はもう1人の獣人にわしつかみにされたままで泣き続けています。その度に、獣人はそのいらだちをげん吉にぶつけようとします。
「何度もビービー泣き叫ぶわ、かわいげのない赤ん坊だな!」
「うええ~んっ、うえええええ~んっ、うええええええええええ~んっ!」
「うわわっ、おれの顔に小さい足でバタバタと……。いてて、いててっ!」
げん吉は大きな声で泣きながら、嫌がるしぐさで獣人の目の前で足をバタバタさせています。ところ構わず顔を蹴ってくる赤ちゃんに、獣人は痛々しい表情を見せています。
それでも、げん吉の攻撃はまだこんなものではありません。赤ちゃんには、赤ちゃんなりの攻撃方法があります。
「ジョジョジョ~ッ、ジョジョジョジョジョジョジョ~ッ」
「わわわっ! おれの顔におしっこを……。わあっ、やめろやめろ!」
げん吉は、獣人の顔面に自分のおしっこを見事に命中させました。獣人は自分の顔を左手でふくことに気を取られて、思わず後ろのほうへ倒れ込んでしまいました。
獣人の右手から離れたげん吉は、そのまま空に浮いています。げん吉は急に苦しそうな表情を見せると、真下で倒れている獣人の顔に尻餅をつくように落ちました。
その瞬間、獣人の悲鳴が山道に響き渡りました。赤ちゃんには悪気ななくても、獣人にとってはたまらないものです。
「プウッ! プウウウッ! プププウウウウウウウウウウ~ッ!」
「わっ、わわわっ! お、おれの顔にうんちをするとは……」
げん吉は、獣人の顔面に見事なおならとうんちを同時にしてしまいました。うんちが出た後のげん吉は、今までずっと泣いていたのがうそのような笑顔を見せています。
自分の仲間たちが倒されていく様子に、獣人は拳を握りながら怒りで震えています。
「よくも、よくも……。おれたちの仲間にこんなことを……」
「そのセリフはこっちのものだ! いくぞ! え~いっ、とりゃあっ!」
敬太は、後方にいる獣人に振り向きざまに強烈な回し蹴りを食らわせました。相手がよろけている様子に、敬太は続けざまに攻撃を加えようとします。
「んぐぐぐぐぐぐっ……。これでどうだ! とりゃあああっ!」
敬太は獣人を両手でつかむと、そのまま後方のほうへ投げ飛ばしました。投げ飛ばされた獣人の真下には、痛みをこらえて立ち上がろうとする別の獣人の姿があります。
「わ~っ! わわわわっ!」
「こ、こっちにくるな! こっちに……」
獣人は仰向けになったままで、真下にいる別の獣人と折り重なるようにぶつかってしまいました。これを見た敬太は、すぐさま折り重なった獣人たちの上へ飛び乗りました。
「え~いっ! えいえ~いっ! えいえ~いっ! えいえいえ~いっ!」
「いててっ、いてててっ、いててててててててててっ……」
敬太は、仰向けに重なった獣人たちの上で小刻みにピョンピョンと飛び跳ねています。その威力は、小さな体からは考えられないほどの凄まじいものです。
「このチビめ、よくも……。いてててててっ、いててててててててててっ……」
「どうだ! ぼくの力はまだまだ……。ギュルギュル、ゴロゴロゴロゴロロッ……」
敬太は、獣人へのとどめの一撃を加えようと真上へ大きく飛び上がりました。それを見計らったかのように、敬太は空に浮いた状態でお腹が痛くなってきました。
すると、敬太は空中から獣人たちが折り重なったところへ尻餅をつくように着地しました。その瞬間、敬太は獣人たちの前であの音が出てしまいました。
「プウウウ~ッ! ププウウウウウウウウウウウウウウウウウ~ッ!」
「うぐっ! うぐぐぐぐぐぐっ……」
「おれたちの前でおならをしやがって……。死にそうなくらいくさい……」
敬太は大好きなイモを大量に食べたおかげで、見事な形で元気なおならを命中させることができました。あまりにも強烈なにおいに、獣人たちはこれ以上耐えられません。
「くそっ、おぼえてろよ!」
「今度出会ったら、おめえを赤ん坊ごと叩き殺してやるからな」
敬太たちの強烈な攻撃に、獣人たちは怒りをぶちまけながら去って行きました。これを見た敬太は、すぐにげん吉のそばへ行きました。
「げん吉くん、恐い目に遭わせてごめんね」
「キャッキャッ、キャッキャッキャッ」
げん吉は、敬太の手にやさしく抱かれてうれしそうな笑顔を見せています。その姿は、まさに赤ちゃんらしいかわいさそのものです。
敬太もワンべえも、笑顔で大喜びしているげん吉の元気さに心を和ませています。こうして、敬太たちは山道を再び歩いながら村を目指していきます。




