その5
敬太たちは大きな滝での修行を終えると、大飛丸の案内に従って次の修行場所へ歩き出しました。
伏丸は、危険な修行を何度もやり遂げる敬太に何か話しかけています。
「おれが思うのもなんだが、あんなに危険な修行を自分からやるのって……」
「だって、普通の修行じゃおもしろくないもん!」
人間にとっては苦行といえる内容であっても、敬太には物足りません。敬太は、次の修行がどんなものか今からワクワクしています。
そんな敬太の横にいるワンべえは、修行場所へ近づくにつれて不安でいっぱいです。
「敬太くん、もうやめてほしいワン……。だって、もしものことがあったら……」
「ワンべえくん、心配しなくても大丈夫だよ! まだまだこんなに元気いっぱいだぞ!」
ワンべえの心配をよそに、敬太は相変わらずの元気ぶりを見せています。
しばらく山道を歩き続けると、いよいよ本格的な上り坂に入って行きます。そこは、頂上に向かって沿う急な坂道となっています。
しかも、坂道の外側は高い崖となっており、少しでも足元を踏み外すと命の保証はありません。敬太たちは、山道を踏みしめながら頂上へ向かって歩いて行きます。
頂上に近づくにつれて、何やら異様なにおいが少しずつ漂ってきました。そのにおいは、敬太が放つおならのにおいとはまた違ったものです。
「これは相当きついにおいだワン……」
「このくらいのことでめげてたまるか!」
そのにおいは、卵の腐った硫黄のにおいです。次々と襲ってくる強烈なにおいは鼻をもげるほどのものです。そんな中にあっても、敬太は気にするそぶりを表情に出しません。
こうして、敬太たちは山の頂上に足を踏み入れました。そこには、巨大な噴火口が大きな穴を開けて広がっています。
白い煙が立ち込める噴火口の底には、溶岩がいくつも露出しています。これから行う修行は、噴火口の両端を1本の太い綱にぶら下がりながら渡るというものです。
「ようやく山頂に着いたけど、これから始まる修行はそんなに甘くないぞ」
綱から手を離して噴火口へ落ちたら、生きて帰ることはできません。大飛丸の表情もいつになく真剣です。
危険な修行に何度も挑んできた敬太ですが、さすがにこの大自然の迫力には驚きを隠せません。
「こんなにでっかい穴ぐらい、絶対に向こうまで行ってみせるぞ!」
敬太は両手で綱を握ると、それに沿って噴火口に落ちないように進み始めました。これを見た伏丸も、綱にぶら下がりながら後を追っています。
そんな伏丸ですが、真下の噴火口を見るたびに不安を感じています。
「ど、どうしよう……。こ、ここから落ちたら……」
いくら力が強い天狗の少年であっても、この状況に身震いしないはずがありません。伏丸は、早くこの修行を終わらせたいと両手を使って前へ進んでいきます。
「伏丸くん、がんばって!」
敬太も、伏丸のがんばる姿に負けていられません。2人は、硫黄のにおいと白い煙が立ち込める中を両手で伝いながら進み続けます。
ところが、噴火口を渡り切る修行の終盤に差し掛かったときのことです。
敬太が後ろを振り向くと、伏丸が両手を持ったままで前へ進めなくなりました。
「これ以上前へ……。前へ進めない……」
伏丸は、あまりの恐さにこれ以上進むことができません。あまりの震えように、手を握る力も限界に近づいています。
この状況に、敬太もすぐさま伏丸のところまで戻ることにしました。しかし、伏丸は右手で何とか持ちこたえているのが精一杯の状況です。
「伏丸くん、あとちょっとだから」
「敬太、もうだめだ……。これ以上持ちこたえられない……」
ついに、伏丸は太い綱から手を離してしまいました。これを見た敬太は、すかさず自分の右手を伸ばしました。
「敬太……。ど、どうしておれを……」
「伏丸くん、ぼくの手を離さないでね!」
敬太は辛うじて伏丸の手をつかむと、右手の力で太い綱のあるところまでそのまま持ち上げました。
「こんなところで弱音を吐いて、本当にごめん!」
「伏丸くん、そんなこと言わなくてもぼくは気にしていないよ。あと少しだし、ぼくといっしょに渡り切ろう」
敬太は伏丸を励ましながら、綱に沿うように再び手を動かしていきます。伏丸も、敬太の後をついて行くように進み出しました。
そして、敬太と伏丸は噴火口を両手で渡り切ることに成功しました。危険な修行を乗り越えた敬太は、喜びのあまり大の字になって飛び上がりました。
「わ~い! こんなに大きな噴火口を渡ることができたぞ!」
「敬太がどんな危険なところでも挑んでいく姿は、わしにも十分に伝わったぞ!」
敬太たちのそばには、さっきまで向こう側にいた大飛丸がやってきました。敬太にはもちろんのこと、最後までやり遂げた伏丸にもそのがんばりを褒めたたえました。
「伏丸もよくがんばったな! 立派な天狗になるにはまだ修行が必要だが、今日の修行ぶりはわしが見ても立派だったぞ」
伏丸は危うく噴火口に落ちる寸前だったこともあり、最後まで渡り切ると同時にぐったりと座り込みました。そんな伏丸に、大飛丸も柔和な表情で見つめています。
そんな中にあっても、敬太の元気さは相変わらず際立っています。
「どんな危険な修行であっても、このくらい全然へっちゃらだぞ!」
「あんなところを渡り切るなんて、ぼくには絶対できないワン」
ワンべえがあきれているのを横目に、敬太は明るい笑顔を見せながらピョンピョン飛び跳ねています。
修行を終えた敬太たちは、天狗たちが暮らす岩山の大きな洞窟へ入りました。ここは、夏は涼しくて冬は暖かいところです。
大飛丸は、予想していた以上の修行をやり遂げた敬太のために何か持っています。
「あれだけの危険な修行を進んでこなしたことだし、敬太にはささやかだけどこれをあげようかな」
敬太は、大飛丸が差し出したものを見て大喜びです。なぜなら、そこには敬太の大好きなヤマノイモが1本あったからです。
「ワンべえもいっしょに食べようよ!」
「ぼくは、これだけでお腹がいっぱいになりそうだワン!」
ヤマノイモは、敬太だけでなくワンべえも大好物です。敬太は、そのうち4分の1をワンべえにあげることにしました。
「大飛丸さま、大好きなイモをくれて本当にありがとう!」
「はっはっは! 敬太がこんなに喜んでくれて、わしもうれしいぞ」
敬太は、さっそくヤマノイモをおいしそうにほおばっています。どんなに質素なものであっても、敬太は大好きなイモをいっぱい食べるので大満足しています。
外のほうは、日が沈んで次第に暗くなってきました。大飛丸は、洞窟の奥から布団を出してきました。
「日が暮れたことだし、そろそろ寝ないといけないな。敬太にも、ちゃんとお布団を用意したぞ」
そこには、大きな布団1枚と小さな布団2枚が敷かれています。敬太は、小さい布団の上にそのまま座りました。
敬太がいつもおねしょをすることは、大飛丸も知っています。どんなに凄まじい力を持つ獣人の子供であっても、欠点が全くないわけではありません。
「敬太のお布団へのおねしょ、わしも今から楽しみにしているぞ」
「大飛丸さま、でっかいおねしょをしたら……。プウッ、ププウウウウウウウウ~ッ!」
敬太は、洞窟の中で元気いっぱいのおならが2回続けて出てしまいました。洞窟という空間の中で、敬太のおならはみるみるうちに広がっていきました。
「でへへ、みんなの前でおならがこんなにいっぱい出ちゃった」
大飛丸と伏丸は、くさいおならのにおいに思わず鼻をつまんでいます。相変わらずの敬太の元気さには、天狗たちも負けてしまいそうです。




