その20
獣人たちとの戦いが終わった次の日のことです。
庫裏の中では、敬太がお布団の上で照れ笑いをしています。そのお布団には、いつものようにでっかいおねしょが描かれています。
「おっかあ、見て見て! 今日もでっかいおねしょをお布団にやっちゃったよ!」
「ふふふ、敬太くんのおねしょはいつも元気いっぱいなんだね」
恐ろしい獣人たちを何人も撃退した敬太ですが、毎日のようにお布団におねしょをしてしまうのは相変わらずのことです。お布団へのでっかいおねしょは、敬太がいつも元気である立派な証拠でもあります。
それは、お寺のお庭に干されることではっきりと分かります。おねしょに描かれているのは、水の中に思い切り飛び込んだときの水しぶきです。
「でへへ、寝ているときに大きな木の上から池の中へ飛び込む夢を見ちゃった」
「敬太くんは、夢の中でもいつも元気だものね。どんなにおねしょをしても、私は敬太くんがいつも元気だったらうれしいわ」
おせいは、敬太の頭をなでなでしながらほめています。いつも元気である敬太の姿を見るのが、おせいにとって何よりもうれしいことです。
庭のほうには、峰七や紺次郎、それに扇助が顔を赤らめながら照れています。3人とも、敬太と同じようにおねしょをしてしまいました。でも、お布団に描かれたおねしょの大きさは敬太にかないません。
敬太は、自分のおねしょ布団を峰七たちに自慢しようとします。
「ぼくは、今日もこんなに元気なおねしょをしちゃったぞ! すごいでしょ!」
「敬太くんはいつもすごいね。あんなにでっかいおねしょ、ぼくにはとても描けないよ」
いつも明るい敬太の表情を見て、峰七たちも満面の笑みを浮かべています。
そのとき、菜八が桑吉の手をつなぎながら急ぎ足で敬太たちのところへきました。居六と貫吉もあわてた様子で後ろからやってきました。
「みんな! 大きな畑のところへ早くきて!」
「なっぱくん、そんなにあわててどうしたの?」
「行ったらすぐに分かるって! 敬太くんも早く行こうよ! 早く行こうよ!」
菜八は、敬太たちに何か見せたくて何度もせかしています。敬太たちは、すぐに菜八の後を追って大きな畑のほうへ行きました。
そこで目にしたのは、敬太たちにとって腰が抜けるほどびっくりするものでした。
「うわっ! 米俵がこんなにいっぱい積んでいるぞ!」
「ぼくたちがいた村でも、こんなのを見るのは初めてだよ!」
敬太たちの目の前に現れたのは、いくつも積み重なった米俵の数々です。そこには、10俵もある米俵が4段重ねで積まれています。
これを見た男の子たちは、白いご飯を食べることができる喜びでいっぱいです。
「これだけあったら、白いご飯を食べることができるぞ!」
「わ~い! おいしいご飯! おいしいご飯!」「ご飯だ! ご飯だ!」
すると、米俵のそばに何やら書かれた紙が地面に落ちているのを敬太が見つけました。そこには縦書きでつらつらと書かれていますが、漢字が読めない敬太には何を意味しているのかさっぱり分かりません。
そこへ、おせいが津根吉をおんぶしながら大きな畑へやってきました。敬太は、すぐにおせいへその紙を手渡しました。
「おっかあ、ここにはどんなことが書かれているの?」
「漢字でいろいろ書いているから、敬太くんが読むのは難しいわね」
おせいは、早速その紙に書かれた内容を読み始めました。そこに書かれている内容を見て、おせいは思わず涙を流しています。
「こんなにたくさんお米があれば、男の子たちにたくさんご飯を食べさせることができるわ。誰が持ってきたのか分からないけど、本当にありがとう……」
今までは雑穀の割合が多かったご飯でしたが、これからは白いご飯を食べることが多くなりそうです。
そのためには、米俵を他のところへ持って行かなければなりません。米俵を持ち上げるには相当な腕力が必要となりますが、敬太はこんなことぐらいどうってことありません。
「んぐぐっ、んぐぐぐぐぐっ! えええ~いっ!」
「敬太くん、あんなに重そうな米俵を1人で持ち上げることができるの?」
「米俵を持ち上げることぐらい、ぼくには全然へっちゃらだよ!」
米俵を楽々と持ち上げる敬太の姿を見て、おせいも男の子たちも驚きを隠せません。しかし、敬太にとってはこのくらいまだ序の口です。
「それなら、お寺の本堂を開けておくからそこまで持ってきてくれるかな」
「おっかあ! ここにある米俵を全部持ってくるからね!」
敬太は、米俵を肩にかついで本堂のところまで運んで行きます。本堂に入ると、仏様が見守る前で米俵を置きました。
その後も、敬太は疲れた顔を一切見せないで米俵を次々と本堂へ持ってきました。敬太の頼もしい姿に、おせいもやさしい眼差しを見せています。
「おっかあ、米俵をここへ全部持ってきたよ!」
「ふふふ、敬太くんはあれだけ重いものでも持ち上げるほどの力持ちだものね」
敬太は、米俵の積み上げを自分の力でやり遂げたことに満足しています。本堂の前にいるおせいや男の子たちも、楽々と持ち上げて運ぶ敬太の凄まじい力に感心しています。
そのとき、敬太は米俵を持ち上げるときに気づいたことを思い出しました。それは、米俵のそばにいくつもあったキツネとタヌキの足跡のことです。
「もしかしたら、キツネくんとタヌキくんがこれを……」
大きな畑に積まれた米俵は、キツネとタヌキによるみんなへの恩返しなのかもしれません。でも、このことはみんなにないしょです。
「キツネくん、タヌキくん、これからもみんなを見守ってね」
キツネとタヌキがその後どこへ行ったのかは、敬太も分かりません。敬太はキツネたちを思い浮かべながら、いつまでもこのお寺にいるおせいや男の子たちをやさしく見守ってほしいと願わずにはいられません。
いよいよ、名前のないこのお寺とお別れするときがやってきました。いつまでもここにいては、敬太が探している自分のお父さんとお母さんに会うことができません。
いつも明るくて元気な敬太との別れは、男の子たちにとってさびしいものがあります。男の子たちは、お寺から出ようとする敬太を囲んで離れようとしません。
「敬太くん、行かないで!」「ずっとここにいようよ!」
「敬太くんがいないと、ぼくたちもさびしいよ」
「じゅっといっちょ、じゅっといっちょ(ずっといっしょ、ずっといっしょ)!」
男の子たちは、敬太と別れたくないと泣いています。そんな男の子たちに、おせいはやさしい言葉で接しています。
「ずっとここにいてほしいというみんなの気持ちはよく分かるわ。でも、それは敬太くんだって同じ気持ちじゃないかな」
おせいの言葉に、男の子たちは静かに耳を傾けています。敬太もそれを聞きながら、この寺へやってきてからの思い出を振り返りました。
マムシに噛まれてひん死の状態だった敬太ですが、ここでおせいや男の子たちに囲まれて過ごしたおかげでいつもの元気さを取り戻しました。だからこそ、敬太はみんなへの感謝の気持ちを忘れていません。
「みんなとはもうお別れするけど、これからもずっと友達として忘れないからね!」
「ふふふ、敬太くんは男の子たちとすっかりなかよくなったものね。敬太くんのことは決して忘れないわ」
獣人たちとの壮絶なバトルはもちろんですが、このお寺で男の子たちと過ごしたことで敬太も一回り成長しました。敬太は、男の子たちとの友達のしるしとしてお互いに両手でタッチしています。
「敬太くん、ぼくたちのことを絶対に忘れないでよ!」
「敬太くんがいなくなるのはさびしいけど、ぼくたちも一生懸命がんばるからね!」
「いちゅまでもわちゅれないよ(いつまでも忘れないよ)!」
「みんな、ありがとう! 心の中では、みんなといつまでもいっしょだよ!」
敬太との別れがさびしくても、男の子たちはもう涙を見せません。それは、敬太のほうにも十分伝わっています。両手でのタッチは、敬太の男の子たちへの愛情を込めたスキンシップといえます。
それは、敬太といっしょにいるワンべえも同じです、ワンべえは、すかさず敬太の右肩に飛び乗って顔をペロペロとなめています。
「もうっ、ワンべえくんったら! く、くすぐったいよ~」
ワンべえのスキンシップには、さすがの敬太もタジタジです。そこへ、おせいがあのお布団を両手で持ちながらやってきました。
「ふふふ、敬太くんはやっぱり元気なところがお似合いだね。これなら、敬太くんがここにいたことがいつでも分かることだし」
お布団には、今日の朝に敬太がやってしまったおねしょの黄色いシミがそのまま残っています。その黄色いシミは、敬太がいつも元気である立派な証拠といえるものです。
「でへへ、これならぼくがいたことをいつでも思い出すことができるよ!」
敬太は顔を赤らめながらも、いつも通りの明るい表情を見せています。これを見たみんなも、敬太とワンべえを笑顔で送り出しました。
敬太たちはここでの楽しい思い出を胸にしまいながら、お父さんとお母さんを探すために果てしない道のりを進んで行きます。




