その19
敬太は空中へ飛び上がると、池のほとりへ逃げ帰る双子の獣人を見つけました。双子の獣人は、顔が蒼ざめてわなわなと震えています。
「まさか、あの巨大ナマズがいきなり襲ってくるとは……」
2人は、自分たちを獲物として狙う巨大ナマズの姿におびえています。双獣雷は、高圧電流を食らってもビクともしない敬太のことを思い起こしました。
「そのナマズに敬太が乗っていたということは、もしかして……」
双子の獣人が目にしたのは、あまりにも信じられない光景でした。目の前には、興奮した表情でにらみつける牛助の姿があります。
「敬太から逃げようとしても、このわしがいることを忘れては困るぞ!」
「うぐぐぐぐっ……。この暴れ牛がいきなり……」
そこには、牛助に叩きのめされた獣人がぐったりと倒れています。双子の獣人は、自分たちの仲間が痛めつけられたことに驚きを隠せません。
「ぐぬぬぬぬっ……」
「よくも、おれたちの仲間にこんなことを……」
双子の獣人は、真正面にいる牛助への怒りで身震いしています。そのとき、後方から元気な男の子らしき声が聞こえてきました。
「お~い! 牛助くん、ワンべえくん、こっちを見て! こっちを見て!」
「わあっ! 敬太くんだワン!」
「いつも元気いっぱいの敬太には、わしらもかなわないなあ」
敬太がいるのは、池の手前にある大きな木の高いところです。敬太は、太い枝に右手を握りながら相変わらずの元気さを見せています。
「おめえから受けた屈辱の数々……。ただで済むとは思うなよ……」
「くそっ! 何度もおれたちの前に現れやがって……」
敬太が再び現れたことに、双子の獣人は苦虫を噛みつぶしています。そうする間に、もう1人の獣人が痛みを押しながら立ちあがろうとしています。
しかし、獣人たちはこれまでの激しい戦いで体力が消耗しきっています。敬太は、そんな獣人たちの様子を見逃しません。
「獣人め、いくぞ! それっ!」
敬太は、振り子のように勢いをつけながら獣人たちへ飛び蹴りを繰り出しました。あまりの鋭い蹴りに、獣人たちはなすすべもありません。
「うわっ、わわわっ!」「ぐえっ、ぐえええええっ……」
敬太は、仰向けに倒れ込んだ獣人の手下に両足で首を強く絞めようとします。獣人は、敬太の絞め技に息をすることができないほどです。
「うげええっ! うげええええええええっ……」
「まだまだ! え~いっ! え~いっ!」
「ぐえええええええええええええっ……」
敬太による両足での首絞めは、獣人の抵抗する体力を次第に奪っていきます。この様子を見て、敬太は右手で獣人の左腕を握りながら高圧電流を放ちました。
「これでとどめだ!」
「ぎゃあああっ……。ぎゃあああああああああああああああっ……」
獣人は、敬太が放った強烈な電流に感電しながらうめき声を上げています。そのうめき声は、もはや尋常なものではありません。
そして、獣人が大きな叫び声を上げた瞬間のことです。獣人の体が突如として石化すると、そのまま細かい砂のようになりました。
獣人の手下をやっつけた敬太は、振り向きざまに双子の獣人に攻撃しようとします。すると、双子の獣人は少しあわてながら近くの木々へ飛び移りました。
「どうだ! 今度は……。あっ、どこへ逃げるんだ!」
「ちっ、おぼえてやがれよ」
「この次は、おめえを始末して地獄へ送ってやるからな!」
双子の獣人は、敬太への恨みつらみを言い残してその場から消えるようにして去って行きました。
「双子の獣人め……」
肝心の双子の獣人をあと一歩まで迫りながら逃げられたことに、敬太はくやしい顔つきを見せています。これを見て、牛助とワンべえは敬太のそばへやってきました。
「敬太、そんな顔をしたらみっともないぞ」
「牛助くん……」
「こんなに傷だらけになっても、獣人たちに全力で戦い続ける敬太の気持ちをわしは受け止めているぞ」
「でも、牛助くんとワンべえくんがいなかったら……」
「はっはっは、そんなことを気にしなくても大丈夫さ。あれだけの凄まじい力を出すことなんか、わしには到底できないものだからなあ」
牛助もワンべえも見たいのは、敬太のいつもの明るい笑顔です。獣人の紋章が消えた敬太も、牛助のやさしい言葉に明るい気持ちを取り戻しました。
敬太の表情を見たワンべえは、あまりのうれしさに飛びついて敬太の顔をなめなめし始めています。
「敬太くん、無事で本当によかったワン! ペロペロペロッ~」
「わわっ! ワンべえくん、本当にくすぐったいよ~」
「だって、敬太くんがいなかったらさびしいんだワン! ペロペロペロペロペロッ~」
ワンべえのなめなめ攻撃に、敬太はすっかり参っています。でも、それは敬太とワンべえが強い友情で結ばれている何よりの証拠です。
「さあ、そろそろ大きな池の向こうへ行くとするかな。おせいも男の子たちも、敬太のことを心配しているぞ」
「じゃあ、ぼくはこの池を向こうまで泳いでいくからね!」
「はっはっは、敬太くんが元気いっぱいなのは相変わらずだなあ」
敬太は池のほとりから足を入れると、そのまま深いところへ向かって泳いで行きます。なぜなら、敬太にはお礼を言う相手がもう1匹いるからです。
「ナマズさん、さっきは協力してくれて本当にありがとう!」
「そんなことを言わなくても、おまえのために恩返しをしたまでさ」
すっかり仲良しとなった敬太と巨大ナマズは、お互いに信頼して協力することの大切さを学びました。
「それじゃあ、またここへきたときにはいっしょに遊ぼうね!」
「いつも元気いっぱいの敬太には、おれ様も参ってしまうなあ。くれぐれもケガには気をつけないといけないぞ」
巨大ナマズが潜っていくのを見届けると、敬太は再び泳ぎ出しました。池の向こう側で待っているおせいや男の子たちと早く会いたいからです。
そんな敬太に、突然の大ピンチが訪れました。それは、目の前に敵が現れたというものではありません。
「ギュルギュル、ギュルギュルルルル、ギュルギュルゴロゴロゴロゴロッ……」
「う、うんちが……。急にうんちがもれそう……」
敬太は、泳いでいる途中で急にうんちが出そうになりました。しかし、こんなところで動きを止めるわけにはいきません。
敬太は必死にガマンしながら、何とか池の向かい側まで泳ぎ切ることができました。そこには、敬太がくるのを待っていたおせいと男の子たちの姿があります。
「敬太くん、無事に戻ってきたんだね」
「敬太くんがいなくてさびしかったよ」「敬太くん! 敬太くん!」
男の子たちは、敬太の姿を見てうれしそうにはしゃいでいます。敬太のところには紺次郎や貫吉、それに扇助といった小さい男の子が次々と寄ってきました。
よほどさびしかったのか、男の子たちは敬太のそばを離れようとしません。その間も、敬太はうんちが出るのをガマンし続けています。
「どうちたの(どうしたの)?」「どうしてお尻を押さえているの?」
「あの、その……。な、何でもないよ……」
敬太はお尻を押さえながら、その場からあわてて駆け出そうとします。これを見て、紺次郎たちは小さい体で敬太に無理やりしがみついています。
「敬太くん、いっしょにいようよ」「どうしてそっちへ行くの?」
「どうちて、どうちてなの(どうして、どうしてなの)?」
「だって、う、うんちが……」
何とか前に出ようとする敬太ですが、男の子たちの勢いにそのまま後ろへこけてしまいました。そして、敬太が思わず尻餅をついた次の瞬間のことです。
「うわっ、わわわっ! プウッ、プウウウウウウウウウウウウ~ッ……」
池の周りに響き渡った大きなおならの音に、おせいたちはすぐに敬太のほうへ駆け寄りました。すると、敬太は自分が尻餅をついたところに何やらでっかいのがあることに気づきました。
それは、小さい男の子たちの声でみんなの知るところとなりました。
「あっ! 敬太くん、でっかいうんち出ちゃったの?」
「わ~い! 敬太くんのうんちだ!」「うんち! うんち!」
「でへへ、尻餅をついたときにガマンできなくてでっかいうんちが出ちゃったよ!」
敬太は、ガマンしていたうんちをみんなの前でもらしてしまいました。でも、そのうんちは敬太らしい元気いっぱいのうんちです。
この様子に、おせいも敬太を見ながら目を細めています。
「ふふふ、敬太くんは2回目のうんちもこんなにいっぱい出たんだね」
「おっかあ、こんなに元気なうんちが出たぞ! すごいでしょ!」
敬太は、出たばかりのうんちをおせいの前で自慢げに見せています。いつもの明るくて元気な敬太の姿に、牛助とワンべえも近寄ってきました。
牛助は、小さい体で獣人たちと戦い続けた敬太への感謝を忘れていません。
「敬太がいなかったら、ここにいるおせいや男の子たちはどうなっていただろうか……。あれだけ恐ろしい獣人たちをやっつけてくれて、敬太には本当に感謝しているぞ」
この言葉を聞いて、敬太は牛助に思わず抱きつきました。それは、自分を手助けしてくれた牛助へのお礼の気持ちが込められています。
「牛助くんも、ぼくを助けてくれて本当にありがとう!」
「そんなこと言わなくても大丈夫さ。困ったときにはお互いさまだからな」
「どんなことがあっても、敬太くんがやっつけてくれるとずっと信じていたワン!」
ワンべえは、しっぽを振りながら敬太に飛びつきました。敬太も、そんなワンべえから顔をペロペロなめられてくすぐったそうです。
こうして、みんなのにぎやかな笑い声が再び戻ってきました。