その16
敬太の強い思いは、目の前にいる双子の獣人に訴えかけるものです。しかし、双子の獣人はそんな敬太の思いに耳を傾けようとしません。
「あきらめないだと? そんな言葉など聞きあきたわ!」
「そんなことを言う前に、おめえの体のことを心配したほうがいいぞ。どうせ、おめえの命などあとわずかだしな、ぐはははは!」
獣人たちの冷ややかな言葉に、敬太はこのまま黙っているわけではありません。
「よくもやってくれたな! えいっ! えいっ! え~いっ!」
「うわうわっ! いきなり何を……」
敬太は、いきなり双獣雷に何度も体当たりを繰り返しています。突然の出来事に、双獣雷は反撃することができません。
「さっきのお返しだ! とりゃあっ! とりゃあっ! とりゃあっ!」
「うわあっ! グエッ、グエグエッ……」
敬太は、続けざまに殴ったり蹴ったりの攻撃を双獣雷に加えています。凄まじい攻撃を受け続けた双獣雷は、地面に倒れながらのたうち回っています。
しかし、草むらに隠れてその様子を眺めているもう1人の敵がいます。その敵は、敬太を見ながら不気味な笑みを浮かべています。
「あのチビめ、おれがまだいることに気づかないとはなあ……。ぐはははは!」
一方、敬太はもう1人の敵である双獣炎がどこにいるのか探しています。キツネやタヌキもいっしょに見渡しましたが、どこにいるのか分かりません。
「おかしいなあ、ここら辺にいると思うけど……」
すると、キツネとタヌキは何か変なにおいがすることに気づきました。
「敬太くん、ぼくたちの周りがこげくさいにおいがするけど……」
「そういえば、なんだかものすごく暑くなってきたような……。うわっ! うわわっ!」
敬太たちが周りを見渡すと、自分たちを取り囲むように炎が燃え上がっています。いきなりの出来事に、敬太たちは理性を失ってその場であわてふためいています。
そこへ現れたのは、草むらに隠れて様子を見ていた双獣炎です。
「ぐはははは! 敬太め、どうだ! おれが放った炎の威力は!」
「炎を放ったのはやっぱり双獣炎か! ぼくたちをどうするつもりだ!」
「決まっているだろ! おめえらは、これから炎に包まれて丸焼きにされるのさ!」
双獣炎は冷酷な口ぶりで、敬太たちが焼かれて地獄へ落ちていくのを楽しそうに見ています。そんな双獣炎の態度に、敬太は体を震わせながら怒りをにじませています。
そのとき、敬太は足をバタバタさせながら腹掛けを押さえています。その表情は、見るからに苦しそうです。
「こんなときにおしっこが……。お、おしっこがもれそう……」
敬太は、必死におしっこのガマンを続けようとします。この様子に、キツネとタヌキはいいアイデアを敬太に伝えました。
「敬太くんだったら、あれだけ燃え上がっている炎だっておしっこで消すことができると思うよ!」
「ぼくたちも手伝うから、敬太くんもここでおしっこをしようよ!」
2匹の力強い言葉に、敬太も腹掛けをめくっておしっこをすることにしました。
「ジョジョジョ~ッ、ジョパジョパジョパッ、ジョパジョパジョジョジョジョ~ッ」
敬太のおしっこは、周りに広がった炎に勢いよく命中し始めました。キツネとタヌキのほうも、敬太と同じようにおしっこを炎に向かってしています。
この間も、双獣炎は高みの見物をしながら不気味な笑みを浮かべています。
「ぐはははは! さすがの敬太もこれにはおじけついたんじゃ……」
「ジョパジョパジョパッ、ジョパジョパジョパッ、ジョジョジョジョジョジョ~ッ」
敬太たちは、今までガマンしていたおしっこを一気に出し続けています。こうして、周りに包まれた炎は見事に鎮火させることができました。
くすぶった白い煙の中から現れたのは、火に包まれたはずの敬太たちです。これを見た双獣炎は、敬太たちが無事であるという事実に驚愕しています。
「双獣炎め、どうだ! 燃え広がった火をおしっこで消すことができたぞ!」
「うぬぬ、ぐぐぐぐっ……」
敬太は、力強さの象徴である両腕の力こぶを双獣炎の前で見せています。相変わらずの敬太の元気さに、キツネもタヌキも大喜びです。
一方、双獣炎のほうは地獄送りにする絶好のチャンスを逸したことで、敬太に対するいらだちをあらわにしています。
「キツネくん、タヌキくん、とりあえずこの森をしばらく行けば……」
「敬太くん、しばらく行ったらどうなるの?」
「そのまま行けば、大きな池へ出るところがあるよ!」
敬太は、少し前に行ったことのある大きな池の通り道を知っています。この森を通って行けば、大きな池に出ることができると考えています。
敬太は、キツネとタヌキといっしょに急いで森の中を走り出しました。しかし、双子の獣人はそう簡単に逃がすつもりは毛頭ありません。
「うわっ、獣人たちがまだいるのか!」
「ぐはははは! この先は通すわけには行かないぜ!」
敬太たちの目の前に現れたのは、3人組の獣人たちの一団です。後ろには、双子の獣人が不気味な笑みを浮かべながら近づいてきました。
「おめえらがどこへ行こうが、おれたちはどこまでも追いかけるからな!」
「こんなところで、獣人たちに捕まってたまるか! 行くぞ!」
獣人たちに挟まれた敬太たちですが、ここで立ち止まるわけにはいきません。大きな池へ行くためにも、新たに立ち塞がる獣人たちとの戦いに挑みます。
「とおっ! え~いっ! とりゃあっ、とりゃあっ!」
「うわわっ! い、いきなり何をしやがる……」
「キツネくん、タヌキくん、早く先に行って! 早く行って!」
敬太の声を聞いて、キツネとタヌキは先に行くことにしました。その間も、敬太と獣人たちとのバトルは続きます。
「んぐぐぐぐっ! ええ~いっ!」
「わわっ! いてててっ、いててててててっ……」
敬太は、獣人たちの1人を近くの大きな木に強く投げつけました。その木にぶつかった獣人は、あまりにもガマンできない痛みにその場でうずくまりました。
双子の獣人の前に立った敬太は、改めて自分の力強さを真正面の敵に示しました。
「双子の獣人め、あの獣人たちも仲間なのか!」
「そうでなかったら、ここに呼び寄せることなどしないぜ!」
「さっきも言ったはずだ! おれたちはどこまでも追いかけるとな!」
双子の獣人は敬太をにらみつけながら、不気味な雰囲気を辺りに漂わせています。その雰囲気は、敬太にも十分伝わるほどです。
「おめえはどうあがいても、おれたちのエジキになるのさ! どりゃあっ!」
「同じやり方で続けてやられてたまるか! ほいっ! ほいっ!」
双子の獣人は、いきなり敬太に向かって次々と鎖を投げてきました。すると、敬太は次々と繰り出す攻撃に軽い身のこなしでかわしていきます。
「ちっ、相変わらずおれたちの攻撃をうまくかわしているな」
「しかし、おれたちの前でそう簡単にうまくいくのかなあ? ぐはははは!」
敬太は、森の中の大きな木々をうまく使いながら攻撃をかわし続けています。しかし、そんな敬太がわずかに油断したそのときのことです。
「獣人め、ここまでおいで……。うわっ、うわわああああああああっ!」
「ぐはははは! 敬太め、残念だったな!」
「おれたちが一斉にかかれば、こんなチビなど簡単に叩きのめすことができるわ」
敬太は獣人たちの一団によって、両手両足を鎖でがんじがらめにしばられてしまいました。この様子を見て、双子の獣人は両手をポキポキさせながら敬太に近づきました。
「いよいよ、ここがおめえの墓場になるときが近づいてきたなあ」
「この場で、おめえをじっくりと始末するのが楽しみになってきたぞ! ぐはははは!」
双子の獣人は、敬太の顔に手をやりながら不気味な笑みを浮かべています。鎖にしばられている敬太は、手足が動かせずに抵抗できないもどかしさを感じています。
そのころ、ワンべえと牛助は大きな畑の手前にある牛小屋にいます。2匹は、大きな畑の作物を盗人から守るためにここで見張っています。
「ハクション! ハクション!」
「ワンべえ、どうしたの? カゼでも引いたのか?」
「何か悪い予感がするんだワン……」
ワンべえは、もしかして敬太が何か危ない目に遭っているのではと感じ始めました。牛助は、そんなワンべえを見るとすぐに牛小屋から出ました。
牛助は、すぐさま後ろ足で何度も土を蹴り上げています。それは、まるで目の前の敵に立ち向かう姿そのものです。
「そんなに心配だったら、敬太のところへ行ったほうがいいぞ。わしもいっしょについて行くから大丈夫さ」
「本当に大丈夫なのかワン?」
「ワンべえ、行く前から弱気になったら敬太に笑われるぞ。さあ、わしの背中に乗ったらどうだい」
普段はかわいい顔つきのワンべえですが、いざとなったときには獣人であろうと飛び掛かって戦います。だからこそ、敬太の前で弱いところを見せるわけにはいきません。
「そうだ! 敬太が大好きなあれを持って行かないといけないな」
牛助は、牛小屋から茎を口にくわえて持ってきました。その茎の先っぽには、でっかい親イモをはじめとする多くのサトイモがついています。
「さあ、早く乗らないと置いて行くぞ!」
「うんしょ、うんしょ……。もうちょっとだから待ってほしいワン」
ワンべえは、急いで牛助の背中に飛び乗りました。あわてて飛び乗ったワンべえは、背中にしっかりとしがみついています。
「ワンべえ、途中で落ちないようにしっかり捕まってろよ!」
牛助は大きな畑から小さな川を飛び越えると、敬太たちが通った道を突進するように進んで行きました。
森の周りには、多くのカラスが鳴き声を上げながら空を飛び回っています。
すると、森の中から何かを蹴り上げる音が響き渡りました。その音に驚いたカラスたちは、大あわてでその森から離れて行きました。
森の中では、獣人たちが次々と敬太の後ろから次々と蹴り上げています。どんなに反撃したくても、敬太は鎖で手足をしばられた状態なのでどうすることもできません。
「おりゃあっ! おりゃあっ! おりゃおりゃあっ!」
「うりゃあっ! どりゃあどりゃあっ!」
「ぐぐぐぐぐっ……。こんなことで負けてたまるか……」
「強がりばかり言っているけど、そんなことがいつまで言えるかな! ぐはははは!」
双子の獣人は自分たちの部下が敬太を痛めつける様子に、不気味な笑みを浮かべながら眺めています。
そんな中であっても、敬太は獣人たちによる拷問に耐え続けています。こんなところで自分の弱みを見せるわけにはいきません。
「ちっ、まだ音を上げていないようだな。このチビには、まだまだ拷問をたっぷりと加えないとな」
「うりゃあっ! おりゃあっ! どりゃあどりゃあっ!」
「おりゃあっ! おりゃあっ! おりゃあっ!」
「どうあがいても、助けにくるやつなんかいないぜ! ぐはははは!」
獣人たちが次々と拷問を加えるうちに、敬太は体のあちこちが赤く腫れ上がってきました。普通の人間なら、ここで命を落としてもおかしくありません。
しかし、敬太はどんなことがあってもあきらめない気持ちを持っています。敬太の心の中では、いつもいっしょにいる男の子たちからの応援が聞こえてきます。
「どんなに恐ろしい獣人であっても、敬太くんだったらやっつけることができる!」
「敬太くん、獣人なんかに負けるな!」「敬太くん、がんばって!」
「ぼくたちも、敬太くんのことを応援しているからね!」
男の子たちは、獣人たちによって大好きなお父さんもお母さんも殺された悲しい出来事を忘れていません。でも、いつも明るい敬太がそばにいるおかげで、男の子たちも畑仕事をしたり遊んだりして楽しい毎日を送っています。
敬太は身動きが取れない状態であっても、獣人たちと最後まで戦い続けることを心の中で誓いました。鎖を引きちぎることが困難であっても、敬太は決してあきらめることはありません。
「んぐぐぐぐぐっ! んぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐううううううっ!」
「敬太くん……」「敬太くん、がんばって……」
どんなに痛めつけられても必死に食らいつく敬太の姿に、キツネとタヌキは木々に隠れながら見守っています。
「ぼくたちには何の力にもならないけど、せめて……」
「今まであきらめずに戦ってきた敬太くんだもの。きっと信じてくれるさ」
最後まで信じ続けるキツネとタヌキをよそに、双子の獣人は敬太の前で冷たくあしらうように言葉をかけています。
「本当にバカだなあ! どんなことをしても、こんなに頑丈な鎖を引きちぎることなどできないのになあ」
「んぐぐぐぐぐううううううううっ! んぐぐぐぐぐうううううううううううっ!」
敬太はどんなに言われようとも、歯を食いしばりながら鎖をほどこうと何度も試みています。それでも、双子の獣人は冷酷な目つきで敬太をにらみつけています。
「おめえの腕力をもってしても無駄なことなのに……。そんなに分からないなら、おめえが地獄へ落ちるまで教えてやろうか」
「こうやってな! おりゃあっ! おりゃあっ! おりゃおりゃあっ!」
双獣炎は、敬太の真正面に向かって強烈な蹴りを何度も繰り返しました。さすがの敬太も、これには声が出せないほどの痛みに襲われました。
「どうだ、おれたちに反抗したらこうなるというのが分かっただろ!」
「そろそろ、敬太へのとどめを刺すとするか。行くぞ! おりゃああっ……」
双子の獣人は敬太へのとどめを食らわせるために、一斉に飛び蹴りを食らわせようとします。
「も、もうだめだ……。おっとう、おっかあ……」
双子の獣人の一斉攻撃を前にして、敬太は思わず目をつぶりました。それは、お父さんとお母さんに会うことがもうできないという無念さがにじみ出ています。
そのとき、森の向こうから現れた大きな図体が猛然と突進してきました。その大きな図体は、まぎれもなく牛助そのものです。
牛助は大ピンチの敬太を助けようと、双子の獣人目がけて頭から突っ込みました。
「うげっ、うげええええええええええええっ!」
「後ろからいきなり……。うわあああああっ!」
牛助の猛突進で、双子の獣人はまたたく間に地面に叩きつけられました。目の前には、鎖で手足をしばられた敬太の姿があります。
「敬太、今から助けてやるからな! そのまま突っ込むから気をつけろよ!」
「牛助くん、ワンべえくん、助けにきたんだね。本当にありがとう!」
「そんなこと気にしなくてもいいさ。敬太にはいつもお世話になっているし、今度はわしが恩返しをしないと」
牛助は荒っぽいところもあるけど、いざというときには敬太にとっても頼りになる存在です。もちろん、敵に対してはいつでも攻撃の体勢に入れるように鋭い目つきでにらみつけています。
「行くぞ! そりゃあっ!」
「でめえみたいな……。わわわわわわっ!」「ぐええっ、ぐえええええっ!」
牛助の突進を食い止めようと獣人たちは前に出ましたが、いとも簡単に倒されてしまいました。そして、鎖につながれた敬太に向かって体当たりしました。
牛助の体当たりが命中すると同時に、敬太の手足をしばっていた鎖が引きちぎれました。そのはずみで、敬太は後ろのほうへ倒れてしまいました。
それでも、敬太は牛助の荒っぽい助け方を気にすることはありません。むしろ、牛助のおかげで助かったことへの感謝の気持ちでいっぱいです。
「牛助くんのおかげで、手足が自由に動くことができるようになったよ!」
「なあに、こんなことぐらいお手のものさ。敬太には、ここにいる獣人たちをやっつけないといけないからね」
牛助の背中には、ワンべえが乗っています。ワンべえは、敬太の体が何ヶ所も赤く腫れているのを見て心配そうです。
「敬太くん、こんなに赤く腫れ上がってかわいそうだワン。本当に大丈夫なのかワン」
「ワンべえくん、そんなこと気にしなくても大丈夫だよ! どんなことになっても、ぼくはいつも元気いっぱいだよ!」
敬太はその場で立ち上がると、牛助とワンべえの前で仁王立ちになりました。どんなに痛めつけられても、いつもの明るくて元気な姿を見せることに変わりはありません。