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《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん  作者: ケンタシノリ
第6章 敬太くんとお寺の大家族
43/115

その5

 それは、昨年の秋のことです。


 おせいが暮らしていた矢林村やばやしむらでは、村人総出で行った米の収穫が一段落したところです。村の男性たちは、収穫した米を詰め込んだ俵を2人がかりで積んでいます。


 「今年の収穫は雨が多かったけど、これだけあれば大名に納める年貢を割り引いても、村人たちの食べるものに困ることはほとんど無いぞ」

 「お米が毎年豊作ならいいけど、必ずしもそうとは限らないからなあ」


 男性たちは、袖無しで丈の短い着物にふんどしという格好で次々と俵を運んでいます。その年は米が豊作だったこともあり、村人たちは今までの苦労が報われたことに嬉しさを隠せない様子です。


 一方、村人たちが暮らす家の周りでは、子供たちが走り回ったり、じゃれあったりしながら遊んでいます。小さい男の子は、敬太や金太郎と同じように腹掛け1枚であり、大きな男の子は大人と同様に袖無しで丈の短い着物にふんどしの格好になっています。


 家の中から出てきたおせいは、男の子たちが駆け回りながら遊んでいるところを見ています。すると、そのとき1人の小さい男の子がつまづいてこけてしまいました。


 「うえええ~んっ! 痛いよう、痛いよう!」

 「紺次郎くん、痛かったのね、痛かったのね。よしよし、痛いの痛いの飛んでいけ!」


 紺次郎は、かけっこをしている途中でこけてしまって泣き出しました。これを見たおせいは、紺次郎に頭をなでなでしながらやさしく接しています。


 「紺次郎くん、元気に走り回るのはいいけど気をつけないといけないぞ」

 「えへへ、これから気をつけるよ! どうもありがとう!」


 おせいが紺次郎に注意を促すと、紺次郎もおせいにお礼を言って再び駆け出しました。おせいは、子供たちのわんぱくさに目を細めています。


 「ふふふ、お腹の中にいるこの子がもうすぐ生まれることだし、そうすれば子供たちも大喜びするだろうね」


 おせいは、身重になった大きなお腹をさすりながら、間もなく生まれるであろう元気な赤ちゃんと顔を会わせるのを今から楽しみにしています。


 そこへ、おせいのご主人が家から出てきました。ご主人は、おせいが大きなお腹でいつ生まれてもおかしくない状態とあってとても心配しています。


 「おせい、もうすぐお腹にいる赤ちゃんが生まれるでしょ。あまり外へ出ないほうがいいぞ」

 「そんなことを言わなくても大丈夫だよ。この子が生まれたら、他の子供たちだって喜んでくれるだろうし」


 おせいは、自分の体のことを心配するご主人からの声に耳を傾けています。でも、おせいにとっては、お腹の子供には元気でわんぱくな子供に育ってほしいという思いがあります。それ故に、外で元気に遊ぶ子供たちの姿をおせいはいつも見守っています。


 しかし、おせいたちにとっての平穏な日常が突如として覆される事態は、もうそこまで迫ってきているのです。



 それから数日たったある日のことです。


 米俵を全て積み終えた村の男性たちは、村恒例の秋祭りの準備に大忙しです。大きな子供たちも、男性たちといっしょに神輿みこしを村の中心まで運んでいます。


 村人たちにとって、この秋祭りは今までの農作業の苦労が報われる数少ない楽しみの1つです。だからこそ、男性たちは秋祭りの準備に余念がありません。


 「うわ~い! お祭り! お祭り!」「早くお祭りが始まらないかな」

 「そんなことを言わなくても、明日になれば楽しいお祭りがあるからね」


 小さい男の子たちは、秋祭りが始まるのが楽しみで待ちきれない様子です。これを見たおせいは、テンションが高い子供たちを落ち着かせようとしています。


 「わあっ、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの?」

 「ふふふ、お腹の中に私の赤ちゃんがいるのよ。生まれたら、みんなにも赤ちゃんを見せてあげるからね」


 おせいの大きいお腹は、小さい子供たちが見てもはっきりと分かるものです。おせいは赤ちゃんが生まれたら、子供たちみんなに見せてあげるとやさしい声で言いました。


 そのとき、何やら悲鳴らしき声が村の外れから聞こえてきました。


 「うぎゃああっ!」「おれたちに何を…。ぐええっ、ぐええええっ!」


 その悲鳴は、今まで秋祭りの準備でにぎやかだった村の光景を一変させました。そこへ、血相を変えた1人の男性が村の外れから駆け足でやってきました。その男性の顔面や手足は、何者かに強く殴られて赤く腫れ上がっています。


 「獣人が、獣人がいきなり襲いかかってきた…。早く姿を隠して! 急いで!」

 「何だって! 最も恐れていたことがついに…。こりゃ大変なことだ!」


 大声で叫んだ男性の姿を見た村人たちは、伝説の妖怪の中でも最も恐れている獣人が現れたことを聞いて、すぐにそれぞれの家屋の中に身を潜めるように隠れました。


 そのとき、男性の背後から不気味な声で襲いかかってきた一団がやってきました。


 「ふはははは! この村にいるやつは全員皆殺しじゃ! それが例え女であろうと、子供であろうとな!」

 「おい! そこらじゅうの農家を片っ端から探せ! どんな手段を使ってでも村人どもを殺せ! 殺せ!」


 その一団は、頭領を中心とした3人組の獣人たちです。獣人たちの目的は、矢畑村で暮らす村人たちをこの手で皆殺しにすることです。部下たちは、しらみつぶしに村人たちを探すために農家の中へ一軒一軒回って行きました。


 「おりゃああっ! おりゃああっ!」「いったい何をしようと…。ぎええええっ!」

 「うりゃああっ!」「うええええ~んっ! うぐぐぐぐぐっ…」


 農家へ入った獣人たちは、隠れていた村人を子供も含めて殴る蹴るの暴行を繰り返したり、首を強く絞めるなどしながら殺し続けています。それは、村人たちをまるで物として扱いながら平然と人殺しを行う獣人たちの冷酷さがにじみ出ています。


 そして、獣人たちの頭領は、自分たちが襲撃したことを村人たちに伝えた男性の頭を右手で強くつかみました。


 「おめえみたいなやつがいると邪魔なんだよ! ふはははは!」

 「グエッ! いきなり何を…。グエグエッ! グエグエッ! ゲホッ…」


 獣人の頭領は、男性の顔面を地面に何度も強く打ちつけました。そして、頭領はうつ伏せのまま倒れたその男性の背中に上から両足で踏みつけると、飛び跳ねながら何回も繰り返しながら踏み続けました。


 「おれたちに逆らったら、こいつみたいにこの場で息の根を止めることになるぜ、ふはははは! ふはははは!」


 獣人の頭領は、自らの手で始末した男性の着物を引っ張り上げながら、邪魔者である村人を始末したことを不気味な声で誇らしげに言い切りました。


 「おらおらあっ! おめえらはおれたちのエジキになるのさ!」

 「そんなところに隠れたってムダだぜ! どりゃあっ! どりゃあっ!」


 獣人たちは村の農家に侵入すると、いきなり襲いかかって家族ごとその場で皆殺しにして無言で立ち去りました。そして、今度は別の農家にいきなり入っては、隠れている家族を無理やり引っ張り出して何度も殴ったり蹴ったりしながら殺しています。


 「わしにいったい何を…。ギャアアアアッ!」「グエッ! グエエエエエッ…」

 「ふはははは! どんな手を使ってでも、村人どもを次々と殺せ! 殺せ!」


 獣人たちは、あらゆる手段で村人たちを所構わず殺していきました。村人たちの悲鳴が聞こえる中、おせいは家の奥にある寝間でご主人とともに声を出さずに隠れています。

 「おせい、大丈夫か?」


 「大丈夫だよ。お腹にいる子も、ちゃんと守ってあげるからね」


 ご主人は、大きいお腹を大事そうに抱えているおせいを心配そうに見つめています。しかし、おせいはそんな心配をよそに、赤ちゃんがいるお腹をやさしくさすっています。そして、自分の赤ちゃんが無事に生まれてほしいとおせいは願っています。


 すると、ご主人は寝間の引戸をそっと開けて、獣人が家の近くにいるかどうか確認しています。


 「ちょっと外へ出て獣人がいないことを確かめに行くから、おせいは寝間の引戸を閉めてしばらく隠れておいたほうがいいぞ」

 「外に出て本当に大丈夫なの? もし獣人に見つかったりでもしたら…」

 「獣人がいないかどうか確かめに行くだけだから、そんなに心配しなくてもいいのに」


 ご主人は寝間から板の間に出ると、獣人がいないことを確認するために家の外へ出ようとします。しかし、おせいは獣人たちが歩き回っている状況が続いている中で、外へ出るのは危険であるとご主人を必死に止めようとします。


 それでも、ご主人は獣人が出歩いているか確認するだけと言って、そのまま家から外へ出て行きました。ご主人の強い意思表示に、おせいはこれ以上引き留めることはできませんでした。


 「どうか、すぐにここへ戻ってきますように…」


 おせいは、ご主人がすぐに戻ってくることを祈りながら、再び寝間の中で隠れ続けました。しかし、まさかご主人がこんなことになるとは、このときにはまだ知る由もありませんでした。



 「う~ん…。あれっ、ここにずっと隠れたままで、いつの間にか眠ってしまった…」


 おせいは、ずっと寝間に隠れたままでそのまま眠ってしまいました。そして、眠い目をこすりながら起き上がって寝間の引戸を開けると、外から小鳥のさえずりが聞こえてきました。


 「もしかして、ここで一夜を過ごしたってことなのかな?」


 寝間から板の間へ出てきたおせいは、小鳥の鳴き声で一夜が明けたことに気がつきました。そのとき、おせいはご主人が外へ出る前に言ったことを思い出しました。


 「そういえば、あの人は獣人がいるかどうか確認するだけと言ったきり、まだここに帰ってこないわ。まさかあの人が…」


 おせいは、まだ帰ってこないご主人のことが心配になって外へ出ました。そこには、おせいが考えられないほどの衝撃的な光景を目の当たりにしました。


 「あんなに明るくてにぎやかだったこの村が…。どうして、どうして…」


 おせいが目にしたのは、路上に転がっている村人たちの遺体の数々です。それらの遺体には、獣人による激しい暴行によって、体のあちこちが大きく腫れ上がっています。おせいはこれらを見た途端、膝をついて泣き出してしまいました。


 そして、おせいはある遺体の顔を見て駆け寄ったときのことです。


 「うううううっ、うううううっ…。あなた、あなた、目を開けて! 目を開けて!」


 その遺体の顔を見た途端、おせいは自分のご主人の遺体であることを確認しました。ご主人は、獣人による凄まじい暴行で全身が赤く腫れ上がっていました。


 おせいは間違いであってほしいと何度も思いましたが、その遺体がご主人であるという現実を覆すことはできません。


 すると、おせいのそばに何人かの男の子たちが寄ってきました。そこには、おせいと同様に泣き続けている小さい男の子たち7人が集まっています。


 「おっとうとおっかあが殺されちゃった…。何で、何で…」

 「どうして死んじゃったの…。うえええええ~ん、うえええええ~ん!」

 「ぼく1人だけじゃ寂しいよ…。うえええええ~ん…」


 お父さんやお母さんをはじめとする男の子たちの家族は、獣人によって軒並み命を落としてしまいました。そんな中にあって、男の子たちは寝間や近くの生い茂った草むらに隠れていたおかげで辛うじて生き残ることができました。


 でも、最年長でもまだ幼い年齢の男の子たちにとって、いっしょにいるはずのお父さんやお母さんを失った悲しみは計り知れないものがあります。おせいは、こんなところで子供たちに弱いところを見せてはいけないと右手で涙を拭きました。


 「こんなにつらい目に遭うなんて思ってもみなかったんだよね。私がみんなのお母さん代わりになるから、もう泣かなくてもいいよ」

 「おっかあの代わりになってくれるの?」「おっかあ、おっかあ!」


 小さい男の子たちは、やっぱりお母さんのやさしい愛情を欲しています。おせいは、獣人のために両親を失った子供たちのお母さん代わりになることを決めました。


 「それじゃあ、きょうから私がみんなのお母さんになるからね。ちゃんと、私の言うことができるかな?」

 「ちゃんと言うことを守るよ!」「お手伝いをちゃんとするからね!」


 男の子たちは、おせいがお母さん代わりになってくれるのを聞いて、自分たちもおせいの言うことを守って行動することを約束しました。


 「しかし、獣人たちが再びここを訪れないとは限らないし…。もし、獣人たちがまた襲ってきたら…」


 おせいにとって、この村に再び獣人たちが襲ってくるかもしれないということが一番の不安材料です。


「ここにいる小さい男の子たちを、これ以上危険な目に遭わせたくないわ…」


 おせいは、男の子たちを守るためにある決断を下しました。その決断を子供たちに言うことは、おせいにとっても非常につらいことです。


 「みんなには本当につらいかもしれないけど、この村から離れて別のところへ移ることにしたの」


 おせいは、ここにいる男の子たちを守るために他のところへ移り住むことを決心しました。突然の決定に、男の子たち思わず泣き出しました。


 「どうしてここを離れるの?」「いやだ、いやだ!」

 「みんなの気持ちは、私にもよく分かるわ。でも、これはみんなを獣人から守るために仕方がないことなの」


 男の子たちは、おせいにへばりつきながら離れようとしません。しかし、おせいは獣人からの襲撃を避けるためにはやむを得ないことであると男の子たちにやさしく語りかけました。


 「これだけ子供がいたら、食べるものもそれなりに必要になるわ。でも、こんなに身重の体では…」


 今まで住み慣れた村から離れるという決断をした以上、おせいはいっしょに行く子供たちを養う必要があります。でも、おせいはお腹に赤ちゃんがいて身重になっている状態で、いつ生まれてもおかしくありません。


 すると、菜八がおせいに何か言いだそうとしています。


 「ぼくの家に牛がいるから、その牛に米俵を積んで行ってもいいかな?」

 「なっぱくんがそう言うのなら、その牛も一緒に連れて行こうかね」


 菜八は、自分の家にいる牛に米俵を積んでいくことをおせいに提案しました。その牛が米俵を運ぶことで、おせいの体への負担が大幅に軽減されます。


 おせいたちは、米俵が積んでいるところへ行きました。しかし、そこにたくさん積んでいたはずの米俵が少なくなっています。


 「村人たちが総出で収穫したお米が入っている俵が少なくなっているわ…」


 おせいは、目の前にある米俵が5~6俵ほどしかない状況に少し困った表情を見せています。それでも、米俵が3俵ぐらいあれば、アワやヒエといった雑穀を入れたご飯を子供たちに食べさせることができます。


 そこへ、菜八が自分の家で飼っている牛を連れてやってきました。その牛は全身が黒毛で覆われており、頭には角が2本生えています。


 「これが、ぼくの家から持ってきた牛の牛助うしすけだよ! よろしくね」

 「ここにある俵を3俵ほど積めば、わしがどんなところへでも運ぶことができるぜ」


 牛助の威勢のよさに、おせいたちはすぐに米俵を1俵(=4斗、約60kg)ずつ積んでいきました。おせいだけに負担をかけないように、最年長の菜八と峰七もおせいといっしょに米俵を運んでいきます。


 「なっぱくんも峰七くんも、本当にありがとうね。牛さんばかりに負担をかけてもいけないし、私もこれを1俵背負っていくと…」

 「おっかあ、こんなことをしたら赤ちゃんが…」

 「そんなこと心配しなくても大丈夫だよ。みんなも、毎日食べるご飯の心配をしなくても済むでしょ」


 おせいは、いっしょに手伝ってくれた菜八と峰七に感謝の言葉を述べました。そして、おせいがもう1俵ある米俵を立てるような形にしてからしゃがみ込むと、その米俵を背中に合わせるとすぐに太い縄で固定しました。


 「さあ、私の後についておいでね。長い道のりだからつらいかもしれないけど、しばらくの間ガマンしてね」

 「うん! ぼくたち、おっかあの言うことをきちんと守ると約束したもん!」


 これまで住み慣れた矢林村から別の場所へ行くには、歩いて数時間もかかるほどの道のりを要します。それは、お腹に赤ちゃんがいるおせいにとっても、小さい男の子たちにとっても体力的につらいものがあります。


 しかし、おせいたちは牛助とともに、これから行くであろう安住の地に向かって一歩ずつ前へ進み始めました。村を出てしばらくすると、険しい傾斜の山道へ入りました。


 山道へ入ると、おせいたちの足取りが次第に重くなってきました。男の子たちは、こんなに傾斜のきつい山道を歩くことは初めてです。


 「みんな、急な坂道だけど大丈夫かな?」

 「大丈夫! ぼくたちだって、このくらいの坂道くらい大丈夫だって!」


 小さい男の子たちは、きつい傾斜が連続する山道を歩くたびに足が痛くなってきました。しかし、目の前を歩くおせいや牛助が米俵を背負いながら歩く姿見て、男の子たちもその後を必死について行きます。


 そのとき、おせいが急に苦しい顔つきになってきました。おせいは、お腹におもりを入れられている感じで歩くだけでも一苦労しています。


 「みんな、もうちょっとだから…。もうちょっとだからがんばって…」

 「おっかあ、苦しそうな声だけど大丈夫なの?」

 「そんなに心配しなくても大丈夫…。みんなだって、こんなに苦しい山道を歩いているだもの…。う、ううっ、ううっ…」


 おせいが苦しそうな様子は、後ろにいる男の子たちにも伝わりました。菜八がおせいのそばまで行って声をかけると、おせいは子供たちに心配させまいと苦しそうな表情を出さないようにしました。


 そのとき、おせいは山道を登り切る直前でお腹を押さえながら急に座り込みました。座り込んだときの痛々しくてかなり苦しそうな表情は、おせいの顔つきから見てもはっきりと分かるものです。


 「赤ちゃんが…。赤ちゃんが生まれそうなの…」

 「おっかあ、米俵は牛助に載せてあげるから、無理をしなくてもいいよ」


 おせいは、あまりの激しい陣痛でおなかを押さえながら座り込んでしまいました。後ろにいる男の子たちは、座り込んだままで苦しそうな表情のおせいを心配そうに見つめています。


 これを見た菜八は、おせいが背負っていた米俵を峰七、居六、紺次郎の3人といっしょに持ち上げました。おせいに無理をさせないためにも、小さい男の子たちで年上の4人が米俵をおせいのそばにいる牛助の背中まで持ち上げようとします。


 「よいしょ、よいしょ、よいしょ」


 男の子たちは牛助の上に、4人で力を合わせて1俵の米俵を載せようとしているところです。しかし、牛助の体高(ひづめから背中までの高さ)は約4尺6寸(約140cm)もあります。一方、男の子たちのほうは、最も背が高い菜八の身長でも約3尺5寸(約106cm)しかない上に、4人で平均1斗(約15kg)の米俵を持ち上げるのはかなり荷が重いものがあります。


 それでも、男の子たちはかなり重たい米俵を地面に落とさないように、必死に上へ持ち上げようとがんばっています。


 「おっかあのためにも、ぼくたちががんばらなければ…」

 「うんしょ、うんしょ、うんしょ」

 「あともうちょっとだ! かなり重たいだろうけど、もうちょっとの辛抱だ」


 牛助からの励ましを受けた男の子たちは、牛助の背中に米俵を載せようと手を伸ばしました。そして、必死に手を伸ばした男の子たちは、どうにかこうにか牛助の背中に米俵を載せることができました。


 「よ、ようやく、あの米俵を載せることができたぞ…」

 「何とか牛助の背中に載せることが…」

 「よくがんばった! みんなのやさしい気持ちはあの人にも伝わってると思うぞ」


 菜八たちは、ようやく米俵を牛助の背中に載せたことに安堵したのか、そのまま大の字になって倒れ込みました。この様子を見た牛助は、小さい男の子たちが米俵を一生懸命に持ち上げて積んでくれたことに感謝の気持ちを伝えました。


 しかし、おせいのほうは陣痛による苦しそうな表情で座り込んだままです。菜八たちは再び起き上がると、おせいが座り込んでいるところに戻りました。


 「おっかあ、苦しそうだけど大丈夫? ぼくたちが支えながら連れて行くからね」

 「みんな、本当にありがとうね…。この山道を少し上ったら下り坂になるわ。そして、しばらくまっすぐ行くとお寺が見えるから、そこへ向かってね」


 菜八と峰七はおせいの体を起こすと、両側からおせいを支えるようにしながら再び歩き始めました。


 これからみんなが移り住む場所を知っているのは、おせいただ1人です。おせいはみんなと移り住むその場所を菜八たちに伝えました。おせいの顔を見ると、相変わらず陣痛が次々と襲って苦しそうな表情が続いています。


 「おっかあ、もしかしたらぼくたちを残して…」

 「ぼくたちを残して死んじゃうの? そんなのいやだ! いやだ!」

 「心配しなくても大丈夫だから、泣かなくてもいいのよ。みんなを残して死んだりなんかしないわ」


 おせいのあまりにも苦しそうな表情に、男の子たちは自分たちを残して死んでしまうのではと泣き出しました。これを見たおせいは、心配しなくても大丈夫と男の子たちにやさしく接するように言いました。


 おせいと小さい男の子たちは、牛助とともに山道を歩き続けると今度は下り坂に入ってきました。すると、少し離れたところにお寺らしきものが小さく見えてきました。どうやら、おせいが先ほど菜八たちに伝えたお寺はここのことだそうです。


 「おっかあ、お寺ってもしかしてあれのことかな?」

 「よく見つけたね…。向こうにあるあのお寺が… 、これから…みんなが住むところになるのよ…」


 おせいたちは、お寺を見つけるとそこへ向かって急ぎ足で歩いて行きました。その間にも、おせいの陣痛はますます激しくなるにつれて死ぬほどの激痛に見舞われています。


 その様子を間近で見ている菜八と峰七は、おせいの重たい体を支えながらお寺に向かって歩き続けています。


 おせいも男の子たちも、今まで住み慣れた矢林村から離れたところにあるお寺までずっと歩き続けているので、すでに体力の限界に達しています。とりわけ、お腹の中に赤ちゃんがいるおせいにとっては、陣痛に伴う激痛が次々と襲ってくることも相まって、体力の消耗が激しくなっています。


 そして、みんながそこから足を延ばすと、山道から左へ入ってすぐのところにお寺がありました。そのお寺は、門がなく左右に石柱のみが立っている小さなお寺です。


 「おっ、お寺の入口が見えてきたぞ。もうちょっとだから、みんながんばれ!」

 「おっかあ、もう少しでお寺に着くからね」

 「みんな…、ありがとう…。私のためにここまでしてくれて…」


 小さい男の子たちは、頼もしい牛助の励ましを受けながらお寺の入口へ入ろうとしています。おせいも苦しそうな顔つきながらも、菜八と峰七に支えられて ようやく安住の地にたどり着いたことにホッとした様子です。


 そのとき、おせいはみんなが移り住む場所に着いて安心したのか、お寺の入口に入った途端に大きなお腹を押さえながら再び座り込みました。


 「ううっ…、ううっ…、うううう~んっ!」

 「おっかあ、赤ちゃんが生まれそうなの?」

 「もうすぐ生まれそうになるわ…。元気な赤ちゃんが生まれるようにがんばるわね…」


 おせいはそのまま仰向けになると、赤ちゃんを生もうと必死にいきみ始めました。長い距離を何時間も歩き続けたおせいにとって、体力が限界に達した状態での出産は生命の危険と紙一重といっても過言ではありません。


 それでも、おせいは新しい家族となる小さい男の子たちのためにも、元気な赤ちゃんを生むためにがんばり続けています。


 「おっかあ、あとちょっとで赤ちゃんが生まれるからがんばって!」

 「ううううううう~んっ! うううううううう~んっ! うううううううう~んっ!」


 他の男の子たちや牛助も、仰向けて赤ちゃんを生もうとしているおせいの周りに次々と集まってきました。この様子を見たおせいは、最後にもうひと踏ん張りしながらいきみ続けました。


 「うううううううううう~んっ! ううううううううううううううう~んんっ!」

 「おぎゃあっ! おぎゃあっ! おぎゃあっ! おぎゃあっ!」


 おせいは新しい命である赤ちゃんを生み落とすと、その赤ちゃんは元気な泣き声を響かせました。周りにいた小さい男の子たちも、おせいが生んだ元気な赤ちゃんの姿を見て大喜びです。


 「おっかあが生んでくれた赤ちゃん、こんなに元気な男の子だよ!」

 「見て見て! 赤ちゃんのほっぺ、こんなにかわいいよ!」

 「わ~い! わ~い! 赤ちゃんだ! 赤ちゃんだ!」


 赤ちゃんは、小さい男の子たちに負けないくらいの元気な泣き声を上げています。子供たちにとっては、新しい命である赤ちゃんの誕生にうれしさを隠せません。小さい男の子たちの歓声を聞いたおせいも、元気でかわいい赤ちゃんを生んだことに満足しています。


 「みんなのおかげで、かわいい男の子を生むことができたわ。ここで暮らすのはとても大変だろうけど、みんなで協力してがんばろうね」


 獣人たちによって村人たちの多数が殺されたことを、おせいは決して忘れることができません。そして、同じように両親たちを獣人によって殺された男の子たちとともに、村を離れてこのお寺までやってきたのです。


 そんな中で生まれた赤ちゃんは、みんなにとって一筋の光明といえるものです。おせいは、自分が生み落とした赤ちゃんの名前をすぐに決めたそうです。


 「この子は、獣人に殺されたご主人との間に生まれた新しい命なの。だから、ご主人の名前である津根吉をこの子の名前にするわ」


 おせいは、志半ばで獣人によって命を奪われたご主人の名前をそのまま赤ちゃんの名前にしました。津根吉と名付けたその赤ちゃんは、元気な笑顔を見せながら菜八に抱きかかえられています。


 「おっかあが生んだ赤ちゃん、こんなにふっくらしてかわいいね。顔のほっぺも…」


 菜八の周りには、生まれたばかりの津根吉を見ようと他の男の子が集まってきました。菜八はみんなに見せようと、津根吉を自分の顔の手前まで持ち上げようとしました。


 しかし、津根吉を持ち上げたそのときのことです。


 「ジョジョジョ~ッ、ジョパジョパジョジョジョ~ッ」

 「うわわっ! 津根吉くんにおしっこをかけられちゃった」


 津根吉は、生まれて初めてのおしっこを菜八の顔に命中させました。菜八は、津根吉のおしっこ攻撃にタジタジになりながらも照れている様子です。周りで見ていた小さい男の子たちも、津根吉の元気さと菜八の照れた顔つきを見て、お寺の周りはにぎやかな笑い声に包まれました。


 そして、津根吉を生んだおせいは仰向けになったままで、子供たちのはしゃぐ声を聞きながら、今は亡きご主人のことを思い出しました。


 「あの獣人たちがいる限り、もうあの村へは戻れないの…。でも、ここにいる子供たちのためにも、悲しんでばかりじゃいられないわ」


 おせいは、いっしょにやってきた男の子たち、そして新しい命である津根吉のためにも自分が率先してがんばろうと心に決めました。

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