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《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん  作者: ケンタシノリ
第6章 敬太くんとお寺の大家族

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その4

 「…敬太くん、敬太くん…」

 「う、う~ん…。あれっ、ここはどこなの?」


 敬太はこの世と通ずる冠木門の手前で鬼たちをやっつけたとき、耳元に自分を呼んでいる声が聞こえてきました。その瞬間、敬太は思わず目を開けると布団の中に自分がいることに気づきました。


 「敬太くん! ようやく目が覚めたんだね!」

 「死ななくて本当によかった!」「ぼくたちの祈りが通じたんだよ!」


 敬太の周りには、やさしそうな女の人やかわいい男の子たちが囲むように見守っていました。敬太が目を開けたとき、周りにいたみんなは敬太が無事だったことにうれしさを隠せませんでした。


 そして、ワンべえもみんなが集まっている敬太の周囲の一角にいました。ワンべえは、敬太が意識を回復したのを見ると、すぐに敬太の顔のそばまでやってきました。


 「よかったワン! 敬太くんが生きていてくれたよかったワン! ペロペロペロッ~」

 「もうっ、ワンべえくんったら、顔がくすぐったいよ」


 ワンべえは敬太が無事であったことへのうれしさもあって、思わず敬太の顔にペロペロとなめ始めました。ワンべえのなめなめ攻撃は、敬太とワンべえの友達のしるしでもあります。敬太も、ワンべえから顔をなめなめされて思わず笑みがこぼれました。


 すると、女の人が敬太のそばへやってきました。女の人は、敬太がこれまで訪れた農村や漁村で出会ったおさいやおみかと同様に、袖なしで丈の短い着物を着ています。


 「敬太くんの意識が戻らない状態であっても、私たちは意識が戻ることを信じてずっと見守っていたのよ」

 「ずっとぼくのことを見守っていたんだ…。本当にありがとう!」

 「ふふふ、そんなにかしこまらなくてもいいのよ」


 女の人は、敬太の意識が回復することを信じて、ここでずっと目を閉じたままの敬太を見守っていました。これを聞いた敬太は、女の人に感謝の気持ちを伝えました。


 「でも、どうしてぼくはここで寝かされていたの?」

 「敬太くんはさっきまで意識を失ったままだったから、どうしてここにいるのかわからないのも無理はないね」


 敬太はマムシに噛まれたのがもとで倒れてから、ずっと意識が戻らない状態が続いていました。そのため、敬太は自分がどうしてこの場所で寝かされているのかまだ分からないようです。


 女の人は、敬太がどうやってここへ運ばれてきたのかを話し始めました。


 「敬太くんがここへ運ばれてきたのは2日前の申四つ時(午後4時30分~午後5時ごろ)だったわ。私たちがいるお寺の前に大声で呼んでいる人がいたから、お寺の入口へ急ぎ足て行ってみたの」



 「どうしましたの?」

 「すまないけど、この子をここで預かってもらえないかな。さっき、ある農村でこの子が倒れているのを見つけてここまで運んできたんだ」


 お寺の入口へやってきた女の人の目の前には、戸板を担いだ道中姿の旅人2人がいました。菅笠すげがさをかぶった旅人たちが担いでいる戸板には、意識を失ったままの敬太の姿がありました。


 「この子は敬太という名前の小さい男の子なんだが、マムシに両足を何か所も噛まれて意識を失っているんだ。オオケタデという草の葉っぱを揉んで、マムシに噛まれたところに湿布してから包帯を巻いているけど…」


 旅人から敬太の状況説明を受けた女の人は、戸板に寝かされたままの敬太の姿を見て思わず涙が出ました。そこには、目をつむったままの敬太の痛々しい姿がありました。


 「うううっ…。こんなにかわいい子供がマムシに噛まれるなんて…」


 敬太の両足には、マムシに噛みつかれた傷口をおおうように包帯を巻いています。女の人は、意識を失ったままのかわいい男の子を見るたびに涙を流しています。


 「それで、敬太くんの意識は戻ることができるのでしょうか?」

 「う~ん、わしらもできる限りのことは尽くしましたが、意識が戻るかどうかは敬太の生命力にかけるしかありません」


 女の人にとっては、敬太が今すぐにでも意識を回復してほしいし、自分の前でかわいい笑顔を見せてほしいと願わずにはいられません。しかし、生きるか死ぬかの瀬戸際にある敬太にとって、意識を回復できるかどうかは本人自身の生命力にかかっています。


 「本当だったら、敬太が回復するのをわしらも見守りたいところです。しかし、諸国を巡る旅の途中であり、すぐに次の目的地へ行かなければなりません」

 「分かりました。敬太くんをこの寺で寝かせながら、早く意識が戻るように私たちが見守りますので」


 旅人たちは次の目的地へ向かうために、ここから急いで行かなければなりません。旅人たちの事情を勘案した女の人は、この寺で敬太を布団で寝かせながら、早く意識が回復するようずっと祈り続けていました。



 「それじゃあ、ぼくはここでずっと眠ったままだったの?」

 「そういうことになるね。ずっと動かないままだった敬太くんの意識が回復するまで、1日半以上もかかったのよ」


 敬太は女の人からの話を聞いて、マムシに噛まれてから意識を回復するまで相当な時間がかかったことに驚いている様子です。


 それ以上に、敬太は自分の名前をどうして女の人が知っているのか不思議でなりません。敬太は、すぐに女の人に聞いてみました。


 「ねえねえ、どうしてぼくの名前を知っているの?」

 「ふふふ、それは旅人たちが敬太くんの名前を言っていたのを聞いたからだよ」

 「旅人たちがぼくの名前を知っているの? う~ん…」


 旅人たちから敬太の名前を聞いたと女の人が言っても、敬太は旅人らしき人物と会ったことが一度も無いので戸惑っている様子です。


 すると、敬太はすぐにあの動物たちのことを思い出しました。


 「もしかしたら、キツネとタヌキが旅人に化けてここまで運んできたのかも…」


 敬太の周りには、女の人のほかに男の子たちとワンべえがいますが、ワンべえといっしょにいたばずのキツネとタヌキはいません。もしかしたら、キツネとタヌキが旅人たちに化けて、瀕死の状態にあった敬太をこの寺まで運んできたことは十分に考えられます。


 もっとも、敬太を戸板に寝かせて運んだのがキツネとタヌキの化けた姿だったかどうかは、敬太自身が意識を失ったままだったこともあり全く知りません。


 「それじゃあ、私の名前を敬太くんに教えるわ。私の名前はおせいと言うの」

 「おせいさん、名前を呼ぶときは何と言えばいいの?」


 おせいは、改めて自分の自己紹介を敬太に言いました。おせいと初対面になる敬太は、どんな名前で呼べばいいのか尋ねました。


 「そうねえ、ここではみんなが私のことをおっかあと言っているわ」

 「うわ~い! おっかあと呼んでもいいんだね!」


 敬太は思わず上半身を起こしながら、おせいのことをおっかあと呼ぶことができるとあってうれしさを隠せない様子です。これを見たおせいも、敬太の元気さにとりあえず一安心です。


 「ふふふ、敬太くんはいつもこんなに元気いっぱいなのかな?」

 「ぼくはまだ7歳児の男の子だけど、こんなにでっかい岩だって持ち上げられるぞ!」


 敬太がいつも元気なのは、重たそうな獣人や岩石であっても堂々と持ち上げることでもよく分かります。敬太としても、早くお布団から起き上がって体が動かしたくてウズウズしています。


 「ねえ、お布団から起き上がってもいい?」

 「起き上がってもいいけど、その前に傷口を巻いている包帯を交換しないと」


 敬太は布団から早く起きたいところですが、その前にマムシに噛まれた傷口の手当てをおせいが行うので少し待たなければなりません。


 おせいは、敬太の包帯を交換するために掛け布団をめくりました。すると、敬太は思わず赤面しながらも、自分が元気である証拠をおせいに見せようとしています。


 「ふふふ、敬太くんが見せたかったのはこのことだったんだね」

 「おっかあ、これを見て見て! ぼくはねえ、こんなにでっかくて元気なおねしょをしちゃったよ! すごいでしょ!」


 敬太がおせいに見せたかったのは、お布団と赤い腹掛けに見事にやってしまったでっかいおねしょのことです。敬太は、マムシに噛まれて両足を包帯で巻かれている状態であっても、お布団へのおねしょが相変わらず元気いっぱいであることに変わりありません。


 敬太は、掛け布団をめくったおせいに、自分が意識を失っていたときのことを話し出しました。


 「三途の川からほかの子供たちといっしょにこの世へ戻る前に、ぼくはそこで待ち構えていた鬼たちをやっつけたんだ。でも、そのときにガマンし続けていたおしっこをおもらししちゃったの」


 敬太は、賽の河原にいた子供たちといっしょにこの世へ戻ろうとしたこと、そして先回りしていた鬼たちとバトルを繰り広げたことを話しました。そして、鬼たちにとどめを刺した瞬間におしっこをもらしてしまったこともおせいに言いました。


 これを聞いたおせいも、敬太が死の瀬戸際から生還したことにうれしさを隠せません。


 「敬太くんは、ずっと生きるか死ぬかの瀬戸際にいたんだね。あれだけマムシに噛まれたら、大人であっても間違いなく死んでいただろうし」


 現在のように血清とかが無かった江戸時代初期には、マムシの毒牙が原因で死亡する人が多かったほか、辛うじて一命を取り留めても後遺症が残った人が少なくありません。


 そんな中で、死の淵から一命を取り留めたのみならず、普段通りの元気な笑顔を見せる敬太はまさに稀有な存在と言っても過言ではありません。その証拠といえるのが、敬太がやってしまったお布団へのおねしょとなります。


 「ふふふ、敬太くんはお布団への元気なおねしょでマムシの毒が抜けることができたんだね。でも、右足と左足のマムシに噛まれた傷跡はどうなっているかな?」


 おせいは、敬太がおねしょをしたことでマムシの毒抜きができていることを自分の目で確認しました。そして、おせいは続けて敬太の右足と左足の3か所に巻かれている包帯を外し始めました。


 すると、敬太は顔をゆがめるほどの痛みに襲われました。しかし、おせいの前で痛いということは決して口にしません。どんなに痛くても、敬太は歯を食いしばりながらガマンし続けています。


 「あらあら、マムシに噛まれたところはまだ腫れ上がったままだわ。旅人から言われたとおりに、オオケタデをもんで噛まれたところに湿布しないと」


 おせいは、敬太の両足に巻かれた包帯を外してから、患部に湿布していたオオケタデの葉っぱを取りました。すると、敬太がマムシに噛まれたところはまだ腫れ上がっています。


 おせいは、新しいオオケタデの葉っぱを患部ごとにそれぞれ湿布しています。しかし、オオケタデの葉汁はしるがマムシの噛まれた傷口にしみるので、敬太はガマンできずに思わず言ってしまいました。


 「いたっ、いたたたたっ! 噛まれたところがしみるよ、しみるよ!」

 「敬太くん、痛くても少しはガマンしなさい! 敬太くんがちゃんと気づいていれば、マムシに噛まれることは無かったでしょ!」

 「おっかあ、これから気をつけます…」


 敬太は、噛まれた傷口にしみるたびにかなり痛そうな表情で叫んでいます。しかし、マムシに噛まれたそもそもの原因は、敬太が獣人たちと戦っている途中でマムシがいることに気づかなかったからです。


 おせいも、マムシに噛まれたところは完全に治さないといけないので、あえて敬太に対してかなり厳しい言葉をかけています。敬太も、獣人との戦いに気を取られたばかりにマムシに気づかなかったことに反省しきりです。


 もちろん、おせいは厳しい言葉をかけるばかりではありません。


 「でも、敬太くんみたいな小さい子供だったら、やっぱり好奇心旺盛であることが一番だね」

 「おっかあ、マムシに噛まれたところに包帯を巻いてくれてありがとう! 傷口はまだ痛むけど、絶対に治るようにぼくもがんばるよ!」


 おせいは敬太の両足に包帯を再び巻くと、わんぱくで好奇心あふれる敬太の姿を見ながら目を細めています。おせいの心の中では、敬太が外に出て元気に飛び跳ねたり走り回ったりする姿を思い浮かべています。


 敬太は、ゆっくりと足を動かしながら立ち上がりました。その姿は、マムシに噛まれて包帯で巻いているので痛々しそうです。しかし、赤い腹掛け1枚だけの格好で立ち上がった姿は、敬太が元気な男の子である立派な証拠です。だからこそ、敬太は元気に動きまわることができるためにも、大ケガが完治するようにがんばるとおせいの前で言いました。


 すると、敬太の周りに男の子たちが集まってきました。よく見ると、ここにいる男の子たちはどこかで見たような子供ばかりです。


 「あれっ、ここにいるみんなは、ぼくよりも先にこの世に戻った男の子たちに似ているけど、どうしてかな?」


 敬太の目の前にいる男の子たちは、賽の河原からこの世へ戻るときにいっしょに行動した男の子たちと全くそっくりなのです。そのかわいい顔つきはもちろんのこと、敬太と同じように裸に腹掛け1枚だけの格好に至るまで瓜二つなのです。


 すると、男の子たちは敬太にいろいろ話しかけています。


 「敬太くん、ケガが早く治るといいね」「無理をしなくても大丈夫だよ」

 「敬太くんも、ぼくたちみたいな腹掛け1枚なんだね」


 敬太は、男の子たちにとって新しい友達みたいなものです。男の子たちの笑顔を見て、敬太もいつもの明るい笑顔をみんなに見せています。


 「ねえねえ、ぼくもみんなの名前が知りたいなあ。いっしょにお友達になろうよ!」

 「ぼくたちも喜んで友達になるよ! 敬太くん、よろしくね!」


 敬太は自分の右手を差し出すと、男の子たちと友達になりたいと言い出しました。これを聞いた男の子たちも、喜んで友達として迎え入れました。


 「それじゃあ、ぼくから自己紹介をするよ! ぼくは菜八なはちという名前で、敬太くんと同じく7歳の男の子であだ名は「なっぱ」だよ!」

 「なっぱくんと呼んでもいいの?」

 「ぼくを呼ぶときは、なっぱくんと呼んでね!」


 最初に自己紹介した菜八は、男の子たちの中でもしっかり者の7歳児です。なっぱというあだ名で呼ばれており、早くも敬太との相性は良さそうです。


 その後も、かわいい男の子たちの自己紹介が続きます。


 「ぼくは居六いろくで6歳児だよ! よろしく!」

 「ぼくはねえ、紺次郎こんじろうという名前で5歳の男の子だぞ! 敬太くん、ぼくと仲良くしようね!」

 「ばくは貫吉かんきちっていうの。4歳だよ! ケガが治ったらいっしょに遊ぼうよ!」

 「ぼくの名前はせんしゅけ(扇助)! 3しゃい(3歳)だよ!」


 男の子たちは、いっしょに仲良くしようと新しい友達である敬太に呼びかけました。敬太も、男の子たちの元気さにうれしそうな笑顔を見せています。すると、おせいがあまりしゃべることができない赤ちゃんの自己紹介をするところです。


 「敬太くん、ここに赤ちゃんが2人いるから私が紹介するわ。よちよち歩きしているのは2歳の男の子である桑吉くわきちで、私のおっぱいを飲んでいるのはまだ1歳の津根吉つねきちというの」


 おせいは床に座ったままで、津根吉を抱きかかえながらおっぱいを与えています。その手前には、よちよち歩きをしている桑吉の姿があります。


 「おっかあ、大丈夫? ぼくも赤ちゃんのお世話を手伝うよ」

 「敬太くんは、自分の大ケガを治すことが先決でしょ。絶対に無理をしたらダメだよ」


 子供が大好きな敬太は、おせいに赤ちゃんのお世話を手伝うと言い出しました。しかし、おせいはその前に大ケガを治すことが先決と敬太に諭すように言いました。


 そのとき、部屋の隅っこから子供の声が聞こえてきました。その声を聞いた敬太は、すぐにその子供がいるところへ行きました。


 そこには、ぽっちゃりとした小さい男の子が、布団の上でしょんぼりしながら正座していました。頭は他の男の子たちと違って五厘刈りの丸坊主である一方で、裸に腹掛け1枚だけの格好は敬太や他の男の子たちと同じです。


 「モジモジしながらしょんぼりしているけど、どうしたの?」

 「実は…。今日もお布団におねしょをやっちゃったの…」


 敬太が聞いてみると、男の子はモジモジしながら自分のお布団にでっかいおねしょをしてしまったことを小声で言いました。そのお布団には、敬太に匹敵するほどの見事なおねしょがでっかく描かれています。


 すると、敬太は自分が寝かされていたお布団を持ってくると、明るい笑顔でその男の子を励ますように言い始めました。


 「おねしょぐらいしたって気にしなくてもいいよ! だって、ぼくなんかでっかくて元気いっぱいのおねしょをお布団にしちゃうんだよ!」


 敬太は、自分がお布団にやってしまったおねしょを男の子に見せました。そして、敬太は男の子におねしょのことぐらいで気にしなくても大丈夫と励ましました。


 それでも、男の子は赤面しながらモジモジし続けています。


 「でも、お布団を干されてみんなに見られるのは…」

 「大丈夫だって! こんなにでっかいおねしょ布団が干されたって、ぼくは全然気にしないぞ!」


 男の子は、自分のおねしょ布団が干されることで、他の男の子たちに見られるのが恥ずかしそうです。これを聞いた敬太は、おねしょ布団が干されても全然平気であると笑顔で言いました。


 「敬太くんも、ぼくみたいにいつもおねしょをするんだ。ぼくも、これからはおねしょをしちゃってもしょんぼりしたりしないよ!」

 「おねしょしたら、ぼくといっしょに物干しへ干そうね!」


 男の子は、おねしょぐらいでしょんぼりしなくても大丈夫と気持ちが軽くなったので、普段通りの明るい顔つきに戻りました。敬太はその男の子と握手を交わすと、早速その男の子が自己紹介を言い始めました。


 「ぼくは、峰七という名前で敬太くんと同じく7歳児だよ。敬太くん、よろしくね!」

 「峰七くんっていうんだね。こちらこそよろしく!」


 峰七と敬太がお互いにじゃれあう姿を見て、おせいは敬太の明るい笑顔がみんなの心をつかんだことに目を細めました。元気で活発な子供である敬太との出会いは、おせいにとっても、男の子たちにとっても久々の明るい話題です。


 おせいと男の子たちはひとつ屋根の下で暮らしていますが、おせいは男の子たちの本当のお母さんではありません。明るくふるまっているおせいたちですが、心の中では悲しい出来事が起こってしまったことを忘れることができません。



 「さあ、敬太くんと峰七くんにはそれぞれ新しい腹掛けを用意しているからね」

 「おっかあ、これはぼくの赤い腹掛けなの?」

 「ふふふ、旅人が敬太くんの大きい風呂敷と小さい風呂敷をそれぞれ持ってきてくれたよ。大きい風呂敷の中には赤い腹掛けや敬太くんが使っているお布団も入っているわ」


 敬太と峰七は、おねしょした腹掛けをおせいが使っているたらいの中に入れると、床に置いているそれぞれの腹掛けを自分でつけています。敬太の腹掛けは、旅人が持ってきてくれた大きな風呂敷の中からおせいが出したものです。


 敬太は腹掛けをつけると、自分が意識を失って寝かされたままで運ばれた場所がお寺の入口というおせいの言葉が気になりました。


 「おっかあ、ここはお寺なの? さっき、おっかあがお寺のことを言っていたけど」

 「そうね、敬太くんにはこのお寺のことをちゃんと言っていなかったね。敬太くんもいるこの部屋はお寺の本堂の隣にあるの」


 おせいは、敬太たちがいる部屋の隣がお寺の本堂であることを敬太に言いました。おせいや敬太たちがいる部屋は、外見からすれば敬太が暮らしていた村の農家と同じように土間から板の間へ上がる形となっています。


 敬太は、部屋の隣にあるお寺の本堂を早く見たいので、板の間から土間へ降りようとしました。すると、敬太が土間に着地したそのときのことです。


 「いてっ、いてててっ…」

 「敬太くん、どうしたの? まだ両足が治っていないから、そんなに無理しなくてもいいのに」

 「おっかあ、少しでも足を動かさないと…」


 敬太は土間へ降りた途端、ケガで痛めたままの両足のすねと左足の太ももを押さえています。これを見たおせいは、無理をしないほうがいいと敬太を止めようとします。


 しかし、敬太は自分がいるお寺をこの目で見たいので、少しでも自分の足で歩きたいとおせいにお願いしました。おせいも敬太の意思が固いことから、引戸を開けて敬太を外へ出しました。


 「敬太くん、足を引きずっているけど本当に歩けるの?」

 「おっかあ、大丈夫だって!」


 両足が治っていない敬太は、歩くたびに足を引きずっています。しかし、おせいの心配をよそに、敬太は痛めている足を少しでも動かそうとしています。


 そして、敬太とおせいはお寺の本堂の真正面へやってきました。


 「おっかあ、これがお寺の本堂なの?」

 「小さいお寺だからこじんまりしているけど、ここが本堂になるのよ」


 お寺の本堂は、瓦屋根がついた家屋のような門でこじんまりしています。その隣にある部屋は庫裏くりと呼ばれていますが、瓦屋根であることを除けば農村にある家屋とほぼ同じです。


 「おっかあ、このお寺はどんな名前なのかな?」

 「私もここへきたときから、この寺の名前は全然知らないわ」


 そのお寺には門がなく石柱のみが立っていますが、石柱に記されているはずのお寺の名前は削られている跡があって全く分かりません。お寺の名前は、おせいに聞いても全然知らないそうです。


 そのとき、庫裏の手前に小さくて簡素な鐘楼しょうろうがあるのを敬太が見つけました。ここには、みんなに時間を知らせるためにならす鐘があります。でも、敬太はその鐘を見るのが初めてなので、ちょっと不思議そうに見ています。


 「ねえねえ、これは何のために使うの?」

 「敬太くん、これを見るのは初めてなのね。これは鐘といって、これをならすことで時間をみんなに知らせるものだよ」


 おせいは、鐘楼がどういうものなのかを敬太に分かりやすく説明しています。敬太は、初めて目にする鐘楼に興味を持って見ています。


 お寺の建物を一通り見ると、敬太はおせいに何か話そうとしています。


 「おっかあは、ここにずっと住んでいるの?」


 敬太は、おせいがこのお寺にずっと住んでいるのではないかと思って聞いてみました。しかし、おせいはこのことを聞いた途端、急に黙り込んでしまいました。


 「おっかあ、どうしたの? どうして黙っているの?」


 敬太は、いつもやさしそうなおせいが急に黙り込んでいるのを見て、どうしたのか気になってしょうがありません。すると、おせいは今まで黙っていたことを話そうと重い口を開けました。


 「敬太くん…。私たちが元々住んでいた村は、獣人たちによって村人たちの多数が殺されてしまったの…。うううっ、うううううっ…」


 おせいは、かつて住んでいた村で起こった獣人による村人たちへの皆殺しのことを涙ながらに話し出しました。おせいの目から流れ落ちる涙は、村人たちを突然失った悲しみに打ちひしがれたおせい自身の気持ちを表しています。

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