その4
寺子屋が終わると、敬太は山道を駆け上がりながら家へ帰ります。敬太の家は、村の中心からかなり離れていますが、敬太はかけっこが大好きなので、かなりの距離があっても全く平気です。
「じいちゃ、ばあちゃ、ただいま!」
「敬太、お帰りなさい」
敬太が家へ帰ってあいさつをすると、手慣れた様子で薪割りや水汲みのお手伝いをしています。
水汲みが終わった敬太は、魚取りをするために川の中へ飛び込みました。敬太は、フナやイワナといった川の魚を泳ぎながらつかまえようとします。
「えいっ! えいっ!」
魚を手で一度つかまえても、するりと敬太の手から離れていくのでなかなかつかまえられません。それでも、敬太は必死になって魚をつかまえようとします。
「魚が取れたぞ、取れたぞ!」
それは、敬太が川の中から飛び上がるほどのうれしさです。敬太の手にはイワナが片手に3匹ずつ、合わせて6匹持っています。
「この魚をじいちゃとばあちゃに見せるぞ!」
敬太は川から上がると、すぐにおじいちゃんとおばあちゃんが待っている家へ戻りました。お魚は敬太の家では最高のごちそうなのです。
敬太はうれしそうな表情で、取れたばかりのお魚をおじいちゃんとおばあちゃんに見せています。
「じいちゃ、ばあちゃ、見て見て! お魚がいっぱい取れたよ!」
「おお、今日も敬太がいっぱいお魚をつかまえたのか! さすがだなあ!」
「敬太のおかげで、今日の晩ご飯はごちそうになりそうだなあ」
お魚をたくさん取ってきてくれた敬太を見て、おじいちゃんもおばあちゃんも喜んでいます。
「晩ご飯までまだ時間があるし、その間に山のさらに奥まで入って木を切りにいこうかなあ。どうだ、敬太もいっしょに連れて行こうか?」
「じいちゃ、ぼくもいっしょに行くよ! じいちゃみたいな木こりになれるようにがんばるよ!」
おじいちゃんが敬太に木こりの手伝いをしてほしいというと、敬太は喜んでおじいちゃんといっしょに手伝うためについて行くことになりました。
「ばあちゃ、じいちゃといっしょに行ってくるよ!」
「敬太、気をつけて行くのよ」
敬太はおばあちゃんにあいさつをすると、おじいちゃんといっしょに山のさらに奥へ入るために坂道を登りはじめました。その坂道はさらに傾斜が険しい道ですが、かけっこが大好きな敬太にとっては楽々と走って駆け上がります。
「これこれ、元気なのはいいけど、あまり先に行かないようにな」
「じいちゃがここにくるまで待っているよ」
敬太があまりにも元気が良すぎるのをおじいちゃんは少し心配していますが、敬太はおじいちゃんのことが大好きなので、おじいちゃんがくるまで少し待っています。
おじいちゃんが先に行って待っていた敬太に追いつくと、2人は坂道をさらに登っていきました。そして、2人は木々が生い茂っている場所へやってきました。
おじいちゃんは、早速まさかりを使って木を切りはじめました。木は幹が太いので、おじいちゃんはまさかりで木を何回も切らなければなりません。それでも、何回か切っていくと、あれだけ大きな木でも切り倒すことができます。
「……ド……ドドド……ドドドドド、ドッシーン!」
おじいちゃんが切った木は、土けむりを上げながら、大きな音を立てて切り倒すことができました。これには、敬太も驚いた表情で見ていました。
「じいちゃがいつもでっかい木を切るのは、いつもすごいなあ」
「敬太も木を切ってみないか? 木を切るのが上手になってきているし」
おじいちゃんは、敬太にまさかりで木を切ってみたらと勧めました。敬太も、おじいちゃんみたいに大きな木を切りたいと興味津々です。
「じいちゃ、ぼくもでっかい木をまさかりで切ってみるよ!」
「ははは、敬太が大きな木を切ることができるかな?」
おじいちゃんは、敬太が大きな木を自分で切り倒すことができるか見守っています。自分のまさかりを持った敬太は、すぐ近くに幹の太い木を見つけました。
「えい、えい、えい、えーい!」
敬太は、両腕に力を入れてまさかりで木を切りはじめました。敬太の両腕は力こぶが出るほどの大きな力を持っており、敬太はその腕力で幹の太い木を切り続けています。
「……ド……ドド……ドドド……ドドドドド、ドドッシーン!」
「おお、敬太がいつの間に幹の太い木を切るのがこんなに上手くなったのか!」
敬太が自分の力だけで、おじいちゃんと同じように太い木を切り倒すことができるようになったことに驚いています。おじいちゃんにとっては、敬太が自分が予想していた以上に木こりとして成長していることに目を細めています。
「でへへ、ぼくもじいちゃと同じように、でっかい木をまさかりで切り倒すことができたよ」
敬太も、幹の太い木を自分で切り倒すことができたので大喜びです。おじいちゃんも、敬太が自分の木こりの後継ぎになれるのではと期待しています。
切り倒した木は、そのままでは運び出すことができないので、何本かに切り分けて丸太にします。敬太とおじいちゃんは、自分で切り倒した木をまさかりで切り分けます。
切り分けた丸太は、2人でそれぞれ背中に何本かしょってから、山道を下りながら村の中心に向かって行きました。木を切った場所は、敬太の家からさらに山奥のところだったので、村の中心までは歩いて1時間もかかる場所です。
おじいちゃんは、いつも木こりをして木を切ったら、背中に丸太をしょって村の中心まで運んで持って行きます。丸太は1本持つだけでも相当重いので、おじいちゃんはいつも丸太は2回に分けて持って行きます。
しかし、今日は敬太がいるので村の中心まで持っていくのは1回だけで済みそうです。おじいちゃんにとっても、敬太がいるから木こりの仕事が大助かりです。
「じいちゃ、今度はぼくが1人で山の奥まで入って薪割り用の木を切ってくるよ」
「敬太が何でもやってくれるので助かるよ。だけど、くれぐれも気をつけるのよ」
敬太はおじいちゃんに、薪割り用の木を切ってくるからと言うと、おじいちゃんと別れて1人で山のさらに奥まで再び行きました。険しい道も楽々と駆け上がって行った敬太は、薪割りに適した木を見つけたので、すぐにまさかりを用意しました。
「えいっ、えいっ」
「……ドド……ドドドドドッシーン」
薪割り用の木はそんなに幹が太いわけでは無いので、すんなりと切り倒されました。切り倒された木は、丸太にいくつか切り分けてから背中に背負います。
丸太を背負った敬太は、そのまま家へ戻るために降りようとすると、そこには自分の足よりもかなり大きい足跡がありました。その足跡は1か所だけでなく、奥のほうへ足跡が続いています。
「ここには、ぼくやじいちゃ以外で入ったのはいないけど……。誰だろう?」
大きな足跡が気になった敬太は、大きい足跡をたどりながら歩いていきました。その足跡は木を切った場所から、さらに奥へ奥へと続いています。
敬太がさらに奥まで歩き続けると、大きな足跡が途切れていました。すると、敬太の背後から大きな人影が迫ってきました。
敬太は大きな人影に気づいたので、すぐに後ろを振り向きました。後ろを振り向いた敬太の目の前には、敬太よりも体がでかい人間みたいなのが現れました。
よく見ると、それは体つきとかはまるで鬼や雷様とほぼそっくりですが、鬼や雷様の象徴でもある頭に生えている角は全くありません。また、髪もフサフサで髪の毛は茶色で少し長めであり、動物の毛皮で作ったような短めの着物と薄緑色のふんどしを付けています。
「ふはははは! われら獣人の姿を見られたからには、小さい子供と言えども生きて帰すわけには行かないなあ!」
体がでかい人間みたいなのが獣人というのは、敬太もおじいちゃんやおばあちゃんから獣人に関する伝承で聞いたことはあります。でも、獣人が本当に実在していることを知った敬太はとてもワクワクしているようです。
「おめえは、獣人が恐くないのか?」
「ぼくはどんな強い人であっても勝つために一生懸命に戦うよ! 獣人なんて恐くないぞ!」
獣人は人間にとって恐いものと考えているけど、敬太は全く恐がりません。
「そんなに言うのなら、獣人の恐ろしさを思い知らせなけれなならないな! ウリャアア!」
獣人は右手を使って敬太に素早く殴りかかろうとしますが、敬太は獣人の右手をかわしました。
「ウリャアア! ウリャウリャア!」
獣人は両手で敬太に殴りつけようとしても、その度に敬太にかわされてしまいます。すると、今度は敬太が獣人の一瞬の隙を見つけると、獣人のふんどしを手でつかみました。
お相撲が得意な敬太は、獣人のふんどしをつかむと、腰に力を入れながら獣人を持ち上げました。獣人の体重は、推定で約30貫(約112.5kg、1貫=3.75kg)ぐらいの重さで、一般の大人よりもかなり重そうです。
「えいっ! えいっ! え~いっ!」
敬太は持ち上げた獣人をそのまま吊り出して投げました。獣人は、巨木に強い衝撃を受けてぶつかるとそのまま倒れこみました。
「やったぞ! とっても強い獣人をやっつけたぞ!」
獣人をやっつけたことに大喜びした敬太は、背中に担いでいる丸太を家へ持っていくために山道を降りようとしました。しかし、敬太が歩き始めようとすると、突然右足を手で強くつかまれた感じになると、そのまま地面に倒れこんでしまいました。
「ふはははは! まだ戦いは終わってないぞ!」
「い、いきなり何をするんだ!」
「よくも、わしを巨木のところへ投げつけて痛い目に遭わせてくれたな! 今度は、わしがおめえをたっぷりと痛めつけるからな!」
獣人は敬太が背負っている丸太を強引に外すと、遠くのほうへ投げました。
「ああっ、せっかく薪割りのために切った丸太を……。絶対に許さないぞ!」
「ふはははは! おめえがどんなことを言っても、われわれには知ったこっちゃねえんだよ!」
地面に倒れこんだ敬太はすぐに立ち上がると、薪割り用の丸太を粗末な扱いにした獣人への怒りが爆発しました。
「獣人、こっちから行くぞ!」
敬太が声を振り絞りながら向かっていくと、獣人は両手を使って再び殴りかかろうとしますが、敬太はそれをかわしていきます。
そして、敬太は獣人のお腹を右手の拳で強く殴りました。獣人はその拳が効いたのか、すこしよろけるようになりました。
敬太は続けざまに何回も両手の拳を使って殴り続けると、獣人のふんどしを両手でつかみました。そして、敬太は両腕に力こぶを入れながら、獣人をそのまま地面に押し倒しました。
「えいっ、えいっ」
敬太は、地面に押し倒した獣人の右膝を膝十字固めをしました。膝十字固めをかけられている獣人はその技に顔をゆがめるほどの痛さですが、獣人はその痛さに耐えながら敬太の一瞬の隙を見つけました。そして、獣人は左足で敬太の背中を強く蹴り上げました。
「いたたたた!」
獣人に背中を強く蹴られた敬太は、思わず膝十字固めをかけていた獣人の右膝を放しました。そして、獣人は痛がっている敬太の両手をつかむと、一度宙に浮かせてから地面に何回も叩きつけました。
「ふはははは! 何回も痛めつけても、われわれにとってはまだ足りないな。もっと痛めつけないといけないな」
地面に叩き付けられた敬太は獣人に抵抗しようとしますが、獣人は敬太の両足を持ち上げると、今度は敬太を逆さづりにしました。逆さづりになった敬太は、いつも付けている赤い腹掛けが下にめくれてしまい、おちんちんが丸見えになっています。
「あれだけわれわれを痛めつけても、おちんちんのほうはまだまだ小さい子供だな! ふはははは!」
敬太のおちんちんを見た獣人は大笑いしながら、敬太の両足を持ちながら、逆さづりにした敬太を上下に動かし続けています。しかし、敬太も逆さづりになりながらも、何とか反撃の機会をうかがっています。
「えいっ! ええ~いっ!」
敬太は必死になりながら、獣人のふんどしをつかみました。そして、何度も両足をばたつかせて獣人が握った両手がゆるむと、敬太は両足を獣人の両肩にかけました。
獣人は、敬太をそのまま地面に振り落とそうとして体を揺らしています。それでも、敬太は振り落とされないようにしがみついています。
敬太は両足を空に浮かせると、獣人の両肩めがけて強烈な蹴りを食らわせました。強烈な蹴りを受けた獣人は、近くの巨木にぶつかりました。
巨木にぶつかった獣人は、敬太の蹴りで体がかなり痛がっています。敬太の両足は、再び獣人の両肩に乗せると、少しずつ逆さまのままで上のほうへ動いています。
しかし、ここで獣人は必死にしがみついている敬太を引き離そうとします。すると、敬太のお尻から大きな音が聞こえました。
「プウ~ッ! プッ! ププウ~ッ!」
「うわっ、うわっ、こりゃすごいおならだ! くさっ! くさっ!」
敬太のお尻からは、でっかいおならが3回も出てしまいました。朝ご飯で大きなおイモを食べたこともあって、それは元気いっぱいのおならです。
「ブッ! ブブブウ~ッ!」
そして、敬太は獣人の顔面をめがけて、元気いっぱいのでっかいおならをさらに2回も出ました。これには、さすがの獣人も自分の鼻をつまむほどのおならです。
敬太から両足で強く蹴られた獣人は、これ以上戦うことは不可能となりました。
「くそっ、われわれの顔に5回もでっかいおならをしやがって、おぼえてやがれ!」
獣人は敬太を鋭くにらみつけながら、そういい残して走り去りました。
「わ~い! あれだけ強い獣人を本当にやっつけたぞ!」
敬太は獣人に勝ったことで、思わずピョンピョンと跳んだりはねたりしながら喜んでいます。すると、敬太の家に近い山道から聞いたことがあるような声が聞こえてきました。
「……敬太、敬太、どこにいるのか」
その声は、敬太のおじいちゃんの声でした。それを聞いた敬太は、思わず山道を駆けながら降りていくと、そこにはおじいちゃんがいました。
「敬太、家に帰るのが遅いから、どこにいっていたのか心配していたぞ」
「じいちゃ、ごめんなさい」
おじいちゃんは、敬太がまだ家に戻ってこないので、心配になって敬太がいるであろう山の奥まで行って探しにいっていたのです。
「ここに縄でくくった丸太をかつぐのがあったけど、これは全部敬太が切ったの?」
「この丸太は、ぼくが全部自分で切ったものだよ」
「ほうほう、これらの丸太は敬太が全部切ったのか。それじゃ、わしが丸太を背中にかついてもいいかな?」
おじいちゃんは、目の前に縄でくくられた丸太が転がっていたのを見て、これは敬太が切った丸太ではないかと言うと、敬太もこれらの丸太は自分で切ったものであると言いました。そして、敬太は続けて獣人のことについて話し出しました。
「山から下りようとすると、大きな足跡がいくつかあったのでたどって行くと、目の前に獣人がぼくの目の前にいたよ。とっても強くて何回も苦しめられたけど、ぼくはとっても大きい獣人を持ち上げたり、膝十字固めや両足で蹴り上げたりしてがんばったよ」
敬太は、獣人との激しい戦いに勝ったことを笑顔を見せながら言いました。すると、おじいちゃんはそれを聞いて少し驚いた表情を見せています。
「獣人って、敬太に獣人の話をしたことはあっても、それはあくまで伝説上の話だったけどなあ。まさか、本当に獣人が現れるとは……」
おじいちゃんが驚いたのは、実際に獣人が現れたことに対してですが、同時に戸惑いも感じているようです。「いずれ、敬太に本当のことを言わないといけないかもしれない」とおじいちゃんは心の中で思い始めました。
「それでねえ、両足で獣人の両肩を強く蹴り上げると、最後は獣人の顔にめがけて、元気いっぱいのおならを5回も出たよ」
敬太は顔を少し赤らめながらも、獣人の顔に自分のおならを5回も命中させて獣人をやっつけたことを笑顔で言いました。
「おお、元気なおならが5回も出たのか! 朝ご飯のときに大きなおイモを2つも食べたからねえ」
おじいちゃんは、敬太が元気いっぱいのおならが出たことを聞いて、思わずほほえみました。おならは敬太が元気な子供である証拠です。
「敬太、急いで山を降りて帰るとするかな」
「じいちゃ、帰ったらおばあちゃんが作る晩ご飯の手伝いをするぞ!」
「ははは! 誰からも言われなくても、敬太は自分から手伝うんだよね」
敬太はおばあちゃんを心配させてはいけないので、おじいちゃんと急いで山を降りることにしました。