その2
敬太は、サトイモがいっぱい入っている竹かごを背負いながら、新吉の家へ向かって戻るところです。そして、ワンべえも敬太のすぐ横を四本足で歩いています。ワンべえは、自分にとって初めて友達になった敬太のことが大好きなのです。
「ペロペロペロペロッ~」
「でへへ、ワンべえはぼくの顔をなめるのが大好きなんだね」
ワンべえは、いきなり敬太の右肩に乗ると、そのまま敬太の顔をなめ始めました。敬太の顔をなめるのは、ワンべえにとって敬太が友達であるシンボルです。ワンべえに顔をなめられた敬太は、ちょっと照れながらもワンべえが敬太のことが大好きであることを感じているようです。
「敬太くんは、ぼくたちといっしょに海で水遊びをしたり、小さい子供たちに泳ぎ方を教えたりしたんだよ」
「ふふふ、敬太くんは人間でも動物でも小さい子供が大好きだし、いつも家族や子供に対する思いやりのある男の子だものね」
敬太がワンべえにペロペロと顔をなめられているのを見て、敬太の後ろを歩いている新吉とおみかは明るい笑顔を見せながら、敬太とワンべえのやりとりを見ています。おみかは、ワンべえといつも仲の良い敬太の姿を見て、小さい子供が大好きで思いやりのある男の子であると目を細めています。
敬太は、おみかの家へ戻ると、背中に背負っていたサトイモがたくさん入っている竹かごを土間にある台所の手前に下ろしました。ワンべえも、敬太の右肩から土間のところへ飛び降りました。
「こんなにサトイモがたくさんあれば、晩ご飯に困ることは無いね。さあ、今から晩ご飯の準備でもしようかな」
敬太の後ろを歩いていた新吉とおみかも、自分たちの家へ戻ってきました。おみかは、すぐに竹かごの中に入っているサトイモを見てから、晩ご飯を作るための準備に入りました。これを見た敬太は、おみかに何か言い始めました。
「おっかあ、ぼくに手伝うことがあれば、何でも言っていいよ! ぼくは、山奥で暮らしていたときから、川での水汲みや火吹き竹での火おこしといったお手伝いをいつもしていたよ!」
敬太は、山奥でおじいちゃんやおばあちゃんと暮らしていたときから、川で水汲みをしたり、薪割りや火おこしといった家のお手伝いを当たり前のように行ってきました。しばらくの間、おみかの家にお世話になるので、敬太はおみかや新吉のためにもお手伝いをきちんとするのは当たり前と考えています。
「それだったら、この桶を使って海水を汲んでくれないかな」
おみかは、敬太に桶で海水を汲んでほしいと言ってきました。今まで、桶で汲むのは川の水というイメージが強い敬太にとって、海水を桶で汲むのってどういうことなんだろうと考え込みました。
「海水って、海の水のこと?」
「ふふふ、海水は海の水のことだよ。川の水を汲むのと同じように、海水を桶の中に汲んできてくればいいのよ」
敬太がおみかに尋ねると、おみかは敬太に海の水のことを海水ということをやさしく語りかけるように教えました。そして、おみかは川の水を汲むのと同じように、海水を桶の中に汲むということを敬太にアドバイスしました。
「敬太くんは、海に来たのは今日が初めてかな?」
「ぼくは、この海の村へやってきたのは初めてだよ!」
「そうねえ…。敬太くんは山奥で暮らしてきたから、海のことがまだ分からないかもしれないけど…」
おみかは、敬太に海に来たのは初めてかなと尋ねると、敬太も海の村へやってきたのは初めてと元気な声で言いました。すると、今までやさしい表情を見せていたおみかが一瞬沈黙すると、まるで重い口を開けるように静かな口調になりました。
それは、海が子供たちのにぎやかな歓声が響き渡る楽しい風景がある一方で、非常に危険が伴う死と隣り合わせの場所という一面もあるからです。おみかは心の中で、いつも元気いっぱいの男の子であるが故に、海の本当の恐ろしさをまだ知らない敬太のことがとても心配しているようです。
「えっ?」
「敬太くん、気にしなくてもいいのよ。それよりも、この桶を使って海水を汲んでおかないといけないね」
「おっかあ、海水を使って何をするのかな?」
「ふふふ、この桶に汲んだ海水は、泥んこがついているサトイモを洗うのと、洗ったサトイモをゆでるのに使うんだよ」
敬太は、おみかが一瞬沈黙してから静かな口調で言ったので驚いた表情を見せました。敬太の顔を見たおみかは、敬太に気にしなくてもいいよといつものやさしい表情で言いました。桶で汲んだ海水は、獲れたばかりのサトイモを洗ったり、洗った後のサトイモをゆでるためであると敬太に言いました。
「ぼくは、敬太くんが海水を汲んでくる間に、井戸水を汲んでくるよ」
「新吉くん、井戸水ってどういうものかな?」
「敬太くんは、今まで水汲みは川の水を汲んでいたんだよね。でも、ぼくたちがいる浜岸村では村人が使うための井戸があるから、飲み水とかはそこで汲んでくるんだよ」
新吉は、敬太が海水を汲んでくる間に、井戸で水汲みをしてくると言いましたが、敬太は今まで井戸で水を汲んだことがありません。敬太は、井戸水がどういうものなのかについて新吉に聞いてみると、おみかや新吉が住んでいる浜岸村では村人のための井戸があるので、飲み水とかはそこで汲んできます。
「それじゃ、これから海へ行って海水を汲んでくるから、ちょっと待っててね!」
「そんなに駆け足で行かなくても、あたしは敬太くんが家へ戻ってくるまで待っているからね」
敬太は、海水を入れるための桶を持つと、すぐに駆け足で海のほうへ行きました。おみかは、相変わらず元気いっぱいの敬太を見ながら、しばらく待っていることにしました。
おみかの家の目の前には、広い砂浜と大きな海が広がっています。敬太は、砂浜を走りながら海の中へ入ろうとしました。すると、何やらすすり泣く声が少し離れたところから聞こえてきました。
「波打ち際に村人がたくさん集まっているけど、どうしたのかな?」
敬太は、少し行ったところの波打ち際に村人が集まっているのを見て、駆け足でその場所へ行きました。
「ううううっ、どうして、どうして、こんなに変わり果てた姿に…」
「おいっ、目を開けてくれよ! お前さんのおかげで立派な漁師になったおいらを残してあの世へ行ってしまうとは…」
敬太が村人たちが集まっている波打ち際へ行ってみると、そこには漁師と思われる男の人の遺体が波打ち際に打ち上げられていました。その男の人は、ふんどし1枚だけを着用していますが、よく見ると鋭く噛みつかれた跡がいくつもあります。
「沖へ出るのは危険だぞ、あそこへ行ったら人食いザメが襲ってくるぞとわしが忠告したのに、この男はわしらを振り切って沖のほうへ漁に出て行ったばかりに…」
「これで人食いザメに襲われて命を落としたのは、これで8人目じゃ。ううううっ、うううううっ…」
村人たちは、人食いザメに噛み付かれて命を落とした漁師の男の変わり果てた姿を見ながら、すすり泣いています。敬太は、背の高い大人たちが周りを囲んでいることもあり、中の様子をうかがい知ることはできません。すると、村人たちが集まっている中で、お年を召された男の人が敬太がいる方向を振り向きました。
「おや、初めて見る顔じゃのう。どうしてここへきたんじゃ?」
「みんながすすり泣いている声が聞こえてきたから、ここへやってきたんだ」
その老人は、敬太の姿を見て、今まで浜岸村の中でこんな子供を見たことが無いとすぐに察知しました。老人は、敬太にどうしてここへきたのかと尋ねると、敬太は村人たちがすすり泣いている声が聞こえたのでここへやってきたと言いました。
すると、敬太の言葉を聞いた老人が神妙な面持ちで何か言い始めました。
「お前さんは、初めてこの海へやってきただろうから知らないかもしれないけど…」
「じいちゃ、海のことは何でも知っているの?」
「ああ、わしはこの村の長老だから、海のことなら何でも知っているぞ」
敬太が長老に海のことについて聞くと、長老は海のことなら何でも知っていると言いました。しかし、長老は同時に、敬太にどうしてもつらいことを言わなければならないことがあるのです。
「お前さんはまだ小さい子供だから、本当はつらいことは言いたくないのだが…」
「長老さま、どうして言い出すのをやめたの?」
「ここだと、村人たちのこともあるだろうし、他のところで話そうかな」
長老は、敬太につらいことを言い出しかけましたが、途中で沈黙しました。他の村人たちが、人食いザメに襲われて命を落とした男の姿を見ながら悲しみに打ちひしがれていることもあり、ここでは敬太と2人で話ができる状況ではありません。長老は敬太を連れて、同じ波打ち際でも離れた場所へ移りました。
「長老さま、この桶で海水を汲んでもいいかな?」
「そんなに遠慮することはないよ。海はみんなのものだから、誰がきても村人は歓迎してくれるぞ」
「長老さま、いつもありがとう!」
敬太は、おみかが晩ご飯作りに使う海水を汲みにやってきたので、長老に海水を汲んでもいいのか尋ねました。このことを聞いた長老は、敬太にそんなに遠慮しなくてもいいと言うとともに、誰がきても村人が歓迎してくれるとやさしい声で言いました。
敬太は、海の中に入ると、すぐに海水を桶の中にいっぱいにして汲み上げました。これを見ていた長老も、敬太の明るい笑顔を見ながら目を細めていました。
「ところで、わしはお前さんの名前をまだ聞いてなかったなあ。お前さんは何という名前なんじゃ?」
「長老さま、ぼくは敬太という名前で、7歳児の元気いっぱいの男の子だよ」
敬太が海水が入った桶を持って砂浜へ戻ると、長老は改めて初対面となる敬太に自己紹介をするように言うと、敬太は長老に自分の名前を元気な声で言いました。
「ほうほう、敬太くんはまだ7歳児だけど、とても元気で明るい男の子じゃのう。敬太くんみたいな明るい子供だったら、すぐにお友達ができたんじゃないかな?」
「ぼくは、この海へやってきてから、小さい子供たちとお友達がたくさんできたぞ!」
「はっはっは、いつも元気な声で言う敬太くんだから、小さいお友達といっしょに遊んだりするのが楽しいんじゃないかな」
長老は、元気な声で自己紹介した敬太を見ながら、すぐに友達ができたかなと敬太に言いました。すると、敬太は海へやってきてからすぐに友達ができたぞと明るい表情を見せながら答えました。いつも元気な敬太を見ている長老は、小さい子供たちといっしょに遊ぶのが楽しいのではと笑いながら言うと、敬太もそれにつられて元気に笑っていました。
しかし、長老は敬太に言わなければならないことを忘れているわけではありません。
「敬太くんはまだ小さい子供だから、本当はつらいことは言いたくないけど、この海はにぎやかで楽しいところだが、同時に非常に恐ろしいところでもあるんじゃ」
長老は、目の前にある大きな海がにぎやかで楽しいところである一方で、非常に恐ろしいところでもあるということを敬太に言いました。
「長老さま、この海が非常に恐ろしいって言うけど、どうしてなの?」
「この海は、いつも村の男たちが漁に励んだり、子供たちの明るい歓声でいつもにぎわっているんじゃよ。しかし、最近になって、この海の沖合いに非常に恐ろしいのが突如として現れたんじゃ」
敬太は、この海が非常に恐ろしいと言ったのはどうしてなのかを長老に尋ねました。すると、長老は最近になって、この海の沖合いに非常に恐ろしいのが突如として現れたと敬太に言いました。長老の言葉を聞いた敬太は、沖合いまで泳いでから波打ち際まで戻った後に新吉が言っていたことをふと思い出しました。
「敬太くん、海の中にはいろんな魚がいるけど、魚の中にはものすごく恐ろしいのがいるんだぞ」
新吉が言っていたことが本当なら、海の沖合いにものすごく恐ろしい魚がいるのではと敬太は感じたので、長老にそのことについて聞きました。
「海の沖合いに非常に恐ろしいのって、まさかお魚のこと?」
「そのまさかじゃ。この海の沖合いには、かなり凶暴な人食いザメがいるんじゃ」
長老は、敬太に大きな海の沖合いに凶暴な人食いザメがいることを伝えました。
「人食いザメということは、人間を噛み殺す魚と言うことかな?」
「サメというのは、普通のお魚よりもはるかにでかい魚なんじゃ。その上、サメの歯はとても鋭くて鋭くて、一度でもサメに襲われて噛みつかれたら生きて帰ることはできないんだぞ」
敬太が人食いザメについて長老に聞いてみると、長老はサメの大きさや鋭い歯について敬太に教えました。そして、一度でもサメに襲われたら生きて帰ることはできないと長老は敬太の前で言いました。
「じゃあ、村人たちのみんながすすり泣いていたのも?」
「そういうことじゃ。これは今日に限ったわけではなく、ここ最近1ヶ月ほどの間に立て続けに8人の男たちが人食いザメに襲われて命を落としているんじゃ…」
長老は、サメに襲われて変わり果てた漁師の遺体を見た村人たちがすすり泣いていた姿を何度も見るたびに心を痛めていました。最近1ヶ月間だけで、8人の村人が沖合いでの漁の途中で人食いザメに襲われて命を落としているのです。
「沖合いに人食いザメが現れるのは昔からかな?」
「いや、昔はそこに人食いザメなんか現れなかったんじゃ。この村に住んでいる人は、この広い海からいろんなお魚がいっぱい取れたりして、みんなが大きな恵みを受けてきたんじゃ」
長老たちが暮らしている浜岸村の村人たちは、目の前に広がる広い海から大きな恵みを受けてきたと敬太に言いました。その当時は、沖合いに人食いザメは全く現れることがありませんでした。
「しかし、この大きな恵みを受けてきたものが一変したのが、今から1ヶ月ほど前のことじゃ…」
「人食いザメが現れたのもそのときから?」
「そのときからじゃ。漁に出かけたまま行方不明になっていた村人が、波打ち際で変わり果てた姿で打ち上げられていたんじゃ。その村人の遺体は、体じゅうに鋭い歯で噛み付かれた跡が何ヶ所もあったんじゃ」
長老は、重い口を開けながら、1ヶ月ほど前のことを話し始めました。それは、漁に出かけて行方不明になっていた村人が遺体となって波打ち際で発見されたことです。その遺体には、体じゅうに鋭い歯で噛み付かれた跡が何ヶ所もありました。
「わしは、その直後に沖合いまで船で出て漁をしたことがあったんじゃ。しかし、わしが素潜りで魚を取っている途中のことじゃ」
「まさか、長老さまも人食いザメに?」
「そうじゃ。少し先のところから人食いザメが3匹も現れたんじゃ。わしは、あわててすぐに船のところまで戻って船をこぎ始めたけど、その間にも人食いザメがわしの船に少しずつ近づいてきたんじゃ。幸い、わしは何とか命からがら波打ち際まで戻ってくることができたけど」
長老は、船をこいで海の沖合いで素潜り漁をしていたときに人食いザメが現れたときの状況を敬太に話しています。サメはまるで長老を狙うかのように、少しずつ船に近づいてきました。
幸いなことに、長老の船は何とか波打ち際までもどってくることもあり、人食いザメから何とか逃れることができました。
「わしは何とか難を逃れることができたけど、沖合いには多くの魚に恵まれているからのう。人食いザメに襲われるから行くなと言っても、村人たちは家族を養うためにあえて危険を冒してまで行ってしまうんじゃ」
長老は、これ以上人食いザメの犠牲者が出てほしくないという思いがあります。その一方で、海の沖合いには多くの魚がいることから、サメに襲われることを覚悟して漁に出る村人も少なくないこともまた事実です。
「長老さま、ぼくがもし沖合いまで泳いで行きたいと言ったら?」
「敬太くんみたいな小さい子供が、大きな人食いザメに襲われて命を落としてしまったら、わしにとっても心残りになるだろうし。まあ、敬太くんの性格からすれば、わしが止めても絶対に行くだろうと思うから、行ってはダメだぞとは言えないなあ」
敬太は、自分が沖合いまで泳ぎたいと言った場合について長老に尋ねました。長老は、敬太みたいな小さい子供がサメに襲われて死んだら心残りになるとしながらも、敬太の性格からすれば絶対に行ってはダメとは言えないそうです。
「敬太くんはしばらくここにいるんかい?」
「ぼくは、おみかさんの家でしばらくお世話になることになったよ! 海水を桶に汲んだのは、おみかさんが晩ご飯を作るために使うためだよ」
長老は、敬太にしばらくこの村にいるのかについて尋ねると、敬太はおみかの家でしばらくお世話になることになったと答えました。敬太が桶の中に海水を汲んできたのも、おみかが晩ご飯に使うためです。
「まあ、敬太くんが険しそうな顔をするのはわしから見れば似合わないぞ。やっぱり、わしは敬太くんの元気で明るい笑顔がいつも見たいんじゃ」
「長老さま、どうもありがとう! ぼくはいつも元気いっぱいの男の子だよ!」
「そうそう、わしが見たいのは敬太くんの明るい笑顔なんじゃ! 敬太くんが見せた力こぶは、まさに元気いっぱいである証拠じゃ。もし何かあったら、いつでもわしに相談すればいいぞ」
長老は、険しい顔よりは元気で明るい笑顔の敬太くんの姿がいつも見たいと考えているようです。長老の気持ちを汲み取った敬太も、長老の前で両腕に力こぶを入れながら元気な声で言いました。
「そろそろ帰らないと、おみかさんも心配しているんじゃないかな。早くおみかさんの家へ戻ったほうがいいぞ」
「長老さま、さようなら! また明日もよろしくね!」
長老は、おみかが敬太の帰りを待っているのではと感じていたようなので、敬太に早くおみかの家へも戻ったほうがいいと促しました。敬太も、おみかを心配させてはいけないので、長老に別れのあいさつをしてから再びおみかの家へ戻ることにしました。
「おっかあ、遅くなってごめんなさい」
「敬太くん、そんなに謝らなくてもいいのよ。あたしは、敬太くんが無事に家へ戻ってきただけでもうれしいよ」
敬太は、おみかに家へ戻ってくるのが遅くなったことを謝りました。すると、おみかはやさしい声で、敬太が無事に家へ戻ってきたことを喜んでいました。
「おっかあ、桶の中に海水を汲んできたよ!」
「敬太くん、本当にありがとう! それじゃあ、これから晩ご飯を作るとするかな。獲れたばかりのサトイモを洗ったり、洗った後のサトイモをゆでるために敬太くんが汲んだ海水を使うことにするよ」
敬太は、海水を桶の中にいっぱい汲んできたことをおみかに伝えると、おみかはすぐに晩ご飯作りに取り掛かることにしました。敬太が汲んだばかりの海水は、サトイモを洗ったり、洗った後のサトイモをゆでるために使うそうです。
家の庭では、新吉がまさかりを使って薪割りをしているところです。敬太は新吉の薪割りを見ていましたが、薪割りをしても1回で薪を割ることがなかなかできず、お世辞にもなれた手つきとは言えるものではありません。
新吉の薪割りはすでに半分以上終わっていますが、後ろにある薪はまだたくさん残っています。
「新吉くん、ぼくも薪割りをするのを手伝うよ!」
「でも、薪割りはいつもぼくがやっているから、敬太くんは手伝わなくてもいいよ」
敬太は、薪割りを手伝うと新吉に言いましたが、新吉はいつも自分1人で薪割りをやっているから手伝わなくてもいいよと敬太に返答しました。しかし、新吉はまだ多くの薪が残っているにもかかわらず、かなり疲れている様子です。
「新吉くんが持っているそのまさかりを貸して! ぼくが薪割りをしてみせるから!」
「敬太くん、ぼくが使ってるこのまさかりを使っていいよ」
新吉が疲れているのを見た敬太は、自分で薪割りをするために新吉が持っているまさかりを貸してほしいと言いました。すると、新吉は敬太の強い気持ちを感じたので、自分が持っているまさかりを使ってもいいと言いました。
「さっき山の中でずっと暮らしてきたと敬太くんは言っていたけど、薪割りをしたことはあるの?」
「ぼくは、山奥で暮らしていたときに、じいちゃから木の切り倒し方や薪割りの仕方を教えてもらったんだよ。だから、薪割りをするのはお手のものだよ!」
敬太は、山奥で暮らしていたときに、おじいちゃんから木の切り倒し方から薪割りの仕方まで一通り教えてもらったことを覚えています。それ故に、薪割りは敬太にとってお手のものです。
敬太は、新吉が貸してくれたまさかりを使って、薪割りを始めました。
「えいっ、えいっ、えいっ、えいっ!」
「うわっ、敬太くんってすごいなあ。ぼくが1回で割ることがなかなかできない薪割りを、敬太くんはいとも簡単にすることができるんだなあ」
敬太は、まさかりを1回振り下ろしただけで簡単に薪を割ることができると、後ろに積まれていた薪を次々とまさかりで割っていきました。これを見ていた新吉は、敬太が簡単に薪を割って行く様子にびっくりした表情を見せていました。
「新吉くん、後ろに残っていた薪を全部割ることができたよ!」
「敬太くん、薪割りをしてくれてありがとう! ぼくも、敬太くんみたいに自分でも簡単に薪割りができるようにがんばるよ!」
「新吉くんだって、何度も練習すれば、まさかりを1回振り下ろすだけで薪を割ることができるようになるよ!」
敬太は、後ろに積まれていた薪をまさかりで全て割ることができました。新吉は、敬太が薪割りをしてくれたことに感謝しました。
そして、新吉は自分でも簡単に薪割りができるようにがんばると言いました。これを聞いた敬太は、明るい笑顔を見せながら新吉を励ましました。
「新吉くん、薪割りしたのを土間のところへいっしょに持って行こうよ!」
「敬太くんは、薪割りに加えて薪を土間へ持って行くのまでしてくれるのはいいけど、こんなに動けば疲れるんじゃないかな?」
「ぼくは、薪割りや畑仕事とかのお手伝いをいつも当たり前のようにやっているし、いつも山道を駆け足で走ったりしても平気だよ!」
敬太は、まさかりで薪割りしたのをいっしょに家の土間まで持って行こうと新吉に呼びかけました。新吉は、こんなに動いたら疲れるのではと敬太に言いました。しかし、敬太は薪割りや畑仕事といったお手伝いを当たり前にやっているし、駆け足で走っても平気であると明るい笑顔で言いました。
敬太と新吉は、まさかりで割った薪を少しずつ家の土間の中に持って行きました。土間の中にある台所では、おみかが洗ったばかりのサトイモを土鍋の中に入れてから、桶の中に残っている海水を杓子を使って入れているところです。
「新吉くん、薪割りがいつもよりも早く済んだね。もしかして、敬太くんが手伝ってくれたの?」
「おっかあ、敬太くんが途中から薪割りをしたおかげで早く終わることができたよ」
おみかは、新吉の薪割りがいつもより早く終わったことから、敬太が手伝ってくれたのかを新吉に尋ねました。新吉は、敬太のおかげで薪割りが早く終わることができたと答えました。
「敬太くん、あたしの家のお手伝いを何でもやってくれて、本当にありがとうね」
「おっかあ、ぼくはじいちゃやばあちゃと暮らしていたときから、お手伝いを当たり前のようにしているだけだよ」
おみかは、いろんなお手伝いをやってくれる敬太に感謝すると、敬太はおじいちゃんやおばあちゃんと暮らしていたときから、お手伝いを当たり前のようにしているだけであると謙遜しながら言いました。
「おっかあ、サトイモをゆでるための火おこしをしてもいいかな?」
「敬太くんは、火おこしをしたことがあるのかな?」
「ぼくは、いつもご飯を炊いたり、味噌汁を作るときの火おこしを火吹き竹でやっているよ!」
敬太は、おみかに火おこしをしてもいいのか聞いてみました。そのことについておみかが尋ねると、敬太はご飯や味噌汁を作るときに火吹き竹を使って火おこしをしていると言いました。
敬太は、焚き口に焚き木を入れていると、新吉が敬太のそばへやってきました。
「敬太くん、ぼくも火おこしをいつもしているから、2人で交代しながら火おこしをしようよ!」
「新吉くん、いっしょに火おこしをしてくれるの? 本当にありがとう!」
「今まで敬太くんに手伝ってばかりだから、今度はぼくが敬太くんに恩返しをするよ」
新吉は、いつもおみかが晩ご飯を作るときに必ず火おこしをしているそうなので、敬太に2人で交代しながら火おこしをしようと言いました。その言葉を聞いた敬太は、新吉がいっしょに火おこしをしてくれることに感謝しました。
新吉にとっても、今まで敬太に手伝ってばかりなので、今度は自分が敬太に恩返しする番であると考えています。
土鍋に入っているサトイモは、皮をむかずにそのまま海水の中に入れています。焚き口に焚き木が入っているのを確認したおみかは、火打ち石で火をおこすと、そのまま焚き木に火をつけました。
「最初はぼくが火を吹くから、敬太くんは少しずつ薪を入れてね」
「新吉くんが火吹き竹で吹いたら、ちょっとずつ薪を入れていくよ」
「ふーっ、ふーっ、ふうーっ!」
新吉は、火吹き竹で吹きながら火を大きくすると、敬太は切ったばかりの薪を少しずつ入れていきます。その間、新吉はずっと火吹き竹を吹きながら火加減を確かめています。
「今度は敬太くんが火を吹く番だよ。火吹き竹でずっと吹くんだぞ」
「新吉くん、ぼくも火吹き竹で火を吹くのはいつもやっているから大丈夫だよ」
しばらくすると、火吹き竹で吹くのは新吉から敬太に交代しました。敬太も、山奥で暮らしたときからいつも火おこしをしているので、火吹き竹での吹き方は手慣れたものがあります。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふうーっ!」
敬太は、火吹き竹で吹きながら火を大きくすることで、焚き口に火が行き渡るようにしています。新吉も、火が行き渡るために焚き口の中に薪を次々と入れていきます。
しばらくすると、土鍋に入っている海水が沸騰してサトイモがゆで上がりました。おみかは、桶の中に海水が少し残っていたので、ゆで上がったばかりのサトイモを杓子を使って桶の中へ入れました。桶の中に入れたサトイモの皮を全部むくと、木の平べったい皿に皮をむいたサトイモを入れていきました。
「新吉くん、敬太くん、晩ご飯ができたよ! 自分が食べる器にサトイモがたくさん盛り付けたよ」
「おっかあ、おいしい晩ご飯を作ってくれてありがとう! ぐうううううっ~」
おみかは、新吉と敬太に晩ご飯ができたことを伝えると、敬太はおみかに自分たちのために晩ご飯を作ってくれたことに感謝しました。そのとき、敬太のお腹からでっかい音が鳴りました。
「あっ、敬太くんのお腹からでっかい音が聞こえたよ」
「でへへ、ぼくはお腹がすいたとき、こんなにでっかい音が鳴るんだよ」
「敬太くんは、いろんな手伝いをしてくれたし、おなかがすいたときの音も元気いっぱいなんだね」
敬太のお腹から鳴ったでっかい音は、新吉やおみかの耳にも入りました。敬太は、お腹がすいたときにはでっかい音が鳴ることを明るい笑顔で言うと、おみかも敬太が畑仕事や薪割りなどのさまざまな手伝いをしてくれたから、おなかがすいたときの音も元気いっぱいと笑顔を見せながら言いました。
サトイモは、敬太を含めた3人が食べることができる量を木の平べったい皿にそれぞれ盛り付けると、みんなが1皿ずつを板の間の囲炉裏の周りまで持って行きました。
「うわっ、とってもおいしそうだワン! ぼくの分もあるのかワン!」
「ワンべえくんの分も忘れていないよ。あたしがワンべえくんのも持って行くから」
「おみかさん、ありがとうワン!」
おいしそうなサトイモを盛り付けたのを囲炉裏へ持って行くのを見て、ワンべえもサトイモを食べたくなってきました。おみかは、ワンべえがサトイモを食べたがっているのを見て、すぐにワンべえが食べる分もお皿に盛り付けて持って行きました。ワンべえは、しっぽをうれしそうにピュンピュン振りながら、おみかの後ろをついて行きました。
平べったい皿の上にたくさん盛り付けたサトイモは、段々畑で獲れたばかりのものがたくさん盛り付けられています。今日の晩ご飯は、海水でゆで上げたサトイモだけですが、おみかも新吉も獲れたてのサトイモがいっぱい食べることが一番の楽しみです。
「わ~い! ぼくのお皿にでっかい親イモがあったぞ! 親イモのまわりにも、大きなイモがたくさんあっておいしそう!」
敬太のお皿にも、たくさんのサトイモが盛り付けられています。中でも、ど真ん中にあるでっかい親イモは、敬太がサトイモの中でも特に食べたかったものです。敬太は、大好きなイモが目の前の平べったい皿に盛っているのを見て、うれしそうに笑顔を見せながら喜んでいます。
「敬太くんがいろんなお手伝いをしてくれたおかげで、あたしたちも本当に大助かりしたよ。さあ、晩ご飯は敬太くんの大好きなイモをいっぱいお皿に盛り付けているよ」
おみかにとっても、畑仕事や薪割りなどのお手伝いをしてくれた敬太には本当に感謝しています。おみかはそうした感謝の気持ちを込めて、敬太のお皿に親イモを中心にサトイモがたくさん盛り付けているのです。
「おっかあ、獲れたてのサトイモは塩味がついていて、とてもおいしいよ!」
「ふふふ、おいしいと言ってくれてあたしは本当にうれしいよ」
敬太は、サトイモを一口食べると、海水のゆで汁のおかげでサトイモに塩味がついていて、とてもおいしかったそうです。これを聞いたおみかも、敬太がサトイモをおいしく食べてくれたのでうれしそうな表情を見せています。
「さあ、敬太くんが大好きなイモがいっぱいあるから、どんどん食べてね」
「ぼくは、どんなイモであってもいっぱい食べることが…。ププッ、プププウウッ~」
敬太は、目の前にあるサトイモをおいしそうな表情を見せながら食べています。敬太にとって、大好きなイモを食べることができることが一番幸せな時間なのです。
そして、真ん中にあるでっかい親イモを敬太が大きな口を開けて食べている途中で、敬太のお尻からでっかいおならが2回続けて出てしまいました。
「あっ、敬太くんったら、おイモを食べているときにでっかいおならが出ちゃったね!」
「でへへ、新吉くんの前ででっかいおならを2連発しちゃったよ」
敬太のおならの音は、新吉やおみかの耳でもはっきりと分かる音だったので、新吉はおならが出ちゃった敬太を茶化しながら言いました。敬太も、イモを食べている途中でおならを2連発してしまったことを少し照れながらも明るい笑顔で新吉に言いました。
「敬太くんは、サトイモをいっぱい食べているから、おならも元気いっぱいなんだね。でっかいおならが出るのは、敬太くんがいつも元気な子供である立派な証拠だよ」
おみかは、でっかい親イモを食べていた敬太が元気いっぱいのおならが出たことを喜んでいます。でっかいおならは、敬太が元気な子供である立派なシンボルなのです。
「これからもサトイモを残さずにいっぱい食べて、明日もおっかあや新吉くんのためにお手伝いをいっぱいするからね!」
「そのためにも、元気なおならがいっぱい出るようにがんばろうね。ぼくも、サトイモをいっぱい食べて、敬太くんみたいなおならが出るようにがんばるぞ!」
「わはははは!」「わはははは!」
敬太は、サトイモを残さないでいっぱい食べて、明日もおさいの家のお手伝いをいっぱいすると張り切っています。すると、敬太の隣にいる新吉が、サトイモをいっぱい食べることで敬太みたいなおならが出るようにがんばると言ってきました。
新吉が言った言葉を聞いた敬太が思わず笑ってしまうと、新吉もそれにつられる形で笑い出しました。おみかは敬太と新吉が笑っている姿を見ながら、兄弟のように仲が良い2人に目を細めていました。
「おっかあ、ごちそうさま!」「ごちそうさまでした!」
「敬太くんも新吉くんも、お皿に盛り付けたサトイモを残さずに食べたね」
おみかは、敬太と新吉が晩ご飯のサトイモを残さないで全部食べることができたことに満足しているようです。そのとき、敬太は少し気になったことがあったので、おみかに話しかけました。
「おっかあ、この家にはおっとうがいないの?」
「敬太くん、おっかあにそんなことを言ったらいけないぞ」
敬太は、おみかの夫がいないことに気づいたので尋ねました。しかし、それを聞いた新吉は、気まずそうな表情で敬太にそんなことを言ったらいけないと言いました。
「敬太くん、実はねえ…」
すると、おみかは敬太の前へやってくると、敬太にどうしても言わなければならないことがあって口を開きましたが、すぐに沈黙してしまいました。
「おっかあ、どうしたの?」
「実は、あたしの主人は、主人は、沖合いで漁をしている途中で、人食いザメに襲われて死んでしまったの…。ううううっ、ううううっ」
一瞬沈黙したおみかは、再び重い口を開けて敬太に言いました。それは、おみかにとって最愛の夫が、海の沖合いでの漁をしているときに人食いザメに襲われて命を落としたということです。そして、おみかは自分の夫が亡くなったという悲しみから、思わず泣き出したのです。




