その8
おさいは家へ戻ってきた敬太たちのために、すぐに晩ご飯の準備に入りました。今日は、春太郎にもヤマノイモの団子入りに味噌汁を食べさせてあげようとはりきっています。
その間、敬太はかよといっしょにお庭で薪割りをしています。
「敬太くんは、小さいときから薪割りをやっているから、まさかりで簡単に割ることができるんだね。あたしも薪割りが上手にできればいいけど、なかなか上手にできないし」
かよは何回も薪割りをしているけど、まさかりを1回振り下ろしただけでは薪を割ることがまだできません。簡単にまさかりで次々と薪を割っていく敬太を見て、かよはちょっとうらやましそうです。
「かよちゃんだって、やり方を覚えたら1回で薪を割ることができるよ! 肩の力を抜いてからまさかりを振り下ろしてみて!」
「敬太くんは簡単にできるけど、あたしも同じようにできるのかな……」
敬太は、かよにまさかりで薪を割るためのコツを教えました。かよは、自分も敬太のように簡単に薪割りができるのか少し不安でしたが、敬太の言われたやり方で薪割りをしてみました。
「敬太くん、薪割りを教えてくれてありがとう! 敬太くんのおかげで、あたしでも簡単に薪を割ることができたよ!」
かよは敬太のやり方で薪割りをしたら、いとも簡単に薪を割ることができました。こうして、敬太とかよは2人で協力しながら全ての薪割りを終わらせました。
「あたしは、敬太くんがいつまでもこの家にいてほしいなあ。どんなことでも手伝ってくれるから、あたしもおっかあも敬太くんのことを本当に頼りにしているのよ」
かよにとっては、敬太がずっとおさいの家で暮らしてほしいと願っています。敬太がいるおかげで、田植えなどの農作業や薪割りといったことを手伝ってくれるし、晩ご飯で食べるためのヤマノイモをたくさん取ってきてくれるからです。
「春太郎くんも戻ってきたし、家のお手伝いも春太郎くんがいれば、おっかあも大助かりになるね」
「春太郎? まあ、春太郎が家に戻ってきたのはいいよ」
春太郎戻ってきたこともあり、家のお手伝いとかでおさいも大助かりになるはずです。しかし、かよは春太郎の名前が出ると相変わらずそっけない表情に変わりました。
「ぼくは、かよちゃんと春太郎くんが仲良くなっているところが見たいなあ。かよちゃんも春太郎くんも、ずっと同じ家にいるんでしょ」
「それなら、敬太くんはあたしと春太郎が同じ家にいてほしいのはどうして?」
「この家にきてから、かよちゃんや春太郎くんや三つ子といっしょにいるのがとても楽しいよ」
敬太は、今まで兄弟姉妹といっしょに暮らしたことがありません。だからこそ、おさいの家で春太郎やかよ、そして三つ子と子供が5人もいることがとても新鮮でした。敬太は農作業や薪割りといった家の手伝いをしながら、いつも子供たちに囲まれて暮らすことが一番の幸せです。
しかし、敬太は自分のお父さんとお母さんを探すための旅の途中です。いずれはおさいや子供たちにつらい別れの言葉を言わなければなりません。でも、どのタイミングで言うべきか敬太は迷っています。
「ねえねえ、敬太くんはずっとこの家にいてくれるよね」
かよの気持ちを思うと、敬太は別れの言葉を言うとショックが大きいからしばらくやめようと思いました。
敬太とかよは、自分たちで薪割りをしたのを家へ持って行きました。家に入ると、おさいが晩ご飯の味噌汁の中に入れるヤマノイモの団子を作っています。
「おっかあ、かよちゃんといっしょに薪割りしてきたよ!」
「敬太くん、かよちゃん、いつも薪割りをしてくれてありがとう」
敬太は、かよといっしょに家の中にまさかりで割ったばかりの薪を積み上げています。これを見たおさいは、薪割りをしてくれた2人に感謝しました。
敬太はいつものように薪を焚き口に入れながら、火おこしをしています。おさいも、みんなが大好きなヤマノイモの団子をたくさん入れた味噌汁を作っています。
晩ご飯ができると、おさいと敬太はご飯と味噌汁を板の間の囲炉裏のところまで持ってきました。
囲炉裏には、家へ戻ってきた春太郎が三つ子の世話をしていました。そして、春太郎や三つ子、そしてかよが囲炉裏の周りに座りました。
敬太たちは、おさいが作ってくれたご飯と味噌汁を食べ始めました。味噌汁には、敬太がイノシシ山で取ってきたヤマノイモの団子が入っています。
「おっかあがいつも作るヤマノイモのどでかい団子は、とってもおいしいよ!」
「ふふふ、敬太くんはいつも朝から晩まで家の手伝いを何でもやってくれるからね。どでかいヤマノイモの団子をいっぱい食べて、明日もがんばらないとね」
敬太は、大好きなヤマノイモのどでかい団子をおいしそうにほおばりました。これを見たおさいも、おいしそうに食べている敬太をやさしい顔で見つめています。
「敬太くん、イノシシもクマもやっつけたんだよ」「敬太くんはとても強いんだよ」
「おっかあ、かなりでっかい大イノシシやツキノワグマをお相撲でやっつけたよ。そして、その後でぼくは大イノシシやツキノワグマとお友達になったよ」
「イノシシ山で大イノシシもツキノワグマもやっつけただけでなく、お友達にもなったんだね。敬太くんは力が強いのはもちろんだけど、大きい動物であっても心のやさしいところがあるんだね」
敬太と三つ子は、イノシシ山での出来事を楽しそうに話しています。これを聞いたおさいも、敬太の心のやさしさが大きい動物に伝わっていることに感心しました。
晩ご飯を食べている時、敬太の右隣にはかよが、左隣には三つ子の3人が囲炉裏の周りに沿って座っています。そして、三つ子の隣には春太郎が座って晩ご飯を食べています。
「おっかあ、ヤマノイモの団子を食べたのは初めてだけど、もちもちとした食感があっておいしいぞ」
「ヤマノイモの団子を春太郎が食べるのは初めてだから大丈夫かなと思ったけど、春太郎がおいしそうに食べてくれるので、私もうれしいわ」
春太郎は、初めて口にしたヤマノイモの団子をとてもおいしそうに食べています。おさいも、いつもの春太郎に戻ったことが何よりもうれしそうです。
そんな中で、唯一気がかりなのがかよと春太郎の関係です。
かよは晩ご飯を食べているときも、春太郎に一切目を合わせません。かよにとっては、春太郎に対する不信感がまだ頭の中に残っています。春太郎も、かよと目を合わせると気まずい雰囲気になるのか、かよの顔を直接見ようとはしません。
「かよちゃんも、春太郎くんも、どうして顔を合わせないんだろう。ぼくは、2人ともまた仲良くなってほしいのに……」
みんなと一つ屋根の下で再び暮らすようになった後も、かよと春太郎がお互いに目を合わさないことに敬太も気になっています。いつも笑顔で明るい敬太も、心の中では2人が再び仲の良い兄妹に戻ってほしいと強く願っています。
それから数日が経過しました。
敬太は、いつものように田んぼの水路へ行って水汲みをしたり、畑へ行って家で食べるための作物を植えるなどの農作業をしています。その間、春太郎は三つ子を抱っこやおんぶするなどのお世話を、おさいは水を張ったたらいの中で洗濯板を使って洗濯をしています。
「うわっ、うわっ、顔におしっこかけられた~」
春太郎が大声で叫んだのを聞いて、敬太が春太郎がいる家の庭のところへ行きました。春太郎は藤五郎を抱っこしているときに、藤五郎の元気なおしっこが春太郎の顔に命中してしまいました。
おしっこが出てすっきりした藤五郎は、春太郎の顔を見てキャッキャッと笑っています。春太郎は、藤五郎からおしっこをかけられて少し憮然としています。
「まったく、おいらの顔を狙っておしっこをかけやがって」
「春太郎くん、ぼくが三つ子のおんぶや抱っこをしてあげるよ!」
敬太は、春太郎が行っていた三つ子のお世話を手伝うことにしました。早速、敬太は藤吉を抱っこすると、すぐに藤吉を両手で高く上げました。藤吉は敬太が高い高いをしてくれたので、キャッキャッと喜んでいます。
敬太は藤吉をもう一度両手で高く上げると、藤吉は敬太の顔におしっこを勢いよく命中させました。
「ジョジョジョオオオ~、ジョジョジョババ~」
「でへへ、今日も三つ子からおしっこをいっぱいかけられちゃった」
三つ子がおしっこをするのは元気な子供である証拠です。敬太は三つ子からおしっこをかけられても、
いつもの明るい笑顔を見せています。
「ははは、敬太も三つ子のおしっこ攻撃にはかなわないなあ」
「春太郎くんも、かわいくて元気な三つ子から気に入られているね」
そうするうちに、かよが寺子屋から戻ってきました。かよは、三つ子をお世話している敬太を見つけるとすぐに声をかけました。敬太は、自分が耕した畑にイモとネギを植えたことをかよに話しました。
「敬太くん、あたしが畑に行ってみたらいっぱい耕していたね。畑に何を植えたの?」
「今日は、イモとネギを畑に植えてきたよ。かよちゃん、秋になったらイモもネギもいっぱい取れるといいね」
ところが、敬太とともに庭の中で三つ子のお世話をしていた春太郎にかよは一切見向きもしません。春太郎はすぐにかよの方へ顔を振り向きましたが、それに気づたかよはそのまま家の中に入りました。かよの心の中では、まだ春太郎に対するわだかまりが残っています。
春太郎は抱っこしていた藤助を下ろすと、すぐにかよがいる家の中へ入って行きました。春太郎が家の中に入ると、板の間の囲炉裏の周りにかよがいました。
春太郎はすぐに板の間へ上がりましたが、かよは春太郎が近づくと板の間の隣にある寝室へ行ってしまいました。
「かよ、何でおいらがきただけですぐ逃げるんだよ。昔はおいらといっしょに三つ子のお世話をしたり、いっしょに畑仕事をしたりしてたのに」
春太郎は少しいら立ちながら、かよがいる寝室へ入って行きました。すると、かよはいきなり寝室の中に入ってきた春太郎を見て、顔つきが険しくなりました。
「春太郎! さっきからあたしの顔を見たりしているけど、何がしたいの!」
「おいらが勝手に家を出て行ってしまって、かよに大きな迷惑をかけたのは本当にごめん! おいらはかよといっしょにおっかあを手助けしたいんだ」
かよは、あまりにもしつこい春太郎に対して怒りをあらわにしました。春太郎は、自分が勝手に家を出て行って家族に迷惑をかけたことを謝りました。
しかし、かよは春太郎の言葉を聞いても怒りが収まりません。
「だったら、勝手に家を出て行かなくても済むことでしょ! 自分から勝手に家を出て行って、おっかあに迷惑かけたのは誰なの?」
「おっかあは家へ戻ってきただけでもうれしいと言ってくれたのに……」
春太郎は、おさいから許してもらったのにと小声で振り絞るように言いました。
「春太郎は昔から大きい動物に出会っただけで恐がってすぐ逃げるんでしょ! おっとうが獣人に襲われて殺されたときでも、獣人から逃げてばっかりだったし」
「おいらだって、おっとうを助けるために獣人のほうへ向かっていったけど、獣人の鬼のような顔つきと鋭い爪を見てしまい、つい……」
「その後は何が言いたいの? やはり逃げてしまったとは言えないの?」
「つい……」
「獣人が恐いから逃げてしまったんでしょ!」
かよは、獣人から逃げてばっかりの春太郎を責め続けています。春太郎は庄助を助けるために自ら獣人のほうへ向かっていったと反論しましたが、途中で声が詰まってしまいました。それを聞いたかよは、再び春太郎を問い詰めました。
「ああ、そうだとも! かよには、おいらが小さいときにイノシシに襲われたときに非常に恐い思いをしたことなど分かってくれないけどな」
「そんなことを言うなら、こっちだって言わせてもらうわ! 春太郎は、人間相手なら相手が大きくても強いけど、大きい動物が相手では恐がりですぐ逃げる上に泣き出すんだから、本当に泣き虫ね」
かよから問い詰められた春太郎は、すぐに開き直った口調で言いました。すると、かよも大きい動物にはすぐ逃げる上に泣き虫だと春太郎に言い返しました。
「もうかよの顔なんか二度と見るもんか! おいらは、今すぐにでもこの家から出て行くからな!」
「ああ、そうかそうか! 春太郎なんか、大きいクマのエサになっても、大声に泣き叫んでも絶対に知らないんだから」
春太郎はかよの言葉を聞くや否や、寝室から出るとすぐに家を飛び出して行きました。
家の庭では、おさいが洗濯したばかりの着物などを物干しに干しているところです。そのとき、春太郎がそのまま走りながら外へ出て行きました。
「春太郎くん! 春太郎くん! どうして、また黙って外へ出て行くの?」
おさいは、外へ出て行った春太郎に声をかけました。しかし、春太郎はそれにも耳を傾けることはありません。こうして、春太郎は再び場所を告げないままどこかへ行ってしまいました。
しばらくすると、敬太が水を汲んだ桶を家の庭まで持ってきました。すると、そこにはおさいがうなだれているすがたがありました。
敬太は、水を汲んだ桶を置いておさいのところへ駆け寄りました。
「おっかあ、どうしたの? 何かあったの?」
「敬太くん、春太郎くんが突然家を飛び出して、そのまま何も言わずに外へ出て行ってしまったの……」
おさいは、春太郎が何も言わずに家を飛び出したと敬太に泣きながら言いました。それを聞いた敬太は、もしかしたらイノシシ山へ行ったかもしれないと感じ取りました。
「おっかあ、春太郎くんを探しに行ってくるよ! もしかして、春太郎くんはまたイノシシ山へ行ったかも」
敬太は、おさいにこれから春太郎を探しに行くことを伝えました。
「敬太くん、イノシシ山には恐ろしい獣人がいるかもしれないから、十分に気をつけるのよ」
「おっかあ、獣人がぼくの目の前に現れたとしても、ぼくは逃げないで獣人をやっつけてみせるよ!」
敬太はそのまま駆け足で家の外へ出ると、急いでイノシシ山へ向かいました。
「敬太くんはどんなに強い相手なら獣人であっても、逃げないで立ち向かっていくわ。だけど、庄助さんのこともあるし心配だわ……」
おさいは、獣人に殺されてしまった庄助のことを再び思い出しました。もしかしたら、敬太も同じようなことになってしまうのではとおさいは心配しています。
そのとき、おさいのそばへかよがやってきました。かよの表情はいつものような元気さはなく、暗く沈んだ表情となっていました。
「おっかあ……」
「かよちゃん、どうしたの?」
「おっかあ、ごめんなさい! あたしが、あたしが、春太郎に大きな動物には恐がりだとか泣き虫だとかひどいことを言ってしまったばっかりに……」
かよは、おさいの胸に飛び込んでいきなり泣き出しました。そして、春太郎にひどいことを言ってしまったことを涙声で謝りました。
「かよちゃん、泣かなくてもいいのよ。泣いていたら、かよちゃんの元気なところが台なしでしょ」
おさいは、泣いているかよを両手で抱きながらやさしい言葉で言いました。かよは、おさいのやさしい言葉を聞いてすぐに泣きやみました。
「そういえば、敬太くんはどこにいるの?」
「敬太くんは、春太郎くんを追ってイノシシ山のほうへ行ったよ」
「あたしもイノシシ山へ行ってくるわ! あたしのせいで、春太郎が危険な目に遭うかもしれないのよ」
敬太がイノシシ山へ行ったとおさいが言うと、かよはその後を追うようにイノシシ山へ行こうとします。
「イノシシ山には恐ろしい獣人がいるかもしれないのよ。子供たちにこれ以上危険な目にさらされるのはとてもつらいから、イノシシ山へ行くのは絶対にダメだよ」
おさいは、これ以上子供たちに危険な目にさらされるのがとてもつらいという思いがあります。かよには、絶対にイノシシ山へ行くのはダメと言いました。
「でも、春太郎は……」
「かよちゃん、敬太くんなら仮に恐ろしい獣人が現れたとしても絶対にやっつけて、春太郎くんを見つけてくれると信じているわ」
敬太があれだけの力持ちであれば、獣人をやっつけて春太郎も見つけてくれるのではとおさいは信じています。それを聞いたかよも、敬太と春太郎が無事に戻ってくることを祈るばかりです。
敬太は、春太郎の後を追ってイノシシ山の山道の入り口までやってきました。イノシシ山は、普段でも薄暗くて地面が湿っているところです。
しかし、敬太はそんなことを全く気にしていません。
敬太がイノシシ山の山道に入ると、すぐに自分よりも少し大きい人間の足跡がありました。その足跡を見てみると、春太郎の足跡と全く同じです。
「春太郎くんは、やっぱりイノシシ山に入って行ったみたいだぞ」
敬太は、春太郎の足跡に沿いながら、イノシシ山の山道を奥へと進んでいきます。
山道の途中には、春太郎が山ごもりした掘っ立て小屋が右の方向に小さく見えます。しかし、春太郎の足跡は小屋の方向ではなく、山道のさらに奥まで足跡が続いています。
イノシシ山の山道は奥の方へ行くほど険しくなりますが、敬太はこのような険しい山道であっても疲れた顔を見せずに前へ進んでいきます。
ところが、しばらく進むうちに春太郎の足跡とは明らかに違う足跡も見えるようになりました。その足跡は、春太郎のと比べてもかなり大きい足跡です。
「この大きな足跡は、ぼくと戦った獣人の足跡とそっくりだなあ。もしかして、春太郎くんも獣人に追われているかもしれないぞ!」
大きな足跡は、自分が獣人と出会ったときの獣人の足跡とそっくりです。それは同時に、春太郎が獣人に追われている可能性が極めて大きいことを意味します。
「このままでは春太郎くんが危ない! 春太郎くんが獣人に襲われる前に、急いで春太郎くんを探して行くぞ!」
敬太は、早く見つけないと春太郎の命が危ないとすぐに感じました。そして、急いで春太郎を見つけようと敬太は傾斜のきつい山道を駆け上がっていきました。




