その3
おさいは、敬太が山で取ってきてくれたヤマノイモを使って晩ご飯を作ります。ヤマノイモは4本ありますが、そのうちの1本を使います。残り3本は、日のあたらない暗いところへ保存しておきます。
「おっかあ、ご飯を炊くときの火おこしをしてもいいかな?」
「火をおこすのは火吹き竹で吹くけど、できるかな?」
「ぼくは、火おこしをいつもしているから大丈夫だよ!」
敬太は、おさいに火おこしの手伝いをしたがっています。ご飯を炊くときの火おこしは、敬太にとって手慣れたものだからです。
「敬太くんは、何でも手伝ってくれるから本当に助かるわ」
おさいは、敬太が火おこしの手伝いをしてくれるので大助かりです。敬太が焚き口に焚き木を入れると、おさいが火打ち石で火をおこしました。
「うわ~い、焚き口に火がついたぞ! おっかあ、焚き口に薪を入れていいかな?」
「薪を入れてもいいけど、まだ火がついたばかりだから、最初は少しずつね」
焚き木に火をつけると、敬太は少しずつ薪を焚き口に入れます。
「ふ~っ、ふ~っ、ふう~っ、ふう~っっ!」
敬太は薪を焚き口に次々と入れながら、火吹き竹でずっと吹き続けています。
その間、おさいはヤマノイモの皮をむくと、包丁で3つくらいにわけてすり下ろしています。すり下ろしたヤマノイモは、お餅のように粘り気のあるものになりました。
「うわあ、お餅みたいにネバネバしてる~」
「敬太くんが取ってきたヤマノイモをすり下ろすと、お餅みたいにネバネバするようになるんだよ」
敬太は、すり下ろしたばかりのヤマノイモを見てびっくりしました。おさいは、ヤマノイモがお餅みたいにネバネバしていることを敬太に教えています。
「さあ、このヤマノイモを大きな団子にして味噌汁の中に入れるよ。みそ汁を煮るための焚き口にも火を入れるから、火おこしをよろしくね」
「おっかあ、これからも火おこしするときはぼくにまかせてよ! ぐぐううううっ~」
「ふふふ、敬太くんはお腹が鳴ったときの音が元気だね。敬太くんには、ヤマノイモの団子も特別にでっかいのを入れてあげるよ」
「でへへ、ぼくのお腹がまた鳴っちゃった」
敬太は、お腹が鳴る音も元気いっぱいです。おさいは、敬太のために特別に大きいヤマノイモの団子を作ろうとはりきっています。
「ふ~っ、ふ~っ、ふうう~っっ」
敬太は、味噌汁を煮るところの焚き口も火吹き竹で吹き続けています。
こうして、おさいが丹念に作ってくれた晩ご飯ができあがりました。今日の晩ご飯は、麦や雑穀が多く入っているご飯とヤマノイモの団子がいっぱい入っている味噌汁です。
白いご飯が食べられるのはお盆やお正月だけで、普段食べるご飯には麦やいろんな雑穀が多く入っています。それでも、おさいは子供たちにはたくさん食べさせてあげたいと一生懸命おかずを作っています。
おさいと敬太は、ご飯と味噌汁を板の間の囲炉裏へ持って行きました。かよや三つ子も、囲炉裏の周りに集まって晩ご飯を楽しみに待っています。
おさいと敬太も囲炉裏の周りに集まると、みんなで手を合わせて「いただきます!」と言ってから食べ始めました。おさいは、木の器にご飯と味噌汁を盛り付けてから子供たちの前に置いていきます。
「おうちのお手伝いをたくさんしてくれた敬太くんには、ヤマノイモのどでかい団子が入っている味噌汁だよ」
「おっかあ、どうもありがとう!」
敬太は、味噌汁にヤマノイモのどでかい団子を入れてくれたおさいに感謝の気持ちを伝えました。
敬太は、おさいが作ってくれたご飯をおいしそうに食べています。そして、どでかいヤマノイモ団子をお口いっぱいにほおばりました。
「おっかあの作ってくれたヤマノイモの団子、本当においしいよ!」
敬太は、ヤマノイモのどでかい団子をとてもおいしそうに食べ切りました。かよや三つ子も、おさいが作ってくれた味噌汁をおいしそうに食べています。
「おっかあ、ごちそうさま! おっかあの作ったのを全部食べたよ!」
「敬太くんは残さずに何でも全部食べるから、いつも元気いっぱいなんだね」
敬太は、いつものようにご飯つぶを一粒も残さずに全部食べました。敬太がいつも元気いっぱいなのは、普段からご飯を残さずに何でも食べるおかげです。
「敬太くんがいなかったら、薪割りもはかどらなかったし、今日は本当にありがとう」
「かよちゃん、ぼくはいつも当たり前のことをしているだけだよ」
かよは、薪割りをいっしょに手伝ってくれた敬太に改めて感謝しました。
「敬太くんがいると何でも手伝ってくれるから心強いよ。それに引きかえ、あいつは自分が強くなるまでずっと山にこもると言って自分勝手に家を出て行くんだから……」
「かよちゃん、何もそこまで言わなくても……」
「おっかあ、あたしも本当は春太郎に対してそんなことは言いたくないよ。でも……」
かよは、自分勝手に家を出て行った春太郎への不信感をあらわにしています。
おさいは自分の横をふと見ると、結んでいるままの小さい風呂敷があるのを見つけました。それは、大きな風呂敷とともに敬太が持ってきたものです。
おさいは、その風呂敷を開けると小さい木箱が入っていました。小さい木箱には、おじいちゃんからもらった漢数字で書かれた暗号文とサル左衛門から手渡された小さい石版があります。
「いろいろ訳の分からないのが2つもあるけど、小さい木箱に入っているのはどちらも大事なものなの?」
「紙に書かれているのは、ぼくのおっとうとおっかあがいる場所を示しているんだ。でも、そこには何を書いているのか全く分からないよ。小さい石版にある5文字も何なのか分からないけど、大事なことが書かれているかもしれないし……」
書かれている内容は、敬太も全く分かりません。けれども、敬太にとっては非常に大事なものであることに変わりありません。
「敬太くんの小さい木箱の中に入っているのは大事な物でしょ。だから、引き出しの中に入れておいたほうが安心だわ」
おさいは、暗号文と小さい石版を小さい木箱に戻すと、小さい風呂敷に包んで結びました。そして、小さい風呂敷は木の引き出しの中に入れました。
「おっかあ、もしかしたら泥棒がこの家にくるかもしれないよ。だから、ぼくがここで寝て引き出しに入れた小さい風呂敷を守るんだ」
「それだったら、敬太くんは板の間の引き出しの前で寝てもいいよ。あれだけ重い石うすを軽々と持ち上げることができるなら、泥棒たちがきたとしても大丈夫かも」
おさいは、敬太が小さい子供であるが故の不安がないわけではありません。それでも、あれだけの凄まじい力があれば泥棒も退散してくれるという思いから、おさいは敬太の言うことを信じることにしました。
そこへ、これを聞いた三つ子が敬太とおさいのところへ駆け寄ってきました。
「ぼくも敬太くんのお隣で寝たい!」「ぼくも敬太くんと同じ部屋で寝るんだ!」
「いっしょに寝ようよ、寝ようよ!」
「ふふふ、三つ子は敬太くんのことが大好きなので、寝るときもいつもいっしょに寝たいんだね」
三つ子は、寝るときも敬太とずっと一緒にいたいとおさいにせがみました。これを聞いたおさいは、三つ子を敬太といっしょに寝かせることにしました。
敬太は、板の間の木の引き出しの前にお布団と掛け布団を敷きました。そして、敬太のお布団の右隣に三つ子のお布団と掛け布団を敬太とおさいの2人でいっしょに敷いていきました。
「おっかあ、かよちゃん、おやすみなさい」
「敬太くん、おやすみなさい」「敬太くん、おやすみ」
敬太は、おさいとかよに寝る前のあいさつをしました。おさいとかよは、寝るために板の間の隣にある寝室へ行きました。
「わ~い、わ~い、敬太くんといっしょ! いっしょ!」
三つ子は、敬太といっしょに寝ることができるので大喜びです。しかし、三つ子は遊び疲れたので、すぐに眠りについてしまいました。
敬太は、ぐっすり眠った三つ子をそれぞれの布団の中に寝かせました。そして、敬太も布団の中で寝るとそのまま夢の中へ入っていきました。
「敬太くんも三つ子も、どんな夢を見ているのかな」
寝室で寝ているおさいは、敬太や三つ子がどんな夢を見ているのか楽しみにしています。
「敬太くん、助けて~」
「うえええ~ん、怖いよ~」「誰か助けて~」
「う~ん、眠いなあ……。みんな、どうしたの?」
布団で寝ていた敬太は三つ子の声が耳に入ったので、少し眠たそうな表情で目覚めました。隣で寝ている三つ子は、怖い夢にうなされて目覚めてしまおました。しかし、大好きな敬太の顔を見ると、三つ子も安心して再び眠りにつきました。
「藤吉くんも、藤助くんも、藤五郎くんも、ぼくの顔を見てぐっすりと眠るようになったね」
敬太は、三つ子のかわいい寝顔を見て一安心しました。しかし、大戸口のほうへ目を移すと、必ず閉まっているはずの板戸が開いているのに気づきました。
「そういえば、この村で泥棒に農作物などが盗まれた農家が何軒かあると言っていたなあ」
敬太は、晩ご飯の後におさいが言っていたことを思い出しました。すると、台所のほうから何かガサガサと音が聞こえてきたので、敬太は掛け布団をめくって台所のほうへ行きました。
真夜中で周りが暗いので、敬太はゆっくりとした足取りで台所をのぞき見ました。すると、そこには怪しい人影が2つありました。
「よく見たら、おっかあが言っていた泥棒みたいな感じだな。辺りをやたらとキョロキョロ見ているし」
外を見ると、空はまだ星が見えていますが少しずつ明るくなっています。それにつれて、比較的暗い台所のそばに怪しい人影が見えるようになりました。
「あ~っ、やっぱりあの人影は泥棒たちのことだったんだな」
敬太が見た怪しい人影の正体は、おさいが言っていた泥棒のことでした。泥棒は2人組であり、いずれも黒装束をしています。
黒装束であれば、真夜中の暗闇であれば誰も気づくことはあり得ません。しかし、空が少しずつ明るくなる明け方の時間になると、黒装束という格好がかえって目立ちます。
「ふはははは、こんなに長い芋が3つもあるとは思わなかったな」
「この前も、別の農家でも野菜がいっぱいあったな。盗んだ野菜を町の市場へ持っていけば高く売れるし」
「この村の農家では、カネは持っていなくても代わりに高く売れるのがあるからな、ふはははは!」
泥棒たちは、ヤマノイモ3本を盗み出そうと考えています。そして、2人は盗んだものを町へ行って高く売れば大もうけできると笑い声を上げています。
これを聞いた敬太は、晩ご飯のおかずであるヤマノイモを盗もうとしている泥棒たちが許せません。敬太は、台所にいる泥棒たちのところへやってきました。
「うわっ、腹掛け1枚だけの小僧がいきなりわしらのほうへ突進してきたぞ!」
「わしらに何をするつもりか」
泥棒たちは目の前にきた敬太に気づかれたので、あわてて台所から逃げ出そうとしました。しかし、敬太は家の外に出ようとする泥棒たち2人の黒装束をつかみました。
「やい、泥棒どもめ、ぼくが取ってきたヤマノイモを盗みにきたな!」
「わしらは、ただ……、道に迷ってしまって……たまたま……この家に……」
「うそをつけ! ぼくの大好きなヤマノイモを盗もうとしているところを見ているぞ!」
敬太が泥棒たちに問い詰めると、おさいの家にたまたま入っただけと言おうとします。しかし、泥棒たちがしどろもどろに言い訳をしても敬太には通用しません。
「ま、まずい、こうなったら逃げるぞ」
泥棒たち2人は、敬太がつかんでいる黒装束を無理やり引っぱってそのまま家の外へ出ました。敬太の腕力があまりにも強いので、お尻の黒装束がビリビリと大きく破れてしまいました。
敬太も、逃げた泥棒を追ってすぐに家の外へ駆け足で出ました。駆け足で速く走った敬太は、あっという間に泥棒たちに追いつきました。泥棒たちは、黒装束のお尻のところが破れたのでふんどしが丸見えになっています。
泥棒たちに追いついた敬太は、泥棒の1人を捕まえると両腕に力を入れて泥棒を持ち上げようとします。
「うぐぐっ! うぐぐぐっ!」
敬太は、泥棒をそのまま敬太の真上まで持ち上げました。泥棒たちを持ち上げることくらい、敬太にはたやすいものです。
「わ、わしは高いところが苦手じゃ……。許してくれ……」
「大事な物を盗みにくるような悪いやつは、ぼくが許さないぞ!」
泥棒は何度も敬太に許してくれと言いました。しかし、敬太はこれまで村の農家を荒らしまくっていた泥棒たちを許せません。
「え~いっ!」
敬太は、真上に持ち上げた泥棒を両手でそのまま投げました。泥棒は地面に強く叩きつけられると、敬太に恐れをなしてそのまま逃げ出していきました。
「こうなったら、わし1人だけでもお前の息の根を止めてやるからな!」
もう1人の泥棒は、黒装束の中から短刀を取り出すと敬太に向かって突進してきました。この動きを見た敬太は、泥棒が振り回してきた短刀をかわしました。
そして、敬太は泥棒の右手を左足で思い切り蹴り上げました。
泥棒は、敬太に蹴られた弾みで持っていた短刀を手放してしまいました。泥棒はすぐに短刀を取りに行こうとしましたが、その前に敬太が立ちはだかりました。
「泥棒どもめ、盗んだヤマノイモを返せ!」
「分かりました……。ヤマノイモはここにあります……。も、もう二度と人の家の物を盗むようなことはしません……」
もう1人の泥棒も、敬太のあまりの強さにその場で降参しました。泥棒は盗んだヤマノイモ3本を敬太に返すと、逃げ出すようにおさいの家から出ていきました。
東に広がる山々から太陽が昇り始めるにつれて、空も徐々に明るくなってきました。そこへ、敬太の後ろのほうから誰かの声が聞こえてきました。
「敬太くん、どうしたの? 台所がかなり騒がしかったし、いつも夜中は閉めている板戸が開いていたけど」
おさいは、台所からの騒がしい声が耳に入って目を覚ましました。寝室から出ると、板の間で寝ているはずの敬太がいないことに気づきました。
「おっかあ、夜中に騒がせてごめんなさい」
「敬太くんは素直な男の子だから、私はそんなことを気にしていないよ。それに、敬太くんは泥棒たちをやっつけるために台所へ行ったかもしれないし」
敬太は、夜中に騒ぐ声を出したことをおさいに謝りました。これを聞いたおせいは、そんなことは気にしていないとやさしい声で言いました。
「おっかあ、泥棒たちをやっつけて、泥棒たちが盗んだヤマノイモを取り返したよ」
敬太は、泥棒たちから取り返したヤマノイモ3本を両手で堂々と持ち上げました。
「敬太くんがいなかったら、他の農家と同じように泣き寝入りするところだったわ。敬太くん、本当にありがとう」
おさいが地面を見ると、敬太が両手で泥棒を叩きつけたときの跡がくっきりと残っています。敬太のおかげで、ヤマノイモを泥棒の手から取り返すことができました。
「ふふふ、敬太くんは力持ちで悪い人をやっつけたりしているけど、こちらのほうはまだまだかわいくて元気いっぱいなところがあるね」
「でへへ、おっかあ、きょうもでっかいのをお布団にやっちゃったよ」
敬太は、自分が付けている赤い腹掛けがぬれていることに気づきました。すると、おさいは家から持ってきたお布団をそのままひっくり返しました。
そのお布団には、でっかくて元気いっぱいのおねしょがベッチョリと描かれています。これだけのでっかいおねしょをお布団にやってしまうのは、敬太をおいてほかにありません。
「敬太くん、今日も元気いっぱいのかわいいおねしょをやっちゃったね」
「ぼくが寝ているときにも、泥棒が家の中に入った夢を見たよ。そのときにおしっこがガマンできなかったので、ぼくのおしっこを泥棒たちの顔面に命中させたよ」
「敬太くんは、夢の中でも泥棒をやっつけたんだね。いつもお布団にでっかいおねしょをやってしまうけど、これも敬太くんが元気な男の子である立派な証拠だよ」
敬太は、夢の中でおしっこを泥棒たちの顔面に命中させたのでうれしそうです。これを聞いたおさいも、でっかいおねしょをするのは元気な男の子のシンボルと敬太を褒めています。
晴れ渡った空が広がる中、おさいの家の庭には敬太のおねしょ布団が物干しに干されています。そして、干されているお布団は敬太のお布団だけではありません。
「えへへ、ぼくもまたやっちゃった」「だれのおねしょがでかいかな?」
「でも、やっぱり敬太くんのおねしょにはかなわないよ」
三つ子の藤吉、藤助、藤五郎の3人も、いつものようにお布団と腹掛けにおねしょをしてしまいました。でも、おねしょの大きさでは敬太にはかないません。
「おっかあ、これからもお布団に元気なおねしょが描けるようにがんばるよ!」
「ふふふ、敬太くんも三つ子も元気いっぱいのおねしょっ子だね。4人とも元気な子供だから、いつもでっかいおねしょをするのは当たり前だよ」
おねしょをしちゃった敬太は、元気な笑顔でお布団への元気なおねしょが描けるようにがんばると言いました。おさいも、おねしょをした敬太や三つ子の頭をなでなでしながら褒めました。
おさいが子供の頭をなでなでするのは、子供を褒めるときのサインです。いつも元気いっぱいのおねしょをしても明るい笑顔でいられるのは、おさいが褒めてくれるおかげです。