その2
子供たちはおんぶや抱っこをしてくれて大満足すると、再びおさいのところへ行きました。
「それでは、ぼくはこの辺で……」
「敬太くん、もしよろしければ、おうちでいっしょに暮らしてくれないかな」
敬太は、再びお父さんとお母さんを探す旅に出るために大きな風呂敷に手を伸ばしました。すると、おさいが敬太の手を握りしめました。
おさいは力持ちで心のやさしい敬太を見て、いっしょに暮らしてほしいと懇願しました。
「えっ、いっしょに暮らしたいというのは分かるけど……」
敬太には、一日でも早くお父さんとお母さんに会いたいという気持ちに変わりありません。しかし、おさいの顔を見ると、敬太のお母さんみたいにやさしくて温かい感じがします。
「ぼくも、敬太くんといっしょにいたいなあ」
「敬太くんといっしょに遊びたい!」「いっしょにここにいようよ!」
子供たち3人も、敬太が他のところへ行ってほしくありません。子供たちにとって、いつもやさしい敬太は自分たちの新しいお兄ちゃんと思い込んでいます。
「それなら、しばらくの間、このおうちでいっしょにみんなで暮らそうかな」
「わ~い、わいわ~い」
「ずっといっしょ、ずっといっしょ」
子供たちは自分たちの家に敬太が暮らすので、足をピョンピョン跳ねながら大喜びしています。
「敬太くん、私たちといっしょにいてくれるんだね。農作業とか手伝いとか山ほどあるけど、きちんとできるかな?」
「ぼくはいつも田んぼの田植えや畑を耕したり、家のお手伝いや川での魚とりとかをいつもやっているから大丈夫だよ」
「農作業だけでなく、敬太くんはいろんなことをやってくれるんだね。これから、田植えとかもあるし、いろいろ大変かも分からないけどよろしくね」
おさいは、農作業やお手伝いをきちんと行う敬太の言葉を聞いてうれしそうな表情を見せています。
そこへ、1人の女の子が右脇に書物やそろばんを抱えながら入ってきました。その女の子は、おさいと似たような袖なしで丈の短い橙色の着物を着ています。
「おっかあ、ただいま」
「かよちゃん、おかえり。寺子屋はどうだったの?」
「今日も先生の言われることをきちんと聞いて勉強したよ」
かよはあいさつをすると、寺子屋での出来事をおさいに話したりしています。
「おっかあ、かよちゃんって、もしかして……」
「かよちゃんは、私が産んだたった1人だけの女の子なのよ」
敬太は、三つ子以外にもう1人子供がいたことにびっくりしています。
「あっ、敬太には私の子供が何人いるか言わなかったのね」
「おっかあの子供は何人いるの?」
「私の子供は全部で5人いるのよ。藤吉、藤助、藤五郎、かよ……」
おさいには5人の子供がいるけど、子供の名前を4人挙げたところで一旦沈黙しました。
「おっかあ、もう1人子供がいるのにどうして言わないの?」
「……なんでもないの。もう1人の子供は春太郎というの」
おさいは、もう1人の子供の名前を言いました。しかし、その言い方は先ほどの4人の子供の名前を言うときとは少し違和感がありました。
「おっかあ、これからみんなの晩ご飯を探しにいくけどいいかな?」
「私たちの家族のことを考えて晩ご飯を探しにいくのはいいけど、できるだけ早く帰らないとダメだよ」
「おっかあ、晩ご飯が見つかったら早く帰るから」
敬太は晩ご飯を探すために庭から出ようとします。すると、三つ子の子供たちが敬太の体にへばりついてきました。
「これこれ、3人ともへばりついていたら、敬太くんが動けないでしょ」
「やあだやだ、敬太くんといっしょに行きたい!」
「ぼくも、敬太くんと晩ご飯を探しに行くんだ」
おさいは、敬太の体にへばりついて動こうとしない三つ子に注意しました。しかし、三つ子は敬太といっしょに晩ご飯を探したいと言って動こうとしません。
「それじゃあ、三つ子もいっしょに晩ご飯を探しに行こうかな」
「わ~い、わ~い」「敬太くんといっしょ、いっしょ」
敬太は、三つ子もいっしょに連れて行くことにしました。これを聞いた三つ子は、足をピョンピョン跳ねたりしながら大喜びしています。
「ケガをしないように、気をつけて行くのよ」
「は~い!」
敬太たちを送り出したおさいは、ケガをしないで無事に帰ってくることを願っています。
「おんぶ、おんぶ、おんぶ」「抱っこ!」
三つ子は早速、敬太におんぶと抱っこをせがんできました。敬太は自分の背中に藤吉と藤助をおんぶして右腕で抱えながら、藤五郎を左腕だけで抱っこしました。
小さい子供を3人もおんぶしたり、抱っこしたりするとかなり重たいはずです。でも、重いものを軽々と持ち上げる敬太にとって、子供のおんぶや抱っこをすることはたやすいものです。
「ご飯を食べると楽しいな~♪」
「今日もおいしいご飯を見つけるぞ~♪」
敬太と三つ子は、歩きながらいっしょに歌を歌っています。しばらくすると、おさいの家から少し離れた山の斜面の手前までやってきました。
敬太は三つ子を地面に下ろすと、山の斜面の辺りをくまなく探しています。山の斜面は草で覆われていますが、その中につる状に伸びているのがあります。それは、細長いハート型の葉っぱが何枚か地上に出ています。
敬太はつる状に伸びているのを見つけると、自分の手を使って少しずつ掘り始めました。掘り続けて行くうちに、土の深さは敬太の両腕がすっぽりと入るほどの深さまで達しました。
手で掘っているので少し時間がかかります。それでも、土を深く掘ったことで何やらおいしそうなものが見えてきました。
さらに深く土を掘ると、そのまま掘り出すことができるようになりました。
「うんしょ、うんしょ、え~いっ!」
敬太が両手で引っぱると、根っこから長く伸びたものが2本も掘り出しました。それは、ヤマノイモと呼ばれるおイモの一種です。
「みんな、見て見て! 長いヤマノイモを掘り出すことができたぞ!」
敬太は三つ子を呼ぶと、掘り出したばかりのヤマノイモ2本を見せました。敬太の体は、地下深くまで両手で土をかき出したのでかなり汚れています。
しかし、敬太は普段の農作業でもよく体を汚しているので、体が土で汚れていても平気です。
「わ~い、晩ご飯、晩ご飯!」「敬太くん、早く食べたい!」
「それじゃ、もう1本掘り出したら家へ帰ろうね」
三つ子は、敬太が掘り出したヤマノイモを見て大喜びです。敬太は、さらに別のところにつる状のものがあったので同じように両手で深く掘り続けました。
敬太がもう一度両手で引っばると、ヤマノイモがもう2本ほど掘り出しました。
ヤマノイモを4本も掘り出すことができたので、敬太と三つ子は歩いて家へ帰ることにしました。
「晩ご飯、晩ご飯~♪」「おイモ、おイモ、食べたいな~♪」
「家へ帰ったら、三つ子にも食べさせるから、それまで待ってね」
三つ子にとって、敬太が掘り出したヤマノイモは大ごちそうです。こうして、敬太と三つ子は晩ご飯を楽しみにしながら家へ向かって帰って行きました。
敬太と三つ子が家へ戻ると、おさいとかよが何やら準備をしているようです。
「おっかあ、ただいま! 山の斜面で長いヤマノイモを4本取ってきたぞ!」
「今日の晩ご飯、晩ご飯~」「おイモ、おイモ~」
敬太は、自分が掘り出したヤマノイモをおさいに見せました。三つ子たちも、足をピョンピョン跳ねながら喜んでいます。
「敬太くん、今日の晩ご飯のおかずをいっぱい取ってきたね。これだけあれば、今日の晩ご飯は子供たちもお腹いっぱい食べられるね」
おさいも、これだけあれば晩ご飯の心配をしなくて済みそうです。そして、敬太の体を見たおさいはにっこりと微笑みながら言いました。
「ふふふ、敬太くんは顔も体も赤い腹掛けも土でいっぱい汚したね。でも、これだけ体をいっぱい汚すのは元気な子供である証拠だよ」
「でへへ、ぼくは農作業をするときに田んぼや畑でいっぱい汚しちゃうよ」
いつも農作業でいっぱい汚すのは、子供にとって当たり前のことです。おさいは、お芋をいっぱい掘り出して体を汚した敬太をやさしく褒めています。
「おっかあ、これから田んぼの水路に行って汚れている体や腹掛けも洗い流すからね! ついでに、そこで家の水を汲んでくるよ」
「敬太くんが水汲みに行ってくれるなら、こちらも大助かりだよ。水汲み用の桶が外にあるから、それを持っていって水を汲んでね」
敬太は、水汲みをするための桶を2つ持っていくと近くの田んぼの用水路へ行きました。
敬太はすぐに水の中に飛び込むと、土で汚れている体や赤い腹掛けを洗い落としました。水はまだ少し冷たいけど、敬太にとっては水の中で遊んだり泳いだりするのが大好きです。
敬太は、ついでに用水路の中へ潜ってみることにしました。そこには、自分が暮らしていた村で見たようなお魚が泳いでいます。
「うわあっ、フナやイワナがいっぱい泳いでいるなあ」
田んぼの用水路には、フナやイワナがたくさんいました。明日の朝ご飯も晩ご飯も困ると言うことはなさそうです。
体がきれいになった敬太は、用水路の水を汲むとすぐにおさいの家へ戻っていきました。
「敬太くん、ご苦労さま。今日はお芋掘りや水汲みといろいろ手伝ってくれて本当にありがとう。明日からも大変だろうけど、がんばってね」
「おっかあ、みんなのためならぼくはどんなことでもがんばるよ!」
おさいは、敬太がいろんなことを手伝ってくれるので大助かりです。敬太は、田んぼの用水路で桶に汲んできた水をおさいに渡しました。
「敬太くん、もしお手伝いが大変だったらあたしもいっしょに手伝うよ」
「でも、かよちゃんもおっかあの手伝いとかするけど、大丈夫?」
「お手伝いするのに、男の子とか女の子とかは関係ないわ。敬太くんが何でもやってくれるのは大助かりだけど、手が回らないところはあたしもおっかあも手伝ってあげるから無理しないでね」
敬太が何でもお手伝いをしてくれるのはいいけど、無理をして体をこわしたら元も子もありません。かよは、敬太に無理しないでほしいと言いました。
「敬太くん、大きな風呂敷に赤い腹掛けとお布団を持ってきたんだね。これなら、こちらでお布団とかお着替えとかを用意しなくてもいいね」
おさいは敬太が背負っていた大きな風呂敷を開くと、お着替え用の赤い腹掛け、寝るときに使うお布団と掛け布団が入っていました。そして、おさいが敬太のお布団を風呂敷から出すと、何やら見つけたかのように布団をのぞいて見ています。
「ふふふ、敬太くんのお布団に黄色いシミがいくつもあるけど、おねしょしたことがあるかな?」
「でへへ、ぼくはいつもお布団と腹掛けに元気いっぱいのでっかいおねしょをやっちゃうんだ」
敬太のお布団には、おねしょの跡である黄色いシミがついていました。でも、敬太にとっては毎日のおねしょが元気のシンボルです。
敬太は少し赤らめながらも、元気な笑顔でおねしょのことを言いました。
「あらあら、三つ子に続いて敬太くんもおねしょっ子なんだね。でも、わたしはおねしょっ子であっても元気にすくすくと育ってほしいし、元気な子供だったらでっかいおねしょをしても当たり前だよ」
おさいは、おねしょをするのは当たり前と敬太にやさしく語りかけました。そこへ、敬太の目の前へ三つ子がやってきました。ちょっと照れそうな表情を見せながら言ってきました。
「えへへ、ぼくたち3人もいつもおねしょをしちゃうよ」
「きょうの朝も、お布団と腹掛けにおねしょをやっちゃった」
「でも、おっかあはおねしょしてもやさしくしてくれるよ」
三つ子は、ちょっと照れそうな表情でおねしょのことを敬太に言いました。
おさいは太陽が西に傾いてきたので、すぐに晩ご飯を作るために台所に入りました。
敬太は、晩ご飯を作るの必要な薪割りをするために庭に出ようとします。しかし、三つ子は敬太の体にへばりついたまま動こうとしません。
「じゃあ、いっしょにお庭に出てみようかな」
敬太の言葉を聞いた三つ子たちは大喜びです。
敬太と三つ子たちがお庭に出ると、そこにはかよがまさかりを使って必死に薪割りをしています。しかし、必死に薪割りをしても1回で割ることがなかなかできません。
「えいっ、えいっ! 晩ご飯を作るための薪を割らないといけないのに」
かよは、早く薪割りをしないといけないと焦っています。かよの後ろには、まだたくさんの薪が積まれています。
「かよちゃん、ぼくが薪割りをするよ」
「敬太くん、薪割りをすることができるの?」
「ぼくは、いつも家でご飯を作るための薪割りをしていたよ」
かよは、薪割り用のまさかりを敬太に貸しました。敬太は、早速そのまさかりで薪を割り始めました。
「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」
敬太は薪割りをするのが日課だったので、まさかりを1回振り下ろすだけで簡単に薪を割ることができました。その後も、後ろに積まれていた薪を次々とまさかりで割っていきました。
そして、敬太はあっという間に薪割りを全て終えることができました。これを見たかよは、びっくりした表情を見せました。
「あたしがしてもなかなかできないことを、敬太くんはいとも簡単にできるんだね」
「ぼくは、いつもやっていることをしているだけだよ」
「敬太くんのおかげで、薪割りが早く終わることができたね。敬太くん、ありがとう」
敬太のおかげで薪割りを早く終えることができたので、かよは敬太への感謝の気持ちでいっぱいです。
「そういえば、おっかあが春太郎くんの名前を言っていたけど、どこにいるのかな?」
「春太郎?」
敬太は、かよに春太郎について聞いてみました。すると、かよは春太郎の名前が出ただけでそっけない表情を見せました。
「少し前までは春太郎がよく手伝ってくれたし、あたしのことも思いやったりしてくれたわ。でも、あの日から春太郎の様子が変わってしまったの」
かよは、敬太に静かな口調で春太郎のことについて話しました。普段なら明るくはきはきとした声で言うことが多いので、敬太は少し違和感を感じました。
「敬太くん、薪割りしたのをおうちのほうへ持っていくのを手伝うよ!」
「かよちゃんも持っていってくれるの? どうもありがとう!」
敬太とかよは、薪割りしたのを家のほうへ2人でいっしょに持って行こうとします。すると、これを見た三つ子がだだをこねました。
「ぼくも薪割りしたの持っていく!」「ぼくも手伝いたい!」
「手伝いたい! 手伝いたい!」
「じゃあ、藤吉くんと藤助くんと藤五郎くんにも薪割りしたのを持っていこうかな。でも、3人とも落とさずに持っていけるかな?」
「ぼくたち、落とさずに持っていけるもん!」
敬太は、三つ子にそれぞれ薪割りしたのを少し持たせました。こうして、敬太とかよ、そして三つ子は力を合わせて薪割りしたのを家へ持っていきました。
「かよちゃん、薪割りが早く終わったね。もしかして、敬太くんに手伝ってもらったのかな?」
「おっかあ、敬太くんのおかげで薪割りが早く終わることができたよ!」
おさいは、かよの薪割りが終わるのがいつもより早かったのでちょっと聞いてみました。すると、かよは敬太が手伝ったおかげと言いました。
「敬太くん、薪割りまでしてくれて本当にありがとう。敬太くんがいるだけで、晩ご飯の準備が早くできるようになったからね」
「おっかあ、ぼくはじいちゃやばあちゃのためにいつもやっていることをしているだけだよ」
薪割りをすることぐらい、敬太にとってはいつも当たり前のことをしているに過ぎません。それでも、おさいはいろんな手伝いをしてくれる敬太への感謝を忘れません。
すると、おさいは敬太の家族のことを聞いて少し気になることがありました。
「敬太くん、じいちゃやばあちゃって、もしかして旅の途中ということ?」
「おっかあ、ぼくは自分を産んだおっとうとおっかあを探しているんだ。そして、おっとうとおっかあを狙っている獣人をやっつけるんだ!」
敬太は、自分のお父さんとお母さんを探していることをおさいに話しました。そして、2人を狙っている獣人をこの手でやっつけると敬太が言ったとき、おさいは少し沈黙しました。
「おっかあ、どうしたの?」
「敬太にはこのことは言わないようにしようと思ったけど、やはり言わなければいけないなあ」
少し沈黙していたおさいは、今まで敬太に言っていなかったことを話し始めました。
「私の夫である庄助さんは……、う、ううっ、山の中へ木こりに行った途中で……、獣人によって殺されてしまったの……。うううっ、ううううっ」
おさいは庄助が獣人によって殺されたことを言うと、そのまま泣き崩れました。
「おっかあ、どうして泣いてるの? ぼくは、おっかあが泣いてるのを見たくないよ」
「敬太くん、ありがとう。でも、私といつもいっしょだった庄助さんとは二度と顔を合わせることができなくて……」
おさいは、敬太に涙を見せまいと涙をこらえようとします。しかし、獣人に殺された庄助のことを思うと、こらえようとした涙を止めることができません。
「おっかあ、庄助さんはどうして獣人に殺されたの?」
「私も、庄助さんが獣人になぜ殺されたかは全く分からないわ。ただ、いつもだったらもっと早い時間までに庄助さんがおうちへ戻ってくるはずなのに……。それに、あの日は春太郎くんも木こりの手伝いをするために庄助さんといっしょに行っていたわ」
おさいは涙を手でぬぐい取ると、敬太に庄助が獣人に殺された日のことを話し始めました。
それは、今から1ヶ月前のことです。おさいの家では、おさいが晩ご飯を作るための準備をしています。かよも三つ子のお世話をしながら、晩ご飯を作るために必要な薪割りをしています。
「もうすぐ日が暮れるのに、まだ庄助さんや春太郎くんがまだ帰ってこないわ。どうしたのかしら」
おさいは、まだ山から帰ってこない庄助や春太郎のことが心配になってきました。
2人は昨日も山のほうへ行って木を切っていたけど、庄助も春太郎も早く帰ってきました。2人とも無事に帰ってくるのを見て、おさいはいつも安心しています。
すると、家の近くで村人たちの声が聞こえてきました。おさいは家の外へ出ると、地面にムシロで巻かれている遺体を前にすすり泣いている村人たちが集まっていました。
おさいは、すぐに村人たちのところへ行きました。すると、そこで見たのはムシロに巻かれて変わり果てた姿になった庄助の遺体と、庄助のそばで泣き続けている春太郎の姿でした。
「うううっ、おっとう、目を開けてくれよ! どうして死ななければならないんだ!」
庄助が死んだと言う事実を信じたくない春太郎は、庄助の体にすがりながら泣いています。これを見たおさいも、庄助の遺体に横たわりながら泣き始めました。
「あなた! あなた! 子供を5人も残してなぜこんな姿に……」
庄助の遺体には、赤紫色に変色するほどの殴られた跡や大きく引っかかれた傷跡がたくさんあります。その殴られた跡や引っかき傷の跡は、人間が殺したとは到底思えません。
「おっかあ、おっとうが木を切っているときにいきなり大きな獣人が現れて……」
春太郎は、おさいに庄助が獣人に襲われたときの状況を話し始めました。
「獣人は、いきなりおっとうの頭を強く殴ると、片手でおっとうを近くの大きな木のほうへ投げ飛ばしたんだ。おっとうも、切ったばかりの木を獣人にめがけて投げたりしたけど、全く効かなかったんだ……」
春太郎は、庄助の変わり果てた姿に涙をこらえることができません。そんな状況の中で、春太郎はおさいに話し続けています。
「そして、獣人はおっとうを何回も大きな木にめがけて投げつけた上に、鋭い爪でおっとうの体を大きく引っかいたんだ。おいらも、おっとうを助けるために獣人のほうへ向かっていったんだ。でも、獣人の鬼のような顔つきと鋭い爪を見て、おいらは恐がって逃げてしまったの……」
春太郎は庄助を助けるどころか、自分自身が獣人を恐がって逃げてしまいました。その結果、父親である庄助を死なせてしまったことに強い後悔を感じています。
「春太郎くん、そこまで思い詰めるように考えなくても……」
おさいは、庄助を死なせてしまったと言う自責の念を抱く春太郎にやさしく語りかけました。しかし、春太郎はその場を動かないまま沈黙していました。
「庄助さんは私たち家族のために農作業はもちろん、木こりや薪割りなどをする働き者だったのよ。そして、春太郎くんに自分の仕事を覚えてほしいと、農作業から薪の割り方など農民として生活するために必要なことを教えていたわ」
おさいは、目から涙を流しながら、敬太に庄助のことをいろいろと話してくれました。
「だけど、庄助さんが死んでしまったあの日から、春太郎くんの様子が変わってしまったのよ。春太郎くんは、自分が強くなるまで山ごもりをすると言い残して家から出て行ったの……」
「おっかあ、春太郎くんが山ごもりをしているのはどこ?」
「分からないわ。春太郎くんがどの山にこもっているのか、本当に心配だわ……」
おさいは、自分から家を出て行った春太郎をとても心配している表情をしています。春太郎は自分が強くなるまで山ごもりをすると言い残しただけで、どの山へ行くのかは全く言わなかったからです。
「おっかあ、明日からぼくが春太郎くんを探しに行くよ。片っ端から探せば必ず春太郎くんも見つかると思うよ」
「敬太くん、峰紅村の周りにはいろんな山がたくさんあるけど、大丈夫かしら」
敬太は、片っ端から探せば春太郎が見つかると言いますが、そう簡単に見つかるものではありません。村の周りにいろんな山があるので、春太郎を探すのは気の遠くなることだからです。
「おっかあ、山へ行けばいろんな食べ物もあるし、いろんなところで晩ご飯を探しながら春太郎くんも探してみるよ」
「じゃあ、晩ご飯を探しに行くついでに、春太郎がいるかどうかも確かめてきてね」
とはいえ、もうすぐ日が暮れる時間なので、敬太が春太郎を探すのは明日以降となりそうです。そして、敬太のお腹からあの元気な音が聞こえてきました。
「ぐぐうううっ~、ぐううっ~」
「あっ、敬太くんったら、お腹がすいた音も元気いっぱいだね」
「でへへ、ヤマノイモをいっぱい取ってきたから、おなかがすいちゃった」
「敬太くん、お腹がいっぱい鳴ったよ」「お腹が鳴った、お腹が鳴った」
敬太にとって、赤い腹掛けをつけているお腹がでっかく鳴るのは元気な子供である証拠の1つです。お腹がでっかく鳴ると、その分だけご飯をいっぱい食べることができるからです。
おさいは、今日の晩ご飯もみんなでおいしく食べることができることを楽しみにしています。