その25
ここは、村の中心からさらに山の中に入った山奥の村です。
敬太がおじいちゃんとおばあちゃんといっしょに暮らしていた小さな家に、新しい家族が加わりました。敬太のお父さんとお母さん、そして赤ちゃんの次助に子犬のワンべえです。
6人と1匹で暮らすようになって、家の中はますますにぎやかになっています。もちろん、敬太は旅に出る前と同じように、畑仕事や木こりの仕事をしたり、水汲みなど家のお手伝いを一生懸命に行うことに変わりありません。
「敬太くんは、本当に家族思いの子供なので安心してまかせることができるなあ」
「ぼくたちも、敬太くんにまかせっきりにならないようにしないとな」
敬太が川から水を汲んできたのを見て、剛吾やおあゆをはじめとする家族はその様子に目を細めています。家の手伝いを一通り終えた敬太は、ワンべえといっしょに遊びに行こうとするところです。
「みんな! 池のほうへ行って遊んでくるからね!」
「敬太くん、気をつけて行かないといけないよ」
敬太とワンべえが山道を駆け下りて向かう先は、寺子屋の近くにある大きな池です。かけっこで走り駆ける途中、敬太たちが顔を合わせたのは寺子屋の先生にして師匠の康之助先生です。
「敬太、相変わらずはりきっているなあ。これからどこへ行くのかな?」
「康之助先生、これから近くの大きな池へ泳ぎに行くところだよ!」
敬太は右手を握って腕を曲げると、康之助先生からの一声に対して元気いっぱいの大きな声で答えました。
「それにしても、敬太がここへ戻ったときの姿にはとてもびっくりしたぞ。だって、敬太が獣人と同じ姿をしていたからなあ」
康之助先生は、この村へ戻った敬太と再び出会ったときのことを思い出しました。お父さんとお母さんを探す旅の前の姿を知っていれば、獣人姿の敬太を見たら驚きを隠せないのも無理ありません。
それでも、獣人姿の子供が敬太であることが分かったのは、いつも赤い腹掛けという格好であるからです。康之助先生は、さらに敬太への言葉を続けました。
「そうそう! 敬太はあの目印を寺子屋へ持ってきたよね」
「うん! ぼくがここへ持ってきたおみやげだよ!」
康之助先生は、寺子屋の中へいったん入ってから再び敬太とワンべえのそばへ戻ってきました。敬太は、康之助先生の右手に持っている薄い布が何なのかすぐに分かりました。
「敬太が持ってきたこの目印を見たけど、薄い布にこれだけのでっかいおねしょをするのは本当にすごいなあ!」
「でへへ、これを敷いて寝ていたらこんなに元気なおねしょの目印ができちゃった」
「これだけの目印が作れるのは敬太くんだけなんだワン!」
薄い布に描かれている敬太のおねしょは、何回もやってしまったおかげで大きくて黄色いシミが重なるように広がっています。でも、それは敬太がいつも元気な子供である立派な証拠でもあります。
「まあ、こんなにやっちゃっても笑顔を絶やさないのが敬太のいいところだし」
康之助先生は、敬太が描いたおねしょの目印を広げながら目を細めています。敬太も、自分が作った元気さを示すものを見て照れながら笑っています。
そこへ集まってきたのは、敬太といっしょに寺子屋で勉強する子供たちです。ここにいる子供たちは、敬太がいつもおねしょするのをみんな知っています。
「わあっ! これって、敬太くんのおねしょで作ったの?」
「わ~い! 敬太くんのおねしょ! おねしょ! おねしょ!」
いまだに治らないおねしょのことをはやし立てられても、敬太は明るい笑顔で堂々と仁王立ちしています。おねしょは、敬太が元気な男の子として自慢できるものだからです。
「どんなにおねしょしたって、ぼくは全然平気だもん! おならだっていつもこんなに元気だぞ!」
敬太はその場で高く飛び上がると、みんなに自慢しようとお腹へ力を入れました。
「プウッ! プウッ! プウウウッ! プウウウッ! プウウウウウウウウウウ~ッ!」
大の字になって空に浮きながら放ったのは、敬太のでっかい5連発のおならです。大きなイモをいつも食べる敬太であるだけに、元気いっぱいに出た大きなおならの音はみんなの耳にも入りました。
1回転して着地した敬太は、みんなの前で両腕を曲げて力こぶを見せながら照れ笑いしています。
「康之助先生、きょうもでっかい音のおならがいっぱい出ちゃったよ」
「あれだけのおならが出るとは、敬太は相変わらずすごいなあ」
敬太が赤い腹掛け姿で元気さを見せつけたことに、康之助先生も笑顔を見せながら敬太の子供らしさに納得している様子です。
みんなの前で手を振って別れると、敬太はワンべえとともに近くにある大きな池へ駆け足で向かいました。川や池で泳ぐのが大好きな敬太は、暑い夏がくるのを楽しみにしていました。
「ワンべえくん、これから池の深いところまで潜っていくからね!」
「敬太くん、くれぐれも気をつけてほしいワン」
ワンべえの心配をよそに、敬太はいつものように池の中へ潜っていきます。敬太は、深いところへ潜ることにすっかり慣れています。
「巨大ナマズさん、どうしているのかな?」
敬太がこの池へ深く潜る理由、それは旅の途中で出会った巨大ナマズがここにいるからです。池の底へ近づくと、巨大な魚らしきものが敬太を出迎えてくれました。
「巨大ナマズさん、今日も遊びにきたよ!」
「はっはっは! ここで敬太と会うことができるとは夢のようだなあ」
巨大ナマズは、おせいやお寺にいる男の子たちといっしょにいた敬太のことを覚えています。そんなナマズが、どうして寺子屋の近くにある池の深いところにいるのには理由があります。
「おれ様は不覚にも池に通ずる川の流れに飲み込まれてしまって、誰も知らないこの池へ迷い込んでしまったのさ……。そんなおれ様にとって、この池で敬太にまた出会うとは夢にも思わなかったぜ」
口の悪いナマズですが、心のやさしさは敬太にも十分伝わっています。
「思えば、前の池にいたころにおれ様の縄張りへ敬太が恐いもの知らずに入ってきたのが出会いの始まりだったな。おれ様にしがみついた敬太を振り落とそうと水面から飛び出したときに、敬太が思い切り5回も続けておならをしたのをまだ忘れていないぞ」
「でへへ、親イモをいっぱい食べたおかげで大きなおならがいっぱい出ちゃったもん!」
敬太とナマズは、初めて出会ったときのことを笑いながら話しています。そんな巨大ナマズも今では自分から縄張りを決めるようなことはせずに、この池で他の魚たちとなかよく暮らしています。
「わあっ! 池の中にもいっぱい魚がいるんだね」
「おれ様も昔みたいに暴れるようなことはしなくなったよ。今では、こうやって池の底から魚を眺めるのが一番の楽しみさ」
巨大ナマズは、お互いに戦ったり協力しあったりした敬太の顔を見ながら目を細めています。そんな敬太は、巨大ナマズに再びしがみついて空中へ飛び上がりたいという思いがこみ上げてきました。
「ねえねえ! あのときみたいに巨大ナマズさんにしがみついて飛び上がりたいの!」
「おれ様の泳ぎ方はとても荒々しいから、振り落とされても知らないぞ。それでもやりたいのなら止めないけど」
ナマズ自身から危険と言われても、敬太の強い思いが変わることはありません。敬太はナマズの背中に足をまたいで乗ると、振り落とされないように全身でしがみつきました。
「敬太よ、落ちないようにしっかり捕まっておけよ!」
敬太を乗せた巨大ナマズは、さっそく水中を縦横無尽に泳ぎ始めました。その動きは、敬太と初めて出会ったときに水中で暴れまくったのとほぼ同じです。
「普段はすっかりとおとなしくなったおれ様だが、いざとなったときにはこういう動きだってまだまだできるぜ」
巨大ナマズは、ひょんなことから再び出会った敬太の思いに応えようと激しく泳ぎ回っています。あまりにも早いナマズの動きですが、敬太のほうも水中に落ちないように必死にしがみついています。
そして、敬太がしがみついた巨大ナマズは深い池の中から一気に水面へ向かって上がっていきます。
「敬太! 空中へ飛び上がるから気をつけろよ!」
巨大ナマズは敬太とともに水面から勢いよく飛び出すと、水しぶきを上げながら空中に浮かび上がりました。
「うわ~い! やっぱり巨大ナマズさんはすごいなあ!」
「そんなにすごいのか! それならまだまだ行くぞ!」
ナマズの動きは水中に潜っては再び水面から飛び出したりしますが、あまりの暴れっぷりに敬太も思わず振り落とされそうになります。それでも、敬太はすっかり友達になった巨大ナマズに捕まりながらいっしょに池の中の遊泳を続けています。
「いろんな魚がきれいな水の中でたくさん泳いでいるね」
「おれ様も池の中を泳ぎ回っているから、エサとなる魚がどんなものか敬太よりも知っているぞ」
池の底で暮らす巨大ナマズは、自らの主食である魚の種類にとても詳しいことを自慢げに話しています。
「ぼくも、この池の魚を取ってもいいかな? 取った魚を今日の晩ご飯でみんなが食べるおかずにするんだ」
敬太は、川や池に入っていろんな魚を捕まえるのが大好きです。池の深いところでナマズの背中から降りると、水中で泳ぐフナやハゼを次々と手にしました。
敬太は、取ったばかりの魚を腰につけたスカリの中に入れています。
「巨大ナマズさん、こんなに魚が取れたよ!」
「敬太、取った魚は残さずにちゃんと食べないといけないぜ」
自慢するように取れたての魚を見せようとする敬太の姿に、巨大ナマズは目を細めながら眺めています。
「また遊びにくるからね!」
「気をつけて家へ帰るんだぞ」
池の中でいっぱい遊んだ敬太は、水面まで上がって顔を出すとほとりにいるワンべえに手を振りました。
「ワンべえくん! 魚をいっぱい取ってきたからね! ワンべえくんの分もあるよ!」
敬太の元気な声に、ワンべえもうれしそうにしっぽをピュンピュン振っています。池から上がった敬太は、ワンべえといっしょに自分の家がある山奥へ向かうことにしました。
「敬太くん、今日の晩ご飯が楽しみだワン!」
敬太とワンべえは、いつも楽しみにしている晩ご飯のことを話しながら駆け足で走っていきます。
こうして、よく食べて、よく遊んで、そして家の手伝いもきちんと行う敬太の姿は、お父さんやお母さん、そしておじいちゃんやおばあちゃんにとって自慢の宝です。
もちろん、赤ちゃんの次助のお世話も敬太がいつも行っていることです。腹掛けをつけている次助は、まだしゃべることができないので何かを訴えようと大きな泣き声を上げます。
「うええええええええ~んっ! うえええええええええ~んっ!」
「次助くん、そんなに泣かなくても大丈夫だからね」
敬太は、次助を両手で抱きかかえるとそのまま自分の顔の手前まで持ち上げようとします。すると、さっきまで泣いていた次助はいつの間にか満面の笑顔に変わりました。
「キャッキャッ、キャッキャッキャッ」
次助はあまりの元気の良さに、敬太に抱かれたままで手足をバタバタ動かしています。その姿に、敬太が目を細めていたそのときのことです。
「ジョパジョパジョジョジョジョ~ッ、ジョジョジョジョジョジョ~ッ」
「うわっ!」
次助は、敬太の顔面に向かって元気いっぱいのおしっこを命中させています。いきなりのおしっこ攻撃に、敬太も思わず声を上げてしまいました。
でも、元気な子供がおしっこをするのは当たり前のことです。それは、敬太も次助も同じです。
「次助くんは、いつも元気いっぱいだもんね」
「キャッキャッキャッ、キャッキャッキャッ」
次助のおしっこは、お兄ちゃんになった敬太へのあいさつ代わりです。それを知っているからこそ、敬太はおしっこをひっかけられてもいつも通りの笑顔を見せています。
おあゆは、その様子を見ながらほほえんでいます。
「次助くんのお世話をしてくれて、本当にありがとうね」
元気でかわいい男の子と赤ちゃんのおかげで、山奥にある敬太の家族はいつもにぎやかです。
そんな敬太は、夜中に旅の途中で出くわした獣人たちと戦う夢を見ていますが……。
「ふはははは! 敬太よ、この先へ行こうたってそうはいかないぜ!」
「放してよ! お、おしっこがもれそう……」
恐ろしい獣人にわしづかみにされた敬太は、おしっこがしたくて必死に足をバタバタさせています。そんな敬太につけ込もうと、獣人は不気味な声で言葉を発しています。
「おめえの苦しむ顔を見るのが、おれにとって楽しみってもんだぜ! ふはははは!」
「んぐぐぐぐぐっ……」
獣人が怪しげな笑みを見せる中、敬太は敵の顔の手前で両足を大きく開きました。
「ジョパジョパジョパ、ジョパジョパジョジョジョジョジョジョ~ッ」
「うわっ! おれの顔におしっこをするとは……」
敬太は、獣人の顔を狙うかのように大量のおしっこを命中させています。ここぞとばかりに、敬太は今までガマンしていたのを一気に出し続けています。
「やめろ! 頼むからやめてくれ!」
獣人がわめき声を上げているのを横目に、敬太は元気な笑顔を見せながらおしっこをしています。
そんなとき、敬太は目の前にいる獣人の姿が消えると、周りの風景も次第に消えていきました。
敬太が目を覚ますと、そこにはやさしい顔つきで見つめるお父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの姿があります。
「敬太くん、どんな夢を見たのかな」
「でへへ、今日も獣人の顔におしっこをいっぱい命中させた夢を見たよ!」
敬太は、自ら掛け布団をめくってそのまま起き上がりました。掛け布団をめくると、そこにはでっかいおねしょが見事に描かれています。
「今日もこんなに元気いっぱいのおねしょをしたよ! すごいでしょ!」
「はっはっは! お兄ちゃんになっても、敬太くんのおねしょは相変わらずだなあ」
みんなの前で堂々とおねしょを見せる敬太の姿に、剛吾は思わず高笑いしています。それにつられるように、他のみんなもやさしい笑顔で敬太を見つめています。なぜなら、敬太がおねしょするのはいつも元気である何よりの証拠だからです。
「キャッキャッ、キャッキャッキャッ」
お母さんに抱かれた次助のかわいい笑みに、敬太は照れながらもいつもの明るい表情で堂々と立っています。おねしょで赤い腹掛けがぬれても、敬太はそんなことを気にしません。
物干しにいつものように干されている敬太のおねしょ布団は、たまたまやってきた寺子屋の康之助先生に見られることになりました。
「あ~っ! 敬太、今日もおねしょをやっちゃったのか」
「でへへ、スイカをいっぱい食べたおかげでこんなにいっぱい出ちゃったよ!」
おねしょの大失敗をしても平気な敬太の姿に、康之助先生も思わず笑みがこぼれています。強敵の獣力王を倒した敬太ですが、おねしょが治るのはまだまだ先のことになりそうです。
そんな敬太をやさしく見守る家族に囲まれながら、にぎやかな笑い声が山奥に響き渡っています。




