その24
その日の夜、雪が降り積もる中で大きなほら穴にいる敬太たちはすやすやと眠っています。生まれたばかりの次助も、お母さんの隣でかわいい寝顔を見せています。
すると、薄い布を敷いた上で寝ていた敬太が目をこすりながら起き上がりました。
「お、おしっこがもれそう……」
敬太が目を覚ましたのは、おしっこがしたくなったからです。うとうとしながら立ち上がると、その足でほら穴の外へ出てきました。
「も、もうガマンできない……」
腹掛けの下を両手で押さえながら、敬太は小走りでおしっこができそうな場所を探しています。しかし、冷たい風と雪が襲い掛かる真夜中の山道とあってなかなか見つかりそうにありません。
ほら穴の左隣にある雪壁のほうへ足を進めると、敬太はガマンしていたおしっこを一気に出そうとします。
「ジョパジョパジョパ! ジョパジョパジョパ! ジョジョジョジョジョジョ~ッ……」
敬太は、ガマンの限界となったおしっこを雪壁に向かって命中し続けています。苦しそうだった表情も、ホッとした様子でいつもの明るい笑顔に変わってきました。
やがて、夜が明けて太陽が遠くの山々から顔をのぞかせると、ほら穴にいる敬太たちも眠りから覚まそうとしています。
「敬太くん、起きたかな」
「お、おっとう……」
敬太はお父さんの声で目を覚ますと、すぐに飛び起きてほら穴の外へ駆け出しました。剛吾は、敬太が今まで寝ていた薄い布のほうを見ようとしています。
そんなとき、敬太の元気な声がほら穴の中まで聞こえてきました。
「おっとう! ほら穴の外へ出てきて!」
敬太の大きな声に、お父さんは薄い布を手で握ってから外へ出てきました。
「こっちを見て! こっちを見て! ぼくが夜中に起きて外でしたおしっこ、こんな形に凍っているよ!」
敬太は、ほら穴の横にでき上がったでっかくて黄色く凍った水しぶきのような形が壁に出来上がったのを剛吾の前で自慢げに言っています。それは、まるで敬太が毎朝のようにお布団にやってしまうおねしょに似ています。
「おっとう! すごいでしょ!」
「はっはっは、敬太くんがいつもしちゃうおねしょみたいだなあ!」
お父さんは笑い声を見せながら、手に持っている薄い布を見ました。それを見た途端、お父さんは思わず声を上げてしまいました。
「敬太くん! ついにおねしょをしないようになったんだね!」
剛吾が両手で広げたその布には、ぬれているようなところが全く見当たりません。いつもおねしょをしてしまう敬太からすれば、生まれてから初めての出来事にうれしさを隠せません。
「うわ~い! 初めておねしょをしないで起きることができたぞ!」
敬太は、雪が降り積もる地面の上を何度もピョンピョンと飛び跳ねながら大喜びを表現しています。うれしさを隠せない敬太ですが、調子に乗りすぎて着地したときに自らの足を滑らせてしまいました。
そして、敬太が足を滑らせてそのまま尻餅をついたそのときのことです。
「ジョパジョパジョパ、ジョジョジョジョジョジョ~ッ……」
敬太の周りには、おもらししちゃったおしっこが雪の上に広がっています。黄色く広がったその水たまりは、山奥の厳しい寒さで次第に凍っていきます。
この様子を見たお父さんは、尻餅をついた敬太を起こしながらやさしく声を掛けています。ほら穴から出てきたワンべえも、敬太のそばへ寄ってきました。
「敬太くん、おもらししちゃったのかワン」
「おねしょはしなかったけど、おもらしのほうは相変わらずみたいだね」
「でへへ、おもらししちゃったところをおっとうとワンべえくんに見られちゃったよ」
敬太は、おもらしで凍った黄色い水たまりに照れ笑いしています。
どんなに寒い中であっても、敬太は赤い腹掛け1枚だけの格好で元気いっぱいです。そして、ほら穴の左隣と雪の積もった地面にでき上がったおしっこの跡は敬太の元気さをそのまま示しています。
外から聞こえるにぎやかな笑い声に、ほら穴にいるおあゆも上半身を起こして次助におっぱいを与えながら笑みを浮かべています。
「ふふふ、敬太くんも相変わらず元気いっぱいだし、村のほうへ戻ったらまたにぎやかになりそうだね」
新しい赤ちゃんの誕生に加えて、元気さと子供っぽさを持つ敬太と再びいっしょに暮らせるとあって、お母さんは家族みんなで村へ戻るのを今から楽しみにしています。
やがて、お母さんの体調のほうもすっかりとよくなりました。お母さんの手に抱かれているのは、かわいい寝顔を見せている次助の姿です。
そこへやってきたのは、寝起きするときに使う薄い布を手にした敬太です。敬太は、お母さんに何か見せようと自らの薄い布を両手で広げました。
「ふふふ、もしかして今日もやっちゃったのかな?」
「おっかあ、きょうも元気なおねしょをしちゃったよ! すごいでしょ!」
敬太が満面の笑顔を見せながら広げたのは、見事にやってしまったでっかいおねしょです。そのおねしょの大きさは、敬太がいつも元気いっぱいであることをそのまま表しています。
「はっはっは! これなら。村へ帰るときの目印にぴったりだぞ」
「これさえ持っておけば迷うことはないワン」
敬太が持つ薄い布は、家族で村へ戻るのにうってつけの目印となります。なぜなら、こういったのを目印にする者は他にはいないからです。
「さあ、そろそろ敬太くんがいた村へ戻るとするかな。敬太くん、ここから村へ戻る道は分かるかな?」
「おっとう! 心配しなくても大丈夫だよ! ぼくがみんなを村までいっしょに連れて行くからね!」
こうして、敬太たちは雪が降り積もった山道を踏みしめながら村へ向かうことになりました。お母さんも、赤ちゃんの次助を大事に抱えながら後をついていきます。
いったん治りかけた敬太のおねしょも、次の日からまた毎日のようにやってしまうことになりました。敬太が歩きながら両手で広げるおねしょの目印は、どんなに強くても幼さの残る子供っぽさを隠すことができません。