その20
光の中から現れたのは、大権官たちが一体化した恐ろしい敵の姿です。全体が筋肉のかたまりで覆われているのはもちろんのこと、両手両足には鋭いつめが生えています。
「おれの名前は獣力王だ。大権官と力獣はあくまで仮の姿ということさ」
「何だと! どういうことだ!」
「おれはこの世界を支配して人々を震え上がらせるために、獣人たちの一団を率いてここに獣岩城を築いたわけさ」
獣力王は、恐ろしい顔つきで敬太を震え上がらせようと自らの口から言葉を発し続けています。
「そんなおれたちの野望をおめえがことごとくぶち壊しやがって……」
怒りに満ちた最強の敵は、起き上がって待ち構えようとした敬太にいきなり体当たりを食らわしました。その強烈な勢いに、敬太は弾き飛ばされるように叩きつけられました。
「い、いてててててっ……。いきなり攻撃しやがって!」
敬太は、強敵の獣力王に真正面から再び向かっていきます。こんなところで負けるわけにはいかないと、敬太は獣力王を持ち上げようと力こぶを入れながら相手の体をつかみました。
そんな敬太をあざ笑うかのように、獣力王は敬太を右手で無理やりわしづかみにして持ち上げていきます。
「うりゃあっ! うりゃあっ! うりゃうりゃあっ!」
獣力王は、自らの手でつかんだ敬太を床に何度も叩きつけていきます。仰向けに倒れた敬太の姿を見て、獣力王はさらに攻撃を加えていきます。
「死ねえ! どりゃあっ! どりゃあっ!」
「う、うわっ!」
敬太は獣力王から強烈な足蹴りをまともに受けると、そのまま後方へ蹴り飛ばされました。この様子に、獣力王は高らかに笑い声をあげました。
「ぐはははは! あれだけの力を持つ敬太のぶざまな姿をこの目で見るのが、本当に楽しみでたまらないぜ!」
続けざまに攻撃を食らった敬太ですが、痛みに耐えながらも何とか起き上がろうと必死です。お父さんやお母さんのためにも、ここでくじけた姿を見せるわけにはいきません。
「ま、まだまだあきらめないぞ……」
傷だらけになっても、敬太は相手への気迫を見せようと立ち構えています。そんな敬太をせせら笑っているのは、攻撃で優位に立っている獣力王です。
「相変わらず強気のようだけど、おれの攻撃にいつまで耐えられることができるかな」
「こんなところでやられるぼくじゃないぞ!」
敬太は歯を食いしなりながら、強敵の獣力王へ向かって走り駆けています。この動きを見た獣力王は、再び自らの力を見せつけようと右足で蹴り上げようとします。
「うりゃあうりゃあっ!」
「ぐっ! うぐぐぐぐぐぐぐっ!」
敬太は、獣力王が放った凄まじい威力の蹴りを自らの体で受け止めています。足腰を使って食い止める敬太の姿は、最大の敵が相手であっても絶対に倒すという思いが込められています。
「な、なぜだ……。おれが力を込めた一撃が……」
「ぐぐぐぐぐっ……。まだまだあきらめないぞ!」
敬太は、その体勢のままで獣力王を前へ押そうとします。必死にこらえようとする獣力王ですが、力こぶを入れた敬太の凄まじい怪力に左足がよろけてきました。
「うわうわっ! わわわわあああああっ……」
獣力王は、仰向けの状態で尻餅をつくように後ろへこけてしまいました。相手の強烈な攻撃に苦しんだ敬太は、ここから一気に反撃に転じようとします。
「獣力王! 今度はこっちからいくぞ!」
敬太は仰向けのままの獣力王に向かって飛ぶと、空中で1回転してからうつ伏せの格好で相手を抑え込みました。
「そんな小さな体で何ができる……。う、うぐぐぐっと……」
敬太は獣力王の首に両手を入れると、強い力で絞めていきます。最強の敵も、首を絞められては声を出すこともままなりません。
「うぐぐぐぐぐぐっ……。息が……」
「まだまだ!」
さらに続く敬太の首絞め攻撃ですが、獣力王のほうも両足を激しく動かしてこの状況から逃れようと懸命になっています。
「うわっ! わわわわっ!」
獣力王は仰向けからうつ伏せに返して敬太の首絞めを解くと、今度は仰向けになった敬太を上から強く押さえ込んでいます。
「さっきはよくもやりやがって! この場でおめえを地獄へ送ってやるからな!」
「うぐぐぐっ……。ぐぐぐぐぐぐぐっ……」
最大の危機を迎えた敬太ですが、剛吾とおあゆを助けるためにもここでくたばるわけにはいきません。敬太は、ありったけの力で獣力王を持ち上げようと歯を食いしばっています。
「うぐぐぐぐぐぐぐっ! うぐぐぐぐぐぐぐっ!」
「どうあがいてもここから脱出することなど……。う、うわわっ!」
敬太は、巨大な岩のように重そうな獣力王の体を両腕の力で持ち上げています。仰向けのままで力こぶを入れて持ち上げた敬太の顔つきは、この状況から脱出したいという強い思いをのぞかせています。
そんな状況の中、剛吾は汗をにじませながらなかなか開かない石の引戸を開けようと繰り返しています。目いっぱいの腕力で無理やりこじ開けると、固く閉ざされた引戸をようやく開くことができました。
けれども、その引戸は獣岩城から脱出する通路ではありません。そこは、大量のイモを蓄えている場所です。
「ここから脱出できると思ったのに……」
剛吾は、石の引戸を開けた場所を見てがっくりと肩を落としています。一方、ワンべえは床に転がったイモを見てすぐに口を開けて食らいつきました。
よほどお腹がすいていたのか、ワンべえは大きなイモを口から離さずに食べ続けています。その途中で後ろを振り向くと、敬太と獣力王が一進一退の戦いが続いている様子を目にしました。
「敬太くん! 大きなイモがあったから今から投げるワン!」
ワンべえの元気な叫び声に、そばにいる剛吾とおあゆはすぐに反応しました。2人は、敬太が赤ちゃんだったときにイモを食べ与えていたことを思い出しました。敬太がイモを口にしたときのおいしそうな笑顔を、お父さんもお母さんも忘れていません。
「おっとうとおっかあのためにも、ここで負けるわけにはいかないもん!」
敬太は、お父さんとお母さんへの思いを今まで忘れることなく持ち続けています。ここでくじける姿を見せたくないのはそのためです。
「ぐぐぐぐぐぐっ! ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ! えええ~いっ!」
「う、うわわわわわっ! あんな状態からどうして……」
敬太は全身の力で歯を食いしめながら獣力王を起こすように持ち上げると、その勢いで相手の敵は思わず後ろへ転げるように倒れました。
すぐさま立ち上がった敬太は、後ろから聞こえるお父さんの声に反応しました。
「敬太くん、大好きなイモを投げるからちゃんと受け取ってくれよ!」
「おっとう! 受け取ったら残さずにすぐ食べるからね!」
敬太は、剛吾が次々と投げた大きなイモを手にしようと左足から飛び上がりました。空中に浮かぶ2個のイモを手にすると、1回転して着地してから口に入れていきます。1個食べ終わると、もう1個のイモもすぐに生のままで丸かじりしています。
「あのチビが攻撃を仕掛けてこない今のうちに……」
イモをほおばっている敬太の様子に、獣力王は反撃する好機を逃すまいと起き上がって立ち構えます。そこから一気に襲い掛かろうと敬太の体に手を掛けようとします。
その気配に気づいた敬太は、相手からの攻撃を間一髪のところで飛び上がるようにかわしました。すると、敬太の額から強い光がまぶしく輝きだしました。
「うわわわっ! 本当にまぶしい……」
光の中に包まれた敬太の額に現れたものこそが、獣人の子供である証拠といえる紋章です。けれども、今回はそれだけにとどまりません。
なんと、敬太の体の色が人間に近い肌色から獣力王と同じ緑色に変わりました。
「人間の姿に変わった獣人同士の間で生まれたからには、獣人の姿になることはないはずなのに……」
獣力王は、空中に浮かぶ敬太の獣人姿に驚きを隠せません。