その13
階段を上り切って3階に足を踏み入れた敬太とワンべえですが、周りを見回しても誰1人見当たりません。
「獣人め、どこにいるんだ」
「敬太くん、不意打ちに気をつけてほしいワン」
敬太たちは、この部屋に漂う不気味な静けさに戸惑っている様子です。そんなとき、敬太の耳元にかすかな音が聞こえてきました。
「ワンべえくん、危ない!」
そばにいるワンべえを抱きかかえると、敬太は素早い動きで格子窓のほうへ移動しました。敬太たちの前に現れたのは、大きいまさかりを右手に持った鋭い目つきの獣人の姿です。
「ふはははは! わしの動きをよく読み取ったな!」
「獣人め! いきなり攻撃をしやがって!」
敬太は拳を握りしめながら、獣人に向かい合うように立ち構えています。相手の獣人が持っているまさかりは、柄の部分に鎖がついていて自由自在に投げることができます。
「おめえごときのチビなんぞ、これで真っ二つにしてやるわ!」
「うわっ!」
「ほれほれ、逃げてばかりじゃ何も始まらないぜ」
獣人が思い通りに投げつけるまさかり攻撃に、敬太はかわすのが精一杯です。このままだと、自分だけでなくワンべえにも命の危険が及びかねません。
「ワンべえくん、とりあえず下の階へ降りて!」
「敬太くん、本当に1人で大丈夫なのかワン?」
「やってみなくちゃ分からないけど、絶対に倒して見せるからね!」
敬太は、ワンべえを安全なところへ身を潜めてほしいという思いがあります。そんなやさしさに、ワンべえは1人で戦う敬太への不安を感じつつも2階のほうへ駆け下りていきました。
そんな様子に、獣人は自らの武器を握りながら不気味な笑みを浮かべています。
「敬太め、1人でわしに立ち向かうとは……。本当に無謀なチビだなあ」
「どんな強い相手だって、ぼくは最後まであきらめないぞ!」
威圧感のある顔つきを見せる獣人ですが、敬太のほうも気迫では絶対に負けません。
「武器なんかなくたって、絶対に負けないからな! とりゃあっ!」
「おめえみたいな攻撃なんぞ、すでにお見通しなんだよ!」
真正面から攻撃を加えようとする敬太ですが、獣人はその動きを見てまさかりを投げつけてきます。
「わわわっ!」
「どうした! さっきの威勢のよさはどこへ行った!」
とっさにかわした敬太ですが、獣人が繰り出すまさかり攻撃になかなか近づくことができません。けれども、こんなことぐらいであきらめる敬太ではありません。
「あの方法を使えば……」
敬太は、獣人の横にある格子窓のほうへ飛び上がりました。この動きを見た獣人は、不気味な笑い声を上げています。
「そうやって逃げようたって、わしにはお見通しなんだよ!」
正面から攻撃を仕掛けない敬太の姿に、獣人は小笑いするように見下しています。そんな獣人ですが、敬太がどこから攻撃するのかまだ気づいていません。
東の格子窓に足をついた敬太は、すかさず北の格子窓へ向かって飛びました。そこから一気に反撃に出ようと、敬太は北の格子窓を左足で踏み込みました。
「獣人め! まだまだあきらめないぞ! とりゃあああああっ!」
「グエッ! このわしが不意打ちをもろに食らうとは……」
敬太は平行に飛びこむようにしながら、獣人の背中に向かって強烈な頭突きを食らわしました。不意をつかれた獣人は、そのままうつ伏せになるように床へ倒れ込みました。
形勢逆転を果たした敬太は、そのまま獣人の背中にまたがってさらに攻撃を加えていきます。
「これでどうだ!」
「ぐぐぐぐぐっ……。これくらいの攻撃でくたばるわしではないわ!」
「わっ、わわわわっ!」
敬太が首絞め攻撃をかけようとすると、獣人は敬太を払いのけるようにいきなり起き上がりました。獣人はその場で立ち上がると、思わず床に落ちた敬太に向かって大きなまさかりを振り下ろしました。
「わわっ! わわわっ!」
「これでおめえを地獄へ送ってやるわ!」
「こ、こんなところで死んでたまるか……」
敬太は上体が起き上がった状態で、獣人のまさかりを両手で合わせて受け止めました。その気迫は、自分のお父さんとお母さんに早く会いたいという敬太の強い気持ちを表しています。
「な、なぜだ……」
「ぐぐぐぐぐっ……。獣人め、まだあきらめたわけではないぞ!」
敬太が再び立ち上がると、獣人への強い怒りをぶつけようと間髪入れずに真正面から突っ込みました。
「えいっ! えいっ! えいっ! とりゃあああっ!」
立て続けに拳や蹴りを食らわせる敬太ですが、獣人は全くビクともせずに平然としています。
「ふはははは! おめえの力はこの程度か」
「獣人め……」
不気味な笑みを漂わせる獣人ですが、敬太はまだ攻撃を緩めません。敬太は足腰に力を入れると、凄まじい力で獣人を一気に押していきます。
「ぐぐぐぐぐっ……。これがぼくの力だ……」
「こ、こんなチビのどこにあれだけの力があるんだ……」
敬太は歯を食いしばりながら、自分よりも図体の大きい敵を少しずつ押し出していきます。さすがの獣人も、敬太の気迫の強さに押されるばかりで反撃することができません。
北の格子窓がある壁に獣人を押しつけると、敬太は大きなまさかりを握る獣人の右手を狙おうと強烈な飛び蹴りを食らわせようとします。
「え~いっ! とりゃああっ!」
敬太によって足蹴りを放つと、そのはずみで獣人が握っていたまさかりが右手から離れてしまいました。
「くそっ、このチビめ!」
「獣人め! そうはさせるか!」
獣人は怒りに満ちた表情で、床に落ちたまさかりを取ろうと手を伸ばします。それを見た敬太は、獣人が手にする前に素早くまさかりを握りしめました。
敬太はそのまさかりを手にすると、何を思ったのか南側の格子窓に向かって投げつけました。力いっぱい投げた大きなまさかりは、格子窓を突き破って外へ出ました。
「あっ! わしのまさかりが……」
「こんなものなんかなくたって、この力で倒していくぞ!」
これで、敬太が得意とする力勝負に持ち込むことになりました。しかし、目の前にいる獣人は武器を持っていなくても他の獣人連中とは力強さは比べものになりません。
「え~いっ! とりゃあっ!」
「何度も言っているだろ! おめえの攻撃はすでにお見通しだとな!」
獣人は、真正面から突っ込んできた敬太の頭をつかむと、そのまま南側の壁にほうりなげるように叩きつけました。
「いてててててっ……。よくもやってくれたな……」
その場で一旦倒れ込んだ敬太ですが、強い相手へ立ち向かおうと再び起き上がろうとします。この様子に、獣人は敬太に近づくとその場でシミ足を使って蹴りつけていきます。
「おりゃあっ! おりゃあっ! おりゃあっ!」
「こ、これくらいのことで……」
「このガキめ、しぶといやつだな! おりゃあっ! おりゃあっ!」
獣人はここぞとばかりに、敬太の体を蹴り続けています。その冷酷な顔つきは、まさに鬼の形相そのものです。
それでも、敬太の負けん気はまだ失われていません。敬太は力をふりしぼると、強い蹴りを食らわそうとした獣人の右足を両手で握りしめました。
「獣人め……。この手で必ずやっつけるぞ」
敬太は歯を食いしばりながら、自らの強い気持ちを獣人に目を向けています。