1
「まったくもう、窓は出入り口ではございませんと申し上げておりますのに」
姿勢よく背筋を伸ばした格好で見下ろしてくるエリッサの前で、ちんまりとソファに正座する小柄な少女はうろうろと視線を彷徨わせた。
「冒険者の方は自由ですから…」
恐る恐るといったように、それでも彼女を庇う言葉を連ねる主人に、エリッサは首を振って見せる。
「自由にも程がございますよ、淑女がそのような…」
「わ、私は淑女ではないのでっ」
「妙齢のご婦人である事には相違ございませんでしょう」
「うぐ」
エリッサは大きくため息をついて身を寄せ合う二人を順番に眺める。趣はそれぞれに違うものの、可憐極まりない美少女に上目づかいで見上げられていると、こちらが苛めているような気分になってくるのは如何したものか。誰に聞いても正当なのはエリッサの方だと思うのだが。
「…お茶でもお持ちしましょうかね」
眉を吊り上げたままのエリッサはくるりと振り向いて扉へと向かった。お小言の時間から解放されて緊張の溶けた吐息が背後から聞こえて、エリッサは抑えきれない笑みを唇の端に浮かばせた。
本当に困ったものだと思う。警備の隙をついては舞い降りる小鳥のような冒険者も、それを心底楽しみにしている主人も、それを小言ひとつで収めてしまう自分も。
ソファの上で部屋の主人と顔を見合わせて頬を緩めたアカツキとしても、これが本物のお姫様を訪ねるには些か(と言うには無理がある程度に)失礼な訪問方法な自覚はある。だからエリッサには申し訳ないとも思う。
思ってはいるのだが。
玄関から訪いを告げ、取次を待っては見られないものがあるのだ。
切っ掛けはもう本当に覚えていないくらいだから、何か些細な事だったはずだ。朝の訓練中だったのか、あるいは買い物の途上だったかもしれない。
通りがかった水楓館の窓をアカツキが何気なく見上げた時にレイネシアの姿が見えて、挨拶をしていこうとベランダに降り立ったのだ。
それはアカツキに限らず空中回廊を飛び回るような冒険者にとっては(その相手はともかくとして)普通の発想だったし、ほんのちょっとそのベランダに寄ってレイネシアに手を振って、そのまま飛び去るつもりだった。
それなのに、窓越しの物音に目を丸くして驚いていたレイネシアが、アカツキと視線が合った途端に浮かばせたはにかんだ嬉しそうな笑顔を見てしまって、それが"花が開くような"とはこの事なのかと場違いに感心してしまった位に可愛らしくて。
ぽかんと見惚れている間に、その笑顔のままで小走りに駆けてきたレイネシアが窓を開けてくれて、いらっしゃいと言ってくれたのだ。
アカツキはその言葉に嬉しくなって、そして自分では気づかないままに、誰かが見ていたら"花の様な"と言ったに違いない笑みを浮かべてお邪魔しますとそのまま窓から足を踏み入れた。
それが最初の一回目で、レイネシアのその顔が見たくて時折(さすがに頻繁にやるのは気が引けた)だけれどアカツキはそのような手段で彼女の元を訪れる。
エリッサは毎回律儀に苦言は呈するけれども、禁止の言葉は告げないでいてくれた。そう言われてしまえばアカツキは頷かざるを得ないし、一度頷いたらアカツキは禁を破りはしないだろう。
レイネシアもアカツキも、エリッサにはとても感謝している。
大変に淑女らしからぬ行動を、遠くから見ると淑女以外の何物でもないふたりが時折している事は、だから、ふたり(とエリッサ)の小さな秘密なのだ。