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ゲームって楽しい!

パソコンの電源を落とし、美姫は布団に潜り込んだ。

頭の中がぐるぐるしている。

所詮はネットゲーム上で起きたことではあるが、裏切られたような気分になったり、仲間はずれにされたような気分になったりして美姫は少し涙が滲んだ。

「もうやめよう。これ以上はまってしまう前に。」

そう言って美姫は眠りについた。


普段より遅くに目が覚めた美姫は、しばらく布団から出られなかった。

ぼーっとする頭が覚めてくるに連れて、昨日の出来事を思い出した。

平日であれば仕事をすることで気が紛れたのかもしれないが、今日はまだ日曜日。

残念ながらいつもどおり予定のない休日を、美姫はこの時始めて恨んだ。


窓の外はとてもいい天気だった。

少し散歩をしようと朝食を食べ、服を着替えて外に出た。

近くの公園では小さな子どもたちが母親と遊んでいる。父親とキャッチボールしている小学生くらいの男の子もいる。

美姫はコンビニで買ってきたペットボトルの飲み物を噴水脇に座って一口飲んだ。

公園の景色はとても綺麗だった。

でもこの景色を見ながらゲームの中の景色をふと思い出した。

この3日間はゲームの記憶しかない。何をやっていたんだろう・・・


そう思っていると、急に背後から声をかけられた。

「なにしてんの?」

振り向くとそこには内藤がいた。

「え、そっちこそ何してるの?」

「いや、買い物に来たついでにこっちまで歩いてたら、なんか見覚えあるやつがいるなーと。」

そう言いながら内藤が美姫の横に座る。

「内藤くんの家ってこのへんだっけ?」

「ううん、電車でひとつ向こうだよ。ここのショッピングモールでかいからさ、たまに買い物に来るんだよ」

「へぇー。内藤くんって普段休日何して過ごしてるの?」

「そうだなぁ、俺パソコン好きだからさ、色々いじったりしてるよ。山下は昨日とか何してたの?」

「えっ・・・」

つい咄嗟にネットゲーム、と答えそうになったが、すぐに美姫はそれを心のなかで撤回した。

いつもじゃない。ちょっとやってみただけなんだから。

「そ・・・そうだね、買い物とか散歩、かな。」

そう答えたのも嘘ではない。今まではそうやって過ごしていたのだから。

「デートしたりする彼氏とかいないの?」

少しにやにやしながら内藤がいじわるな質問をしてくる。

「い、いないわよ!」

「へーいないんだー」

そういうと内藤は立ち上がり、「じゃあな」と立ち去った。


決して友達がいないわけではないと思っていたが、よく考えるとこういう休日に連絡をわざわざとるような人はいなかったし、昔はしょっちゅう一緒に遊んでいた友達はみんな彼氏ができてしまい、そちらで忙しい。

しかも数人はすでに結婚しており、この前の正月には『子供が産まれました』という年賀状がきていた。

そんなことを思い出しながら帰路についた。


部屋に戻ると、まずパソコンが目についた。

だめだめ、ここでまたログインすればきっともう戻れなくなってしまう。数日ログインしなくたってあの人たちは何も思わないだろう。

それに日曜なんだし、リア充なら出掛けていて当然なんだもの。毎日ログインしてるほうがおかしいんだわ。

美姫は必死に自分に言い聞かせた。


ショルダーバッグを放り投げ、布団に大の字に寝転がったが、何かをするつもりにもなれない。

普段の週末もそうだったが、今はゲームが気になって仕方ない。

いっそ昼寝してしまおうかとも考えるが、睡魔はこんなときに限ってきてはくれない。


そんなことを繰り返し考えながらゴロゴロしているうちに、美姫の頭のなかにはある考えが浮かんでいた。

昨日のあの発言、それにあいさつもしないで落ちてしまった。もしかしてあれでメンバーを嫌な気持ちにさせてしまったのではないか?

それに今日行かなかったら、私が怒って落ちてしまったと勘違いされるのではないか?

ただ自分が僻んで落ちただけなのに、あの人たちに自分ちが悪かったと思わせてしまうのは申し訳ない。


だめだ、誤解だけでも解かなきゃ。

そう結論づいた美姫は、さっきまでの決意も忘れたようにログインをしてしまう。



   ※   ※   ※   ※   ※



「Saya:ひめたーん昨日はごめんね!><」

「シュバリエ:こんにちわー!ひめさん昨日はごめん!」


私があいさつをするよりも早く、みんなが次々に私に謝罪するログが流れる。

やっぱり私が怒って落ちたと思っているようだ。


「HIME:こんにちは。こちらこそ黙って落ちてしまってすみませんでした。」

「Saya:今日はひめたんにとことんつきあおうと思って待ってたのよ!」

「シュバリエ:こっちこそタイミング悪くてごめんね;グールマスター今からいこっか!」


気を使ってくれているのは痛いくらいわかっていたが、クエストが残っていたこともありお願いすることにした。

日曜ということもあってか、人は少なかったのでシューさんとさーやと私の3人で行くことに。

たけはログインはしていたがチャットの反応がなかったので、パソコンの前から離れて放置している状態のようだった。


PTを組んで、いざIDに入ろうとしたとき


「Saya:あ・・・ごめん;私急用ができちゃって落ちなきゃいけなくなった><;」

「シュバリエ:あらら、しかたないよ^^おつかれさま!」

「HIME:おつかれさま~」


そうだよね、日曜の夕方だもの、家族で外食とかに出かけたりすることだってあるよね。

さーやは何度もごめんね、ごめんねと謝りながら落ちていった。

仕方がないのでシュバリエと二人でまたペアで行くことになる。


「HIME:いつもなんかすみません」

「シュバリエ:いやいや、昨日はほんとごめんね。とろるんがこないだ装備燃やしちゃって、素材取りに行ってたんだ」

「HIME:いいんですよ、私だけレベル低いんだし仕方ないです」

「シュバリエ:やっぱり気になる?レベル違ったりするのって・・・」

「HIME:早くレベル上げてみんなと一緒に遊べるようになったらいいなって思って頑張ってたつもりなんですけど」


ここまで送信して、文章が長いと思い一度切り

「でももうこれ以上はまる前にゲームやめようと思うんです」と打とうとしていたら


「シュバリエ:そうだよね!ぼく昨日あれから考えてたんだけど、ひめさんしばらく僕と集中レベリングしない?」


考えていたこととまったく逆のことを先に言われてしまった。

しかも集中レベリングってなんだろう?


「HIME:えっ?」

「シュバリエ:ぼくが当分一緒にクエやったりID通ったりするからさ、短期間でレベルあげちゃおうよ!」

「HIME:え、でも・・・」

「シュバリエ:大丈夫!ぼくのことなら気にしないで!平日昼間とかはいないこと多いけど、夜とか休日なら暇だし^^b」


いや、ちがう、そうじゃなくて・・・

私はとうとうやめるということを切り出すことができなかった。

それに短期間で、というところに少し魅力を感じていた。

一人で黙々とクエストをこなしていると確かにだらけてくるけど、シューさんが一緒につきあってくれるのなら効率よく捗るだろうし、全員についてきてもらう必要がなくなるから気遣いもしなくていい。

咄嗟に私は


「HIME:じゃあ・・・お願いします」


と返事をしていた。


その後無事にグールマスターを討伐し、まだ時間もあるということで12時間IDにも行った。

また新しい装備を取らせてもらい、クエストをどんどん消化させてもらいながら、私はレベル40になっていた。

さすがにレベル上限の半分くらいまでくると、クエストだけでは経験値があまり増えなくなってきた。


「HIME:あんまり経験値増えなくなってきたなぁ・・・」

「シュバリエ:そうだなぁ・・・ここらでブーストアイテムでも使ったほうがいいかもなー」

「HIME:ブースト?」

「シュバリエ:うん、委託販売あるじゃん?あそこでたまに誰か売りに出してくれてるんだけどさ、経験値3倍スクロールって見たことない?」


委託販売か。プレイヤーが他のプレイヤーに向けてシステムに手数料を払って販売可能なアイテムを預けて、それをプレイヤーが自由に購入できるシステムだっけ。


「シュバリエ:課金アイテムを買って、委託に売りに出してくれてる人がいるだろうから、ちょっと覗いてみるよ」


そういってシュバリエは委託販売NPCのところに向かった。

課金アイテムってことは、現実のリアルマネーが動いてるってことよね。

実際の円でゲーム運営会社の電子マネーを購入し、その電子マネーでゲーム内アイテムを購入するというシステム。

『基本プレイ無料!』などという謳い文句で客を誘って、やり込んだゲーマーがこういうのを買ってくれるからゲーム運営会社は儲かる仕組み。


そういえば画面の端に「ショップ」というアイコンがあるんだけど、一度も押したことがなかったな。

ゲームをやり込むつもりはなかったので、私には無縁だと思っていたから。

シューさんもまだ委託を見ているようなので、少し覗いてみようかな。

なになに・・・経験値3倍スクロールは1時間の効果でリアルマネー100円分か。

ジュース1本買うくらいの気軽さなのね。

他にもなんだかたくさんアイテムが並んでいる。

見た目がすごくきれいで高性能のステータスがついている30日制限の装備や

連れて歩くと特殊ステータスが付与されるかわいいペット、アイテムインベントリの上限を増やすアイテムなどなど。

消耗品的なアイテムは100円から300円くらいだけど、ペットや装備は1000円以上するのね。

確かにこれくらいならちょっと買ってみるくらいにはいいかな・・・


なんて思っているとシューさんからチャットが入っていた。


「シュバリエ:ひめさん売ってたよー。1つ100万Gで売ってたから買っといた。」


そういってシューさんからトレードが出され、私は経験値3倍スクロールを受け取った。


「シュバリエ:あ、1M(1メガ=100万)なんで、お金は気にしないで受け取ってね^^」

「HIME:ありがとう^^」


「^^」というのがニコニコしている表情の顔文字であることを最近認知していたので、私も試しに使ってみた。

ただ「ありがとう」というだけよりも「ありがとう^^」と言ったほうがなんとなく印象が和らぐ気がしたから。

シューさんとさーやは時々簡単な顔文字を使う。

とろるんはほぼ毎回といっていいほど顔文字が入っている。

たけとタギューンは顔文字を使っているところをみたことがない。

ただそれだけで、チャットの文章から受け取れるイメージがそれぞれ変わってくるのが不思議だ。


早速もらった経験値スクロールを使用して、私とシューさんはがつがつ狩りをすることにした。

スクロールの効果は抜群で、今まで1体倒して500くらいの経験値だったMOBが1500になるんだから効率的に経験値バーが進んでいった。

1時間の効果が切れる頃には45レベルまできていた。

スクロールのカウントが切れると「ふぅー」と一息つき、背伸びをしながら外をみるともう暗かった。


「HIME:あ、そろそろ晩御飯の準備しなきゃ」

「シュバリエ:ひめさんは自炊してるの?」

「HIME:うん、一人だしね」

「シュバリエ:そうなんだ!えらいね!」

「HIME:別にえらくなんてないよ。シューさんは実家暮らしなの?」

「シュバリエ:いや、一人暮らしなんだけど自炊はしてないね^^;買ってきたものばかりだよ(笑)」


そういえばずっとゲームの話しかしていなかったが、シューさんのリアルを聞いたのは始めてだ。

こういう話をしていると、やはりこのキャラを動かしている人が存在するということを実感する。

なんだか急に親近感が沸く。


「HIME:うふふ。今度作ってあげよっか^^」

「シュバリエ:そうだねーwぜひお願いするよ^^」


そんな社交辞令を交わし、またあとでと挨拶をして私はログアウトした。



   ※   ※   ※   ※   ※



美姫は鼻歌交じりで上機嫌に晩御飯のチャーハンを炒める。

さっき落ちる前にもう一つ経験値スクロールを買ってもらったので、それを使って狩りにいくことを想像しながら。

さっきまで「もうゲームやめる」なんて思っていたことは頭の中からすっかり消え去っていた。

普段なら日曜の夜にいつも観ていたテレビ番組を見ながら晩御飯を食べるのだが

今日は早くゲームに戻りたい一心で、テレビもつけずに出来上がったチャーハンをかき込む。

そしてテレビの代わりに、チャーハンを口に頬張りながら電子マネーの購入画面を眺めていた。



   ※   ※   ※   ※   ※


「HIME:ただいまー」

「シュバリエ:おかえりー^^」

「たけ:おかー」

「とろるん:壁┃∀`*)ノ゛ こんばんは♪」


さすがに夜だからか、人が増えていた。

アイテム画面を眺めていると、シューさんからウィスパーが飛んできた。


「シュバリエ:んじゃ準備よかったらいこっか^^」


どうしてわざわざウィスパーで?と思ったが、気にしないことにした。

とにかく私は早く狩りに行きたかった。

そしてシュバリエに見せたかったのだ。


「シュバリエ:おっ?買ったの?!」


さっきご飯を食べながら私は課金をして、40レベル以上が着られる外見装備を購入していた。

さーやみたいなシースルーの装備で、薄いピンクのヴェールがモチーフになった美しい装備を、アイテムショップで見た時にどうしても欲しくなったのだ。

いざ着てみると、今までの野暮ったい装備とは違って美人になった気がした。


「HIME:えへへ」

「シュバリエ:いいじゃん^^似合ってるよ」


こんな台詞リアルでは聞いたことすらなかった。

綺麗になったのはあくまで自分の操作するキャラクターだけど、自分が褒められたみたいな気分になった。

このキャラを操作してる私自身は、ぼさぼさのまとめ髪で、古ぼけたTシャツにジャージを着ているのに。


「HIME:それじゃまたお願いします♪」


シューさんからPTが飛んできて、私達はまたIDに入った。

道中で出るアイテムや装備はシューさんがすべてダイス破棄してくれ、私のインベントリに収まった。

経験値もどんどん貯まっていく。


「たけ:HIMEさんレベルぐんぐん上がってるね~」

「とろるん:(゜ω゜)(。_。)ウンウン」


ギルドメンバー情報を見れば、私とシューさんが同じIDに行っているのは一目瞭然だろう。

それでも彼ら(彼女ら?)もそれぞれコンテンツを楽しんでいるようなので、特に言及されることはなかった。


「Saya:ただいまー^^」


さーやが帰ってきた。やはり外食でもいっていたのだろうか。

そう思いながらIDのラスボスに向けてシューさんと進行していたが

時々シューさんが立ち止まるようになった。

真っ先にMOBに突っ込んでもらわなければ、こちらから攻撃してしまったらヘイトをはがすのが難しくなるので

私はシューさんが動き出すまで少し待っていた。


「シュバリエ:あ、ごめんね;」

「HIME:どうしたの?忙しい?」

「シュバリエ:ううん、大丈夫だから」


そう言ってまたシューさんは何事もなかったように動き出す。

でも時々MOBを殴りながら剣の動きが止まっているのを私は見ていた。


「HIME:忙しかったらまたにしようか・・・?」


ほんとはそんなの嫌だった。まだ経験値スクロールは30分ほど残っている。

でもこのままちょいちょい止まられるのも気になって仕方ない。


「シュバリエ:ん・・・ごめん、ちょっとだけ待っててくれる?」


そのまましばらく動かなくなった。

なんだろう?電話でも入ったのかしら。

IDのボス手前で何もすることができず、一人で色々な想像をしながらぼーっと待っていた。


5分くらいしただろうか、シューさんからやっとチャットが入った。


「シュバリエ:ごめんね、もう大丈夫」


そして無事ボスを討伐し、私はレア武器をGETした。


IDを出ると、クエスト消化の続きをすることになったのだが、シューさんが突然さーやをPTに誘った。


「Saya:よろしくねー^^」

「HIME:あ、よろしくー」

「シュバリエ:さやさんも手伝ってくれるって」


この時私はまだ、この一件からあんな事件が起こるとは思っていなかった。

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