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日常の変化

目を開けるといつもの天井。

一人暮らし2年目の変わらないこの部屋で、いつもと同じ時間に目覚まし時計が鳴る。

美姫は腫れぼったいまぶたをこすりながら布団から起き上がり、パチンと電気ポットの電源を入れる。


今の会社に入社して、人並みの給料を貰い人並みの生活を送っている。

一人暮らしをしながら少額ずつではあるが貯金もでき、家賃や生活費を支払いつつも、ある程度のおしゃれもしている。

美姫はごく中流の家庭で育った。父は2流企業のサラリーマン、年並みに今は課長をやっているようだ。

母も別段美しいわけでもなく、毎朝スーパーのチラシを眺めてはご近所さんたちと井戸端会議をして、パートをしながら家事も普通にこなすどこにでもいる主婦だ。

高校生の弟が一人いて、彼も特筆するような事がないほどどこにでもいそうな普通の男子学生。

そう、美姫自体何一つぱっとしたところのない、ありきたりな25歳の女性である。


コーヒーを淹れながら昨日買ってきた菓子パンにかじりつき、会社に着ていく服を選びながらテレビを見る。

時計はもうじき8時になる。

就職してからずっとこんな生活を毎日繰り返している。

決して不細工ではないが、集合写真などでもまったく目を惹かない地味な顔立ちを少しでもマシに見せるため・・・というよりも、「女性のマナー」として化粧を始める。

おしゃれに興味がないわけではなかったが、雑誌で見るようなかわいい服などは自分の顔をあてはめて想像するだけで似合わないことがわかっていた。

清純派やガーリーなどとジャンル付けされたヘアスタイルなども、自分の顔を想像するとため息が出た。

ありふれた黒のスカートスーツに身を包み、セミロングの髪の毛を後ろでくるくるっとまとめてバレッタで留めると、黒のパンプスを履いて家を出る。


もう慣れてしまった満員の通勤電車に揺られ、隣のおっさんのオーデコロンのむせかえるような匂いに耐えながら美姫は考えた。

「いつまでこんな生活を続けるんだろう・・・」

どこかでいい出会いがあって、優しくて素敵な旦那様と結婚して、質素ながらも幸せな生活をする。

こんな未来予想図すらぱっとしない。


もともとは美姫にも夢があり、ウェブデザイナーになることだった。

パソコンをいじるのは得意だったし、おしゃれなものにも敏感だったので、いろいろなサイトを見ては

「私ならここをもっとこんなデザインにしちゃうのにな」

などとえらそうに思ったものである。

大学にもいかせてもらえたのだが、講義には出席はしていたものの内容などはまったく頭に残っておらず、

友達に誘われてコンパにいったり旅行にいったりと、遊んでいたことしか覚えていない。

就職活動でなんとか滑り込んだウェブ系の開発会社に入社したものの、仕事内容はそのほとんどが事務。

デザインに触らせてもらえるどころか、請求書の取り纏めや資料の整理ばかり。

最初は下積みからでも仕方ない。いつかデザインの仕事もやらせてもらえるかな、などという淡い期待がうまくいくはずもなく、この2年頑張ってきた分「山下さんに任せておいたら大丈夫」と周囲に思われるほど”事務員”としての地位を確立してしまっていた。


しかし、よくドラマで見るような颯爽とスーツを着こなしバリバリ仕事をするような女性を想像してはいけない。

ドラマでいうなら、その側でメガネをかけてドジをしながらも仕事だけはできるよねー、というような目立たない役のほうを想像したほうが美姫のイメージには近いだろう。

現実の世界ではドラマのような洗練さは微塵もなく、もちろんイケメンな同僚男性などもいない。

ドキドキするようなロマンスが生まれそうなきっかけすらないし、徹夜明けの無精髭を見ているとため息すら出る。

自分の席に着き、デスクに積まれた書類を処理順に仕分けし、早急な案件がないことを確認するとパソコンの画面にいつものお気に入りサイトを呼び出す。


「ポイントサイト」というのだろうか、最近ではいろいろなサイトが乱立してきているが、サンプル取り寄せで500ポイント、メンバー登録で350ポイントなどお金をかけずにポイントを集めて、ある程度貯まったらウェブ用マネーや現金に換金できる、といったサービスを行っているサイトだ。

美姫はそういうサイトでコツコツと小遣いを貯めるのが趣味のようになっていた。

本来であれば仕事中に関係のないサイトを見に行くことはいけないことなのだが、案件によっては時間制限があったり先着順というおいしい案件もあるので、こっそり覗きにきていた。


「うーん、今日はあまりおいしそうな案件はないかなぁ・・・」

そう思っていたが、ふと『オンラインゲーム・登録で500ポイント』というものがあった。

登録するだけで500ポイント、というのはそれなりにおいしい部類だった。別に興味がなければ継続しなければいいのだから。

「お。登録してみるか」

ポチっと応募ボタンをクリックし、そのままゲーム会社のユーザー登録画面に進み、ID、パスワードなどの必要情報を入力した。

ここまで進んでから、美姫はポイント配布条件をきっちり確認していなかったことに気づいた。

「え、ここまで登録するだけでいいんだっけ?」

もう一度ポイントサイトに戻り内容を確認してみると『メンバー登録後、24時間以内に30分以上ゲームにログインすること』とあった。

「めんどくさ・・・」

思わず口から出てしまった。

「どうした?今日は請求書たまってたのか?」

急に背後から声がしたので美姫はもたれていた椅子から転げ落ちそうになった。

びっくりして振り向くとそこには同期の内藤が立っていた。

仕事に関係ないサイトを見ていたことがバレてはまずい、と美姫はあらかじめ立ち上げておいた業務用ソフトを前面に出した。

「う、ううん。今日はむしろ少ないほうだよー」

「そうなの?俺寝不足でさー、今日はこの案件だけ片付けたら早引けしようかと思ってるんだ」

ヒラヒラと案件の内容が書かれた書類をうちわ代わりにすると、内藤は自分の席に戻っていった。


内藤とは同じ年に入社した同期で、部署が違うこともあって普段あまり話すことはなかったが、美姫はどちらかというと好印象を持っている男性だった。

もちろん先に述べたとおり会社にイケメンという部類はおらず、彼もまたぱっとしない面立ちだ。

だが、新入社員歓迎会のときに飲まされすぎて嘔吐してしまった美姫をさりげなく介抱してくれていたので、悪い人じゃなさそうだ、という程度での好印象を持っていた。


一日の仕事を片付け、残業もなく定時で退社した美姫は、最寄り駅の商店街で晩御飯のコロッケを購入して自宅に戻った。

リア充なら仕事終わりに彼氏と待ち合わせしてデートしたりするんだろうなぁ、などと軽く妄想しながら炊飯器のスイッチを入れ、パソコンの前に座る。

「そうだ、今朝登録したゲームやんなきゃ」

独り言だとわかっていても声に出してしまう。最初はそんな自分が寂しくて仕方なかったが、2年も経つと慣れてしまった。

朝はゆっくり確認できなかったゲームサイトを改めて確認する。

『エターナル・ウォーズ』

なんともありがちでイメージのしにくい名前のゲームだった。

ウォーズって書いてあるくらいだから戦争関係なんだろうか、銃で撃ちあうとかは苦手だなぁ・・・

炊飯器のご飯が炊ける音がする頃、ゲームクライアントのダウンロードも終わったようだ。

美姫はクライアントを立ち上げ、スタート画面で「Start」をクリックした。



   ※   ※   ※   ※   ※



「へぇ、種族とかあるのね」

キャラ新規作成の画面になり、自分がこれから操作するキャラクターを作るのだが、種族という前提があるらしい。

なになに・・・ヒューマン、エルフ、ドワーフ、オーガか。

見た目的にはヒューマンが一番人間っぽいんだけど、ありふれてて嫌だなぁ。

オーガって見た目からしてゴツいし、でもドワーフっていうのも小人感が強くて、自分が動かすっていうイメージないからエルフでいっか。

私はエルフを選択し、性別選択のウインドウに切り替わった。

そりゃーもちろん女でしょ。ここは迷わずクリック。

普段ゲームをするときでも、異性のキャラクターを選択するとなんとなく違和感を感じる。

自分が操作しているのに画面上では「ぼくは」とか言われると気分が削がれるのだ。

女性キャラの作成画面になり、顔やヘアスタイルが自分で設定できるらしい。

「おー、けっこう選択肢広いのね。いろんなパターンができるじゃん」

デザイン系に進みたかっただけあって、こうなると凝りたいのが性だ。

目のパターンだけで30種類以上で、どれにするか悩んで決めたがヘアスタイルを選ぶと気に入らなくなって、また目を選びなした。

鼻のサイズや傾き加減まで調整できるなんてほんとにすごい。

「ちがうな・・・これだと気が強そうに見えちゃう」

よくよく考えたらキャラ作成なんてどんなのでもよかった。ポイント欲しかっただけなんだし。

でも、まるで着せ替え人形を与えられた少女のように、私はキャラ作成にはまってしまい気づいたら1時間ほど経っていた。

きれい系にするか、かわいい系するかで悩んだけど、使いたかったヘアスタイルから考えるとかわいい系に収まった。

名前を入力するウインドウにカーソルをあわせ、私は美姫という自分の名前に入っている「姫」を使って「HIME」と打ち込んだ。


何か世界観を説明するようなムービーが流れている間、それを横目で見ながらコロッケをたいらげた。

ジャージにTシャツを身にまとい、晩御飯を貪りながらPCの前に座っている女性の姿など決して他人には見せられない。

しかし彼氏もいない25歳一人暮らしのこの部屋で、誰かこんな姿を見るというのか。だからいいのだ。

ムービーが終わり、村のようなところにぽんとキャラクターが現れた。

「へー、最近のゲームってこんなにきれいなんだー」

『エターナル・ウォーズ』はいわゆる3DのMMO(Massively(大規模)Multiplayer(大人数)Onlineオンライン)であり、同じサーバー上で同期する他の人たちが操作するプレイヤーと遊ぶことができるゲームだそうだ。

パソコンでトランプゲームはしたことはあったけど、こういう類は初めてだ。

まるで写真のような美しいグラフィックにも驚いたが、さっき自分で作ったキャラクターがそのまま人間のような動きで動くのだ。

キャラクターを歩かせてみては「おお~」

カメラ視点をまわして景色を変えては「おお~」

私さっきから「おお~」しか言ってない。

それくらい、私にはすごく新鮮な世界だった。


周りを見回していると、村の中に立っているキャラクターの頭の上に「!」と書いてある。なんだこれ。

チュートリアルによると、これはNPC(NonPlayerCharacter)で、「!」がついているキャラクターからクエストを受注して、それを達成させて経験値などをもらうそうだ。

内容など特に読まず、クリックしたあとに画面端に出るクエスト概要を見ながら条件を達成させていく。

RPGという類のゲームは今までにもやったことがあったので、なるほどこうやって経験値をもらうのかと漠然とわかった気になった。

1時間もすればレベルは10になっていた。

「なんだぁ、レベルすぐ上がるじゃん」

ポイントさえもらえればそれでいいので、本当ならログインしてしばらくしたら終了させればよかったんだけど、私はついついこのMMOの世界に引き込まれていた。

どんどんクエストを消化させていたら、私はクエストが消化できなくて行き詰まった。

『ボスゴブリンを討伐せよ(PT推奨)』という内容だった。

マップを見渡しても「ボスゴブリン」というモンスターが見当たらない。

なんで?クエストって消化できるもんじゃないの?ここにいないの?

何度クエスト内容を確認しても、モンスターの名前は「ボスゴブリン」になっている。

ボスとついていないゴブリンならこの周辺にうろうろしているんだけど・・・


「シュバリエ:こんばんわ!」


突然画面の端に白い文字でこんな文字が現れた。いわゆるチャットという機能か。

よく見るとすぐ近くに鎧に身を包んだキャラクター(たぶん男キャラ)が立っている。

てか、周りに誰もいないのに「こんばんわ」って誰に言ってるんだろ・・・なんて思っていると


「シュバリエ:HIMEさん、何か困ってるの?」


え、私?!というかあんた誰よ!

自分に話しかけられているとわかったけど、何て返せばいいのよ、っていうかこの人うさんくさい。

どうしていいかわからず、キャラを動かしてその場から逃げようと思っていると


「シュバリエ:あ、いきなり話しかけちゃってごめん;ゲームあんまり慣れてないのかな?」


慣れてないどころか、こういうの初めてなんですけどと心の中で思いながら、返事しないのも気分悪いかなぁと思い


「HIME:はい」


とだけチャット欄に入力してエンターキーを押した。

すると、今度はピンク色の文字で


「シュバリエ:じゃあオープンで話すのやめるね!こっちはウィスパーっていって、HIMEさんにしか聞こえてないチャットだから。」


なるほど、白い文字は誰にでも見える会話で、ピンクの状態だと個々でのやりとりってわけなのか。

とそこまで理解はしたけど、今度は自分からピンクの文字での返信方法がわからない。


「シュバリエ:あ、僕に返信したいときは僕の名前のところをクリックするといいよ」


そういわれ、私は目の前に立っているキャラクターの頭の上に書いてある「シュバリエ」というキャラネーム部分をクリックしてみた。

クリックした地点まで走った。

あれ?名前クリックってできないじゃん?

何度か繰り返してみるが、やはりそこまで移動するだけだ。


「シュバリエ:あ、このチャット欄のぼくの名前ね(^_^;)」


そういうことは早く言えよ!!!

チャット欄の名前をクリックすると「ウィスパー:シュバリエ」というテンプレートが自動的にチャット欄に入力された。


どうにかウィスパーを使って返信することができた私は、このシュバリエというキャラの人からこのクエストが複数人でPTパーティーを組まないと入れないIDインスタントダンジョンの一番奥にしかいないモンスターを討伐するということを聞いた。

PTとかIDとか、何言ってるのかさっぱりわからないことが多かったけど、私が「なにそれ?」と返すときちんと説明してくれた。


「シュバリエ:お友達とかいないならPT組むのも大変でしょ?僕が一緒に行くよ」


と言ってくれたので、このままではクエストができないと思った私はその言葉に甘えることに。


『シュバリエからPTに誘われました。参加しますか?』というウインドウが開き、私はOKボタンをクリックした。

設定はぼくが全部やるね、と言ってくれ、別のマップに移動し(IDというところ)


「シュバリエ:とりあえず出てくるモンスター全部倒していけばいいよ」


という言葉をそのままに、どんどんモンスターにターゲットを合わせて攻撃魔法を撃ちまくった。

時々目の前に出てくるシュバリエを邪魔だと思いながらも、ほぼ一本道のマップを先へと進むとそこに「ボスゴブリン」はいた。


「シュバリエ:じゃあ行くね」


そんなチャットを確認する前に私はボスゴブリンに突撃していた。


「シュバリエ:あ、ちょ・・・」


さすがボスとつくだけあって、今まで出てきていたモンスターとは強さが違う。あっちからの一撃がすごく痛い。

自分のキャラクターのHP(ヒットポイント:ライフゲージ)がどんどん減っていく。

やばい、このままでは死んでしまう。

そう思ってレベル10になったときに覚えていたヒール(回復)スキルをがんがん使う。

しかし向こうが与えてくるダメージのほうが大きく、回復がまったく追いつかない・・・

そう思っていた矢先、ボスゴブリンがターゲットするキャラクターが私ではなくシュバリエのほうになっていた。

見るとシュバリエが仄かに赤いオーラを出しながらすごいスピードでボスゴブリンを殴っている。

その隙に自分のキャラに回復スキルを使っていると、たまにボスゴブリンが私をターゲットにすることがあったが、しばらくするとシュバリエのほうを向いていた。


なんとかボスゴブリンを討伐し、私のクエストリストは(完了)に変わった。


「シュバリエ:ごめん・・・ぼくが先にちゃんと説明しておかなかったのが悪かった・・・」


どうやらエルフというのは魔法を使うキャラで、もちろん攻撃魔法スキルもあるのだが、PTにおいてはいわゆる『回復職』という役割を持っているらしい。

そしてヒールヘイトというものがあり、回復スキルを使うキャラクターに対してモンスターがヘイト値を上げ、回復させないようそのキャラを特に狙って攻撃してくるということだった。

シュバリエはヒューマンで、PTでいう『盾職』というものになり、他の種族と比べ守備力が高いため自分にターゲットを向けるようヘイトを稼ぐという役割を持っている。

ドワーフはアタッカーかつ毒や罠など特殊攻撃に長けており、オーガは見た目どおりの物理アタッカー特化という種族それぞれのタイプがあり、本来ならヒューマンが先に突撃して十分にヘイトを稼いでからアタッカーが攻撃を始め、PTメンバーのHPが減れば回復職ヒーラーが回復させる、という流れだという。

そういえばキャラ作成画面の種族紹介文になんとなくそれっぽいことは書いていた気がするが、知ったこっちゃない。

とりあえず自分がとっていた行動がよくなかったのだということはわかったので

「HIME:ごめんね・・・」と謝っておいた。



クエストが無事に完了したし、今日はなんか疲れた気がしたので


「HIME:これでログアウトしますね。ありがとうございました」


と挨拶してログアウトボタンを押そうと思っていたら


「シュバリエ:あ、ちょっと待って」


そういって私の画面に『シュバリエがフレンド申請をしました。許可しますか?』というウインドウが出た。

友達とかめんどくさいと思っていたけど、ここで断るのも空気読まない人みたいなので「OK」のボタンをクリックした。


「シュバリエ:ありがとう!ぼくギルドのマスターやってるから、もしまた何か困ったことあったらいつでも声かけてね!」


そこには何も返事をせず、私はログアウトボタンを押した。



   ※   ※   ※   ※   ※



「はぁ・・・」

クライアントを終了させた美姫はそのまま後ろのベッドに倒れこんだ。

ポイントほしさに登録して、ログインだけしてみるつもりだった。なのに気づいたらもう3時間ほどパソコンに向かってゲームをしていた。

あんなに美しい世界だとは思っていなかった。ゲームなんて所詮ちょっと遊んでやめるものだと思っていた。

時計を見るともう22時をまわっていたので、美姫は慌てて寝る準備をした。

歯磨きをしながら「明日もうちょっとレベル上げてみようかな・・・」なんてことを考えながら。


翌日も変わらず同じように目が覚めた。

会社にいく準備をしながらいつもと少し違ったのは、帰ってきてからまたゲームで遊びたいと思う気持ちがあったことだ。

いつもどおりに仕事をこなしていたが、今日は一日が早かった気がする。

定時で会社をダッシュで出ると、コンビニ弁当を買い、帰宅してすぐパソコンの電源を入れる。

「だめだなぁ・・・これではポイントサイトの思うツボじゃん」

そうつぶやきながらも、美姫はログインボタンをクリックする。



   ※   ※   ※   ※   ※



画面に自分のキャラクターが表示され、また私はここへ帰ってきた。

一度だけログインするだけのつもりだったのに。

ネットゲームなんかにはまる人の気がしれないと思っていたし、ネットで「ネトゲ廃人」という言葉があるのも知っていた。

一日中ずーっと部屋に引きこもって、生活もそこそこにネットゲームばっかりやってる人のこと。

何がそんなに面白いのかと上から目線で思っていたけど、これは確かに少し面白いかもしれない。

なんの代わり映えもしないいつもの生活とは違う、別の世界がここにある。

現実のストレス解消に旅行に出るという人がいると思うが、言うならばこれはプチ旅行のようなものだ。

普段と違う世界に逃避行する、そういう感覚に近い気がする。

よく見ればやはりデータだと思わずにいられない景色のオブジェも、地面に咲いて風になびいている花のオブジェも、凝視しなければ本当に写真のように美しい。

こんな場所に行ってみたいと思う。もちろん存在すれば、だけど。


さあ昨日のクエストの続きをするか、とNPCの頭の上の!をクリックしながら進めていく。

どうやら新しい街に行けということになったらしい。

ポータルの先に入ると、そこには広大な城下町の風景が広がった。

なんて大きなお城・・・!白い石畳でできた広場も、大きな噴水も、石垣でできた建物に赤い軍旗がはためいているのも、商店街のように並ぶたくさんの武器屋などのお店も、今までいた小さな村とはまるで景色が違う。

どうやら話の内容的をみてみると、ここはこの国家の首都ということになるらしい。

物珍しさにあちこちうろうろしていると、チャット欄に文字が飛び込んだ。


「シュバリエ:こんばんわ!」


ちょっとめんどくさいと思う気持ちを抑えながら、当たり障りなくこんばんわと返事をした。


「シュバリエ:もう首都までこれたんだね!」と言われ、なんで私のいる場所とか知ってるんだ気持ち悪いと思っていたが、どうやらフレンドリストに現在地が表示されているようだ。シュバリエは聞いたこともない場所にいる。



「シュバリエ:今どのへんにいる?」

「HIME:雑貨屋の前にいるけど・・・」

「シュバリエ:そのままそこでちょっと待ってて!」


なんだろう?会いに来るの?

そう思ってしばらく待つとシュバリエのキャラが画面の向こうからやってきた。

画面に 『シュバリエからトレードが申し込まれました。許可しますか?』というウインドウが出る。

えっ?と思いながら反射的につい「OK」を押してしまった。

するとトレード窓に数点の見たことのない装備と500万ほどのゲーム内通貨が入れられた。


「HIME:え、これ何?」

「シュバリエ:始めたばかりで装備もお金もないでしょ?よかったら使って!あとちょっとだけど軍資金にしてね」

「HIME:そんなの悪くてもらえないよ」

「シュバリエ:大丈夫、ぼくのサブキャラが使ってたお古だし、お金もまだたくさんあるから心配しないで」


なんだろうか、これは『ぼくお金持ちなんだ』アピールなのか?それともただのお人好し?

というより、知らない人なのにこんなのもらえる義理もない。


「HIME:でもこんなことしてもらって悪いです」

「シュバリエ:いーのいーの!ほら、OKボタン押して!」


一度キャンセルボタンを押してみたが、またトレード申請されるのでこれはもらわないと収まらないと思い、私は仕方なく装備とお金をもらった。


「HIME:ありがとう・・・気を使わせてしまってごめんなさい」

「シュバリエ:そんなに気になるなら、ぼくのギルドに入らない?」


は?ギルド?何それ?


「シュバリエ:たくさんの人で集まっているグループみたいなものかな。学校のクラブみたいなのを想像してもらったらいいよ」


学校って・・・私はもう25歳なんですけどね。学生だと思われているのかしら。

それとももしかしてシュバリエ自体が学生なのかな?


「シュバリエ:うちでは、ギルドメンバーは助け合いが基本だからね。装備もらっても気にすることないよ」

「シュバリエ:それにギルドメンバーにPTをお願いしてみたら、もっと強いMOB(モンスターと戦うことになっても助けてあげられるしね」


なるほど、気を使わずに利用できるメンバーってことなのか。これだけ誘ってきていて断る理由も見当たらないし、とりあえず「わかった」と返事して、ギルドに加入してみることにした。


『ギルドに加入しますか?』というウインドウでOKボタンを押した数秒後、チャットウインドウに緑色の文字のチャットが流れだした。


「たけ:はじめましてー!」

「Saya:こんばんわー♪お初です♪」

「タギューン:HIMEさんはじめまして」

「とろるん:よろしくでーす☆゜+。(◎ゝз・)ノ。+゜☆」

「シュバリエ:新人のHIMEさんです!みんな仲良くしてねー!」


勢い良く流れるチャット欄に目がついていかず、私はしばらくオロオロした。

なにこれ、こんなにたくさん人がいるの?私もこの一員になったってこと?

とにかくなにか返事をしなきゃと思っていると


「Saya:いきなりたくさんチャット流れてびっくりしてるんじゃない?ゆっくりでいいからねー^^ 」


と言ってくれた人がいた。なんだかすごいほっとした気分になって


「HIME:よろしくお願いします」


とだけ返事をした。



「たけ:HIMEさんはMMO初めてなの?」


というたけさんからの質問があったので、それに答えようと打ち込みしていたら


「とろるん:ぎゃーー失敗したー!!装備燃えたー!!。゜(゜´Д`゜)゜。」

「Saya:何か困ったこととかあったら気軽に言ってね!」

「シュバリエ:え、とろるんどうしたの?!」

「たけ:とろるん、どんまい!」

「Saya:えええ、とろちゃん失敗しちゃったのかー><;」

「タギューン:どんまいです」


・・・完全にタイミングをなくしてしまった。もう自分のゲーム歴とかどうでもよさそうな雰囲気。

この人たちはこういうコミュニティで日常的に会話してるってわけなのね。

返信する気力がなくなってしまったので、しばらく彼らの会話を横目で眺めながら、一人淡々とクエストを消化していくことにした。



「シュバリエ:HIMEさん、そろそろデスナイトの討伐クエとか出てないー?」


ふとシュバリエが聞いてきた。

デスナイト?なんだそれと思っていると、今まさに受けたクエストの内容がそれだった。

詳細を確認すると、これまたボスゴブリンと同じく(PT推奨)と書かれたもの。


「HIME:今ちょうど出ました」

「シュバリエ:よし!んじゃそれさくっと行っちゃいますかー!」

「たけ:おお、じゃー俺もいくわ」

「Saya:もうデスナイトなのね^^私もついていきまーす」

「タギューン:自分も行っていいすか?」

「とろるん:あー!うちも行くうぅぅヽ(・∀・)ノ 」


なんだなんだと思っているうちに、私の他に5人がついてきてくれることになった。

このゲームではPTは上限6人となっているらしく、シュバリエがリーダーとなり誘ってくれたこのメンバーでPTがすべて埋まった。

IDに入ると画面が変わり、自分以外に5人も周りに立っている。

シュバリエのキャラはすでに見たことがあるが、他の人は初めて見る。


たけはオーガの男キャラ。見るからに鬼みたいないかつさだ。しかし着ているものがパンツ一丁だというのが若干気になる。

Sayaは私と同じくエルフの女キャラ。シースルーの綺麗な装備を着てかっこいい女性っていう感じ。

タギューンはシュバリエと同じくヒューマンの男キャラ。鎧を着ているところはシュバリエと変わらないけど、頭装備ががっつりしたヘルメットをかぶっているため顔も見えず、鎧がそのまま歩いているような見た目。

とろるんはドワーフの女キャラ。画面表示されたときからずっとちょこまか動いててあまり詳細は見えないけど、ぱっと見た感じ幼女のようなキャラだ。


統一性がないというか、多種多様というか・・・

見た目も体の大きさも背の高さもバラバラのキャラクターが並んでいることが少し微笑ましかった。

これが「自分と違う人、他の人と一緒に遊ぶ」という感覚なんだろうか。


「シュバリエ:んじゃタギュ、2盾になるからぼくがメインやるね」

「タギューン:了解しました。自分サブやります」

「とろるん:さくさくっといっちゃおー!(*´ω`*)」

「Saya:HIMEさん、私たちはヒーラーだから後ろからついていったらいいからね♪」


イマイチ何を話しているのかさっぱりだったけど、シュバリエを先頭にそれぞれの役割をこなしながら進んでいく。

シュバリエが真っ先にターゲットをとり、たけととろるんが攻撃し、HPが減った味方キャラにSayaがヒールをし、ヘイトが流れたMOBをタギューンが取り返す。

なるほど、こういう流れで攻略していくんだ。

その間私は後ろからただついていくだけだった。


難なくデスナイトを討伐すると、最後に宝箱が出た。


「シュバリエ:みんな、これはHIMEさん権利でいいよなー?」

「たけ:おっけー!」

「Saya:もちろーん♪」

「とろるん:モチロン!!(´ゝω・`)b⌒☆オッケ!!」

「タギューン:うい」


私権利?なんのことかまったくわからない。

そう思っているとシステムログに『シュバリエがダイス放棄しました』『たけがダイス放棄しました』と、続々とPTメンバーがダイス放棄したことを示すログが流れる。


「シュバリエ:HIMEさんはダイス振ってね!」


画面を見ると、『ダイス』『放棄』という2択を表しているウインドウがあった。

言われるがまま『ダイス』を押してみると、宝箱の中にあったアイテムが私のアイテムインベントリに入った。


「とろるん:ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪」

「Saya:おめでとうー^^」

「シュバリエ:おめでと!」


そうか、みんなは宝箱の権利を放棄して私に譲ってくれたっていうことなのね。

私よりレベルが高いのでもうこのアイテムは必要ではないのかな。

そしてあとでシュバリエからダイスを振るということがアイテム権利争奪戦に参加する意思表示だということを教えてもらった。

通常であればそのアイテムが欲しい人がダイスを振り、一番数字の大きい人が取得権を獲得するらしい。

今回はみんながいらないから放棄してくれたんだよ、という説明がウィスパーで入った。


ふと時計を見ると、もうじき23時になろうとしている。私はあわてて言った。


「HIME:もう寝る時間になるので、今日はこれでログアウトします」

「Saya:はーい(*^^*)落ちてゆっくり寝てね!おやすみなさい♪」

「とろるん:(人uωu)オャスミナサィ .+゜*。:゜+」

「たけ:おつーん!」

「タギューン:おつです」

「シュバリエ:おやすみなさい!」


落ちる・・・?ログアウトすることを落ちると表現するのかな。

まぁいいや、落ちよう。



   ※   ※   ※   ※   ※



今朝は少し寝覚めが悪いな・・・そんなことを感じながら美姫は布団を出る。

幸いといっていいのか、今日は土曜日で会社は休みだった。


週休二日の美姫は、彼氏も仲の良い友人もいないため昼までゴロゴロと過ごし、テレビを見ては眠くなったら寝る、という自堕落な休日を過ごしていた。

特に趣味らしい趣味もなく、たまに外出して買い物をする程度だった。

でも今日は違った。

美姫は起きるなり朝ご飯もそこそこにパソコンの電源を入れる。


「こういうのをネトゲ廃人って言うのかしら」

ジャージ姿で菓子パンをかじり、そうつぶやきながらログイン画面に進む。



   ※   ※   ※   ※   ※



まだ朝の8時だからかな?


「HIME:おはようございます」


とギルドチャットで発言してみても誰も反応がない。

なんだ、ちょっと拍子抜け。

でも逆に考えれば、会話をしなくていいのでクエストをマイペースで進められる。

メンバーが鬱陶しいわけではないけど、チャットはまだ慣れてないし、気も使う。

今のうち、今のうち・・・


「Saya:あ、早いんだねー^^おはよう♪」


そう思ったのも束の間、すぐにSayaから発言がかえってきた。

どうも会話の雰囲気からして、この人は女性がプレイしていそう。

チャットもどことなく柔らかい印象を感じる。


「HIME:あ、いらしたんですね」

「Saya:いいよぉ、敬語なんて堅苦しいから^^;タメ口でおっけー♪」


そうは言われても、はいそうですかといきなりタメ口ってどうなの。

普段でもタメ口なんてあんまりしないんだし。


「Saya:まーいきなり言われても難しいかもねw 徐々にでいいんじゃないかな^^」


この人は最初からそうだった。

私がチャットに不慣れなことを見抜くかのようにフォローを入れてくれたし、今だってそうだ。

こちらが困っていたのを見ていたかのように先手でフォローしてくれている。


「HIME:ありがとう。がんばる。」

「Saya:やだw頑張るようなことでもないから気楽にいこ~♪」


ちょっとうれしかった。

ネット上にいる人なんて、みんな現実世界でコンプレックス抱いて、内弁慶みたいに閉じられた世界でのみ好き放題言ってる輩ばかりだと思っていた。

それでもこんな風に人に気遣いができる人もいるんだ。


それからしばらく、現実の時間にして2時間くらいの間、私たちのほかに誰もメンバーが来なかったので、クエストもせずにずっと二人で話していた。

Saya(以下さーや)は、やはりリアル女性で家事手伝いをしていると言っていた。

時折「ちょっと洗濯してくるね♪」などと家事をちゃんとやっている様子もあり、私もそれを聞いて慌てて布団を干しに行ったりもした。

年については女性に聞くのはまずいと思って聞けなかった。

私もこういったオンラインゲームをするのは初めてなことや、ゲーム用語がわからないことなどを正直に話した。

さーやもヒーラーとしてのキャラクターの動かし方や、スキルの用途などわからないことをたくさん教えてくれた。

女性同士だからなのか、新しい友達ができたようで打ち解けた気分で会話が弾んでいた。


「シュバリエ:おはよー!」

「Saya:あ、シュバおはよー^^」


そんな二人だけの雰囲気を打ち破るように、いつの間にかシュバリエが来ていた。

ちょっとだけがっかりというか、もう少しさーやとの会話を楽しみたかった自分がそこにいた。


「HIME:おはようです」


少し堅苦しい敬語から崩して話してみたつもり・・・だったが、改めて文字で見ると日本語としておかしい。

なんとなく他の人が話していたような口語文にしてみたんだけど。


「シュバリエ:HIMEさん早いんだね~」

「HIME:今日は休みだったから・・・」


シュバリエは私の中ではまだ性別が不明だ。

自分のことを「ぼく」という一人称を使い、あまりくどい言い回しもしないので男性っぽい気もするけど、「ぼく」という一人称だけでは女性がそういうロールプレイングをしていないとも限らない。

また、さーや同様とても人当たりがよく、気遣いの細かさなどは女性を彷彿とさせる部分もあった。


「Saya:さっきまで二人で話してて、ヒーラーのこと色々レクチャーしてたんだ^^」

「シュバリエ:おー、そうなんだね!」

「シュバリエ:さやさんはヒーラー歴長いから、いろんなこと知ってるんでわからないことあったら何でも聞くといいよ」

「HIME:うん、だいぶ色々教えてもらいました」

「Saya:うんうん^^」

「シュバリエ:二人仲良くなったみたいだね!」

「Saya:私がいないときでもヒーラーいると私も心強いしね♪」

「シュバリエ:さやさんはほぼいつもいるじゃん(笑)」

「Saya:ひどーい><そんなことはないもん!」

「シュバリエ:あはは(笑)いつも頼りにしてますよ!」


そんな会話を眺めながら、なんだか心がチクッとした。

今のギルドメンバーの構成からいうと、私がくるまではヒーラーはさーや一人だったのだ。

PTプレイに必要な回復職がさーや一人に責任がかかっていて、もしさーやがログインしていなかったら回復職がいない。

優しいさーやはみんなのために頑張ってログインしていたんだろう。きっとみんなそんなさーやに頼っていたんだな。

私もたまたま外見で選んだだけのエルフだったけど、ヒーラーとして遊んでいる以上さーやみたいに上手くなりたい。

でも私ではまだまだみんなと同じレベルでプレイできない。もっとレベルを上げて力になれるようになりたい。

そんな気持ちが心の中に生まれていた。


この後シュバリエとさーやにクエストを手伝ってもらい、レベルはいつの間にか30になっていた。

このゲームのレベル上限は現在80で、この上限は大型アップデートなどで開放されて上がっていくらしい。

ちなみにこの時シュバリエのレベルは72、さーやが75、たけが68、とろるんが70、タギューンが71だった。

まだまだ頑張らないとみんなと同じラインに立てない。

そう思った私はひたすらクエストを消化させて経験値を稼いでいた。


気づくと12時をまわっていたが、まだお腹はすいていない。

ここで一旦「お昼ごはん落ち♪」とさーやが落ちた(ログアウトした)。


「HIME:シュバリエさんはご飯食べないんですか?」

「シュバリエ:食べるよーwっていうか、シュバリエさんってなんかこっ恥ずかしいからシュバでいいよ!」


ぶっちゃけ「シュバ」のほうが私は恥ずかしい。


「HIME:他に何か呼び名とかないですか?」

「シュバリエ:うーん、好きに呼んでもらっていいけどw」

「HIME:・・・じゃあシューさん」


適当だった。

所詮自分の名前から文字って「HIME」なんていう名前しかつけられない私のネーミングセンスなんてこんなもんだ。

自分で言ってみて自分で「なんだこれ」と思ったが


「シュバリエ:新鮮でいいね!シューさんでいいよ^^」


という反応が返ってきたので、もうこれでいいかと開き直った。


シューさんはやはりギルドマスターをしているだけあって、やたらと面倒見が良い。

レベルが上がって新しい装備に更新しようと、私を連れてクエストとは別のIDに連れて行ってくれた。

一日に2回(厳密には12時間のクールタイムのあるIDだそう)しか入れないところだとか。

その分道中の宝箱や奥にいるボスからはレアな装備品が出るので、ゲットできるとステータスが格段に有利になるとのこと。

少しでもみんなの、さーやの役に立てるようになるならとOKした。

倍ほどレベルの違うシュバリエのおかげでペアでも楽に攻略することができた。


「シュバリエ:動きうまくなったね!」


さーやに教えてもらっていたとおり、ペアで動くときは離れた位置からシュバリエがターゲットをとったMOBを攻撃しつつ

HPが減ればヒールをし、ターゲットが流れてきたらシュバリエの側にいきターゲットを取り返してもらう。

そういう動きをパソコンで操作しながら、私は少しずつ連携プレイを楽しんでいた。

楽しい。面白い。

新しい装備を身にまとい、見た目もだんだん最初の味気ない色使いの装備から華やかな装備になってきた。

他のメンバーもちらほらとログインしてきて、私は普通に会話に馴染むことができた、と思う。

ふと気づけば15時になろうとしていた。


「HIME:あ、私ご飯食べてない・・・」

「シュバリエ:ぼくはプレイしながら食べちゃったから、ちゃんと食べてきたほうがいいよ!」


今更ご飯を作る気力がないので、私はカップラーメンを取り出しお湯を入れた。

プレイしていると3分などすぐに過ぎてしまい、伸び始めた麺をすすりながら私はまた狩りに行く。


さすがに体が疲れたと感じるようになったのは19時ごろだった。

ずっとパソコンの前に座りっぱなしなので腰が痛い。

晩御飯のことも気になりだしたので落ちることにした。


「HIME:晩御飯落ちしますね」

「シュバリエ:はーい!またね!」

「たけ:おつかれさーん!」

「とろるん:゜*。p(*´w`*)qオツカレサマp(*´w`*)q。*゜」

「Saya:おつー^^」



   ※   ※   ※   ※   ※



はぁー・・・

美姫は大きなため息をつきながら思い切り背伸びをする。

こんなに一生懸命パソコンに向かうなんて、会社でもしたことがなかった。

仕事中は1~2時間に一度は休憩室にいってコーヒーを淹れたりするのに、ゲームになるとつい集中してしまっていたようだ。

たまにトイレに席を立つこともあったけど、誰か何か話していたら返事しなきゃ、とすぐに席に戻っていた。

このゲームを始めてまだ3日だが、美姫はすでにネトゲ廃人の気持ちを理解したように思う。

「だめだ、このままじゃ廃人になっちゃう」

誰もいないのにわざと自分にそう言い聞かせながら、手間のかからないものを作って手を抜いてしまったらだめだと思い、グラタンを作り始める。

お風呂にもちゃんと入らないとと、普段の休日ならシャワーで済ませてしまうところを湯船に湯を張った。

体も隅々まで洗い、きちんと髪にトリートメントもしてみた。

しかしすべてそれが「ゲームにのめり込まないようにリアルにちゃんと時間をかける」と自分で言い聞かせた結果の行動であることを美姫は認めたくなかった。


ちらっと時計を見ると21時。

いつもなら22時には就寝していたので、寝る時間まであと1時間。

もうこんな時間になれば今からゲームに戻ることもない・・・

そう思ってはいたけれど、手はログインボタンをまた押していた。

「22時にはやめればいいんだから・・・」



   ※   ※   ※   ※   ※



「シュバリエ:おかえりー!」

「Saya:おかー^^」

「とろるん:(●´・ェ・)ノ))【ォ】【ヵ】【ェ】【リ】.。.:*☆」

「たけ:おっかー」

「タギューン:おかえりです」


ギルドメンバーがログイン、ログアウトをするときにはギルドチャットにそのログが出るので

私があいさつをする前にメンバーからおかえりの声がかかる。

いつも一人暮らししているので、「おかえり」なんてこの2年誰からも言ってもらっていない。

心の奥がなんだかほわっと暖かくなった。


「HIME:ただいま!」


帰ってきちゃいけないと思った。もう寝る時間になるんだし。

でも、少しだけ、少しだけ・・・

さっき受けただけのクエストをやったら寝よう。そう思っていた。


クエストの内容を見ると、またIDに行って来いという内容のものだったので

私は思い切ってメンバーたちにお願いすることにした。


「HIME:あの、今度はグールマスター討伐クエが出たんですけど、お手伝いお願いできませんか?」


すると予想外の答えが返ってきた。


「シュバリエ:あ、ごめん;今ちょっと無理なんだ」

「Saya:あーひめたんごめん!今はちょっと・・・><」

「とろるん:ひめちゃ(´・д・`) ゴメンヨ」

「たけ:あとで手伝いするよ!」

「タギューン:すみません、もうすこしあとでなら・・・」


きっと誰かに手伝ってもらえると思い込んでいたという部分があったが、さすがにみんなに一斉に断られると少しショックだった。

よく見ると、みんな同じ名前のIDに入っている。私はまだ聞いたこともないようなIDの名前。

そうか、みんなで私がまだ行けない、レベル相応のIDに行っていたんだ。

なんだか急に疎外感を感じた。


「HIME:そうですか」


悲しくなってそれしか言えなかった。

もっと気の利いた返事をすればよかったと思ったけど、それだけを言うのが精一杯だった。

レベルが低い自分を痛感させられ、足手まといだったんだと思い知らされた気分だったから。

急にクエストとかどうでもよくなってしまって、私はそのまま何も言わず黙ってログアウトした。


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