りたーん とぅ ざ じゃぱん ~使い魔の休日~
朝日が顔にさしたのを感じ、我が輩は目を覚ました。
目を開くと、そこには干からびた死体のようになった主がいた。
頬は痩せこけ、目は虚ろ。昨晩寝る前には健康体だった主に何があったのか……などと考えるのは野暮だろう。まあ、昨晩は激しかったようだがいつもの事である。我が輩は主に≪キュアウォーター≫を使い、水分を強制的に摂取させる。
あとは朝ご飯でも食べれば復活する。長い付き合いなので世話をすることなど造作もない。≪アイテムボックス≫から焼き魚と白粥を取り出し、主に差し出す。主は我が輩に感謝の言葉を告げると、貪るように朝食を掻っ込んだ。やれやれ、我が輩の主なのだからもう少し品というものを持って欲しいものだ。
ズドォォン!!
主が朝食を食べるのを眺めていた我が輩の耳に、轟音が飛び込んできた。
テントから顔を出し外を見れば、目の前の「魔王城」が崩れ去るところだった。早いな。流石は「勇者」か。
主の目的は「魔王の撃破」だったので、直接ではないが、これで一応は完遂したという事になる。
主に仕えて10年以上、何やら感慨深いものがあるが、これから先を考えるとワクワクするものがある。300年以上を生きる大魔道の我が輩だが、未来にこれほどの期待をするのはいつの頃か。まだまだ駆け出しの頃、今のような姿を思い描いて以来ではないか? 子供のころに戻ったようで、悪くは無いという気持ちが強い。
我が輩がそんなふうに考えていると、今度は周囲が光に包まれた。
何事かと警戒したが、この光には恐怖を感じない。むしろ温かさえ感じる。何が起こっているのだ?
そんな警戒をする我が輩を無視し、光の中から女性の声が聞こえた。女神を名乗るそれは主の知己だったらしく、我が輩の頭上を越え、主と何やら話をしている。
話が進むにつれ、まだ完全に回復しきっていなかったにも拘らず主は急いで荷物をまとめ出した。なんでも、生まれ故郷への道が開いたとかで、これから「ニッポン」という異世界へ行くというのだ。
そして、主は我が輩に問う。
「一緒に来ないか?」
と。
勿論だとも。
この身は主と共に在ると決めたあの日から。
我が輩には、「付いて往く」という選択肢しかないのだから。
我が輩の名はネコデワルカッターナ3世。
偉大なる猫の大魔道である。
今は我が輩よりもすばらしい魔法使いである主のもとで使い魔をやっている。
先日、魔王討伐の功績をもって主と共に異世界へ行く事になった。300年以上を生きてはきたが、異世界というのはもちろん初めてだ。幼子のように心を躍らせている。
主は吾輩の知らぬ知識を大量に蓄えていたが、こんなカラクリがあったとは。異世界で蓄えられた知識と言われれば納得する他無い。主も「そんなに専門的な事は知らない」と言っていたにも拘わらず、あの物事への造詣の深さ。実に楽しみだ。
女神の力で、主と共に「ニッポン」とやらに転移した。
着いて早々我が輩は咳込む羽目になった。
何だここは!
何だこの空気は!
まるで毒のようではないか!!
汚れた空気に辟易し、我が輩は≪エアマスク≫を使う。
ようやく落ち着いて呼吸すると、周りを見渡す。
まず気になったのは足元である。
ネズミ色の、石のようなものを敷き詰めてあるのだが、これは今まで見た事もない材質である。主が「アスファルト」と名前を教えてくれたので覚えておく。これと「コンクリート」というのがこの世界で標準的な路面に使う素材らしい。その手の素材で石やレンガを使わないのは驚いたが、より高度な技術で作られたレンガだと言われてしまえばそのようなものかと納得する他無い。実に興味深い。
他には林が見えるので、ここは街と街を繋ぐ街道であると容易に想像できた。まあ、この国の事など知らぬから予測でしかないがな。
次に、ある時から我が輩たちが今いる国、ニッポンの説明を受ける。
このニッポンという国はたいそう狭いらしい。狭い平地に建築物がひしめき合い、もはや新規開発の余地が無いほどに。人口も一億を超えると言われ、思わずあり得ないと言ってしまった。
そしてこの国は「戸籍」をずいぶんしっかり管理しているらしい。これが無いと職を得る事も出来ず、住む家すら見つからないのだとか。
異世界に来たばかりの主に戸籍が無いのは確定的だ。わざわざ我が輩に説明するぐらいだしな。
ではどうやって日々の糧を得るのか?
問うと、主は悪人面でニヤリと笑った。
「悪人のところから奪うのさ」
その表情だと、主は奪われる側の人間だぞ?
やってきたのは近くの町。「東京」とか言うらしいが、今の我が輩に興味は無い。
目下、仕事中だからな。
主に言われて、東京に住む野良猫どもに招集をかける。
集まった猫を臨時の使い魔として各地に放つ。主に学校とかいう施設の近辺を漁らせる。
それを幾度か繰り返し、条件に合致するところを見付けたら即介入という算段だ。
余談ではあるが、我が輩の使い魔となった猫に飢えは無い。
餌の代わりに我が輩の魔力を供給してやっているからな。存分に働くがいいさ。
夕暮れに染まるころに、ようやく反応が見つかった。
男数人が、娘を手籠にしようという場面だ。うむ、実にちょうどいい。主に報告し≪テレポート≫する。
我が輩たちがたどり着くまでに娘の服は脱がされてしまったが、まだ事には及んでいない様子。うーむ、少し都合が悪いな。まぁ仕方が無いか。とにかく助けに入る。
まずは我が輩が≪スリープ≫で娘を眠らせ、主が≪ストーンバレット≫で不埒者どもを撃ち殺す。
そして悪党どもの財布などを奪い、死体を焼却処分し、娘さんの衣服を整えてから撤収。完璧な行動である。悪を打ち滅ぼし金銭を得る。名誉は得られないが、この世界では静かに暮したい主の意向を考えれば正しい選択だ。
この国この東京にはそういった悪が多くいるようだ。
人気の少ない路地に連れ込まれ、金銭を奪われようとした少年を助けては「チーマー」なる悪党を撃ち殺し。
麻薬なる非道の産物をバラまく「ディーラー」なるものを撃ち殺し。
その元締めたる「チンピラやくざ」を事務所ごと消し去り。
正義の戦いを翌朝まで続けた我が輩たちの手元には二億円という、10年か20年は遊んで暮らせる金銭が残った。主が言うには「金貨と違って紙幣は価値の変動に注意する必要があるけどね」ということらしいが、とにかくこれでしばらくは大丈夫らしい。
更に翌日、大量行方不明事件として我が輩たちの行いの結果が世間を騒がせたが、主が名乗り出る事は無かった。
正義の味方というのは、正義の為に戦うのである。決して、名誉欲の為ではない。多少の金銭欲求があったのは否定しないが、経済とは金を使ってこそ生きるものなのだ。死者に握らせておく意味が無いので、我々が持っていくのは社会的に見て善行の一つだろう。
そうして我が輩と主は人々の称賛を受ける事無く、闇に消えていった。
さて、当面の資金の確保が終われば豪勢な食事と洒落込むのも悪くは無い。赤坂という場所にある、あまり服装を問われないが高級な店に行く事になった。
高級店に一見すると猫の姿をした我が輩が同伴すると問題になるので、≪インビジブル≫で姿を消して付いていく。この世界では魔法関連の対策がザルなのでとても楽だ。昔、小国の王宮に呼ばれた主に付いていった事があるのだが、あそこは対魔法設備がしっかりしていて、≪マジックフォージ≫をはじめ、魔法を強化する魔法を使わねばならなかった。
店の中は少々薄暗い。
どこからか低めのメロディが聞こえている。楽士を雇っているのだろう。落ち着きのある曲ゆえに、店主の趣味の良さが窺える。
そこで主は焼き肉と酒を頼んだ。あとは我が輩用に生肉を少々。脂がのっていると主が言っていたので、とても楽しみだ。
料理はかなり待たされたがどれも絶品であり、高貴なる我が輩に相応しい、とても素晴らしい時間だった。我が輩の評価を聞いた主も同じ肉を追加で頼んでいたから、ついでにおかわりを頂いた。いくつかは≪アイテムボックス≫で保存するとしよう。こういった楽しみも、猫生には必要なのだ。
腹を満たせば後は寝るだけだ。
主は漫画喫茶なる店に入り、「朝までコース」とやらを頼んでいた。よくは分からないが、きっと朝になったらすぐに出て行かねばならないプランだったのではないか? 金はあるのに身元が不明というのが響いているのか。早急に対策を取らねばなるまいな。
さて、寝所に来たのはいいが、この部屋には毛布一枚しかない。布団も何も無い、このような狭い部屋で一夜を明かさねばならないのか? 我が輩は主に問うた。
「ここは宿泊施設じゃなくて娯楽施設だからね。そのかわり、この建物内にある本を自由に読めるんだよ。あと、飲み物がセルフだけど、タダだね」
なんと。
娯楽用の本だけとはいえ、本を自由に読める図書館のような施設だったのか。
我が輩、一生の不覚。
これは時間の許す限り、読み漁らねばなるまい。
我が輩は主にお勧めを聞き、7時間ほど読書に興じるのだった。
むぅ。
先日は魔力を大量に行使したのにゆっくり休まなかったので、疲れが出てしまった。
主は使い魔たる我が輩の状況を危惧し、早々に休むよう言う。
主に負担をかけるようではあるが、このままでは如何ともし難い。大人しく主に抱かれ、休む事にする。
無様である。
目を覚ますと、どこかの森の中に移動した後のようだった。
目を覚ました事を主に注げ、自分の足で立つ。
寝ていたのは6時間かそこらか? 魔力も十分に回復し、これなら何の問題も無いと言える。
主は今、この世界での拠点を作ろうとしていた。
長野という土地は、山々に囲まれて人の手があまり入らぬ場所がいくつもあるらしい。国有地という、何の手入れもされていない森の一つに主は目を付けたようだ。
見ればすでに≪アイテムボックス≫から「コテージ」が取り出された後だったようだ。周辺には人払いの結界が張られ、魔力も隠蔽されているので、まず誰も気が付く事が出来ないだろう。
流石は主。素晴らしい。
人が来ないここなら、周囲の住人と軋轢を生む事無く穏やかに生活できる。戸籍とやらを手に入れるまでのつなぎであるのだから、この程度で問題ないだろう。
食料については資金が潤沢だったので、我が輩が寝ている間に買い溜めしたようだ。≪アイテムボックス≫に入れておけば腐らないので、半年は大丈夫らしい。
この世界に着て二日目にして、我らは安住の地と豊かな食卓を得た。
実に効率のいい生活をしていると言えるだろう。
主が食糧とは別枠で買ってきてくれた書籍を読み漁り、≪リードラング≫で書かれた知識を頭に詰め込む。
主に農業関連の書が多い。これは知識の実践の為だという事らしい。ハイテク関係ではプログラムなるモノの基礎を学んでいるが……どうにもパソコンなる物が無いと、そちらを実践できないようなのだ。今は覚えるだけだ。早く「Hello world」と打ち込みたいものだ。
それはともかく、できる事から試してみようと思う。
主もしばらくは食べ歩きを中心にゆっくりするみたいだし、今は休暇という訳だ。
早速≪グリーングロース≫で植物を急速成長させる。イチゴの苗が花を咲かせたところで一旦停止する。別品種のイチゴで同じ事を繰り返し、互いの花粉を受粉させる。これで新品種のイチゴが出来る可能性が生まれた。
できたイチゴの種を使い、新しいイチゴを作ってみる。生まれたイチゴは元の品種に近いものや、交配に使った品種に近いものなど、出来は多様だった。その中から最も気に入ったイチゴの苗を使い、もう一回イチゴを実らせる。
できたのは先ほどと同じ味のイチゴ。いや、やや味が薄いか?
土地の養分が枯れてしまったようだ。肥料を与え、再度イチゴを実らせる。今度は最初よりも芳醇な味のイチゴが出来た。
失敗を繰り返さないよう、10回ほどイチゴの種からの苗作成を、肥料と≪グリーングロース≫で繰り返す。味は安定し、一つの品種が安定して採れる事を検証した訳だ。本来ならここでついでに病原体への耐性テストなども行う訳だが、我が輩はそこまでの施設と設備が無いので妥協したのだが。まあ、植物の新種作成は何とかできそうである。
一度DNA改変もやってみたいが、さすがに贅沢を言いすぎであろう。我が輩は謙虚な使い魔であるがゆえに、そのような申し出を主にしないのだ。えっへん。
魔法で加速育成をしたのではあるが、それなり以上に時間がかかってしまったようだ。イチゴ1種が終わる頃には主が帰ってきた。主がいるというなら、使い魔として付き従わねばなるまい。
さて、主は我が輩の作ったイチゴを食べてくれるかな?
そんなこんなで、2週間ほどのんびり過ごした。
ロシアンマフィアと戦ったり、この世界の魔法使い組織と敵対したり、ラーメンを食べ比べたり。ごくごく普通の平和な生活だ。
主は戸籍の入手に成功し、来年度より大学生になるという。入試とやらがあるのだが、ただの暗記がほとんどらしく、主にとっては大したことではないようだ。
我が輩たちは戦いと縁のない、穏やかな日々を手に入れた。
そう、思っていた。
平穏が破られたのは転移してから半月ほど経った日の事。
あの日と同じように、女神の気配が感じられた。主から血の気が引いた音がした。
すでに過去のものと思った懐かしい気配が3つ感じられた。主は全力で防衛陣地を構築している。
若い娘の声がした。主の名を呼んでいる。その主は構築した防衛陣地を囮に、≪ランダムテレポート≫でどこかに消えた。あれ、下手を打つと宇宙に出るのではないか? 主なら問題ないと思うが。
主の叫び声が聞こえた。目に見えるほど近くまで来た娘――元の世界の女勇者――が主に抱きついていた。満面の笑みに見えるが、目だけは笑っていない。ついでに主に両腕が折れそうだ。
娘は転移魔法を妨害するアーティファクト『招き誘う手』を持っていた。ふむ、行動が読まれていたか。こちらの世界の書物で表現するならヤンデレ娘に該当するだけはある。恐ろしい。
気絶した主のもとに、女が二人追加された。一人は騎士、一人は神官。神官女が主を癒し、目覚めさせたが……二人を見てまた気絶した。
うん。
まぁ。
せっかく逃げたのに、また捕まったのだからな。
やれやれ。これからどうなる事やら。
とりあえず、明日の朝ご飯の仕込みをしなければいけないかな?
……干物にされる、主の為に。
読んでいただきありがとうございます。
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