1 はじまりとおわり
童話ですので、恋愛要素は、ほぼ皆無です。
「泡になっても傍にいて」と同じ世界観です。
微妙な繋がりがあります。気になる方は、申し訳ありません。
寂しい北の国の一番偉い人は女の王様、女王でした。
女王は、氷のように冷たい表情をしており氷の女王と恐れられていましたが、心までは氷のようにはなれませんでした。
彼女は、時折国を抜け出しては凍りそうな心を癒しておりました。
そんな時、彼女は見つけました。自分の心を動かす存在に巡り合ってしまったのです。
少しの躊躇の後に、彼女はその存在に手を触れてしまいました。
そして、攫って己の物にしてしまいました。
女王のそんな行動に、臣下一同は頭を抱えました。
しかし、女王の和らいだ雰囲気や嬉しげな表情を見てしまったら、それ以上何も言えませんでした。
女王に祭り上げられた彼女は「可哀そう」でした。
元々望んだ王座ではありませんでした。ただ、彼女は「選ばれた」だけたったのです。
この世界の神さまに、女王としての役割を与えられた哀れな少女だったのです。
なりたくて、なったわけじゃない。
その悲しみ、苦しみを紛らわせるのに、その存在はとても重宝されました。
なぜならば、それは初めて女王が自ら欲したものだったから。
だから、それが正しい方法で手に入れたものでなかったとしても、この北の国では許されました。
「へいか、これ、とてもおいしい」
「そうですか。ならば、もっとあげましょう 」
仲睦まじげに寄り添う二人。一人は、こげ茶色の長い髪を結いあげ、うっすらと微笑む少女。そこには氷のような表情はなく、年相応の少女のようなあどけない笑みがありました。
そして、もう一人は真っ赤な髪の毛に金の瞳をした美しい子どもが、とても嬉しげに笑っていました。上等な服を身にまとった五歳ほどの男児は、一見すれば王子のようでした。
外の世界で、女王は小さな子どもに心を奪われました。
そして、子どもはその存在を女王に攫われました。
攫った者と攫われた者として、寄り添う二人。
しかし、その雰囲気は決して殺伐としたものではありませんでした。まるで初めから二人でいることが決まっていたような仲の良さ。
それは、親子のような兄弟のような恋人のような、見ている者が自然と笑みを浮かべてしまうような雰囲気を漂わせていました。
そんな二人をみて、周囲の者たちは子どもの容姿について知らぬふりを決めました。
整った容姿に、高貴な気品。王族のようにも見えますが、子どもの容姿は赤毛に金の瞳。それが示すことの意味を、誰もが考えないようにしました。
それは、人外の証でした。この世界でもっとも恐れられ幻とされる生物の特徴。
魔法使いや魔女と同じくらい忌み嫌われ、忌避されるべき対象でした。
そう、それは、
「どらごん? 」
「そう、貴方は美しき炎の竜。ファイアドラゴンなの 」
困ったように子どもに告げるのは、魔女でした。子どもと同じ赤を瞳に宿す赤い魔女。
赤い魔女の出現に、女王は何かを諦めるように瞳を伏せました。
居心地良く優しい時間。
柔らかな笑顔に、愛おしい存在。
それらは、目がくらむほどに幸せだった。ずっと昔に失くしてしまったぬくもり。
望まない王座を得て、そうして諦めてしまった全て。
でも、もう、それも終わらせなければならない。
「ご迷惑を、おかけしました 」
「へいか、なぜ あやまるの? 」
女王はドレスの裾を掴む子どもの手を握りました。つないだ手から、温かな気持ちが広がってきます。
最期の瞬間も、これならば笑っていられる。だからこそ今のうちに、と女王は覚悟を決めました。
「彼を、お返ししましょう 」
「へいか、なにを、いっているの? 」
戸惑いで揺れる子どもの瞳が、女王を見つめます。子どものそんな表情に知らぬふりをして、女王は魔女だけを見つめます。
「早く、こんな場所から連れ出してあげてください 」
「…わかったわ 」
そう言うと、魔女は子どもの方へ手を伸ばしました。しかし、ただならぬ雰囲気を感じた子どもは女王にしがみつきます。
必死で、離れたくなくて、小さな手でドレスの裾を握りしめました。
「エド、もういきなさい。私は…悪い人だったの。私の傍にいては、いけない 」
「いやだ!! へいかのそばにいたい!! ぼくは、へいかが、すきだ、だから 」
泣きじゃくりながら訴える小さな子ども。愛おしくて、ずっと自分の傍にいてほしい。
望めるならば、この子を自分のものにしてしまいたい。その欲求を、女王は押さえました。必死で抑え込みました。
「わたしは、好きじゃない。 ただ、ドラゴンの力が必要だっただけ。 でも、もっと強いドラゴンを見つけたら。だから、エドはもういらないの 」
酷い嘘だ。人間なんてもう信じたくないと思ってしまうかもしれない。でも、それでいい。
これから先、この子が人間に優しさをもつことが無いように。二度と、あの笑顔を、誰かに見せないように。
この子の心に、氷の欠片を刺してしまおう。
「…うそだ。 だって、だって 」
子どもの周囲に赤いものが集まってきました。魔法陣もスペルもなく子どもは炎を出現させることができるのです。
それは、この生物にだけ赦された能力。炎の化身である、ファイアドラゴンの力でした。
まだ幼いためなのか、子どもは癇癪を起すたびに炎を出してしまいます。
炎はまだ幼い竜の子どもにも害を与えるものであり、その度に子どもの炎を押さえていたのは女王の力でした。
子どものために力を使えることは女王にとって嬉しいことでした。
駄々をこねる子どもをおさめ、炎をしずめる時だけ、女王にとって力は疎ましいものではありませんでした。
それはとても嬉しいことだった、と懐かしむように女王はうっすら微笑みました。
しかし、そんな笑みをすぐに消して女王は指でスペルを空中に描きはじめました。
いつものものではきっと抑えられない。だから、今までで一番強いもの。
一瞬で子どもを黙らせられる魔法。人間の事なんて、思い出したくもなくなる酷い魔法。
この子ために力を使えるのは、これで最後だから。
「さよなら」
その力は、彼女が氷の女王と呼ばれる所以であり、この北の国を総べるために必要なもの。
この世界で一番の、魔法と呼ばれる奇跡の力。
瞬間、発動した魔法は瞬時に炎を消し去り、子どもを氷漬けにしました。
「ちょ、ちょ、ちょっとやりすぎじゃない!! 」
「…これくらいすれば、二度と人間に近づかないでしょう 」
大丈夫、決して傷つけはしないから。氷の魔法ならば、私以上にうまくやれる者はいない。
だからこそ、私は、この北の国の女王でありえるのだ。
「あんたは、昔からよくわからないわ 」
「貴女にだけは、言われたくない 」
極寒の地。山脈が連なる北の最果てに、ひっそりと存在するのは要塞国「北の国」です。
ここは、魔法使いの国と人の国を繋ぐ唯一の正規ルートなのです。
魔力を持たない人が魔法の国であるワールズに行くために、避けては通れない国。
その要として、女王である少女は全てを氷に閉ざし、北の国を守っているのです。
「このまま、この子の保護は、あんたがやればいいのに 」
「…こんな所で閉じ込められたままなんて、可哀そうでしょ 」
ポツリと呟かれた言葉に、赤い魔女は何も言えませんでした。
それは、まるで女王が自分へ言っている言葉にも聞こえたからです。
「東の湖で見つけました。そこ周辺の山脈を探ってみてください。貴女のところの宰相ならば見つけられるでしょう 」
「あの陰険を使うのは疲れるんだけど…ドラゴンの集落見つけるのは、確かに私では難しいわ… 」
これからの事を考えながら魔女は、めんどくさそうにため息をつきました。
氷の中、悲しげな表情の子ども。それを見つめる女王の顔も、やはり悲しそうでした。
そんな様子を見て、赤い魔女は小さく溜息をつきつつ、子どもを連れて北の国を出ていきました。
そうして後に残ったのは、また元の日常。
寒くて悲しくて苦しい、北の国の生活だけでした。