記憶:4
昼休み――何の因果か、紫苑は狼の校舎案内をする羽目に。狼は物凄く嬉しそうに微笑っている。紫苑は無表情を保ちつつ、溜息を吐きたい心境にかられた。
「紫苑はどれぐらいで学校の地図覚えたの?」
「一日」
「…………本当に、優れた記憶力だね……」
狼は微妙な顔をして紫苑を見た。紫苑はそういう視線で見られることには慣れている為、無視をした。
――こいつも、同類か……こいつは、もうちょっと違うと思ってたのに……
「――――変わってなくて、安心した」
紫苑は狼を振り返った。だが、狼の表情は依然としてあの意味の判らない人懐っこい笑みを浮かべているだけだ。
――……さっきの、なんだ……
怪訝な表情をして狼を見つめるけど、狼の表情は変わらず、真意がつかめない。紫苑は諦めて踵を返して歩みを進めた。狼はそれに大人しくついて行く。ずっと、背中あたりに視線を感じる。紫苑は居たたまれない気分になって落ち着かない。首に手をあてて、うずうずと肩を揺らす。ちらり、と後ろの同級生を見れば、そいつは嬉しそうにニコーッと微笑った。つい、顔が引きつってしまう。
――調子が掴めねえ奴……でも、なんでだろ……
――狼と一緒に居ると、安心する――
不思議と、こいつの傍に居ると、安心してしまう。傍に居る、手の届く範囲にいる。それが、何故か嬉しいと思っている。
「……意味、判んねえ……」
『……過度の接触は控えろ、と申し上げた筈ですが……? どういうことです?』
「そう、怒るなって。つい、ムラサキを前にするとね……嬉しくて、嬉しくて……」
『頼みますから、上司の云うことは訊いて下さい。でなければ、私があの人に怒られます』
呆れた溜息が耳のすぐ傍で訊こえる。青年はうっそりと微笑んだ。
「だって、しょうがないだろう? ずっと……永い…永い刻を待ち続けたんだ……あの、魂が生まれるのを……誰よりも、あの魂を待ち焦がれた……浮かれても、いいじゃないか……」
永遠に等しきその刻を、ただただ待ち続けた。それに巡り逢えるまで、まるで死んだかのような気分だった。呼吸を忘れた魚のよう。それほどまでに、あれは自分の大切な存在だった。否、今も大切だ。
『……判っていますよ。でも、まだ彼は“不完全”なんですよ……もう少し、節度をもって――』
「判ってるって。じゃ、切るよ」
云いかけの言葉も訊かずに、無理矢理電源ごと切った。一瞬、逆パカしてやろうかと思ったが、それでどやされるのも面倒なので、そのまま大人しくポケットに入れる。すい、と視線を落とすと、紫苑が歩いているのが見えた。
「紫苑……紫苑、紫苑……もっと、君に触れたいよ……」
あのときのように。総てを忘れて、時間をも忘れ、戯れたい。あの柔らかな髪を梳いて、それを楽しみたい。
「早く……総てを思い出して、俺をもう一度――――愛して――――」