記憶:1
温かい大きな掌。
「―――――――――」
誰かが何かを云っている。
真っ赤な夕陽の逆光の所為でその人の顔は見えない。
「――――また。逢いに来るよ、紫苑……」
その声は、初めて訊いた筈なのにどこか懐かしいと思えた。
――その夢は、幼いころの出来事――
「…………頭いてぇ……」
頭を抱えて呟く。ベッドで上半身だけ起こした状態で寝惚けているのは日本人にしては明るめの茶髪をした青年――朝比奈紫苑だ。
「……6時半……今日、学校だっけ……?」
携帯を取り出し曜日を確認してげんなりと呟く。紫苑はゆったりとベッドから降りてカーテンを開けた。
冬の空はどんよりとしているが早朝は綺麗だ。太陽がひょっこり覗いていてその陽の光が幻想的に差している。
「……………………………………はぁ……」
吐く息は白くなる。紫苑は窓を開けて身を乗り出す。ひんやりとした外気が寝ていて暖かくなっている身体を急激に冷やしていく。
「あれぇ? 紫苑何してるの?」
「……架苑姉さん……お早う」
「お早う。それより、どうかしたの? そろそろ朝食出来る頃だと思うけど……一緒に下行く?」
ニコニコと人懐っこい笑顔。紫苑は姉のそんな表情が可愛く思える。微かに口角が上がる。
「あー、紫苑微笑ったー!! 紫苑、もっと笑ってよ……私の前だけでもいいから……お願い、微笑って……」
紫苑が微笑ったことに架苑は嬉しくて近所迷惑にならない程度で騒ぎ、切なげに懇願した。
「………………」
次に笑おうと頑張った紫苑に対し「無理に笑わないで」と懇願したのは云うまでもない。
先ほどより仏頂面になった紫苑とゴメンゴメンと一生懸命謝り続ける架苑は一緒に階下へと降りて行った。
「あら、紫苑、架苑。お早う」
「「お早う、母さん」」
2人がリビングの扉を開ければ丁度いいタイミングだったようで、朝食はほぼ出来ていた。
「相変わらず美味しそう……」
「ふふ、紫苑にそうやって褒められると嬉しいわぁ」
本当に嬉しそうに、照れ臭そうに微笑む母親の笑顔は架苑のそれと似ていて流石親子だなぁ、と思う。
自分も、4年前まではあんなふうに笑っていたのだろうか?
自分の母と姉のように、明るく綺麗な笑顔をしていたのだろうか?
「? 紫苑、どうかしたー?」
「ううん。なんでもないよ」
さっさと席に着いた架苑の隣に座って朝食を食べ始める。
「行ってきます」
紫苑は靴を履いて玄関を開けた。駅までそれなりの距離があり、少し早歩きで行く。
ほんの少しだけ積った雪はべちょべちょになっていて逆に滑って転んでしまいそうだ――そう思った矢先。
「っう、わぁ!!」
今朝の放射冷却+溶けにとけまくった雪の所為で紫苑は滑ってしまった。
――ガシッ
「…え……」
雪の冷たい道路に倒れることなく誰かに受け止められた。
「――――大丈夫……?」
声が訊こえた。紫苑はゆっくりと顔を挙あげた。
綺麗な藍色の髪にこの世のものとは思えない程綺麗な赤色の瞳。
――……男……だよな……?
まじまじとその男の顔を見つめる。ふと、左眼に切り傷のような傷跡がある。
あれ? と紫苑は首を傾げた。
――何処かで……見たこと、が……あるような……?
「……どうか、しましたか……?」
男は自分をずっと自分を見ているので不思議そうに訊いてきた。紫苑はハッ、と我に返って男から慌てて離れた。
「す、済みません……! え、と怪我とか……」
「いや、大丈夫だけど……君は……?」
「あ、はい。大丈夫です。ホント、済みませんでした……」
紫苑はぺこり、とお辞儀をして走り出した。その時――――
「――また……逢えたね、紫苑」
微かに、そう訊こえた気がした。
謎多き作品になりそうだと思っている。
お付き合い願います。