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大生徒会戦  作者: 境康隆
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プロローグ

 第4回小学館ライトノベル大賞(ガガガ文庫)2次落ちの作品に、大幅に修正を入れたものです。

 百の生徒会が戦う設定を喜んで書いたら、千の生徒会が戦う小説が出版されてました。

プロローグ


 ――フラグ! フラグが立った!

 ――フラグの意気地なし!

 ――そう罵ること、生まれてこのかた十五年!

 ――やっと俺にもフラグが!


「すまない! 大丈夫か? 俺、考え事をしていて!」

 ややつり目がちな目をキリリとつり上げ、その少年は声を荒らげた。

 見ず知らずの少女に、出会い頭でぶつかってしまったからだ。

 梅が終わり、桜を待つ。ここにくるまでの街路では、気の早いコブシが咲き誇っていた。うららかな陽射しが頬に温かい。そんな春の一日だ。

 その早春の一日に、この少年――桐山蓮司(きりやまれんじ)は少女とぶつかってしまった。

 慣れない校舎。見知らぬ他校の生徒達。人生を決める今日この日。

 緊張していた訳ではない。陽光を満喫していた訳でもない。ましてや気が緩んでいた訳でもない。今日は大事な日だからだ。

 いや、だからこそ色々と気を取られてしまっていた。そうなのかもしれない。

 場所も悪かった。以前子猫を見掛けた場所に通り掛かり、そちらを余所見していたのだ。

 子猫は木に登って降りられなくなっていた。蓮司が駆け寄り助けてやった。お腹が白で背中がネズミ色のその子猫は、蓮司が地面に下ろしてやると一目散に逃げ出した。

 可愛かったなとその時のことを不意に思い出し、ぼんやりとしてしまったのだ。

 桐山蓮司ともあろう者がだ。

 らしくない。どうかしている。しっかりしろ!

 蓮司は自分をそう叱責する。気合いを入れ直そうとする。己に活を入れる。

 だが――

「大丈夫か……」

 だが蓮司は息を呑んでしまう。気合いが空回りする。情けない程に動揺してしまっている。

 美少女だ――

 花咲くような美少女が、放心したように芝生の上に大の字に倒れている。

「……」

 その少女は目を白黒させていた。焦点の定まらぬ目で虚空を見上げている。

 顔が赤い。この突然のハプニングに頬を染めているようだ。

 少女はゆっくりと首だけ傾け、蓮司に向き直る。

 蓮司と目が合った。

「その…… すまない……」

 蓮司はいくらも話せない。動きも止まってしまう。見とれてしまう。蓮司の思考が止まってしまう。まるで己の中の時間が止まってしまったかのようだ。

 そう、何故ならその少女は――花咲き誇るような美少女だったからだ。

 芝生に敷き詰められるように伸びた、長く艶やかな緑なす黒髪。それはまるで陽の光を満面に受けようとする向日葵のようだ。

 やっと焦点の戻った目はとても大きく澄んでいて、露に輝く朝顔のように輝いている。

 頬は赤い。満開のバラの花を思い起こさせる。だがそれは今は赤らんでいるからだろう。

 スズランを思わせる首筋の肌の白さを見れば、頬の白さも自ずと知れた。

 唇は可憐だ。

 ここだけ梅の花が咲き残っていたかと、誰もが思わず目を見張ってしまうことだろう。

 そして黒髪の中に、春には一足早い一対の桜の花が咲いていた。

 特に桜の花。今日という日に、何と言う幸運。咲き誇る花のようなかんばせの少女は、幸運の女神様に違いない。蓮司は惚けてそう思う。

「……」

 少女はその桜の花――蓮司がそう勘違いをした耳を動かす。緊張のあまりに動いたのだろう。そしてそこしか動かせなかったのだろう。

 何より少女は蓮司に四肢を押さえられていたからだ。芝生に背中から倒れた少女に、蓮司は上からのしかかるように倒れていた。周囲のざわめきが、蓮司の耳を襲う。

 蓮司はやっと周囲の様子に意識を向ける。衆人環視でこの体勢。言葉を失い、頬を染める少女。その上から動かない自分。犯罪的だ。

「すまない!」

 蓮司はようやく我を取り戻し、跳ね起きるように立ち上がった。謝ってばかりだ。

 桐山蓮司ともあろう者が、気が動転している。

 成績優秀。スポーツ万能。品行方正。エリート街道をひた走る――桐山蓮司がだ。

 落ち着け桐山蓮司! 蓮司は己にそう言い聞かせる。

「……」

 少女は放心したように立ち上がる。だが直ぐに力が抜けたように、芝生の上に座り直した。

 立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は――

 その続きは何だったか? 蓮司は少女の姿に、正にその通りだと思いながらその言葉を思い出す。そしてやっと自分がぶつかった場所が痛み出し、ほぼ無意識にそこを押さえた。

 見れば少女もそこを押さえている。

 蓮司と同じところ――唇だ。

「キャーッ!」

 少女は耳をつんざく悲鳴を上げて、もう一度立ち上がった。少女は生気を取り戻したようだ。今度は力強い。そう、何と言っても、拳すら握っている。

「ま、待て! 落ち着つけ――」

 蓮司のその制止の言葉は、

「グオッ!」

 頬にめり込む少女の拳で遮られた。


「すまない! 大丈夫か? 俺、考え事をしていて!」

 ややつり目がちな目をキリリとつり上げ、桐山蓮司は声を荒らげた。

 一瞬気を失っていたような気がする。殴られて目の前が真っ暗になったような気がする。

 失神する前に見たのは、拳を振り上げる美少女だ。殴られたせいで視界がぶれたのか、その美少女は二人いたような気もする。

 いや違う。視界がぶれたのではない。実際に二人いたのだ。

 その証拠にもう一人の美少女は、髪が短かった。

 ぶれた視界でもそのことだけはしっかりと分かった。

 髪の長い少女に、短い少女。そっくりだ。髪の長さ以外は瓜二つだった。

 髪の短い少女は必死に後ろから、殴り掛かろうとする髪の長い少女を押さえようとしていた。

 だが実際、その短髪の少女は間に合わなかったようだ。

 蓮司は長髪の少女の大写しになった拳を思い出す。

 立てば芍薬、座れば牡丹。殴る姿は――コブシの花!

 それではそのままだ。そう思いまた心の中で叫び上げながら、蓮司はやっと意識を取り戻す。

 フラグがどうのという夢を見ていたような気がする。突然の文字通り衝撃的な出会いに、運命を感じたような気がする。

 そして今もまだ、半覚醒――夢現だという自覚がある。叫んだのも己の意識の中だ。

 すまない。考え事をしていたと、相手に謝っていたとも思う。

 だが失神している暇などないのだ。

 今日は大事な日だ。

 体調は万全か? 緊張はしてないか? 忘れ物はないか? 筆記用具は?

 何より受験票は――

 そう、桜咲くような幸運の女神様と出会ったのだ。今日この日――高校受験のこの日に、暢気に気を失っている訳にはいかない。

 ましてやこの学校は、高校生活三年間が戦いだからだ。始まる前からこの体たらくでは先が思いやられる。このままでは、あの父を見返せない。

「すまない! 大丈夫か? 俺、考え事をしていて!」

 蓮司はやはり、一番に謝りたいことを叫びながら体を跳ね上げる。

 蓮司は上半身を起こした。ざっと周囲を見回す。もちろん最初に探したのは、フラグの立った桜咲く幸運の女神様だ。

 だが周囲を取り囲んでいたのは、心配げに蓮司を覗き込む他中学からきた受験生達――

 ではなく、白い壁だった。

「えっ? あれ?」

 白い壁は、実際は赤く染まっている。窓から差し込む光に映えて、赤く染まっている。

「あれ? え、何? 保健室?」

 蓮司は白い壁の保健室で、窓の外の夕日を見送った。どう見ても一日が終わっている。

「幸運の女神様は? 受験は? 『大生徒会戦』は……」

 蓮司は一人、呆然と呟いた。

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