0話 異世界で唯一の男騎士、貞操の危機が日常です!
【女は勇ましくあれ。戦場に赴き、己が国を護り、愛する男を守る――それがこの国に生きる女の誇りだ】
【男は優雅であれ。家を支え、子供を育て、戦いで傷つき帰る女を癒やす――それがこの国に生きる男の務めだ】
「いやぁ……まさか見回りに来た衛兵がこんな華奢で可憐な獣人の少年だったとは♡」
目の前で腰かけている女性は、指先のリングから首元のネックレスまで隙間なく宝石をまとい、光を受けてキラキラと輝いている。
客である僕たちの前で堂々と足を組むその態度は、誰が見ても“富豪”とわかるものだった。
「実はいい酒があるんだが……一杯どうだい ? 」
「気持ちは嬉しいですけど、見回り勤務の最中なので遠慮しておきます」
「そんな雑用は後ろの女にでも任せればいいのさ!男ってのは女を喜ばせてこそ。国の教えにもそう書いてあるだろう ? 」
モニュ!
「んっ」
『おい!てめぇ!ダルクの尻尾に気安く触ってんじゃねぇ!俺だって機嫌がいい時しか触らせてもらえないのに……殺す ! 』
富豪の指先が僕の尻尾に触れた途端、背後に控えていた同僚のカイリが目を吊り上げて叫ぶ。
カチッ!
しかもあろうことか、彼女はすでに腰の剣を抜き放ち、臨戦態勢に入っていた。
「く、国を守るはずの王国騎士が市民を殺すとは何事だ!それに私はこの国の重鎮だぞ ! 」
『そんなこと知らん!重鎮だか文鎮だか知らないが、ダルクを傷つけたやつは俺が許さねぇ!』
「くっぅぅぅ………お前たち!」
当然、そんなことすれば向こうの傭兵たちも剣を抜かざるを得ない。その冷たい剣先が僕らへと向けられる。
まだ攻撃されていないのは、事の発端が富豪にあると向こう側も理解しているからだろう。さすがは重鎮を守るベテランたちだ。状況を冷静に見極めている。
<クソ……私だって獣人男の尻尾を触りたい!
<あぁ、あの子と同じ部署で働いてたら夢のオフィスラブからのラブラブ新生活ができたかもしれないのに!
<そう考えるとムカついてきたかな。今回こそは見捨てるか。
そう感心しているのも束の間、傭兵たちの小さな話し声が耳をかすめる………今のは聞かなかったことにしよう。
「こほん……カイリ、一旦剣を収めてくれないかな ? 」
『でもよ!』
「大丈夫、この程度のことは気にしてないから」
納得いかない様子のカイリに落ち着くよう促す。
町の見回りをしていたはずが殺し合いになっていました……なんて騎士失格どころの話ではない。 最悪除名もあり得るだろう。
「ご主人様も騒ぎ立てして申し訳ございません」
皆が剣を収めるかどうか迷っているその隙に、僕は富豪の前へ歩み出る。そして場を鎮めるよう、深々と頭を下げて謝罪した。
「わ、わかればいい。だがまだ誠意が足らん!私に逆らったらどうなるか奥の部屋でしっかり教育を――」
「ですが ! 獣人の尻尾を無断で触るのは侮辱に値します。ですので、もし次に触ったら……」
カチ……!
「問答無用で切りますよ ? 」
もう男だと舐められないよう、剣の音を小さく響かせながら語りかけた。
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ガチャ……
周囲の建物の中でひときわ大きな建物から外へ出ると、厄介な任務を終えた充実感が胸を満たして自然と背筋が伸びる。
「はぁ……いつになったらセクハラが終わるんだろ」
『仕方ねぇだろ。お前はこの国唯一の男騎士なんだからさ……』
「だとしても多くない ? 」
僕はこの世界で唯一の男騎士――その肩書きは立派だけど、背丈が周囲より一回りも二回りも低いせいで、可愛がられたり、舐めた態度を取られたりすることがよくある。
怒鳴られるよりはマシだろうが、こんなことなら前みたいに女を装ったほうが気楽だったかもしれない。
「百歩譲ってセクハラされるのはいいけど、話が何度も脱線するから嫌なんだよね。人によっては口説いてくるし」
『はっ!それが嫌ならさっさと家庭に入るんだな』
「もう、カイリまでそんなこと言う。僕の立場わかってるでしょ?辞めたくても簡単には辞められないよ。それに僕には夢があるからね」
『……そうだよな』
カイリは深く肩を落とし、唇を噛みしめながら地面を見つめる。
その横顔には、自分の不甲斐なさを責めるような色が浮かんでいた。
『な、ならさ……あいつじゃなくて、俺のところに婿入りするってのはどうだ?それならいいだろ ? 』
「はは、なにそれ冗談 ? 」
突拍子もないことを言うカイリに思わず笑ってしまう。
さっきセクハラされて気落ちしていた僕を見て元気づけようとしたのだろうか。相変わらずカイリはお世辞が上手だな。
『冗談じゃねぇんだけどな……(ボソ)』
「ん、何か言った ? 」
『なんでもねぇよ。ほら、さっさと次の見回り行くぞ ! 麗しの男騎士様 ! 』
「ちょ……幼馴染だからって、あんまりからかわないでよ ! 」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべたカイリは、身を翻して走りだす。
その背中に幼い頃の面影が重なり、懐かしさを覚えながら僕も後を追いかけた。
これは、男女の役割が逆転した異世界の物語。
世界で唯一の気高き男騎士が、セクハラを受けたり、女性用風俗で働かされたり、奴隷に堕ちたりする中で、それでも貞操を守り抜こうと努力した軌跡である。
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