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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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9/9

8. パステルカラーの境界線

 日曜日の朝は、アラームが鳴るより少しだけ早く目が覚めた。

 カーテンの隙間から差し込む光が、やけに白い。

 天気はいいらしい。そうぼんやり自覚した瞬間、心臓がトクンと跳ねた。枕元のスマホを手に取ると、案の定、琉生からメッセージが届いている。

『おはよ。ちゃんと起きてる?』

 待ち合わせの一時間以上前だ。

(……早すぎ)

 自分より落ち着きがなさそうなのが、なんだか無性に腹立たしい。

『起きてる』

 短く返すと、一秒で既読がついた。

『よかった。ドタキャンされたら泣くところだった』

 泣くわけないくせに、と毒づきながらも、その軽さに少しだけ肩の力が抜ける。緊張しているのが自分だけではないのだと思うと、ほんの少しだけ気が楽になった。

『起きたなら支度する。あと、今日、本当に変なことしないでよ』

『しないって。でも、可愛かったら普通に言うかも』

 鴎は無言でスマホを伏せた。

「……朝から何なんだよ、あいつ」

 独り言をこぼしてベッドから這い出す。

 椅子の背には、昨夜遅くまで悩んで決めた「戦闘服」が掛かっている。くすみブルーのトップスに、シルエットの綺麗なロングスカート。歩きやすさと「映え」を両立させた、鴎なりの正解だ。

 洗面所で顔を洗い、鏡の前に座る。

 手順は慣れているはずなのに、今日は妙に手元が慎重になった。

 ベースを整え、丁寧に色をのせていく。鏡の中の自分は、少しずつ「時任鴎」から離れていく。けれど、完全に別人になるわけじゃない。

 最後に髪を整え、鏡を引いて全体をチェックする。

(……悪くない。はず)

 ***

 リビングからテレビの音が聞こえる。翼芽がソファでだらだらしている証拠だ。

 できるだけ足音を殺して玄関へ向かったが、運悪く目が合ってしまった。

「あ」

 翼芽が顔を上げ、スマホを投げ出す。視線が頭の先からつま先まで、なめるように滑った。

「ちょっと待って、可愛すぎ。……え、何その仕上がり。マジ?」

「うるさい」

「いや、普通にビビるんだけど。なになに、ガチのデート?」

「違う。ただの外出」

「その格好で『ただの外出』は無理あるでしょ。……ふーん」

 翼芽はニヤニヤと意地悪そうに目を細めたが、それ以上は追及してこなかった。代わりに、サンダルを履く鴎の背中に声をかける。

「ま、楽しんできなよ。あ、夕方まで粘るならリップ直し持った? 白飛び注意ね」

「……持ったよ」

「よろしい。……あと、鴎」

 呼び止められ、ドアノブを握ったまま足を止める。

「何」

「相手が誰でもさ。変に無理して自分を曲げなくていいからね。あんたの『可愛い』は、あんたが決めるもんなんだから」

 不意に投げられた真面目なトーンに、鴎は目を瞬かせた。

「……分かってる」

 ***

 遊園地の最寄り駅。待ち合わせ場所の小さな広場に着いた時、琉生はもうそこにいた。

 壁に背を預け、スマホを眺めている私服姿。学校で見るよりラフな着こなしだが、清潔感があって、嫌味なく目立っている。

 鴎が近づくと、琉生がふと顔を上げた。

 その瞬間、彼ははっきりと固まった。

 数秒の沈黙。その反応があまりに露骨で、鴎の方が先に耐えられなくなる。

「……何。文句ある?」

 ぶっきらぼうに刺すと、琉生はようやく深い息を吐き出した。

「いや……。やば。想像してたよりずっと、可愛いわ」

「……っ、そういうの、いらないから。早く行くよ」

 耳の奥が熱くなる。即座に否定しようとしたのに、喉が詰まって上手く言葉にならない。

「でも本当。……時任の方こそ、気合い入ってんじゃん。似合ってる」

「……今日の服が変だったら、隣歩きたくないだけ。あんたの服も、まあ……及第点」

「うわ、厳し。時任先生、あざっす」

 いつものノリ。けれど、視線が合うたびに、いつもとは違う温度が混ざる。

 ゲートが近づくにつれ、人混みと喧騒が増していく。チケット売り場へ向かう途中、琉生がふっと声を落とした。

「時任」

「何」

「今日、もし無理そうになったらすぐ言えよ。作戦とか噂とか、そんなんどうでもいいから」

 その声は、驚くほど低くて、誠実だった。

 鴎は一瞬、隣を歩く琉生を見上げる。彼は前を向いたままだが、その横顔は冗談を言っているようには見えなかった。

「……分かってる」

 ゲートをくぐると、メリーゴーラウンドの華やかな音楽が風に乗って流れてきた。

 視界に飛び込んできたのは、パステルカラーの柵と、色鮮やかな花壇。

「……あそこ」

 鴎が指差すと、琉生が首を傾げる。

「最初、あっちで撮る。人が少ないし、光の入り方が完璧。……ほら、行くよ」

「了解。やる気満々だな」

 琉生は笑って、自然に歩幅を合わせた。

 近すぎず、離れすぎず。けれど、互いの肩が触れそうな、絶妙な距離。

 この前、放課後の教室で練習した「あの距離」だ。

 遊園地の一日が、音楽とともに幕を開けた。

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