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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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7. 嘘と本音のフィッティング

 その日の帰り道から、もう既におかしかった。

 断るべきだと、何度も自分に言い聞かせた。

 あんなの、どう考えても面倒なだけだ。琉生の告白避けに巻き込まれて、わざわざ女装して、遊園地に行って、しかも「彼女役」なんて。正気の沙汰じゃない。

 なのに。

 家に着いて制服を脱ぎ、デスクにスマホを置いても、頭の片隅にはあのレトロな遊園地の景色がこびりついて離れなかった。

(背景としては……正直、神なんだよな)

 パステルカラーの観覧車。電飾の美しいメリーゴーラウンド。ポップな売店。

 そこまで考えてから、鴎は両手で顔を覆った。

「最悪……」

 断る理由を探すべきなのに、無意識に構図を練り始めている時点で、もう負けている気がした。

 夕食後、ベッドに転がったまま、つい遊園地の公式SNSを開いてしまう。最新の投稿には、夕暮れ時のやわらかい光に包まれた園内の写真。

(こういう背景なら、くすみピンクか、淡いブルー。でも夜までいるなら、白は飛びすぎる。靴は歩きやすさ重視だけど、フォルムは崩したくないし、バッグは小さめで……)

 そこで鴎は、勢いよくスマホを伏せた。

「……何やってんだろ、俺」

 やるなんて一言も言っていない。それなのに、中途半端なものは作りたくないという「創作者の性」が、勝手に目を覚まして暴れだしている。

 ***

 翌日。昼休みの終わり際、琉生は一度だけ、ごく自然に聞いてきた。

「返事、まだ?」

 拍子抜けするほど普通なトーンだった。

「……まだ」

「そっか。了解」

 それだけだった。しつこく食い下がるわけでも、ニヤニヤして揺さぶるわけでもない。

 その余裕が、逆に腹立たしかった。

(絶対、こっちが迷ってるの分かっててやってる……)

 そう思うとなおさら面白くない。面白くないのに、その夜も気づけばまた衣装の候補をリストアップしていた。

 そして二日後の放課後。鴎はついに、自分から琉生を呼び止めた。

「……ちょっと」

 教室に残っていた数人が帰ったあと、琉生がゆっくりと振り返る。

「お、何。返事?」

「……まだ、決定じゃないけど。もし、もしやるとしても、条件がある」

 その瞬間、琉生の目がわずかに細まった。

「聞こうか」

 鴎は深く息を吸い、ノートに書き留めた「箇条書き」を突きつけた。

「まず、時間は人が多すぎない時。学校のやつらに囲まれるのは絶対無理。あと、服とメイクは全部俺が決める。変な注文は一切受け付けない」

「うん」

「写真は俺のスマホでも撮る。データは共有すること。それから……恋人役とか言っても、必要以上にベタベタしない。手をつなぐとか、そういうのは勝手にやらないで」

 そこまで言うと、琉生がふっと吹き出した。

「何」

「いや、条件細かいなと思って」

「当たり前でしょ! そっちの思いつきに付き合うんだから」

「はいはい。了解、全部飲むよ」

「あと……」

 鴎は一瞬ためらってから、声を低くした。

「顔が判別できるくらいの知り合いに会ったら、その場で即終了。いい?」

 琉生はそこで初めて、真面目な顔で頷いた。

「分かった。そこは死守する」

 その返事が思ったより力強くて、鴎は妙に安心してしまう自分に吐き気がした。

「……で。やるの?」

 最後の一押しに、鴎は数秒間、沈黙した。

 断る道は、まだ残っていたはずだ。けれど、これだけの条件を提示した時点で、自分の中では答えが出ていた。

「……一回だけだからね」

 蚊の鳴くような声で言うと、琉生は珍しく、子供のように破顔した。

「マジで? やった!」

「やった、じゃない! 本当に一回だけだから! ちゃんと噂にならなかったとしても、文句言わないでよ」

「言わない言わない。いや、マジで助かるわ」

 その素直な喜び方に、鴎は気まずくなって視線を逸らした。

 断りきれなかった。それは事実だ。けれど、完全に「嫌々」ではない自分がいることが、一番厄介だった。

 ***

「じゃあ、歩く練習しとく?」

「は?」

「いや、隣に並んだ時の距離感とか。ほら、並んでみて」

 琉生が面白がって、窓際のスペースに鴎を誘う。

 並んでみると、やはり圧倒的な体格差があった。

「近すぎ……」

「俺からすれば、お前がちっさいだけなんだけど」

「うるさい。……これくらい? 彼女っぽく見せたいなら、あんたが私の……じゃなくて、俺の歩幅に合わせなきゃダメだよ。普段通り歩いたら浮くから」

「細か……。でも確かにそうだな」

 教室の後ろを二人で数歩、並んで歩く。

 あまりにも奇妙な状況。それなのに琉生はどこか自然体で、鴎だけが異常に心拍数を上げている。

 その時だった。

 廊下の向こうで、足音が止まる気配がした。

 隣の教室に忘れ物を取りに来ていた今村彰人が、開いたドアの隙間から、その光景を視界に入れていた。

(……何だ? あの二人、あんな仲良かったっけ)

 彰人は首を傾げながらも、邪魔をするほど無粋ではなく、そのまま通り過ぎていった。

 教室の中では、琉生がふと声を落として言った。

「時任、肩に力入りすぎ。……でもさ」

「何」

「お前、女装するとマジで雰囲気変わるから。……普通に見たいんだよな、俺。遊園地で、完璧に仕上げたお前をさ」

 さらっと、流れるようなトーンで言われた。

「……それ、作戦に関係ある?」

「半分くらい」

「半分?」

「あとの半分は、個人的な興味」

 言い切られて、鴎は完全にフリーズした。

 軽口のようでいて、たまにこういう「真っ直ぐな言葉」を混ぜてくる。それが一番、調子を狂わされるのだ。

「……そういうこと言うの、ずるい」

「ずるい?」

「……うるさい。今日はもう終わり!」

 ***

 その週の後半。家で衣装の組み合わせに悩んでいた時のことだ。

「……あんた、何してんの?」

 背後から飛んできた鋭い声に、鴎の心臓が口から飛び出しそうになった。

 振り向くと、ドアにもたれた姉・翼芽が、獲物を見つけたような目でこちらを見ていた。

「な、何でもないっ!」

 慌ててデスクの上の服をかき集めて隠す。

「何でもないわけないじゃん。今、明らかに『見られたくないもの』隠したよね?」

「隠してない!」

「へえ……デート?」

「違う!」

「否定早すぎ。ウケる。……まあ、いいけどさ」

 翼芽は一歩部屋に入り、ニヤニヤしながら鴎の背後の「山」を指差した。

「もし写真撮りに行くなら、白飛びに気をつけなよ。夕方の映えスポットなら、くすみカラーの方が馴染むし。背景がカラフルなんだから、引き算しないとゴチャるよ」

「……なんで映えスポットって」

「あんたの顔に『映えスポットで撮影予定』って書いてあるの。ま、せっかくなら、その相手に『可愛い』って思わせるくらい仕上げて行きなよ」

「だから何の話だよ!」

 翼芽は最後まで楽しそうに去っていった。

 一人残された鴎は、デスクに突っ伏した。

 バレてはいない。……はずだ。

 けれど、もう後戻りはできないところまで来ている。

 断るべきだと思っていたはずなのに、指先はもう、当日のメイクプランを検索し始めていた。

 それが何より、悔しくて、仕方がなかった。

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