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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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5. 放課後のサイドメニュー

 その日は、朝から両親がそろって帰りの遅い日だった。

 母は出勤前、玄関で靴を履きながら財布から現金を引っ張り出し、鴎の手に押しつけてきた。

「今日ごはん作れないから、翼芽(つばめ)とどっかで食べてきて」

「え、急に?」

「適当に済ませないこと。コンビニ飯とか絶対ナシ。……お姉ちゃんにもちゃんと声かけてね」

 嵐のように去っていった母のあとには、数枚の千円札が残された。

 帰宅してから姉に伝えると、翼芽はソファに寝転がって動画を見ながら、ニヤリと口角を上げた。

「最高じゃん。ねえ、駅前のファミレス行こ」

「ファミレス?」

「え、いいじゃん。こういう時くらいしかあんたとサシとかないし、普通にポテト食べたい気分」

「……別になんでもいいけど」

「何そのテンション。たまには可愛いお姉様と外食できて光栄です! くらいのパッション出しなよ」

「出さない。……早く準備してよ」

「はいはい、塩対応〜。ほんとかわいくないわー」

 口では文句を言いながらも、翼芽の動きは爆速だった。

 家を出る頃にはすっかり日が落ち、夜の静寂が街を包み始めている。駅前まで歩く道すがら、翼芽は最近のトレンドだの、新作のコスメがバズってるだの、好き勝手に喋り倒し、鴎は適当に聞き流していた。

 ***

 自動ドアをくぐり、ファミレスの明るい照明の下に踏み込んだ瞬間。

 鴎は、石のようにその場に立ち尽くした。

 店内の奥。黒いエプロン姿でトレーを運ぶ、見覚えのある人影。

 茶髪、耳のピアス、そしてあの、目を引く長身。

(……詰んだ)

 反射的にそう思った。嫌いなわけじゃない。けれど、最も「気を抜いているプライベート」に鉢合わせたくない相手、ナンバーワンだった。

 そんな鴎の内心なんてフルシカトで、翼芽はさっさと受付を済ませて進んでいく。

 鴎はできるだけ顔を伏せ、気配を消してその後を追った。

 案内された席に座り、なるべく店の奥を見ないようにメニューを広げる。

 知らないふりをしていればいい。向こうは仕事中だ、わざわざ客に絡んでくることもないはずだ。

 そう、自分に言い聞かせていたのに。

「あれ。……時任じゃん」

 すぐ横から降ってきた、聞き慣れた軽い声。鴎の肩がびくんと跳ねた。

 見上げると、ハンディを手にした琉生がそこに立っていた。

「……どうも」

「なんだよ『どうも』って。ここ、よく来んの?」

「今日は、たまたま。……仕事中だろ、いいから早く行って」

 なるべく素っ気なく追い払おうとする。けれど、目の前の「極上のエサ」を姉が見逃すはずもなかった。

「えっ、待って。鴎、知り合い?」

 翼芽の目が、キラリと肉食獣のように輝く。

「同じクラスの、早見。……ただのクラスメイト」

「へえ、なるほどね……?」

 翼芽は琉生の顔を上から下まで、品評するようにまじまじと見つめた。そして、一瞬で「お姉ちゃんモード」の営業スマイルを張り付かせる。

「何あんた、こんなイケメンな友達いたの!? マジで聞いてないんだけど」

「友達じゃないってば」

「えー、でも知り合いっしょ? ほぼ友達みたいなもんじゃん。てかもう友達で良くない?」

 全否定する鴎をスルーして、翼芽は琉生に向かって声を弾ませた。

「ウチの弟がいつもお世話になってまーす。姉の翼芽です。よろ〜」

「ちょっと、姉ちゃん!」

 鴎の制止なんて翼芽には届かない。むしろアクセル全開だ。

「鴎、学校だとどんな感じ? ちゃんと馴染めてる? 陰キャ爆発してない?」

「姉ちゃん、余計なこと聞かなくていいから!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「減る! 尊厳とかいろいろ!」

 顔がカッと熱くなるのが分かった。おそらく、耳の先まで真っ赤だ。

 琉生は一瞬ポカンとしていたが、やがて噴き出すのを堪えるように肩を揺らした。

「お姉さん、マジでおもろいっすね」

「でしょ? 鴎、家だとマジで可愛げないのよ。学校だとやっぱ静か?」

「……姉ちゃんってば!」

 被せるように叫ぶと、翼芽はついに声を上げて笑い出した。

「あはは! 必死すぎ! ウケる」

 琉生も楽しそうに目を細めている。最悪だ。地面にめり込みたい。

「じゃあ、注文決まったら呼んで。……時任」

 琉生は一歩下がり、去り際にだけ、鴎にしか聞こえない音量で囁いた。

「家だと『(かもめ)』って呼ばれてんだ。……いい名前じゃん」

「……っ、うっさい。行けよ」

 翼芽には聞こえなかったようで、「今なんて言ったの?」と首を傾げている。

 鴎は「何でもない」と吐き捨て、テーブルの上の水を一気に飲み干した。

 ***

 琉生が離れていったあとも、翼芽のテンションは爆上がりだった。

「ねえ、いいじゃん。ああいう子」

「何が」

「顔面偏差値高いし、ノリもいい。あんたが学校でつるんでるタイプには見えないけど、意外と仲良いのバレバレなんだけど」

「だから、仲良くないって」

「嘘おっしゃい。あんなに楽しそうにイジられてるくせにー」

「……」

 完全にニヤついている姉の目に、鴎はメニューを盾にして黙り込んだ。

 けれど、胸の奥のどこかでは、今の琉生の姿が再生され続けていた。

 学校にいる時よりも、声のトーンが少し低くて、落ち着いている。

 客に向ける笑顔は営業用なんだろうけど、動きに無駄がなくて、普通に仕事できる男って感じがした。

 自分の知らない、あいつの日常。

 それを見てしまったことが、妙に心臓をざわつかせる。

「何ニヤついてんの。きも」

「……してない」

「してるわよ。え、何? もしかして……恋?」

「……んなわけないだろ!」

 全力で否定する鴎に、翼芽は「はいはい、お幸せに〜」と適当に流しながら、楽しそうにポテトを口に運んだ。

 結局、料理が運ばれてくるたびに翼芽が茶々を入れ、琉生が近くを通るたびに鴎が縮こまるという、最悪に落ち着かない夕食になった。

 けれど、帰り際。

 レジで会計を済ませようとした時、琉生とふたたび目が合った。

 彼は仕事用の表情を崩さないまま、けれどほんの少しだけ、いたずらっぽく片目を細めて見せた。

「また学校でな。……鴎」

 たったそれだけの、名前の響き。

 なぜか昨日までよりずっと、彼との距離がバグってしまったような感覚に陥る。

 

「……どうも」

 また、変な返事をしてしまった。

 店を出ると、冷たい夜風が火照った頬をなでた。

 隣では翼芽が「鴎、顔赤いよ?」「熱ある? それとも恋?」と、確信犯的にいじり倒してくる。

「うるさい! 帰るよ!」

 早足で歩き出しながら、鴎は自分の鼓動が少しだけ速いことに気づいていた。

 たぶん今日のことも、夜、布団の中で何度も思い出しては、枕を殴ることになるんだろう。

 そんな確信に近い予感を抱えながら、鴎は冷たい夜の空気を思い切り吸い込んだ。

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