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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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4/8

3. 予定外のティータイム

 土曜日の昼前。待ち合わせ場所に指定した公園は、春の柔らかな光に包まれていた。

 駅から近いのに騒がしすぎず、ほどよく人が行き交う。

 

 場所を選んだのは鴎だったが、いざ一人で立っていると、居心地の悪さがこみ上げてきた。

(……なんで、俺が早見琉生と待ち合わせなんてしてるんだ)

 クラスで言葉を交わしたことさえほとんどなかった相手と、休日に会う。

 目的は、あいつの服を選ぶため。

 客観的に考えれば考えるほど、意味が分からなかった。

 スマホで時刻を確認する。約束の時間は、数分過ぎていた。

 来なかったら腹が立つし、来たら来たで緊張する。どっちにしても面倒だ――そう結論づけようとした時、背後から声がした。

「ごめん、ちょい遅れた」

 振り返ると、軽く手を挙げながら歩いてくる琉生がいた。

 私服の彼は、学校で見るより少し肩の力が抜けて見える。

 けれど、その両手にはカフェのロゴが入ったテイクアウトカップが二つ握られていた。

 琉生は、その片方を無造作に鴎へ差し出した。

「はい」

「……なに」

「ドリンク。見れば分かるだろ?」

「……なんで」

「今日、ちゃんと来てくれたお礼。受け取って」

 言われるがまま反射的に受け取ってから、鴎は眉をひそめた。

 恩着せがましさのない、あまりに自然な気遣い。それが余計に戸惑わせる。

 カップの中身は、ミルクティー系の甘そうな色をしていた。琉生の方は、ブラックに近いコーヒーだ。

「……なんで俺のが甘いやつなの」

「なんとなく。嫌だった?」

「……別に。嫌じゃないけど」

 嫌ではない。ただ、こういうものを自然に手渡される状況に、どう反応していいか分からないだけだ。

 鴎が小さくストローを刺すと、琉生は満足そうに笑って「座ろ」とベンチを指した。

 少し距離を空けて座る。

 家族連れや犬の散歩。のんびりとした公園の空気は、学校のそれとはまるで違う。

 琉生は一口コーヒーを飲み、ふう、と息をついた。

「で」

「……なに」

「今日は『スタイリスト先生』に全部任せる日、だろ?」

「その呼び方やめてって。……時任でいい」

「じゃあ時任先生」

「先生もいらない」

 クスクスと笑う琉生を横目に、鴎はドリンクを膝に置き、表情を引き締めた。

「まず聞くけど、どういう服が欲しいの。系統とか、雰囲気とか」

「あー……」

 琉生は空を見上げるように視線を泳がせた。その反応だけで、嫌な予感がする。

「なんとなく、いい感じの」

「……は?」

「いや、最近お前が見てくれた日だけ評判いいじゃん? だから、ああいう感じ」

「ふわっとしすぎ。どこで着たいかくらいあるでしょ」

「学校でも着たいし、バイト前でも休日でも使い回せたら嬉しいかな」

「欲張り……」

 鴎は呆れつつも、思考を巡らせる。

 具体性はないが、進むべき方向は見えた。

「分かった。今ある服に合わせやすいやつを中心に考える。色は?」

「似合うならなんでも。時任に任せるよ」

 あまりにあっさり言われ、鴎は思わず隣を見た。

「……それでいいの? 普通、こういうのは嫌だとかこだわりがあるでしょ」

「別にないし。……っていうか、信頼してる証拠だから」

 さらっと言われて、鴎は言葉に詰まった。

 琉生の瞳は意外なほど真面目で、ふざけている様子はない。そのくせ、口調だけが軽いから調子が狂う。

「……大げさ。あとで文句言わないでよ」

「言わないって。ほんとに分かんないからさ、似合うやつ選んでよ」

 琉生が柔らかく笑う。その顔を真正面から見てしまい、鴎は慌ててドリンクを飲んで視線を逸らした。

 ***

 駅前の商業施設へ移動する。

 休日の混雑も気にせず歩く琉生の後ろを、半歩遅れてついていく。

 実際に店で「他人の服」を選ぶのは、裏アカのコーデを作るのとは違う緊張感があった。

 けれど、一軒目の店に入り、ラックを眺めた瞬間――鴎のスイッチが入った。

 琉生のような体型なら、飾り立てる必要はない。

 肩のライン、脚の長さ。余計なものを削ぎ落とし、素材の良さを引き出すシルエットを。

「これと、これ」

 迷いなくハンガーを抜くと、横から琉生が覗き込んできた。

「え、もう決まったの?」

「見れば分かる。……あと、これ」

「……なんか、かっこいいな。時任」

「そういうのいらないから。ほら、次」

 照れ隠しに次々と服を手に取る。

 細すぎず、でもだらしなくないパンツ。トップスの色を邪魔しない絶妙なトーン。

 琉生は感心したように、鴎の後ろを大人しくついて回った。

「これ、俺に似合う?」

「似合う。……たぶん」

「たぶんなんだ」

「着てみないと分からないこともあるから。……あ、それはダメ」

「即答。なんで?」

「茶髪のトーンと喧嘩する。顔がくすんで見えるよ」

「へえ、そんなことまで分かるんだ」

 やり取りをしながら店内を回っていると、近くにいた店員が微笑ましそうに声をかけてきた。

「お二人、仲が良いんですね」

 鴎の指が止まる。

「いや、別にそういうんじゃ――」

「そうなんですよ」

 否定しようとした言葉を、琉生が上書きした。

 彼は全く動じた様子もなく、店員に続ける。

「こいつ、俺に何が似合うか、俺より分かってるんです」

 店員は「素敵ですね」と笑って去っていった。

 残された鴎は、顔が熱くなるのを感じてたじろぐ。

「……何それ。仲良いって」

「だって実際、最近ずっと服見てもらってるし。否定しなくてもよくない?」

「……普通するでしょ」

「なんで?」

「なんでって……」

 言い返そうとして、言葉が詰まる。

 説明しようとすればするほど、自分だけが過剰に意識しているようで癪だった。

 琉生はそんな鴎を見て、いたずらっぽく笑う。

「ほら、次。試着してくるから」

 ***

 数分後。試着室のカーテンが開いた。

「どう?」

 出てきた琉生を見て、鴎は一瞬、息を呑んだ。

 予想はしていた。けれど、実際に見る姿はそれ以上だった。

 余計な「重さ」が消え、彼の手足の長さが完璧なバランスで強調されている。

 頑張っている感じがしないのに、目が離せない。

 

「……いいんじゃない」

「いいんじゃない、って何。もっと他にないの?」

「……普通に。かなり、似合ってる」

 最後の方は声が小さくなったが、ちゃんと届いたらしい。

 琉生は鏡越しに自分を確認し、満足そうに振り返った。

「これ、全部セットで買うわ」

「え、もう? 早くない?」

「だって、めちゃくちゃいいじゃん、これ」

 迷いのない、子供のような輝いた瞳。

 さっきまでの余裕ぶった態度が消え、年相応の少年らしさが溢れていた。

 そのギャップに、鴎は思わず吹き出した。

「ふふ、なにそれ」

「……? なんだよ」

「いや、反応が素直すぎて。……いいじゃん、気に入ったなら」

 笑いながら言うと、琉生が一瞬、呆けたように目を細めた。

「……お前、やっぱりそうやって笑ってた方がいいよ」

 その言葉があまりに自然に、まっすぐ落ちてきて、鴎はぴたりと動きを止めた。

「……っ、余計なこと言わなくていいから。早く着替えてきて」

 とっさに視線を逸らす。耳が熱い。

 

「なんで。本当のことなのに」

「いいから! 」

「照れてるじゃん」

「照れてないし!」

 試着室の前で繰り広げられる、不毛で、けれどどこか温かいやり取り。

 その後も数軒回り、数点のアイテムを買い足した。

 長居するつもりはなかったのに、琉生が楽しそうに試着を繰り返すせいで、気づけば予定時間を大幅に過ぎていた。

 帰り道。

「今日、来てくれて正解だった。時任がいなきゃ、また微妙なの買ってたわ」

 

 紙袋を提げた琉生が、晴れやかな顔で言う。

「……それはありそう」

「きついなあ。でも、本当に助かった」

 鴎は少しだけ、口元を緩めた。

 最初から最後まで、落ち着かない休日だった。けれど、不思議と嫌な疲れではない。

「また、頼っていい?」

「内容によるけど」

「じゃあ、また連絡する。絶対」

「……はあ。勝手にして」

 断りきれない予感にため息をつく。

 けれど、公園で待っていた時よりも、ほんの少しだけ、二人の距離が近くなった気がした。

 その日の夜。

 自室でふと、試着室の前で笑ってしまった自分を思い出し、鴎は枕に顔を埋めて身悶えた。

 落ち着かない一日は、こうしてようやく幕を閉じた。

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